やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.200 高飛車ぼっち蝙蝠は八重歯を見せて笑みを浮かべる

「……で? 何の用だ」

 ニコニコと嬉しそうに笑っているハイルに見つめられながらウェイトレスに注文し終えた俺はさっそく本題に入ることにした。ハイルとはサイ友だが何となく今日の彼女は一人の魔物として俺に会いに来ている気がしたのだ。

「そんなに焦らなくてもいいじゃない。サイちゃんも用事があるんだから」

「……お前のサイ情報収集力の高さはなんなんだよ」

 サイの持つ術の効果を知っていたり、昨日モチノキ町のこども公園でのサイとティオのやり取りを把握していたりとストーカー顔負けの情報網である。一体、どんな手を使って情報を集めているのだろうか。ハイルが近づけばサイの『魔力探知』に引っかかるはず。彼女のパートナーであるユウトか? 二十歳の男が幼女の情報を集める……警察待ったなしだな。

「でも、そうね。私としても早く教えてあげたいから本題に入りましょう。あの件、覚えてる?」

「……ああ」

 あの日――小町の合格発表の日、相模と別れた後に出た電話の相手がハイルだったのである。それもその内容は『謎の建造物』について。まぁ、あの電話では『戦況がひっくり返るようなものが近い内に動き出す』としか教えてくれなかったがその数日後にニュースになった『謎の建造物』を見てハイルが言っていたのが『謎の建造物』だとすぐにわかった。

「あの時は私もあれ(・・)がどんなものか知らなくて曖昧な感じに終わっちゃったけど今度こそ教えてあげる。あの建造物……ファウードについて」

「ファウード……」

 まさかこんなところで『謎の建造物』の名前がわかるとは思わなかった。だが、これはチャンスである。ハイルからファウードについて聞き出せば今後の方針を決められる。少なくとも情報収集に費やす時間を短縮できるはずだ。

「ファウードは魔界の建造物……それもね、魔界で封印されるほどのものだったの」

 そう言って何故かドヤ顔を披露するハイル。おそらくとっておきのネタバラシだったのだろう。『ほら、驚きなさいよ』と彼女の顔が言っている。

「いや、それはもう知ってるんだが……」

「……へ?」

「だから、あの建造物が魔界の物で、それも封印されてることは知ってんだ」

 あんな巨大な建造物がいきなり現れたら魔物を知る人間は魔界が関係していると簡単に予想できるし、さすがのサイ厨ハイルでもサイが『鍵穴』について知っていることは知らなかったのだろう。

「そ、そう……あなたたち、なかなかやるじゃない。でも、それ以上のことは――」

「――お待たせしました。ミルクジェラートのお客様」

「あ、はい。私です」

 強がって更に情報を開示しようとしたハイルだったが先に注文でもしていたのかウェイトレスからミルクジェラートを受け取った。続けて俺の前にもミラノ風ドリアを置き、ウェイトレスはお辞儀して去っていく。

「……晩御飯、食べられなくなるわよ?」

「これが俺の晩御飯なんだよ。いただきます」

 どこか呆れた様子でミラノ風ドリアを見ていたハイルだったがサイが遅くまでティオの家に遊びに行っていることを思い出したのか『そう』と呟き、ミルクジェラートを一口だけ口に含んだ。俺もスプーンに乗せた熱々のミラノ風ドリアを冷まそうと何度も息を吹きかけた。

「ちょっとそんなにしたら冷たくなっちゃうじゃない。ドリアはやっぱり熱々じゃないと!」

「猫舌なんだよ……それより早く続きを話せ」

「そうだった。まぁ、さっき言ったようにファウードは魔界の建造物で封印されてたの。じゃあ、どうして封印されてたと思う?」

「それは、『魔界の脅威』の一つだったから」

「……へぇ。本当にすごい。そこまで知ってるなんて」

 さっきまでいつものポンコツだったハイルが纏う雰囲気が激変し、目を鋭くさせて俺を見つめる。そのあまりの変貌ぶりに俺は思わず体を硬直させてしまった。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。

「うん、思っていた以上に状況は複雑みたいね。あの建造物を見ただけでそこまでわかるわけがないもの。きっと、情報提供者がいた……それが誰かは知らないけどそれを知ってるなら話が早いわ」

 そこで言葉を区切り、再びミルクジェラートを食べたハイルは唇を舐める。その仕草は幼女であるはずなのにどこか妖艶だった。

「八幡、私たちの仲間になりなさい。サイちゃんを連れて一緒にファウードの封印を解くの」

「……」

 何となく彼女がそう言ってくることはわかっていた。仲間にしようとしなければわざわざ情報を教えたりしない。そう、ファウードの情報こそ仲間に誘うための交渉材料だ。つまり、その情報にそれほどの価値がある。それほどファウードは危険なものであることに他ならない。

「まずは話を聞かせろ」

「そうね……じゃあ、まずファウードの正体を教えましょう。ファウードはね? 巨大な魔物なの」

「……は?」

 ファウードが、巨大な魔物? なにを言っている? あれが、魔物だと?

