やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.216 彼はこの選択から逃れられない

 木の陰から出てきた褐色肌の青年とカブトムシのような角を生やした顔以外の部分が黄色い毛に覆われた二足歩行の魔物。今のところ、魔本には心の力を込めていないため、すぎに攻撃してくることはなさそうだ。それでも油断はできないのでいつでも動けるように構えた。

「おっと、一応は君たちの敵ではない。攻撃はやめてほしいな」

「隠れて私たちを観察していた人たちの言葉を信用しろと?」

「少なくとも僕たちの話を聞く余裕はあるんじゃないかな? こちらは一組だ。どうやったって君たちに勝てるわけがない」

「……ハチマン」

「『サウルク』」

 青年の言葉は正しい。目の前の青年と魔物がどんなに強くたって私たちが勝つ確率の方が高い。しかし、一人ぐらい道連れにはできる。話は聞いてもいいが警戒は解かない。

 だからこその『サウルク』。少しでも魔本に心の力を込めたら私が最速で魔本を奪えばいい。幸い、私の呪文は心の力の消費は少ないし、ハチマンの心の力の量は仲間たちの中でも随一。多少、消費したところで痛くもない。

 チラリとキヨマロの方へ視線を向けると彼はコクリと頷く。少しでも情報が欲しい現状、青年の話を聞いた方がいいと判断したようだ。キヨマロの同意も取れたので手で『続きをどうぞ』と示す。それを見て青年は私からキヨマロへと視線を移した。

「まずは自己紹介から始めようか。僕の名前はアリシエ。そして、魔物のリーヤだ。清麿、君はさっき『覚悟はできていた』と言ったね。僕はその言葉を聞いて君と行動してみたくなった。それに――」

 そこで青年――アリシエはキヨマロから私を見る。彼の目はキヨマロに向けていた『関心』から『疑心』に変わっていた。

「――清麿以上に今の状況を把握し、最悪(・・)を考えてもなお、平然としているサイが気になった」

「……」

「そんな目を向けないでほしいな。決して、悪い意味ではないんだ。ただ……君の歩んできた道がどれほどのものだったか、知りたくなっただけ。まずは現状を一から説明しようか」

 私の目から逃げるように彼は再びキヨマロと向き合う。

 アリシエの話は私とキヨマロが予想したものとほとんど変わらないものだった。ガッシュたちが倒したブザライはやはり『ファウード』の封印を解くために必要な鍵の一つであり、今のままでは『ファウード』が復活せず、呪いをかけられたリィエンが約二日後に死んでしまうこと。新しい情報は呪いをかけられたのはリィエンの方だったと判明したぐらいである。

「だが、まだ『ファウード』を復活させる手はある。そうだね、清麿?」

「……ああ、俺たちの力がある。『ザグルゼム』で強化した『バオウ・ザケルガ』ならブザライの一番強い術と同等……もしくはそれ以上の力が出せる。それでも足りないのならサイに支えてもらう」

 アリシエの言葉に頷いたキヨマロはガッシュの頭に手を乗せる。私たちの中で最も威力のある術は術を使えば使うほど威力が高まるガッシュの『バオウ・ザケルガ』だ。それを『ザグルゼム』で強化。足りないようなら私の『サザル』で水増しすれば下手な上級呪文(ディオガ級)よりも威力は出るはずだ。

「その通り、ガッシュが足りない力を補えばいい。そうすれば予定通り、『ファウード』は復活し、リィエンの命も救われる」

 アリシエがそう締めくくるとリィエンが死ぬと言われ、顔を真っ青にしていたみんなはホッと安堵の溜息を吐いた。だが、安心するのはまだ早い。問題はここからだ。

「しかし、『ファウード』を復活させれば……世界は滅亡へと向かう。清麿の言った『覚悟』とはこのことだよ。決して逃げられない究極の選択を背負う覚悟だ」

 アリシエはそう言った後、私を一瞥し、すぐにガッシュへと視線を向けた。『ファウード』を直接復活させるのはキヨマロとガッシュ、私とハチマンである。キヨマロはすでに覚悟はできていると言った。きっと、ハチマンも飛行機の中で『ファウード』の正体をみんなに正しく認識させた時点で答えを出している。あとは、ガッシュだけだ。

