やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.194 事件が起きる前日、一匹の蝙蝠が飛び立つ

「――ッ」

 小さな手が目の前を通り過ぎていく。無理な態勢で回避したからか体からギシリときしむ音がした。だが、それを気にしている暇などなく、すぐに岩すら破壊するほどの威力で放たれた回し蹴りが迫る。両足に『サジオ』の白いオーラを集め、一瞬だけ脚力をブーストし、ロケットのようにバックステップ。その拍子に生じたオーラの残滓が殺人キックによって真っ二つに切り裂かれる。

「すぅ――」

 空中でバランスを整えながら白いオーラの出力を抑え、着地する。その刹那、左側へジャンプ。先ほどまで俺がいたところを小さな石が凄まじい速度で飛んでいき、背後の森の中へと消えていった。

「――はぁ……」

 『サジオ』のブーストを使用したバックステップで数メートルは距離を取ったはずなのに彼女はそんな一呼吸の間に再び俺の懐に潜り込んだ。慌てて両腕に白いオーラを集め、彼女の拳を右腕で受け流す。ミシリ、と嫌な音が聞こえたが『サジオ』のおかげで骨は折れていない。それを確認し、次に放たれた蹴りを屈んで躱し、すぐさま前へと突っ込む(・・・・・・・)

「ッ!?」

 まさか俺から向かってくるとは思わなかったのか目を丸くする彼女の肩を掴む。そして、白いオーラを額へと一点集中し――。

「ごっ」

「ぎゃん!?」

 ――思い切りサイの額に頭突きを食らわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ……まさか頭突きしてくるとは思わなかった」

「ぉ、おぉ……」

 久しぶりに『呪文なし』のガチンコ組手を終え、いつも休憩する際に使用している岩に腰かけているサイは赤くなった額に手を当てながら笑っていた。それに対し、俺はまだジンジンと痛む額を抑え、その場でうずくまっている。すっげぇ、痛い。マジでやばい。油断すれば目から涙がこぼれるレベル。

 俺は『サジオ』を額に集中させ、威力と頑丈さを底上げしたはずだった。しかし、頭突きしてくるとわかった彼女はあえて自分から俺の額に額をぶつけたのである。基本的に『サジオ』の出力を最大にするのはインパクト――つまり、額と額が接触した一瞬のみ。そうしなければ無駄に気力を消費するだけだし、『サジオ』の効果が最大限に発揮されるのもその瞬間だけなのだ。

 だからこそ、それを知っているサイは自分から迎え撃ち、インパクトの瞬間をずらした。そのせいで俺の頭突きは威力半減な上、もろにサイの一撃を受けた形となり、ノックアウト。

「でも、うん……ハチマン、頑張ったね。合格」

 痛みと脳への衝撃で動けない俺に嬉しそうにそう告げたサイ。本当は嬉しいはずなのにリアクションすら取る余裕のない俺はうずくまりながら彼女の次の言葉を待った。

「戦闘中でも『サジオ』は揺るがなかったし、出力のコントロールもばっちり。特に最後の一撃は『サジオ』の特性を知らなかったらやられてたのは私だったかも」

「だからって……迎え撃つなよ」

 タイミングをずらすだけなら『体をひく』という選択肢もあったはず。まぁ、また『サジオ』の弱点を見つけられたから良しとしよう。その対価はあまりに痛かったが。

「あはは、だってあのハチマンがここまで強くなったから嬉しくなっちゃって。それにしてもホントに『サジオ』のコントロール、上手くなったよね? それ、何日目だっけ?」

「……3日目ぐらいか」

 あの謎の建造物について皆で話し合って早くも1週間が過ぎた。未だにあの建造物について何もわかっていないがその間になんとか『サジオ』のコントロールをものにすることができたのである。出力の強弱はもちろん、特に『サジオ』を維持する時間が伸びた。言ってはなんだが『サジオ』の維持は単純な話、俺の気力が尽きない限り、保つことができる。

「体の方は平気? いつもより目が死んでるけど」

「別に問題はない……目に関しては触れないでくれ」

 ならば、『サジオ』が消えない程度に常に気力を保てばいい。そう、寝ている間も、だ。

 シマウマなどの草食動物は天敵からすぐに逃げられるように立ったまま寝る。しかも、うたた寝で2~3時間という短い睡眠時間だ。つまり、草食動物たちは寝ている間も気を張り続けているのである。

 それを参考……というか思いつきでうたた寝してみた結果、『サジオ』を維持したまま、寝ることができたのだ。さすがに草食動物のように2~3時間の睡眠時間では足りないので7~8時間ほど起床と就寝を繰り返すことになったが今のところ、『サジオ』の維持に成功していた。さすがに今日ばかりは家に帰ったら『サジオ』を解除して爆睡する予定だ。目の濁り具合もどんどんひどくなっていくらしいし。今日、鏡に映った自分の目の淀み具合にビックリして思わず悲鳴を上げそうになった。自分でビックリしちゃうのかよ、歩くホラー映画か。

