やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.208 脅威を前に群青少女はそれに染まりかける

「ッ――」

 『ファウード』へ突入する準備が整い、私たちが乗り込んだ小型の飛行機が出発してからそれなりに時間が経った頃、突然、私の『魔力探知』に今まで感じたことのないほど巨大な反応があった。

「き、キヨマロ、引っかかった」

「そうか……って、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「……」

 心配そうに顔を覗き込むキヨマロだったが、私は何も答えることができず、思わずハチマンの手を握ってしまう。

 『魔界の脅威』というからには普通の魔力ではないと予想していたが、まさかここまで禍々しい(・・・・)とは思わなかった。

 また、頭で理解するよりも早く、悟ってしまったのである。こいつに関わるべきではない、と。

 そして、なにより……私の魔力に『ファウード』のそれと似た何かがあることがわかってしまった。未だに私が『魔界の脅威』と呼ばれる原因となった出来事について何も思い出せない(・・・・・・・・)けれど、私も『ファウード』も魔界に恐れられた存在であることには間違いないらしい。だから、私たちは――。

「みんな、『ファウード』への侵入方法はさっき説明したとおりだ。準備してくれ」

 顔色が悪くなった私を気にしながらもキヨマロはすぐにみんなに指示を出す。『ファウード』への侵入方法は単純であり、『ファウード』を発見次第、家や森のある頂点部分の上空から侵入する、それだけだ。

 私やモモンは空を飛ぶ術を持っているがこの人数を運ぶためには何往復もしなければならないため、心の力を消費する上、時間もかかる。何が起こるかわからない現状、少しでも心の力を消費するのを避けたい。そこでパラシュートを使ってのスカイダイビングである。

「……サイ」

「ッ……大丈夫。ほら、早く準備しよ?」

 キヨマロの指示は聞こえていたがすぐには動けずにいると彼に呼ばれて我に返った。いつの間にかハチマンの手を強く握っていたらしく、慌ててその手を放してパラシュートを取りに立ち上がる。これから『ファウード』に侵入するのに魔力だけで動揺するとはなんと情けない話だ。

「……」

 私は背中に突き刺さるハチマンの視線を無視して気丈に振る舞う。きっと、『ファウード』で私たちはこれまでとは比べ物にならないほど厳しい戦いを繰り広げる。アースとの戦いで後れを取ってしまった私は特に気合を入れなければならないのだから。

 

 

 

 

 

「き、清麿さん……モモンの様子が……」

「……サイ、大丈夫か?」

「う、うん……」

 パラシュートを背負ってから少しして最初に異常を見せたのはやはり『魔力探知』を持つ私とモモンだった。モモンは頭を抱えて身を守るように機材の隙間に潜り込み、私は無意識の内に自分の体を抱きしめていたのだ。

 『ファウード』が『魔力探知』の範囲内に入ってからというもの、常に巨大な禍々しい魔力を感じていたがここまで近くなると『魔力探知』だけでなく、この魔力そのものを肌で感じることができた。幸い、禍々しいとはいえ負の感情は乗っていないのでハチマンの体に異常は起きない。もし、負の感情が乗っていたら『サジオ』があっても一瞬にしてハチマンはノックダウンしていただろう。

「サイ、モモン、ここか? この近くに『ファウード』いるんだな!?」

「そう、だよ……すぐ横にいる」

「ウヌぅ……私にも、わかるのだ」

「ええ、いるわ……」

 清麿の質問に頷いた後、ガッシュやティオたちも震えていることに気づいた。『魔力探知』を持っておらずとも『ファウード』の魔力を肌で感じ取ってしまったらしい。

「……何も見えんが」

 それを聞いた人間組は窓の外を見るがそこには何もない。でも、確かにそこにいる。今は目に見えないように細工がしてあるだけで奴は確実にそこにいた。

「くっ……ガッシュ、顔を外の方へ!」

 肉眼で見えなければスカイダイビングは不可能。どうにかして『ファウード』を視認できるようにしなければならない。キヨマロは飛行機のドアを勢いよく開け、ガッシュが開いたドアから『ファウード』のいる方へ顔を向けた。

「『ザケル』!」

 キヨマロが術を唱えるとガッシュの口から何もないところへ電撃が放たれ、突然、何かにぶつかったように弾ける。そして、視界いっぱいに岩の塊が広がった。私たちはとうとう、見つけたのだ、『魔界の脅威』を。