「ガッシュ……君も決めなければいけない。リィエンという友の死か。全世界の人々の死か」

「ッ……」

 リィエンを救うためには巨大な魔物である『ファウード』を復活させなければならない。しかし、『ファウード』を復活させれば世界は滅亡へと向かう。個人の命を取るか、一人を犠牲にして世界を取るか。私たちの選択が人間界の未来を決める。

「ウヌウ!! リィエンを死なせるわけないではないか!」

「ならば全世界の人間が死ぬな。『ファウード』は巨大な魔物だ。こんなバカでかいものが動き出せばどうなるか……言わずともわかるだろう?」

 ガッシュはまだその事実に気づいていないのか、アリシエに向かって叫んだ。だが、アリシエも一歩も引かずに現実を突きつける。その言葉にガッシュの顔から血の気が引き、一歩だけ後ずさった。

「リィエンを救うと……他のみんなが……でも、でも……リィエンは……」

 やっと事の重さを理解したのかガッシュは頭を抱えて呻き声を漏らす。その間、誰も言葉を発さなかった。発せられるわけがなかった。この選択はそれほど重要であり、重い。リィエンを助けるためには危険に曝す命の数が多すぎ、リィエンを見捨てるには私たちは彼女と関わりすぎた。彼女の命を重く捉えてしまっていた。

「き、清――」

「――駄目でしょ、ガッシュ」

「そうだ、パートナーに頼るな!」

 とうとう重さに耐え切れず、ガッシュはキヨマロへと助けを求める。だが、それを私は止め、リーヤがガッシュを責めた。ここでキヨマロに答えを委ねるのは間違っている。キヨマロはすでに覚悟を決めているのだ。彼に答えを求めればすぐに私たちの行動方針は決まるだろう。

 しかし、それでは意味がない。ブザライが倒れた今、『ファウード』の封印を解くのはガッシュの力だ。キヨマロだけでなく、ガッシュ本人が決めなければならない。

「ガッシュ、この先の未来は君の力で決まる。どちらかの死が決定する。君はもう……この選択から逃れられない」

 私の言葉に続くようにアリシエがガッシュを指さして言い放つ。

 一度、あの飛行機の中で私たちは答えを出した。希望的観測から導き出した拙い答え。だからこそ、それに縋りつくにはあまりにも事は重く、答えは脆すぎた。何も知らずに出した答えなど答えとは言えないのだから。

「う……うぅ……」

「ちょ、ちょっと! そんなことガッシュに決められるわけ――」

「――ティオ!」

 再び悩み始めたガッシュを見ていられなくなったのか、ティオが叫ぶがそれをキヨマロが遮った。キヨマロに睨まれ、口を噤んだティオは助けを求めるように私を見るが黙って首を横に振る。

「ぐっ……ヌァア……」

 ガッシュはその場で蹲り、悩む。1人の命か、約60億人の命か。どちらを取るか。どちらを見捨てるか。悩む。悩む。悩む。悩み続ける。

「ッ……」

 その時、不意にハチマンが顔を歪め、『サジオ』の出力を上げた。おそらくガッシュから漏れる苦悩の感情が乗った魔力が膨れ上がったせいだろう。それほどガッシュの中で様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、それに応えるように魔力は暴れている。

「さぁ、答えるんだ、ガッシュ! いつまで悩んでいる!」

「答えろ、甘ったれ!」

「ヌ、ぁ……あああああああああああ!」

 更にガッシュを追い込むようにアリシエとリーヤが答えを促す。それが引き金となったのかガッシュは徐に右腕を振り上げ、地面に叩きつけた。そのあまりの腕力に地面は蜘蛛の巣状に割れ、小さな破片が周囲に飛び散る。

「私には……どちらかの死など選べぬ……」

「チッ」

「私は!!」

 ガッシュの出した答えに舌打ちをしたアリシエだったが、ガッシュはそんなのお構いなしに声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は誰も死なせぬ! リィエンも、世界の人々も、両方とも助ける!」

 

 

 

 

 

 

 

 そう叫んだ瞬間、ガッシュの魔力に乗っていた感情が変化した。ハチマンの様子を見るに負の感情ではない。ガッシュも彼なりの答えを出したのだ。


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