 そう鼻で笑ってやりたがったがハイルの目は真剣そのものだった。彼女は本気で言っている。じゃあ、あれは本当に巨大な魔物なのか? もし、それが真実なのだとしたら――。

「――戦況はひっくり返る。全ての魔物はファウードの前では無力であり、一瞬で魔本を燃やされる」

「……」

 彼女の言うとおり、ファウードが世に放たれれば生き残っている魔物は根絶やしにされるだろう。その余波で人間界も滅亡してしまうかもしれない。だが、色々と疑問がある。

「ファウードのやばさはわかった。じゃあ、なぜ仲間を集める? この戦いは魔物が一人になるまで終わらないんだぞ?」

「ええ、そのとおりよ。でも、問題はファウードの封印。あれは魔物一人の力では破壊できない。だから、強力な術を持つ魔物を集めてるの」

 そういえば数日前にガッシュたちは魔界に居た頃の友達に会いに海外に行き、その友達を狙った魔物と戦った。その魔物も今のハイルと同様、ファウードの封印を解くために仲間()を集めていたのだ。

「その仲間はファウードの封印が解けたらどうすんだ?」

「さぁ? きっと私を含めた全員がファウードを奪い合うんじゃないかしら?」

 何の躊躇いもなく、戦うと言い切った彼女の顔はどこか自信に満ち溢れていた。自分が負けるとは微塵も思っていない。

 おそらくアースやテッドのように現段階で生き残っている魔物はどいつも強敵なはずだ。それがわからないほどハイルは馬鹿じゃない。むしろ、ポンコツになるのはサイや不意を突かれた時だけで基本的に冷静な魔物である。

「今、どれくらい仲間は集まってるんだ?」

「そうね……ファウードの封印が解けるにはもう一つか二つほど力が必要ってところまでかしら。この前、ロデュウって魔物が失敗しちゃってね。だから、サイちゃんを仲間にすることにした」

 その言い方では主力メンバーが怪我をしたから補欠メンバーがスタンディングメンバー入りを果たしたように聞こえる。候補には入っていたがそれ以上に使える奴がいるから仲間には誘わなかった、と。

「……お前には悪いが俺たちは未だに攻撃呪文を覚えていない。ファウードの封印を解く力には――」

「――『サザル・マ・サグルゼム』」

 嫌な予感がして俺はハイルの誘いを断ろうとした。ファウードの情報はそれなりに手に入ったからこの辺で話を断ち切るべきだと思った。

 だが、それは叶わない。ハイルが『背中を支える(サザル・マ・サグルゼム)』を口にしたから。

「知っているわよ、サイちゃんのことなら全部ね。『サルク』、『サシルド』、『サウルク』、『サルフォジオ』、『サグルク』、『サフェイル』、『サジオ・マ・サグルゼム』、『サザル・マ・サグルゼム』……そして、昨日発現した『サルド』と『サルジャス・アグザグルド』」

「ッ……」

 俺は思わずその場で立ち上がろうとしここがサイゼであることを思い出し、なんとか踏み止まった。何故、知っている? どうしてそこまで知っている? いつ調べた? サイならハイルが近づけばわかる。もし、偵察にユウトが来ていたとしても今日、術の性能を調べたモチノキ町の裏山は周囲に隠れる場所はなかった。

「うーん、ちょっと驚かせすぎちゃったかしら? じゃあ、私のことも教えてあげる。どうして、サイちゃんにばれずにサイちゃんのことを調べられたのか。でも、少し考えればすぐにわかるけど……答え、聞く?」

「……」

 ニコニコと笑みを浮かべるハイルに俺は何も答えられなかった。すでに一つの仮説が頭の中にあったのである。しかし、それは――サイの専売特許。サイにしかできないと思っていた芸当であり、否定したい気持ちで頭が一杯だった。でも、考えれば考えるほどそれしか思いつかず、ついその答えを言葉にしてしまう。

「……『魔力隠蔽』。お前はサイと同じように自分の魔力を隠すことができる」

「……正解」

 そう言ってハイルはそれはそれは嬉しそうに笑顔を浮かべ、鋭い八重歯を俺に見せつけた。


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