やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.209 こうして、群青少女は『ファウード』に降り立つ

 左翼を切断された小型の飛行機はコントロールを失い、重力に引かれるように急降下を始めた。このままでは飛行機は墜落し、中にいるアポロやパイロットが地面に叩きつけられて死んでしまう。

 私は咄嗟に少し離れた場所にいるハチマンに視線を向け、自然と目が合った。私たちの中で空を飛べるのは私とモモン。しかし、モモンの術は浮上するまでに時間がかかる。その間に追撃を受けたらアポロたちを助けにいくどころではなくなってしまう。ここは私が行くべきだ。

 視線から私の意志を察知したハチマンはアポロの救出するために胸に取り付けていた鞄から群青色の魔本を取り出す。

『『サフェ――』

『――待て! 今は下の魔物が先だ!』

(え、なんで……いや、そっか)

 そのまま術を唱えようとしたところでキヨマロがそれを止める。最初は止めた理由はわからなかったが冷静に考えてみると飛行機の左翼は切断されたが爆発は起きていない。つまり、飛べなくなったがアポロたちなら敵に追撃されない安全な高度まで落ちた後、パラシュートを使って緊急脱出ぐらいできるだろう。しかし、早く下にいる魔物を何とかしなければアポロたちを含め、空を飛んでいて身動きの取れない私たちは術の餌食になる。だからこそ、キヨマロは下の魔物をどうにかする方が先だと判断した。

 だが、改めて魔力を探り、私は思わず目を見開き、無線に向かって叫ぶ。

「キヨマロ、魔力反応が二つある!」

『なんだと!?』

 飛行機の左翼を切断して役目を終えた刃が戻っていく場所に一つ。そして、そこから少し離れた場所にもう一つあり、魔力がどんどん強くなっていく。すぐに別の術が来る。

「もう一つの魔物が術を使ってくる! みんな、気をつけ――」

 私が言い終わる前に術が森から放たれ、私たちに襲い掛かった。その術は広範囲に広がり、次々に仲間たちのパラシュートを貫いていく。

『『セウシル』!』

 慌ててメグちゃんが『セウシル』を唱えるがパラシュートが絡まらないように離れて飛んでいたせいで全員を守り切れていない。それを確認した私は咄嗟にパラシュートの入ったリュックを脱ぎ捨て、その身を投げ出す。

「ハチマン!」

『『サフェイル』』

 私の背中から群青色の羽が生え、みんなの前に躍り出て飛んでくる術を蹴り飛ばした。しかし、空を自由に飛べるからといってここまで広範囲に広がる術を全て無効化できない。

「目!」

『『サルク』』

 まずは目の強化。仲間の位置と術の速度、飛ぶ方向を一瞬にして把握した。『サルク』は目の強化をすると同時にその処理を行うため、脳の処理速度が向上し、意識を集中させれば認識速度も上がる。

「くっ……」

 術の軌道を読み、仲間たちに当たりそうな術だけを的確に蹴り落としていく。だが、すでにみんなのパラシュートには大きな穴が開き、コントロールを失っていた。このままでは皆、ばらばらになってしまう。

「ッ! ティオ! ウマゴン!」

 なんとか術が止むまでみんなを守り切った後、周囲を見ればティオとウマゴンのパラシュートが絡み合っていた。あんな状態では着地すらまともにできない。急いで彼女たちの元へ飛び、体重の軽いウマゴンの体を抱きかかえた。

「メ、メル!?」

「ジッとしてて」

 パラシュートが絡まったせいで暴れていたウマゴンを落ち着かせるために頭を撫でた後、彼を持ったまま、ティオの周りをゆっくりと旋回する。そして、彼女たちのパラシュートは離れ、絡まない安全な位置までウマゴンを運んだ。

『サイ、ありがとう。助かったわ』

「メルメルメ~」

「ううん、気にしないで。私は他の人を助けに行くから着地は頑張って」

 パラシュートに穴が開いたとはいえ、コントロールするのは難しいがパラシュート自体はまだ開いたままなので着地することはできるだろう。私はウマゴンを離して2人から距離を取り、改めて周囲を見渡した。

