やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.21 こうして、群青少女は間違え成長する

「あれ?」

 ユキノに教えて貰った場所に着いたがハチマンの姿はどこにもなかった。あれから結構、時間が経っているしもう帰ってしまったのだろうか。

(……このまま突入しちゃおうかな)

 やっぱり、まだ怖い。多分、このまま帰っても眠ることなどできないだろう。ハチマンに迷惑をかけてしまうが、彼ならきっと苦笑しながら布団の中に入れてくれるに違いない。

 そうと決まれば早速、行動しよう。来た道を戻ろうと踵を返したその時、私は見てしまった。

「……嘘」

 地面を何かが抉ったような痕跡を。急いで駆け寄ってよく観察する。確証はないが人の力では不可能な抉られ方だった。その他にも人の足跡が3つ。“見覚えのある足跡”と見たことのない足跡が2つ。その内の1つは私と同じぐらいの体格の子。つまり――。

「っ!」

 大声を上げそうになったが何とか踏み止まった。ここは森の中。どこに敵が潜んでいるかわからない。まぁ、私の魔力感知が反応を示さないということはこの付近にはいないだろうけど。

(そんなことよりも今はハチマン)

 足跡の様子を見るに魔物の攻撃を躱しながら逃げているようだ。時々、足跡が左右にぶれている。また、ぶれた足跡の近くの地面は先ほど見たような抉られ方をしていた。もし、体を狙っているならぶれた足跡の近くではなく、もう少し先の地面が抉れるはずだ。

(魔物はハチマンの足を狙ってる……急がないと)

 周囲を警戒しながら足跡を辿る。その間に近くにいた夜行性の動物に声をかけてハチマンらしき人物と魔物たちの捜索を頼んだ。

「ハチマンっ……」

 足跡を見失わないように気を付けながらパートナーの名前を呼ぶ。貴方は今、どこにいるの? 無事なの? 怪我とかしてない? 死んでないよね? 私を置いていかないよね? 最期の言葉を残さないよね?

 そんな問いかけを頭の中で繰り返していると突然、ハチマンの足跡が消えた。見失ったのかと思って地面を観察するがやはりない。その代わり、誰かが倒れたような形跡がある。どうやらここでハチマンは足に攻撃を受けてしまったようだ。

(でも、ハチマンはここにいない……となると)

 ハチマンならこんなところで諦めたりしない。私と一緒に戦う方法を見つけてくれると約束してくれたから。捻デレな彼ならきっと――。

「まさか!」

 森を観察して右側が急斜面になっているのに気づき、息を飲んだ。大切な物を守るために自分が傷つくのを躊躇わない彼なら何の躊躇もなく右に跳ぶだろう。

「誰か……誰かいない!?」

 暗視能力があると言っても真っ暗な森の中でこんな急斜面に飛び込むのは無謀である。はやる気持ちを抑えて森に向かって叫ぶと猪が出て来てくれた。

「お願い! この斜面の下に行きたいの。他に道はない?」

 私のお願いを聞いて猪は一度鼻を鳴らすとノシノシと歩き出した。案内してくれるようだ。しかも、とっておきの近道らしい。だが、少し険しいため大丈夫かと心配してくれた。

「大丈夫。もっと険しい道を通って来た」

 それを聞いた猪は少しだけ笑って振り向きもせずに歩き続けた。

(ハチマン……待ってて。今、行くから)

 例え、彼が今どのような状況でも救ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと意識が浮上していく。しかし、はっきりとしない。今どこにいて何時なのかもわからない。

「っ……」

 激痛が走って声を漏らしたが掠れていたので音にならなかった。あー、人生で一番痛い思いしているな、これ。目を開けるがぼやけている。そんな視界で周囲を見渡すと森の中だった。あの魔物たちはいない。まだ見つかっていないようだ。魔本も無事。

(何とか……なったか)

 しかし、この状況は少しまずいかもしれない。体に力が入らないのだ。それに少し鉄臭い。もしかしたら、出血しているのだろうか。そう言えば、お腹がジンジンと痛む。震える右手でお腹を触り、チラリと見ると赤い液体が付着していた。斜面を転がり落ちている間に尖った岩か木でお腹を切ってしまったようだ。