「でも、ガッシュたち無事に帰ってきてよかったね」

 額の痛みも落ち着いてきたので立ち上がってサイの隣に座ると彼女は携帯を操作しながら言う。

 ガッシュと高嶺は魔界の頃の友人から手紙が届き、昨日まで海外に行っていた。一応、出発前に連絡はあったものの、やはりというべきか戦闘になったそうだ。それもその友人とではなく、友人を狙った別の魔物と戦ったらしい。しかも、その片割れが以前、遊園地で戦った王冠を被った魔物だという。まだ生き残っていたのか、あいつら。確かろくな攻撃呪文はなかったと思ったのだが。

「それにしても……仲間、か」

 ガッシュの友人を狙った二組の魔物はその友人を『仲間』にするつもりだったようで友人のパートナーを人質に取ったそうだ。結局、友人は連れていかれることもなく、当初の目的も果たせた。その目的が『自分の魔本を燃やしてほしい』だったのでその友人は魔界に帰ったのだろう。

「さてと……じゃあ、そろそろ帰って寝よっか。明日はメグちゃんが帰ってくる日だし」

「え? 『負の感情に慣れる』訓練は?」

 サイとの約束では『サジオ』のコントロールが出来次第、『負の感情に慣れる』訓練をする予定だった。てっきり、休憩が終わったらその訓練が始まると思ったのだが。

「『サジオ』を維持できてるとはいえ、今のハチマンは本調子じゃないでしょ? だから、訓練は明日から」

「……ああ」

 サイの真剣な眼差しに捉えられ、俺は頷くしかなかった。

 なお、寝る準備を終え、ベッドに横になった後、『サジオ』を解除した瞬間、意識を失った。やはり、数日間、『サジオ』を維持するのは緊急時以外はしない方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界のとある山の中、一見いつも通りの風景に見えるその場所には人間界には存在しない建造物が建っている。しかし、それに気づく者はいない。その建造物には透明化の魔法がかけられ、誰からも視認されることがないのだ。

「ロデュウ、なんだその様は」

「うるせぇ、邪魔が入ったんだよ」

 その建造物の内部、そこでは数組の魔物が集まっていた。ロデュウと呼ばれた蝙蝠のような羽の生えた魔物は傷だらけの体を忌々しそうに庇いながらケンタウロスのような金色の魔物――リオウを睨む。

「その邪魔のせいで『力』をとり逃がしたんだな?」

「フン、気をつけな。てめぇに協力しちゃあいるが手下になった覚えはねぇんだぜ」

「ああ、その通りだ。だが、私がいなければこの計画は実行できない」

 リオウを挑発したロデュウだったがその言葉を聞いて舌打ちをした後、周囲へと視線を向ける。そこには己と同じようにリオウの計画に協力し、あわよくば力を手に入れようとする魔物たちが佇んでいた。協力者でありながらライバルである彼らの前で妙な行動をすれば全員が敵になる。そう考えた彼は仕方なく、押し黙るしかなかった。

「各自に与えた指名だけは守ってもらうぞ。とにかく強大な力が必要なのだ」

 そこで言葉を区切ったリオウは上を見上げる。そこには巨大な鍵穴があり、その穴から光が漏れていた。

「こいつの……ファウードの封印を解くためにはな」

 魔界の建造物――ファウード。それが八幡たちが『謎の建造物』と称し、今も調査を進めている建造物の名称であった。

「……で? リオウ、結局どれくらい必要なんだ? こいつの鍵を壊す力ってのは」

「あと2~3体、『ディオガ』よりも強い術を放てる魔物が必要だ。最低で、な」

 ロデュウの問いにリオウは淡々と答えたがその内心はあまり穏やかではなかった。ロデュウがとり逃がした力、『レイン』の力はその強い術を放てる魔物の中でも桁違いの力を有していたのである。

「……おい、例の件はどうなっている」

「ふわぁ……あら、そんなこと聞くなんて……私のお願いを聞く気になったってこと?」

 溜息を吐いたリオウは少し遠い場所で欠伸をしていた魔物に質問する。だが、その魔物は彼の質問に答えず、嬉しそうに口元を歪ませ、鋭い牙(・・・)を露出させた。

「あの力がない今、少しでも戦力を拡大する必要がある。貴様が言っていたその魔物の力は馬鹿にできない」

「ええ、そうよ。だから最初から言っていたでしょう? じゃあ、準備を進めていいのね?」

「ああ、任せたぞ――ハイル」

 リオウの許可を得た魔物――ハイル・ツペはにっこりと笑った後、背中の巨大な翼をはためかせ、どこかへと飛んでいった。

「えへ、えへへ……喜んでくれるかな? サイちゃん!」

 そんな言葉を漏らしながら。


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