やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
今まで魔力を感じ取れる魔物には何体か出会ったことがある。
千葉村で戦った魔物は魔力を音波として感知することができた。
千年前に封印されたあの大剣の魔物もサイの魔力を辿って追ってきた。
ガッシュたちが戦ったというコーラルQやモモンも広範囲の『魔力探知』でファウードの存在を知っていた。
もちろん、サイだって魔力を感じ取れる魔物の一人であり、今まで何度もこの能力に助けられてきた。
しかし、今の今までサイ以外に『魔力隠蔽』を使える魔物はいなかった。少なくともであったことがなかった。だから、俺はハイルが『魔力隠蔽』が使えることに驚いていた。『魔力探知』を使える魔物の遭遇率から『魔力隠蔽』は希少であると思っていたから。
「そもそも『魔力隠蔽』は
驚きを隠せない俺を見て話が進まないと判断したのかハイルはミルクジェラードを口に含んだ後、どこか呆れた様子で話し始める。まるで、『サイちゃんには聞いてないの?』と言わんばかりに。
「確かに体の中を流れる魔力を操作して漏れ出る量を極限にまで減らせば疑似的な『魔力隠蔽』は可能ね。でも、それじゃあサイちゃんみたいな高い精度の『魔力探知』には通用しない。あの精度であれば微かな魔力も見逃さないもの」
『でも』と言葉を区切り、スプーンを皿の上に置いた彼女は窓の外を眺める。つられて外を見ればすでに夕日は沈み、街は少しずつ夜に染まりつつあった。
「『魔力隠蔽』は違う。意図的に魔力を放出、もしくは術を使わない限り、体から魔力が漏れ出ることはないわ」
そういえば修学旅行の時、今に比べ、『魔力探知』の範囲は狭かったとはいえ街を散策してあちこち移動していたのにサイはハイルの存在には気づいていなかった。
クリスマス会の時もてっきりハイルの魔力を感じ取って外に出てきたと思っていた。だが、ハイルが『魔力隠蔽』が使えるのならサイは俺を追いかけて外に出てハイルを見かけ、街灯の上に移動したのかもしれない。
今回の件だってそうだ。『魔力隠蔽』が使えるのならサイに気づかれることなく、上空から俺たちの様子を観察することだって難しくはない。『魔力隠蔽』持ちの飛行型魔物とか厄介にもほどがある。
「……『魔力隠蔽』ってのはそこまで珍しくない体質なのか?」
「まさか。私以外で『魔力隠蔽』持ちはサイちゃんぐらいしか知らないし、そもそも『魔力隠蔽』は体質というより
「異常、だと?」
何の躊躇いもなく異常と言ったハイルだが、自分自身もその異常と評した『魔力隠蔽』持ちである。それは自分のことを異常だと言っていることに他ならない。
「別に『魔力隠蔽』は先天的な体質じゃなくてやろうと思えば誰でもなれる後天的な体質。でも、実際に『魔力隠蔽』持ちは限りなく少ない。何故かわかる?」
なろうと思えば誰でもなれる
だが、ハイルの言うとおり、『魔力探知』に比べて『魔力隠蔽』持ちは極端に少ない。魔界に詳しくない俺が聞いても有用だとわかるほどの体質のはずなのに。
つまり、『魔力隠蔽』持ちになろうと思えないほどのデメリットがある。もしくは『魔力隠蔽』のなり方を知らない。また、誰でもなれるとハイルは言ったがその方法が難しい可能性も否定できなかった。
どれだけ考えてもこれだと思える解答は思い浮かばず、降参の意味を込めて両手を挙げる。それを見たハイルはどこか嬉しそうに笑って口を開いた。
「正解はね? ある一定の年齢まで術を一切使わないこと。それが答えよ」
「……それだけか?」
「ええ、それだけよ」
術を使わない。それは魔物にとってどんな意味があるのか魔界に疎い俺にはわからない。だが、現に子供であるサイとハイルが『魔力隠蔽』を持っている時点で大人になるまで使えないわけじゃない。それなら少しの間、術を使うのを我慢すれば誰だって――。
「ッ……それは、いつまでだ? いつまで術を使わなければ『魔力隠蔽』になれる?」
「さぁ、はっきりとはわからない。でも、私は
ハイルの答えに俺は思わず目を細めてしまう。確か彼女はガッシュたちと同じクラスで勉強していた。そして、ガッシュたちは6歳だったはず。明らかに年齢が合わない。
「ああ、ごめんなさい。私、編入組なの。まぁ、サイちゃんより1年早く編入したんだけどね。色々事情があって学校に行けなかったから低学年のクラスに編入したのよ」
「……なぁ、魔界の学校って術の授業は――」
「――普通にあるわよ。その質問が出たってことはもうわかったみたいね」
「……長くても10歳になるまでの間、義務教育を受けない。そうだろ」