「みんな、『ファウード』の上空まで上昇する! シートベルトを締めるんだ!」

 キヨマロの指示が飛び、みんなが慌てて自分の席に戻る中、私はその場から動けずにいた。

(これが……『ファウード』)

 『魔界の脅威』として魔界で恐れられ、封印された『巨大な魔物』。覚悟していたとはいえ、目の当たりにした途端、本当に私たちだけで止められるのかと疑ってしまう。最悪の結末(バッドエンド)が脳裏を過ぎり、胸が締め付けられる。

 

 

 

 

 

 

 ――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。

 

 

 

 

 

 黒焦げの大地。鼻につく血と焦げた匂い。木々は灰となり、ここにあったものは全て焼失した。そんな死の大地であの言葉があの子の口から紡がれる。

 また、繰り返すのだろうか。また、失うのだろうか。また、壊してしまうのだろうか。また――。

 

 

 

 

 

 

 

「サイ」

 

 

 

 

 

 

 

 目の前がゆっくりと群青色に染まっていく中、不意に耳元で最愛の彼の声が聞こえる。顔を上げるとポンと私の頭に手を置くハチマンがいた。温かいぬくもりが頭から全身へ伝わっていく。染まりつつあった群青が引いていく。

「大丈夫だ」

「……うん」

 何に対して、なのか。

 何が、なのか。

 どうして、なのか。

 たった数文字の言葉にハチマンはどのような感情を込めたのか、それはわからない。しかし、少なくとも私の心を落ち着かせるほどの力は確かにあった。

 やっと心を落ち着かせることができた私はハチマンに頷いてみせた後、いそいそとシートベルトを締めて再びハチマンの手を握る。全員、シートベルトを締めたのを確認したアポロがインカムに指示を出すと飛行機は一気に上昇を始め、小さな魔物組は重力に引っ張られて体が宙に浮いた。

「……ハチマン」

「なんだ?」

「ありがと」

「準備はいいか! 『ファウード』に入ったら一か所に集まるんだぞ! 離れ離れにならないように!」

 私がハチマンにお礼を言っている間に飛行機は『ファウード』上空へ着いたようでキヨマロはシートベルトを外し、飛行機のドアを開けた。強風で私のボリュームのある髪がバタバタとなびく。

「よし、行くぞ!」

 そう言って先陣を切ったキヨマロに続き、仲間たちが次から次へと空へ身を投げる。しっかり、耳に装着された無線の電源がついているか確認した後、隣に並ぶハチマンを見上げた。

「……行くか」

「うん」

 私たちを見送るアポロに軽く手を振り、私とハチマンは手を繋ぎながらほぼ同時に飛行機から飛び出す。空を飛ぶのは『サフェイル』で慣れているが、今のように自由落下したのはあの修学旅行でハイルと戦った時、自殺を試みたあの一回だけだ。

『パラシュート開けるから手を放すぞ』

「うん、わかった」

 無線のインカムからハチマンの声が聞こえ、私たちは手を放してほぼ同時にパラシュートを開いた。他のみんなもすでにパラシュートを開いており、ゆっくりと『ファウード』に向かって降下している。

『あそこ……あの白いドームの建物を目指して降りるんだ!』

 キヨマロの言うとおり、眼下には大きな白いドームの建物があった。そこへ向かおうとした刹那、眼下の森からいきなり魔力の反応が現れる。

「ッ! みんな、術が来るよ!」

『何ッ!?』

 私の叫び声にキヨマロが声を荒げた。その瞬間、森から鎖のついた巨大な刃が飛び出し、私たちの傍を通り過ぎる。振り返れば刃はアポロたちの乗る小型の飛行機へと向かっていた。

「アポロ!」

 届くわけもないのに私は悲鳴を上げてしまう。すると、飛行機は刃から逃れるように急旋回する。そういえばキヨマロからアポロには危険を察知する能力があると聞いたことがあった。きっと、それが発動して即座にパイロットに指示を出したのだろう。

「ぁっ……」

 だが、あの刃には鎖がついている。逃げる飛行機を追うように刃も軌道を変え、飛行機の左翼を綺麗に切断した。




お気づきでしょうが、アースから『魔界の脅威』について聞かされてからサイの精神は今回のようにちょっとしたことで発狂しかけるレベルで不安定です。
これが今後に多大な影響を与えるのでぜひ、みなさん、お楽しみに。

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