やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.210 彼女たちは望まぬ再会を果たす

「2人とも、今パラシュートを使ってロープを作る! それまでそこで待っていてくれ!」

「わかった!」

 崖から落ちてしまった私とシスターはサンビームさんたちがロープを作り終えるまでここで待機することになった。自力で昇ろうにもかなり深いところまで落ちてしまったし、私の左手はこんな有様だ。ここは大人しく待つ方がいいだろう。ハチマンがいればもう一度『サフェイル』を唱えてもらえばすぐに合流できたのだが、生憎、ここにいるのはサンビームさんとウマゴン、メグちゃん、ティオの4人だけらしい。

「……」

 ロープができるのを待っているとシスターが何度もチラチラと私を見てくる。まぁ、あんなことがあった後だし、私の左手はこんな状態だ。気になるのも無理はない。

「どうしたの?」

「へ!? あ、いえ……左手、痛みますか?」

 試しにこちらから話しかけてみるとシスターは気づかれるとは思っていなかったようで素っ頓狂な声をあげた後、おそるおそる問いかけてきた。その姿がまるで初めて会う人を警戒するウサギのように見えて思わず苦笑を浮かべてしまう。

「そりゃあ、こんなんだもん。痛いよ」

「……すみません」

「ううん、気にしないで……って言っても気にしちゃうんだったね。まぁ、上にはティオがいるし、我慢できなくなったら『サイフォジオ』してもらえばいいから」

 そう言い終わってからシスターに『いくら術によって傷が治るからといって怪我をしていい理由にはならない』と言われたばかりだったことを思い出した。

「……」

 案の定、シスターは少し目を鋭くさせ(全然怖くない)、私の右手に手を重ねる。何のつもりだろうとシスターの顔を見れば彼女は悲しげに笑って諭すように言葉を紡ぎ始めた。

「怪我をしてしまってはこうして触れられなくなってしまいます。死んでしまってはこうして話せなくなってしまいます。だから、怪我を許容しないでください。痛いのはもちろん、周りの人も……悲しくなってしまいますから」

「……ごめん。約束はできないかな」

 私はシスターに首を振ってみせて彼女の目を真っ直ぐ見つめる。目を丸くしたシスターだったがすぐに重ねた手に力を込めて私の手を握った。まるで、不安を紛らわせるように。

「進んで怪我をするつもりはないけど……今回みたいに怪我をするだけで助かるのなら私は迷わず怪我をするよ。躊躇って死んだらそれこそ意味がないから」

「……そう、ですね」

 私の言葉にシスターは自身の失言に気づき、目を伏せた後、微かに頷く。彼女は『死んではこうして話せなくなる』と言った。だからこそ、頷くしかなかったのである。少しばかりズルい手を使ってしまったがまた私が怪我をした時にさっきみたいに心配され、言葉にされては今後の作戦に支障が出るかもしれない。彼女の心配の言葉がみんなに植え付けた『被害を必要最低限に抑えるために私が怪我をする』という慣れを取り除いてしまう可能性がある。そうなってしまえば私は前線に出してもらえず、ただの足手まといになってしまうだろう。それだけは避けなければならない。

「おーい、今からロープを降ろす! しっかり体に巻き付けるんだ! 準備ができたらロープを2回、引っ張ってくれ!」

 その時、ロープが完成したようでサンビームさんの声が聞こえた。私が手を振って応えるとゆっくりとロープが降りてくる。長さも十分だったようで数分足らずで私たちの手元に辿り着いた。

「……えっと、その」

 私がロープの先端を掴み、シスターに目を向けると彼女は何か言いたげに視線を私とロープの間を行き来させる。きっと、私を先に行かせたいと思っているのだが、今までの問答のせいで意見が言いづらくなってしまったのだろう。

「ごめんね。申し訳ないんだけど、私が先に行ってもいいかな?」

「……え?」

「だって、左手がこんな状態でしょ? シスターを先に行かせたらロープが結べなくなっちゃうから」

 私としては必要最低限の被害で抑える方法を取っているに過ぎないのだが、おそらくシスターは私が己を犠牲にして周囲を救おうとする性格だと思っているだろう。先ほどのこともあって私とシスターはどこかぎくしゃくしている。その蟠りを解消するタイミングは今しかない。

「ッ! も、もちろんです! じゃあ、腰に結びつけるのでこちらに!」

 最初は呆けたように私を見ていたシスターだったがすぐに我に返り、慌てた様子で私の腰にロープを結び始めた。彼女の性格からして頼られるのを嫌がるタイプではない。私の予想は当たっていたようで結んでいる間、どこか嬉しそうにしていた。

「それじゃ、先に行ってるね」

「はい、気を付けてください」

 ロープが解けないことを確認し、私はクイクイとサンビームさんに言われたようにロープを2回、引っ張った。上からこちらを覗き込んでいた彼は頷いた後、ロープを引っ張るために顔を引っ込める。