『サイ、シスターのパラシュートが!』

「え?」

 その途中でキヨマロから通信が入り、シスターの方を見る。彼女のパラシュートはびりびりに破け、今まさに墜落し始めたところだった。他のみんなは今すぐ墜落することもなさそうだったので私はすぐにシスターのところへ向かう。

「シスター、掴まって!」

「オヨ、オヨヨヨヨヨ!?」

 私が彼女へと手を差し伸べるが動揺しているのか、シスターは腕をバタバタさせるだけで私のことに気づいていない。仕方なく、彼女の腰に腕を回して抱き着き、一気に上昇しようとした。

(ダメ、間に合わない!)

「ハチマ――ッ!?」

 しかし、その直後、いきなり私は重力に捉われてしまう。『サフェイル』が制限時間を向かえ、効果が切れてしまったのだ。すぐに無線を使ってハチマンに術を唱えてもらおうとしたが予想以上に高度が低かったようで地面がすぐそこまで迫っていた。

「カハッ……」

 咄嗟にシスターと体の位置を入れ替え、私は背中から地面に叩きつけられてしまい、肺から空気が強制的に吐き出される。そして、何故か私とシスターは再び宙に投げ出された。

(が、崖……)

 背中を強打したせいでチカチカする視界の中、まだ維持していた『サルク』を使い、今の状況を把握する。勢いを殺し切れず、地面に叩きつけられた後、跳ねた先が不運にも崖だったのだ。シスターは迫る地面を見た時から恐怖でぎゅっと目を閉じている。私がなんとかするしかない。

「ぁ、ああああああああああああ!!」

 シスターを右脇に抱えなおしながら崖の岩肌に向かって全力で左拳を叩きつける。そのまま岩肌を掴み、落下の勢いを殺してなんとかむき出しになっていた太い木の根っこに着地した。

「はぁ……はぁ……シスター、大丈夫?」

「……え?」

 シスターを木の根っこに下ろし、声をかけると彼女はやっと目を開けて周囲を見渡す。そして、生きていることを安堵した後、自分が座っている場所を把握して目を見開いた。

「オヨヨヨヨヨヨ!? こ、ここは!?」

「ゴメンね、崖から落ちちゃって……『サフェイル』があと1秒でも維持できてたらこんなことにはならなかったのに」

「い、いえ、サイちゃんがいなければ今頃、私は……ッ!?」

 私の謝罪に首を振ったシスターだったが私を見て顔を青ざめさせる。彼女の視線を追うと私の左手に行き着いた。

「あー……ちょっと怪我しちゃった」

「ちょっとどころではありません! 左手が……」

 あのまま木の根っこに落ちていたらおそらく根っこは粉々に砕け、私たちはそのまま奈落の底へ落下していただろう。だからこそ、左手で少しでも勢いを殺す必要があったのだが、その拍子に左手の爪は全て剥がれ、骨も折れており、指のほとんどが変な方向に曲がっていた。

「まぁ、痛いけどハチマンと合流できれば『サルフォジオ』で回復できるからだいじょ――」

「――大丈夫なわけありますか!」

 これ以上、シスターを不安にさせないために笑って大丈夫と伝えたところ、その途中でシスターに遮られてしまう。彼女は目に涙を溜め、私の左手を両手で掴もうとしてその動きを止める。今、私の左手に触れば激痛が走ると直前になって気づいたのだろう。

「いくら術によって傷が治るからといって怪我をしていい理由にはなりません。その怪我は私を救うために負ったものです……気にするに決まっているではありませんか」

「……」

 シスターが今にも泣き出しそうな顔で私を見つめる。それに対し、私は何も言えずに沈黙するしかなかった。それが――少しだけ私たちを心配するユイの姿と重なったから。

(ユイも……こんな感じでずっと心配してたのかな)

「おーい、2人とも! 無事か!」

 私たちは崖から落ちた私たちに気づいたサンビームさんに声をかけられるまで沈黙を貫く。シスターは私の傷に対する罪悪感に苛まれ、私はなんともいえないくすぐったい変な感覚を覚えて。


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