やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
新呪文『サルフォジオ』のおかげで元気いっぱいになった俺はサイの案内で森を脱出することができた。元気になったと言っても疲労感までは解消されず、結構フラフラだった。まぁ、俺の隣でニコニコ笑っているサイの笑顔でそんなのも吹き飛んだが。
「何で、そんなに笑ってんだ?」
とりあえず、カレーを食べたベンチに座った俺は隣に座ったサイに問いかける。無茶したので怒られると思ったんだが。え、許してくれるの?
「だって、回復呪文だよ!? ずっと願ってた力を手に入れたんだよ!?」
俺の腕に抱き着きながら興奮するサイ。もう、目がキラッキラだよ。親指と人差し指と小指を立ててポーズを取ってもおかしくないほどだ。
(そんなに嬉しかったのか……)
「それにこの力でハチマンを助けられたのがすごく嬉しいの」
「……その、すまんかった。無茶して」
彼女の言葉を聞いて謝らなくちゃならないと思った。その理由はわからない。でも、群青色の瞳の奥に何かを感じ取ったのだ。
「ホントだよ! ユイに電話かければもっと早く駆けつけられたかもしれないのに」
「由比ヶ浜に連絡したら付いて来そうだったからな。それに電話かける暇なかった」
「それでもだよ。ハチマン、もう無理はしないでね?」
サイは瞳を揺らしながらお願いして来る。後少しでパートナーが死ぬところだったのだ。そう願うのも仕方ないだろう。だが、それでは駄目なのだ。
「……そう言えば『サルフォジオ』ってどんな感じだったんだ? ほとんど覚えてないんだけど」
あえて考えていることを告げずに質問した。なんかすごい衝撃だったのは覚えているのだが、それ以外はさっぱりだった。
「んとね。注射器だった」
「は? 注射器?」
「そうそう。大きな注射器で中に群青色の液体が入ってたの。それでそのまま、ドスッと」
「ドスって何?! プスっじゃないの!?」
急いで体を触って穴が開いていないか確認する。穴は開いていないらしい。
「あ、ハチマン!」
その時、俺の右腕を見たサイがにやっと笑って指をさす。
「ここ切れてるよ? きっと森の中を歩いてる時に切っちゃったんだね」
「……おい、待てよ」
「これは急いで治療しなきゃー。でも、ここに医療器具はないしー。あ、そうだー。『サルフォジオ』があるじゃないかー。よし、ハチマン、『サルフォジオ』だ!」
「単に使いたいだけじゃねーか……」
まぁ、念願の回復呪文だったから使いたいのだろう。それに“実験”もできる。
(これで異常がなければ……)
「早く早く!」
ベンチから立ち上がったサイは両腕をブンブンと振って促して来る。それを見て苦笑しながら群青色の魔本を取り出し――。
「『サルフォジオ』」
――第4の術を唱えた。
「やぁ!」
両手を真上に掲げるサイ。その両手の先に巨大な注射器が出現した。サイの言った通り、中には群青色の液体が入っている。
「……でかくね?」
だが、問題は注射器の大きさだった。何用なのか問いかけたくなるほどでかい。人間に刺せば普通に穴が開くレベル。え、俺これで回復したの? 1回死んで蘇ったとかじゃなくて?
「それじゃ行くよー!」
「ま、待て! これはマジでヤバい奴だから!?」
「えいっ!」
「ぎゃあああああああ!」
本当にドスっと刺された。痛みが走り、顔を歪ませる。痛い! 我慢出来るけど痛いって!
「はーい、ジッとしててねー」
満面の笑みを浮かべながらサイが言う。まぁ、動いて針が折れたら困るので頷こうとするが、“体が動かない”。
(な、何!?)
首どころか指一本動かなかった。それに声も出せない。まるで金縛りにあったようだった。
「はい、おしまい!」
困惑している間に注射器の中身がなくなったようで注射器は消える。その瞬間、体を動かすことができた。
「……」
「うん、傷も治ってるね。ハチマン、すごい? ねぇ、すごいかな?」
「あ、ああ……こりゃスゲー」
確かに右腕の切り傷はなくなっていた。
「でしょでしょ? よーし、もっと強くなって新しい呪文覚えるぞー!」
「……サイ、集合」
「へ?」
テンションマックスなサイを座らせて先ほどの現象を話した。
「えっと……つまり、注射器が刺さってる間、『声すら出せないほどの硬直』があるってこと?」
「そうなるな」
「あー……じゃあ、敵の前でドスドスするのは止めておいた方がいいかもね」
あの。その効果音はどうかと思うんですけど。いや、合ってるんだけどね?