「――っ! ――!」

 そんなことを考えていると何か音がした。いや、声だろうか。

「――ン! しっ――! ――マ――!」

 俺の顔を覗き込んでいるようで泣きそうな表情を浮かべながら俺の傷の具合を確かめている。見覚えのある長い髪と特徴的な群青色の目。ああ、そうか。来てくれたのか。ぼやけた視界でもわかるぞ。

「サ……ィ」

「――、――――! だ――」

 頼む。もう少し大きな声で話してくれ。聞き取れない。意識が朦朧としているんだ。

 俺の意識がはっきりしていないとわかったのか。サイは着ていたワンピースの裾を細長く破って俺のお腹をきつく縛った。止血しているらしい。今度は右足に木の枝をあてがい、こちらも縛る。

「ハチマン! しっかりして!」

 応急処置してくれたからかサイがそばにいてくれたからかやっと彼女の声が聞き取れるようになった。

「大丈夫だよ。お腹は裂傷してて右足は折れちゃってるけど応急処置すれば何とかなるから。もう少し頑張って!」

「……あ、あ」

 掠れた声で返事をするとホッとしたのか安堵のため息を吐くサイ。しかし、すぐに顔を歪ませて右の方を見た。

「……ハチマン、ここにいて」

 きちんと止血できているか確認した後、立ち上がったサイは無表情だった。そして、何より群青色の目が不気味なほど澄んでいた。それを見て彼女の魔力感知に敵が引っかかったのだと察する。

「気を、つけろ、よ……」

 このままあいつらを放っておけば面倒なことになる。そう思って独りで倒しに行くのだろう。一緒に行ってやりたいが今の俺は動けない。こうやって声をかけてやることしかできない。

「っ……うん、行ってくるね!」

 声をかけられるとは思わなかったのか目を丸くした彼女だったが、すぐに笑って森の中へ消えていった。

「……」

(サイ、すまん)

 俺は心の中でサイに謝る。もう、限界だった。

 

 

 

 

 微かに見えるパートナーの背中を見送りながら俺は再び、闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ……」

 魔物が舌打ちをした。獲物を見つけられず、イライラしているのだろう。それをパートナーらしき人物が宥めていた。

 ここは森の中。光源は空に輝く月のみ。そして――私が最も得意とする戦場だ。

「ん? おい、あそこ揺れたぞ?」

 魔物が何かを見つけたらしい。ガサガサと揺れている草むらに手を向けた。

「『ギケル』」

 そして、呪文を唱える。見えない衝撃波が草むらに直撃した。それとほぼ同時に草むらの中から猪が現れ、逃げていく。

「なんだぁ、猪かよ」

 そう悪態を吐く魔物。今度は右側の草むらが揺れた。

「『ギケル』」

 もう一度、呪文を唱えた。現れたのは小さな熊だった。熊も逃げていく。

「……なぁ、おかしくないかぁ?」

「何がだ?」

「どうして、こんなところに猪や熊がいる? 森の中だがぁ、民宿がある。普通、出てこないと思うがぁ?」

 魔物の言うとおりだ。野生動物は基本、臆病である。そのため、人が集まるような場所には行かない。行ったとしても食べ物がなくてどうしても獲物が欲しい時か間違って紛れ込んでしまった時ぐらいだ。

(そろそろか)

 私は手に持っていたジッポライターの蓋を開けて、閉めた。ジッポライター特有の音が森に響く。

「な、なんだぁ? 今の音」

「ジッポライターのようだが……」

 カチ、カチ、カチと一定のリズムを刻むジッポライター。それを続けながら空いた右手を挙げたフクロウに合図を送る。魔物の後ろの草むらが揺れた。すぐに振り返って魔物たちはその草むらに向かって攻撃した。

「『ギケル』!」

 草むらから出てきたのは小さなリスが2匹。

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。

 ジッポライターの音が響く。

「くそ! どこからだぁ!?」

 キョロキョロと周囲を見渡す魔物だが、それでは駄目だ。そんな闇雲に探しても私は見つけられない。また右手を挙げた。今度は木が揺れる。

「『ギケル』!」

 また外れ。サルが逃げていった。また草むらが揺れる。

「『ギケル』!!」

 外れ。そこには――何もいない。ただ、風で草むらが揺れただけだ。

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。

 さぁ、惑え。踊れ。お前たちの悪趣味なダンスを見ていてやる。ほら、また草むらが揺れたぞ?

