やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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小説内の時間――スケジュールですがこちらの事情でオリジナルとなっております。
具体的にはすでに終業式目前です。
ご了承ください。


LEVEL.195 すでに彼らは離れてしまっている

 明日に終業式を控えた3月中旬、俺は誰もいない廊下をなるべくゆっくりと歩く。すっかり気温も高くなり、春が近づいていると肌で感じられるようになってきた。しかし、相変わらずこの辺りには生徒たちは寄り付かず、気温は高いはずなのにどこか寂しい印象を与える。

「……はぁ」

 誰もいないからか小さく零したはずの溜息も廊下に響き、思わず誰かいないかキョロキョロと周囲を見渡してしまった。駄目だ、少し緊張してしまっているのかもしれない。まぁ、あそこに行くのはずいぶん久しぶりだし、『サジオ』を数日間、維持させた疲れもまだ残っている。身体ともにボロボロなので(自業自得だが)情緒不安定になっているのかもしれない。

「……」

 そんなことを考えているうちに俺は一つの空き教室に辿り着いた。中から感じられる気配は二つ。今となっては懐かしさを覚える二人の気配。一度、深呼吸してから扉を開けた。

 ノックもせず扉を開けたからか空き教室にいた二人は話すのをやめてこちらに視線を向け、驚いたように目を丸くする。3週間近く顔を出さなかった奴がいきなり来たら驚きもするか。

「……うす」

「……お久しぶり、といえばいいのかしら」

「ひ、ヒッキー……」

 紅茶の入ったカップを置き、いつもの絶対零度の眼差しを向ける奉仕部部長、雪ノ下雪乃。そして、携帯を持ちながらどこか戸惑った様子で俺の名前を呼ぶ由比ヶ浜結衣。俺が所属する奉仕部の部員である。

「それで今日はどんな用事……いえ、それは違うわね。『サジオ』のコントロールは上手くできたのかしら?」

「……ああ、おかげさまでな」

 そう、俺がここに来たのは昨日の訓練でサイから合格点を貰ったので奉仕部の二人にそれを報告するためだ。明日が終業式なのでその時にでも春休み中の部活がどうなるか聞くついでに報告しようと思ったのだが、何週間も部活を休んでいたのですぐに報告をするべきだとサイに言われたのである。因みにサイは大海をお出迎えするためにガッシュたちのところへ行っている。

「そっか……」

「……」

 俺の報告を聞いた由比ヶ浜は少しだけ目を伏せて頷く。その姿は言いたいことを言えず我慢する子供のようだった。雪ノ下も彼女の様子を見て心配そうにしている。俺たちに見られていることに気づいた由比ヶ浜が誤魔化すように笑顔を浮かべた。

「あ、あはは。良いこと、なんだよね。これでヒッキーは強くなって……今までと同じように魔物と、戦うんだよね?」

 今、あの謎の建造物が問題になっているが魔界の王を決める戦いは――俺たちの戦いはまだ終わっていない。魔本を持っている限り、魔物と戦う運命にある。それだけは間違いなかった。

「……」

 奉仕部の部室に重い沈黙が流れる。俺はサイに言われるままに報告に来ただけだし、二人もこちらの事情をすべて知っているだけではない。こうなることぐらい容易に想像できた。おそらくサイがいれば俺たちの間に入ってこんな沈黙など吹き飛ばしてくれるだろう。

 逆説的に言えばサイがいなければ俺たちは何を話せばいいかわからなくなるほど離れてしまった。彼女は魔物について、俺は彼女たちの日常について表面上しか知らないから。その二つを知っているサイしか俺たちの間に入れない。俺のパートナーであり、二人の友達であるサイにしか。

「……そういえば、春休みの部活だけれど」

「ッ……あ、ああ」

 そんな沈黙を破ったのは雪ノ下の抑揚のない声だった。まるで、無理やり感情を押し殺しているような、酷く冷たい声音。

 きっと、由比ヶ浜だけでなく、雪ノ下も俺に色々と聞きたいのだ。でも、俺もサイもよほどのことがなければ話さないことを知っている。そして、そのよほどのことを自分の手では起こせないことも。だから、彼女は何も聞かない。聞けない。強引に聞き出せば一度壊れ、あの冬に不安定な形で復活したこの場所は今度こそ跡形もなく、崩壊してしまうから。