「それに傷の治療はできるけど疲労感や心の力は回復しなかった。心の力に関しては本の持ち主だからないのかもしれないけど」
つまり、まとめると『サルフォジオ』は巨大な注射器を出現させる呪文でそれを刺された人の傷を治す。そして、痛い。更に『声すら出せないほどの硬直』があり、疲労感や心の力は回復しない。
「んー、想像していたより使いにくいかもね」
「回復できるって時点ですでにやばいけどな。怪我しても逃げて注射器刺せばいいし」
めっちゃ怖いけど。
「あ、そうだ。なぁ、サイ」
「ん? 何?」
「あの魔物が言ってたんだけど、魔力が一瞬だけ感知できたらしい。どういうことかわかるか?」
「あー……やっぱり、そのせいか。実は私、自分の魔力を隠せるんだよね。でも、ハヤトに初めて会った時に驚いて放出しちゃって」
ああ、あの時か。サイ、すごいビビってたからな。
「魔力を隠せるって……結構すごいことなんじゃね?」
「んー、訓練してないとできないだろうね。呪文使う時とかは隠せないけど」
「……」
俺は思わず、サイを見つめてしまった。今までサイを基準に考えていたが、もしかしたらサイは異常なのかもしれない。魔力を感知できる、動物と話せる、魔力を隠せる。これらの技術は一体、どこで得たのだろうか。
(ティオ辺りに聞いてみるか)
サイに黙ってメールでもすればばれないだろう。送信してすぐにメールそのものを消せばいいし。
さて、そろそろ本題に入ろうか。
「サイ、話を聞いてくれ」
「どうしたの? 改まっちゃって」
「……俺に戦い方を教えてくれ」
「……え?」
俺のお願いを聞いた彼女は目を丸くして硬直し、すぐに首を横に振った。
「駄目……駄目だよ! 戦い方を知ったらハチマン、絶対無茶するでしょ!?」
「まぁ、しょうがない時はするだろうな」
「じゃあ、教えてあげない! 私はもうハチマンが傷つくところなんて見たくないんだから!」
さっきまでご機嫌だったサイはもういない。いるのは大切な物を守ろうと駄々を捏ねる子供だけだった。
「……なぁ、俺たちは一緒に戦うって約束したよな」
「……」
「でも、俺たちは一緒に戦うってことを知らなかった。だから一緒にその答えを探そうって約束したよな」
「……うん」
「じゃあ……今の俺たちは一緒に戦ってるって言えるか? 俺はお前に頼ろうとせず無茶をして死にかけた。お前は俺が傷つくところを見たくないから戦いから遠ざけようとしてる」
それは果たして――共闘と言えるのだろうか。共に肩を並べて戦っていると胸を張れるのだろうか。
答えは否である。
「俺は今回の件でわかったことがある」
「わかったこと?」
「俺たちは確かに約束した……でも、動いていなかったんだよ。答えを見つけようとしなかった。それどころか問題文すら読もうとしていなかった」
でも、俺は問題文を読んでしまった。俺たちに何が足りないのかわからない。俺たちに何が必要なのかわからない。だが、間違っていることだけはわかる。だから、俺はもう動くしかない。問題文を読んで答えを見つけようと思考回路を回し始めてしまったのだから。
「……戦い方を教えるのは難しいんだよ? 私、自慢じゃないけど天才型だから感覚でやってるし。教えるとなったら組手しか思いつかない」
「それで十分だ」
「でも、それでハチマンが傷ついたら!?」
「『サルフォジオ』」
「ッ!?」
俺の一言で全てを理解したのだろう。そして、反論できないことも。
「でもでも……私は、ハチマンが傷つくところを――」
「――それは俺も同じなんだよ」
サイの言葉を遮って伝えた。
「俺だってお前が傷つくところなんて見たくない。後ろで魔本を抱えて呪文を唱えてるだけじゃ嫌なんだよ。その……」
俺の悪い癖だ。真っ直ぐな言葉を伝え切れない。俺自身、そんな言葉を伝えて貰ったことがないから。しかし、ここで言わなかったらきっと後悔する。言え。比企谷八幡。
覚悟を決めてサイの目を真っ直ぐ見ながら俺は思いを伝えた。
「俺はお前を守りたいんだ」
「ッ……」
「だが、人間が魔物に対抗できるとは思えない。術とか使われたら即死レベル。でも、少しでも対抗手段が欲しい。せめて……俺が魔物に狙われてもお前が気にせず戦えるほどに」
基本的に人間は魔物に劣る。そのため。人間が狙われることだってあるだろう。もし、俺が狙われたらサイは俺のことを気にして本気で戦えなくなってしまうのは明白。だからこそ、俺は戦い方を学びたい。足手まといにならないために。
「頼む、サイ。これは俺たちにとって重要なことなんだ。“俺たちが前に進むために”」
「……」
サイはギュッと両手を握る。
「……約束して」
「え?」
「……もう私の前からいなくならないって」
顔を上げた彼女の目に覚悟の色が視えた。決心したのだろう。俺と一緒に前に進むことを。
「ああ、約束する」
「なら……いいよ。教えてあげる。でも、覚悟してよ? 私は厳しいんだから」
少しだけ涙目になっていたサイだったが笑顔で俺にウインクする。
「お、おう。望むところだ」
「とりあえず、朝の組手100本。お昼に筋トレとか色々なトレーニング。寝る前に組手200本ね」
「……は?」
「ふふ。今のハチマンもいいけど。強くなったハチマンもいいかも! 私を守ってね、ナイト様!」
嬉しそうに微笑むサイを見て俺は少しだけ後悔していた。
第4の術 『サルフォジオ』
・回復呪文。サイの頭上に群青色の液体が入った巨大な注射針が出現し、刺した対象の傷を回復させる。少し痛い。刺されている間、声すら出せないほどの硬直がある。
???の部分は『声が出せないほどの硬直がある』でした。
また、どうしてルミルミに魔本を持たせなかったのかはご存じの通り、魔物たちがすごい酷い目に遭うからです。