「『ギケル』!!」

 今度は木だ。

「『ギケル』!!」

 外れ。お前たちはもう私の術の中。このジッポライターの音が響く限り、踊り続けるしかない。お前たちは私の操り人形なのだから。

「どこだぁ! 出てこい! 出てこおおおおおおおい!!」

「『ギケル』! 『ギケル』! 『ギケル』!!」

 いい音色だ。もっと響かせろ。ジッポライターのリズムに合わせて。

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。

 ジッポライターの音が響く。

「はぁ……どこだ……どこに……」

 カチ、カチ、カチ――。

 不意にジッポライターの音が途切れた。

「あは……あはははは! なんだ、拍子抜けかよぉ! びびったのか!? ああ!?」

 操り人形は狂ったように笑う。自分を縛っていた糸が切れて喜んでいる。

(馬鹿でしょ)

 知っているのかな。操り人形の糸が切れたら――操り人形はその場に崩れ落ちちゃうんだよ?

「こんばんは」

 木の上から飛び降りて二人の背後を取った私が声をかけると勢いよく振り返る操り人形だち。そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 魔物たちを片付けた私は急いでハチマンの元に向かっていた。

(やった。やったよ、ハチマン!)

 今すぐ魔物たちを倒したと伝えたかった。そして、褒めて欲しかった。『よくやった』、『さすが俺のパートナーだな』。そんな言葉が欲しかった。“あの頃”と同じように誰かに褒められたかった。

「ハチマン!」

 ようやく彼の姿を見つけて叫んだ。全速力で来たので肩で息をしているが気にしなかった。

「ハチマン、やったよ! 私、魔物倒したよ!」

 駆け寄りながら勝利の報告をする。きっと、彼はすぐに――。

「……ハチマン?」

 ハチマンは何の反応も示さなかった。

「ねぇ、起きてよ。ハチマンってば」

 恐る恐る彼の体を揺するが応答なし。呼吸も乱れている。顔も白い。

「あ……」

 そこでやっと私は我に返った。どうして、私は魔物を倒して喜んでいた? ハチマンが死にそうなのに勝利の喜びを噛み締めていた? 何故……何故、ハチマンが死にそうなのを忘れていた?

「あ、ああ……」

 そうだ。私は楽しんでいたのだ。あいつらを追い込むのを。面白いように踊り狂う彼らを見て笑っていた。ハチマンのことなどすっかり忘れていた。素早く彼の容態を確認するが後数分で死ぬ。そう判断できた。

 

 

 

 

 ――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。

 

 

 

 

 焼けた森の中。焦げ臭い匂いと血の匂いが充満している。周りにはたくさんの魔物の死体。そんな中、私は1人の少女を抱えて叫んでいた。そんな光景がフラッシュバックする。

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 また私は繰り返すのか。また私だけが生き残るのか。もう嫌だ。独りで生き残るなんて。大切な人たちが目の前で死んで行くなんて。私の知らないところで傷つくなんて。

「ふざけんなっ! ふざけんなああああああああああああああああ!!」

 誓ったのだろう? もう、失わないと。

 決めたのだろう? もう、間違えないと。

 願ったのだろう? 目の前に倒れている彼と一緒に戦うと。

 でも、私は間違えた。あの頃の私に戻っていた。傷つけることを快楽とし、笑いながら返り血を浴びる私に。大切な人を蔑ろにし、自分のためだけに戦っていた。

「私は何のために戦ったんだ! なんで守りたい物を守れないんだ! こんな……こんな力いらなかった!」

 人を傷つけることしかできない力。あの時も今も私にはそれしかなかった。

 でも、本当に求めたのはそんな力ではない。私が求めたのは――。

(大切な人を守ることのできる……癒すことのできる力!!)

