やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
モチノキ駅からサイが指定した公園――こども公園までの道のりはとてもわかりやすい。高嶺の家の方向にひたすら進めば辿り着く。そのため、道に迷うことはない。ことはないのだが、行きたくないという気持ちが俺の足取りを重くしていた。面倒事が待っているとわかっているのに意気揚々と向かう人はいないだろう。
「はぁ……」
「あれ、八幡君?」
公園まで残り4分の1というところまで来た時、不意に名前を呼ばれ顔を上げる。すると、左の曲がり角から今日、出張から帰ってくる予定の大海が出てくるところだった。
「……うす」
「こんにちは、久しぶりだね」
笑顔で挨拶した彼女だったがキョロキョロと周囲を見渡し、困惑した表情を浮かべる。何かあったのだろうか。
「えっと、ティオたち知らない? 清麿君の家に行ったら何かを追いかけて出て行っちゃったって聞いて」
そういえばここで左に曲がれば高嶺の家に着く。そこで高嶺の母親にでも聞いたのだろう。そして、探しに出かけてみれば俺がいたのでサイたちも一緒にいると思ったのか。
「あー……多分、公園にいるぞ」
「公園?」
「なんか魔物に出会って捕まえるとかなんとか」
「え!? 魔物!?」
まさかこんな町中で魔物と遭遇したとは思わなかったのか大海は目を丸くした。しかし、すぐに首を傾げる。
「でも、皆も一緒に追いかけたんだよね? 清麿君がこんな町中で戦おうとするとは思えないんだけど……」
公園で捕まえるということは公園に誘い込む罠を用意していることに他ならない。だが、高嶺の性格的に戦闘になっても誰も巻き込まないような場所で作戦を実行するはずだ。そう、普通の魔物ならば。
「……その魔物、戦おうとしないらしいんだ。むしろ、あー……スカート捲りをしてくるんだと」
「……は?」
俺の言葉を聞いた大海はキョトンとした様子で声を漏らし、沈黙してしまった。おそらく、俺が続きを話すのを待っているのだろう。だが、残念だったな。俺だってこれ以上の情報を持っていない。
「とりあえず、一緒に行くか?」
「へ? あ、う、うん……」
『え? 説明は?』と困惑する大海を置いて俺は再び公園へと向かう。それから慌てた様子で俺の隣に大海が並び、程なくして公園が見えてきた。
「よぉーし、袋叩きよぉ!!」
そして、ティオの物騒な声が聞こえ、思わず俺たちは足を止めてしまう。件のスカート捲り魔を捕まえることに成功したのだろうが、まさか俺は袋叩きするために呼ばれたのか? サイがスカート捲りされたのならそれも吝かではないのだが、さすがに被害者がティオだけなら躊躇してしまう。
まぁ、ここで立ち止まっていても仕方ない。俺と大海は顔を見合わせ、頷いた後、公園へと足を踏み入れた。
「待ってぇ! 争いはダメですぅ!」
そこにはこちらに背を向けているのにはっきりと怒っているとわかるティオの背中とサルとウサギを足して2で割ったような魔物とそれを庇うように後ろから抱きしめているシスターがいた。サイたちはそんな彼女たちを近くで見守っている。
「お許しください、確かにこの子はエロザルです! お転婆悪戯大好きです!」
庇っているはずのシスターがあの魔物に対する評価が酷すぎた。きっと、あの魔物の被害に一番合っているのだろう。そして、今のやり取りでだいたいの事情を察したのか、大海は呆れたように溜息を吐き、ティオの元へ向かった。
「しかし、だからと言って――」
「――ほーら、ティオ、その辺にしてあげなさい」
「あ、恵……」
大海がティオに声をかけたことで全員の視線がこちらに集まる。どこか不安そうにしていたサイは俺を見ると何故かほっと安堵の溜息を吐くほどだった。そんなにスカート捲りされるのが嫌だったのだろうか。別に俺がいたところであの魔物の悪戯を止められるとは思えないのだが。
「清麿君の家に迎えに行ったら全員何かを追っかけてったって言うんだもん。途中で八幡君と合流してきてみれば……あの子も悪戯がすぎただけでしょ?」
どうやら大海は魔物の行為をただのませた子供の悪戯だと解釈したらしく、魔物に罰を与えるのではなく、ティオを宥め始めた。さすがに袋叩きはやりすぎだと思ったのかティオもどこか居心地悪そうに腕を組む。
「確かに……清麿やガッシュたちにパンツ見られたわけでもないけど――」
ごにょごにょと何か言っていたティオだったが何かに気づいたのか、目を大きく見開いた。その視線を追うと件の魔物がチューリップのキャラクターが描かれたパンツをひらひらさせていた。まるで、俺たちに自慢するように。
「オヨヨ!?」
「―――――」
「ゴッ」
俺はその時、他人の堪忍袋の緒が切れる音を初めて聞いた。もちろん、堪忍袋の緒が切れる音を実際に聞いたわけではない。ただ衝撃として俺の体を激しく打ったのである。そう、あれこそまさに『負の感情』が乗った魔力。慌てて『サジオ』の出力を上げて自分の身を守った。『サジオ』の出力を上げるのがあと1秒でも遅かったら確実に心臓が悲鳴を上げていただろう。とりあえず、サイのところに避難するか。
「ティオ、あの絵は何――ぬおおおおおおおおおおお!?」
「見てんじゃないわよぉ!!」
そそくさとサイのところへ向かう間、
「恵ィ!! あいつは、殺す! 絶対に殺すぅ!!」
「……ハイ」
そんなことを考えている間にもガッシュの首から手を放し、大海に指示を出すティオ。一瞬、俺の方に助けを求めるように視線を向けた大海だったがもう止められないと悟ったのか肩を落として鞄から魔本を取り出した。
「天に在す我が神よ! どうか……どうか、あの女の子の怒りをお鎮めください! このサルには後で私が折檻いたします!」
ティオの怒り狂った姿を見てシスターはサルから必死にパンツを取り上げようとしながら神への祈りを口にした。折檻とか月に代わってお仕置きする美少女戦士アニメで聞いた以来だわ。神は火星にいるのかな?