「んー、少し違うわね。学校に行かなくても術は使えるもの。術の扱い方は本能が知ってるから。まぁ、学校で習った方が確実に扱い方は上手くなるでしょうけど」
『独学には限度があるから』。そう言った彼女はどこか遠い目をして引きつった笑みを浮かべていた。何か自力で勉強して挫折した経験でもあるのだろうか。
「つまり、『魔力隠蔽』持ちになるには少なくとも10歳まで術を使わないことが条件か」
「おそらくね。私も真剣に調べたわけじゃないからはっきりとはわからないけれど……確実に言えることは普通の家庭に生まれた子供は『魔力隠蔽』は習得できない」
何故なら学校に行って術の扱い方を習い、条件を満たす前に術を使ってしまうから。
また、テッドのように学校に行けない生まれの子供もおそらく幼少期のうちに本能的に術を使ってしまう。術が使えればそれだけその日を生き残る可能性が高くなるから。
だからこそ、サイやハイルは異常であった。10歳になるまで術を使わずとも生き残れる環境で生きていたのに学校には行けなかったのだから。
「……まぁ、『魔力隠蔽』に関してはこれぐらいにして。本題に戻るわ。サイちゃんの『サザル・マ・サグルゼム』は術を当てた術の威力を上げる術。それを使って私たちの呪文の強化をしてもらうためにこうやって仲間に誘っているの」
そうだ、ハイルは『魔力隠蔽』のことを説明するためでなく、あの謎の建造物――ファウードの封印を解くために仲間になれと勧誘しに来たのだった。
「もちろん、ファウードの封印が解けた後は他の奴らを蹴落とすために協力するし、私は魔界の王になるつもりはないからサイちゃんに王の座は譲る」
前、ハイルが家に遊びに来た時、彼女に『王に興味はないのか』と聞いた。それに対してハイルは『サイと友達になること』と『ツペ家の繁栄』にしか興味がないと答えたのだ。『ただ成長できるから戦っているだけ』。王を決める戦いに参加しているのに王の座には微塵も興味がないと言ってのけた。
「どう? あなたたちにとっても悪くない話だと思うの。きっと、サイ友であるあなたなら私の言葉に嘘偽りないことはわかるでしょう?」
ハイルの言うとおり、彼女は生粋のサイ信者だ。裏切るような行為は絶対にしない。それどころかサイのためならどんなこともしてしまうだろう。彼女の言葉に嘘がないことぐらい言われなくてもわかる。
「……」
「……ねぇ、わかってる? なにも私はファウードの力を手に入れたい、だとか。サイちゃんと友達になるために王の座をプレゼントするとか言ってるわけじゃない。ただ単にサイちゃんには最後まで生き残ってほしいからサイちゃんを仲間にするよう、必死にリオウに交渉しただけ」
ハイルたちの仲間になるには最低でもファウードの封印を解くほどの力が必要だ。攻撃呪文を持たない俺たちではまず勧誘されないだろう。
そんな俺たちに声がかかったのはハイルが『サザル・マ・サグルゼム』の効果を教え、リオウが仲間候補に入れてもいいと判断したからだ。あくまでも俺たちは補欠メンバーだったのでロデュウという魔物がガッシュの友達を仲間に引き込めたらこうして声はかからなかったはずだ。そんな補欠メンバーに声をかけるほどリオウという魔物は切羽詰まっていると考えていいかもしれない。
「お願い、八幡……サイちゃんを説得して。きっと、あなたから言えばサイちゃんだって頷くはず。だから――」
「――いや、それはどうだろう」
ハイルの言葉を遮って俺は思わず言葉を漏らしてしまった。確かにサイの中で最も優先順位が高いのは俺だろう。だが、仲間たち……特に昨日、親友になったティオの優先順位は確実に上がっている。千年前の魔物と戦ってからより一層、仲間を大切にするようになったサイにとってハイルたちの仲間になることは完全に裏切り行為だ。
「……説得する気はないってこと?」
「いや、そうじゃない。だが、今すぐ判断できないだけだ」
一向に頷かない俺を見て不機嫌そうに最後のミルクジェラードを食べたハイルは目を鋭くさせ、ごそごそとゴスロリ服のポケットを漁り始める。なんだろうとそれを見ていると彼女は1通の封筒を取り出した。
「拠点を出発する前にリオウから渡された手紙。あなたが頷かなければ見せろって言われてたの」
「……」
「読んだ方がいいわ。リオウは目的のためならどんな手も使う魔物よ」
そう言われ、俺の脳裏に千年前の魔物たちとの戦いがフラッシュバックする。あの騒動もゾフィスという魔物が王になるために企てた悪巧み。今回の件も『千年前の魔物』が『ファウード』になっただけでリオウの目的もゾフィスと変わらないはずだ。ここで手紙を読まなければ後悔しそうだ。
「……はぁ」
仕方なく、ハイルから手紙を受け取り、封筒を開けて手紙を読む。
そして、俺は――。