 今まさに目の前で死にそうになっている私の大切な人を癒す力が欲しい。

 その時、不意にハチマンが抱えていた魔本が群青色に輝き始めた。

「……まさか!?」

 急いでハチマンの腕から魔本を抜き取り、ページを捲る。そして、見つけた。新しい呪文。この呪文を唱えればもしかしたら、ハチマンは助かるかもしれない。

「ハチマン、目を開けて! この呪文を……私の新しい力を使って!!」

 新しい呪文が書かれたページをハチマンに見えるように掲げ、彼の左手を魔本に触れさせた。

「ハチマンっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い海の底。目を開ければ群青色の世界が広がっていた。遠いところで光が揺れている。俺は沈んでいく。深い深い海の底へ。

『――』

 誰かの声が聞こえる。

『ハチマン』

 この声は……サイだ。悲しそうな声で俺の名前を呼んでいる。

 ――なんで、悲しそうなんだ? 何が悲しいんだ?

『私はハチマンと一緒に戦うって決めたのに……結局、独りで戦ってたから』

 その声音はとても辛そうだった。

 ――そんなことないだろ。お前は俺のために最善を尽くしてくれた。

『ううん。魔物と戦ってた時、私は貴方のことを忘れてた。そんなの一緒に戦うって言わないよ』

 ――なら、俺だってお前に助けを求めなかった。お互い様だろ?

『……ハチマンは優しいね』

 なぁ、サイ。

『もう……無理だよ。私、もう戦えないよ』

 どうして、お前は。

『ごめんね……ごめんね、ハチマン』

 そんな、悲しい声で謝るんだ? 俺はお前にそんな顔して欲しくないんだ。

 ゴボ、と俺の口から気泡が出た。沈んでいた意識がクリアになっていく。

 これまでサイは独りで戦って来た。俺は後ろで呪文を唱えるだけだった。

(そうか。そうだったのか)

 また俺は間違っていたようだ。サイと一緒に戦う。その答えを見つけると彼女と約束した。でも、約束しただけで行動に移していなかった。

(待っているだけじゃ駄目だ)

 沈んでいた体が突然、浮上し始めた。どんどん揺れる光に近づく。俺は必死になってその光に向かって右手を伸ばした。

 光の向こうに群青色の文字列が見える。唱えろ。その呪文は俺とサイが再び、歩き始めるきっかけになる呪文だ。さぁ、唱えろ。前に進むために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『サル……フォ……ジ……オ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハチマンがつっかえながら呪文を唱えた。

「っ?!」

 その刹那、群青色の魔本が強い光を放つ。その光はとても暖かかった。

「お願い! ハチマンを救って!!」

 祈りながら本能的に両手を上に伸ばす。すると、私の頭上が光り輝き、巨大な注射器が出現した。

「はあああああああああ!!」

 大声を上げて両手を振り下ろし群青色の液体が入っている注射器を思いっきり、ハチマンの体に突き刺した。一瞬だけ顔を歪めるハチマンだったが群青色の液体が彼の体に流れていくにつれ、どんどん傷が癒えていく。

(これが……)

 私の新しい呪文。ずっと……ずっと欲しかった癒しの力。

 注射器の中身がなくなった時にはすでに彼は完全に回復していた。腹部の裂傷も右足の骨折もすっかり元通りである。

「ハチマン!」

 注射器が消えると同時に彼に飛びつき、容態を確認した。呼吸も安定している。出血のしていない。顔色もいい。

「……あ、ああ」

 助かった。ハチマンは助かったのだ。

「よかった……よかったよぉ」

 安心したからかボロボロと涙が溢れていく。何度も拭うが止まる気配はない。

「……う」

 その時、うめき声を漏らしたハチマン。顔を上げると彼はゆっくりと目を開けた。

「あ、れ……」

 自分の体を見て傷がないのに気づき、首を傾げるハチマン。

「ハチマン、大丈夫?」

「ああ……でも、なんで」

「それは後で説明するよ……ねぇ、ハチマン」

「なんだ?」

「ありがとう。生きていてくれて」

 私の顔を見て目を丸くする彼だったがすぐに苦笑してポンと私の頭に手を乗せた。

「こちらこそ、守ってくれて……さんきゅな」

「うんっ!」

 そっぽを向いてお礼を言うハチマンに抱きつきながら私は頷く。もう、私の目から涙が消えていた。

 




第4の術 『サルフォジオ』
・回復呪文。サイの頭上に群青色の液体が入った巨大な注射針が出現し、刺した対象の傷を回復させる。少し痛い。??????


???の部分は検証した後に公開します。なお、心の力は一切回復しません。

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