「基本的にはお休み。何もないと思うけれどもし、依頼が来たら集合、ということで。連絡は平塚先生からいくと思うわ」

「わかった」

「それじゃあ、今日のところはもう大丈夫よ。まだ疲れが残っているのでしょう? 酷い顔――いえ、元より酷かった目が余計酷くなっているわ」

「いや、なんでそこで言い直したんですかね」

 だから、俺たちは模倣する。決定的にまで離れていなかった――何も知らなかった頃の俺たちを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? 何があったんだ?」

『あー、うーん……なんて言えばいいんだろう』

 春休みの予定も聞いたので逃げるように奉仕部を後にした俺は何故かモチノキ町の駅にいた。もちろん、サイにメールで呼び出されたからである。そのメールにモチノキ町に着いてから詳しい話を教えると書いてあったので電話したのだが。

「……魔物?」

『そう。サルとウサギを足して2で割ったような魔物が来たの』

「でも、ガッシュたちもいるし、高嶺も帰ってきてんだろ?」

 サイの声音はさほど焦っていない。むしろ、困惑に近いそれだ。俺を呼び出す必要性はないと思うのだが。

『それが……その魔物、魔力を感知できる上、すごくすばしっこいの。襲ってくる様子はないから本を燃やされる心配はないだろうけどティオとキヨマロが何としてでも捕まえるってきかなくて』

「へぇ。そんな魔物が」

 確かに魔力を感知できるのなら魔物であるティオは捕まえられないし、人間の高嶺は身体能力的な意味で不可能だ。しかし、だからこそ不思議に思う。

「魔力を隠ぺいできるお前なら簡単に捕まえられるだろ?」

『……まぁ、そう、なんだけど』

 『実際、最初は捕まえようとしたけど』とどこか煮え切らない様子で言葉を濁す。何か事情でも変わったのだろうか。あのサイが捕まえるのを戸惑うなんてどんな事情なのだろう。

『その魔物……ティオのスカートを捲ったの』

「……は?」

『だから、スカート捲りされたら困るから捕まえようにも捕まえられないの!』

 いつも冷静な彼女にしては珍しく声を荒げ、思わず言葉を失った。確かにサイの白いワンピースは捲ろうと思えば捲られる。しかし、あのサイがその魔物の接近を見逃すわけはないし、許すわけもない。如何に最近、他の魔物相手に後れを取っているからといってスカート捲りをされることなどないはずだ。

 だが、それでもサイはスカート捲りされる危険性を考慮し、手が出せなくなった。それほど件の魔物は身体能力が高いのか。それとも――少しでもスカート捲りされる可能性があるだけで動けなくなるほどの事情があるのか。

 サイの様子から見ておそらく後者なのだろう。じゃあ、その事情はなんだ? そんなにパンツを見られたくないのか? もしくは別に何か……例えば、素足とか。

『――ハチマン?』

「……何でもない。それで俺は何をすればいいんだ?」

『一応、これからキヨマロがその魔物を捕まえるんだけど戦闘になった時、ハチマンに手伝ってもらおうと思って。ハチマンなら『サジオ』で強化できるし、魔力も感知されないから』

 『サジオ』は俺の気力を消費して維持しているので魔力探知には引っかからない。つまり、その魔物に感知されることもなく、素の魔物と同等の力で戦うことができる。もしもの時の保険として呼ばれたのだろう。

 地元にいれば断っていたかもしれないがすでにモチノキ町にいる。サイはそれを見越して詳しい話を後に回したのだろう。

「はぁ……わかった。どこに行けばいい?」

『キヨマロの家の近くにある公園に来て。そこで捕まえるから』

「了解」

 そう言って電話を切り、肩を落とす。これから魔物と――しかも、サルとウサギを足して2で割ったような魔物と戦うかもしれないと思うと憂鬱にもなる。頭の中では嫌な予感がガンガンと警報を鳴らしているので正直な話、行きたくない。行きたくはないのだがわざわざサイが呼ぶような事態であることには変わらないし、すでに行くと言ってしまったので行かないわけにはいかないのだ。

 行きたくねぇなぁ。


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