「おっと……」

 ぐいっと体が浮き上がり、すぐに右手でロープを掴んでバランスを取った。パラシュートを解体して作った即席のロープだからか、サンビームさんたちは慎重にロープを引っ張っているようでそれからゆっくり十数分かけてやっと崖の上へと辿り着く。ロープは一本しかないため、私の腰に結びつけたそれを解くのに少しばかり時間がかかる。だからだろうか、サンビームさんは私が無事なのを確認した後、すぐにシスターに大声で声をかけた。下で独りぼっちになったシスターを少しでも安心させるためだろう。

 シスターのことはサンビームさんに任せて私は腰のロープを解いてもらうためにメグちゃんのところへ向かおうとしたが、その前にメグちゃん、ティオ、ウマゴンが私の傍へ駆け寄ってきた。

「みんな、ありがと。助かったよ」

「ううん、気にしないで……って、サイちゃん!? その左手!?」

「ああ、これは後で。それよりもこれ解いてもらえる? 片手じゃ解けないの」

「後でって……シスターを助けたら色々聞かせてもらうからね! あと、治療も大人しく受けなさいよ!」

「あはは……わかったよ」

 正直、何が起きるかわからない現状、少しでも心の力の消費を抑えるために『サイフォジオ』を受けないつもりでいた。ティオの『サイフォジオ』は私の『サルフォジオ』とは違い、体力や心の力も回復する。今後、戦いが激しくなるのでメグちゃんの心の力は温存しておくべきだ。ならば、ハチマンと合流した後、『サルフォジオ』で回復した方が効率はいい。まぁ、ティオとはそれなりに長い付き合いなので私の性格や考え方もわかり始めているようで完全にばれていたようだが。

 それからメグちゃんに腰のロープを解いてもらい、すぐにシスターを救出した。また、ティオが回復呪文を覚えていることを知ったシスターもこちらが少し引いてしまうぐらい『サイフォジオ』を私に使うようにお願いし、ほどなくして私の左手は元通りになった。

「よかったです……本当に、よかった」

「もう、大げさだなぁ。さて、じゃあ、そろそろみんなと合流しよっか。無線で連絡は取れたの?」

 治った左手を掴んで涙を流すシスターに苦笑を浮かべた後、サンビームさんに話しかける。残念ながら私とシスターの無線は崖に落ちた時に耳から落ちてしまったらしく、気づいた頃にはなくなっていた。

「……すまない。どうやらあの騒ぎで壊れてしまったらしい」

「そっか……それじゃ、『魔力探知』で探してみるね」

「頼む」

 サンビームさんに頼まれ、すぐに意識を集中させる。まず、キャッチしたのはそばに居るティオとウマゴンの魔力。それから少し離れた場所にモモン。モモンはゆっくりとどこかへ向かっているようで彼の魔力は少しずつ私たちから離れていく。その先に――。

「――ッ!? ガッシュとキャンチョメが戦ってる!」

「なに!? それは本当か!?」

「うん……敵の数も2つ。多分、私たちを襲った2人だと思う」

「なら、早く助けに行かないと! サイ、案内――」

「――待って」

 魔力量からしてかなりの実力者だ。ガッシュはともかくキャンチョメには荷が重いだろう。ティオの言うとおり、今すぐにでも助けに行くべき……なのだが、ガッシュたちがいる場所とは別の方角からこちらに向かってくる魔力反応が1つ。この魔力には覚えがある。でも、まさかそんな――。

「サイ、ちゃん?」

「……こっちに近づいてくる魔物が1人」

 そう言って私はそちらへ視線を向ける。それにつられてみんなも森を見るとすぐに茂みが揺れ始め、4人(・・)の人が姿を現した。2人の魔物とそのパートナーである人間。1人は蝙蝠のような漆黒の羽、見るからに動きづらそうなフリフリの服。そして、金髪の盾巻きロールが特徴的な魔物。あのハチマンの修学旅行での戦いで私たちを追い詰めた――ハイル・ツペ。

「なっ……は、ハイル!?」

「あら、サイちゃんもいたのね」

 ティオの声に反応することもなく、ハイルは首を傾げて私を見た。それはこちらのセリフである。彼女の魔力は修学旅行の時に覚えたのだが、一切、彼女の魔力を感じなかった。まるで、私と同じように『魔力隠蔽』しているように。

 だが、そんなことよりも私はもう1人の魔物に目を奪われていた。彼女も私を見てこれでもかと目を見開き、驚愕している。

 日差しを受けて宝石のようにキラキラと輝く長い髪。凛とした佇まい。キリっとした瞳。

 ああ、知っている。覚えている。1年間、毎日のように見ていた姿。そのはずなのに――何も変わっていないはずなのにどうして、あの頃に比べて彼女の輝きはどこかくすんでいるように見えた。

「……チェリッシュ」

「……サイ、なの?」

 こうして、私たちは望まぬ再会を果たす。そして、私はすぐに理解した。どこにも行く当てもなく、ただ無意味に生きていた私を旅に誘い、あんなに親切にしてくれた彼女は――敵だ。




次回、チェリッシュ&ハイル戦。


そして、とうとうハイルの本当の力が明らかに。

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