「あ、ハチマン、こっち来たんだ」
「そりゃあんなところに一人でいれるわけねぇだろ」
俺が近づいてきたことに気づいたサイが苦笑を浮かべた。なお、高嶺は何故か靴を履いておらず、自分は関係ないと言わんばかりにその場で体育座りをしている。その背中には怯えるウマゴン。そして、首を絞められたガッシュが満身創痍といった様子で地面に倒れていた。
「……八幡さん」
「あ?」
その時、どこか諦めた様子でティオたちを見ていた高嶺が話しかけてくる。彼の目は死んでいた。
「あれを……止められるか?」
「……無理だな。サイは?」
「止める気はないかなー。あのエロザルには近づきたくないし」
サイは素知らぬ顔で肩を竦める。そこまでスカートを捲られたくないのか。
「一撃よ! 一撃で決めるわ!」
「……はぁ」
頼みの綱であるサイが止める気もなく、パートナーである大海もティオに付き合う気のようだ。幸い、ティオの攻撃呪文は『サイス』だけなのでこの公園が焼け野原になることはない。
「これ、モモン! パンツから手を離すのです!」
まぁ、あのサル――モモンの術にもよるがシスターの様子を見るに好んで戦う性格ではないだろう。むしろ、戦いたくないからモモンからパンツを取り返そうとしている。問題のモモンはパンツを手放す気がないようだが。
「『サイス』!」
その時、大海が術を唱え、ティオが両腕をクロスするように振り下ろす。そして、カッター状のエネルギー弾がモモンとシスターへと迫った。
「きゃああああ!」
それにいち早く気づいたモモンはシスターを押しのけるように前へジャンプし、『サイス』を飛び越える。そのまま『サイス』が地面を抉り、シスターが悲鳴を上げた。やはりというべきかティオの怒りが爆発しているので普段以上に『サイス』の威力が高いように感じる。人に当たれば確実に気絶するだろう。
「オ、オヨ……オヨヨヨヨヨヨヨ!?」
だが、気になるのはあのシスターのビビりよう。言っちゃなんだがいくら威力が高くなっているとはいえ、『サイス』程度の術にあそこまで怯えるだろうか。まるで――。
「――初めて魔物の術を見たみたい?」
俺の思考を読むようにサイがこちらを見上げてそう言った。まさか言い当てられるとは思わず、目を丸くすると彼女はくすくすと笑って口を開く。
「あのシスター……今日、初めて魔物と会ったんだって」
「……は?」
初めて、魔物に会った? サイが人間界に来てそろそろ2年が経つのに?
まさかありえない、そう否定しそうになったがすぐにあのサルが魔力を感知できることを思い出した。もし、あのサルの『魔力探知』がサイとは違い、探知範囲が広範囲であるなら話は別だ。近づいてきそうな魔物がいれば逆方向に逃げればいい。それを繰り返せば魔物とは確実に合わない。だって、この広い世界に魔物の子は100人しかいないのだから。
「じゃあ、あのシスターは……」
「うん、初めて魔物の術を見たんだろうね。ビビッても仕方ないでしょ?」
いくら『サイス』が威力の低い攻撃呪文だとしても初めて見たらビビりもするか。じゃあ、ガッシュの『バオウ・ザケルガ』やハイルの『ディオガ・ガルジャ・ガルルガ』を見たら卒倒してしまうのではないだろうか。
「オヨヨ、オヨヨ……あの子、あんな恐ろしい攻撃を……いけないわ。早く、早くこの戦いを終わらせなきゃ!」
ガタガタと震えるシスターは泣きながら呪文を唱えるつもりらしく、パラパラと魔本を捲る。てっきり、ティオを説得するか、モモンからパンツを取り上げようとすると思ったが予想以上に『サイス』が恐ろしかったのだろう。追い詰められて戦うことを選んだようだ。
「……サイ」
「わかってるって。ティオに危険が迫ったらすぐに助けに入るから」
俺が声をかけた頃にはすでにサイはいつでも飛び出せるように姿勢を低くしていた。俺も『サジオ』の出力を最大まで上げておく。そして――。
「『アムロン』!」
――シスターが呪文を唱え、モモンの右腕が凄まじい勢いで伸びた。