やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
ハチマンが抜けた今、残っているのは私と『メルメルメ~』しか話せないウマゴンのみ。私は彼の言葉を理解できるが、きっとウンコティンティンも他のみんなと同じように『メルメルメ~』と言っているようにしか聞こえないはず。つまり、ウマゴンが正解を言ってもウンコティンティンからしてみればその答えは全て『メルメルメ~』になってしまう。言ってしまえば絶体絶命のピンチだったりする。他のみんなは順調にクリアしているため、まだウマゴンが『メルメルメ~』しか話せないことに気づいていないのかもしれない。
「じゃあ、次の――」
「――ウンコティンティン、その前に一ついい?」
だから、ここでどうにかしなければ私たちは全員、胃液に落とされてしまう。そのために交渉するしかない。さぁ、ここが正念場だ。
「む? なんだ?」
「この子、ウマゴンっていうんだけど……『メルメルメ~』しか話せないの。でも、私にはこの子の言葉の意味がわかるから通訳してもいい?」
「メル?」
そう言いながらポンとウマゴンの頭に手を乗せる。どうやら絶体絶命のピンチだと気づいていないようでウマゴンは『どうしたの?』と言いながら首を傾げた。私の言葉でやっとウマゴンの問題に気づいたのかリールに掴まっているみんなが一斉に悲鳴を上げる。
「フン、知ったことか。『メルメルメ~』しか話せないのならお前が本当にウマゴンの言葉を通訳しているかわからないではないか」
ああ、そういうと思っていた。プライドの高いウンコティンティンなら拒絶すると思っていた。
でもね、この問題は提示された時点であなたの負けなんだよ、ウンコティンティン。
「うん、そうだね。でも、私がウマゴンの言葉を偽ってるってどうやって証明するの?」
「……ん? わからない時点で証明もないだろう?」
「証明もできないのに否定するの? 正解を言ってるかもしれないのに『不正解』だって決めつけちゃうんだ」
私の言葉にウンコティンティンは骸骨であるにも拘わらず、顔を顰める。随分、表情豊かな骸骨だ。おかげで思考が読みやすい。とりあえず、私の挑発に乗ってくれたみたいだし、ここで畳みかける。
「そもそもウマゴンが正解を言っているのにその言葉を理解できないから『正解』を『不正解』と言うのはどうなの? あなたは知恵を試すんでしょ? その門番がウマゴンの言葉を理解できない時点で知恵を試す立場に立てるの?」
「なッ!?」
「知恵を試す門番なら全ての言語を理解できてもいいと思うんだけど……」
「……そ、それくらい私だって理解できるわ!」
よし、釣れた。今もはてなを浮かべて私を見上げているウマゴンの頭を撫でながら焦るウンコティンティンに笑いかけた。
「じゃあ、ウマゴンと会話してみて? 私はウマゴンの言葉を理解できるから会話が成立してるかわかるから」
「……」
「……どうしたの? ウマゴンの言葉、わかるんでしょ? あ、もしかして理解はできてもそれを言葉にするのが難しいのかな?」
「っ……そうなのだ。言葉はわかるがどうこちらの言葉に訳せばいいのかわからなくてな!」
私の発言に渡りに船と言わんばかりに乗るウンコティンティン。はい、一名様ご案内です。ここまでくればあとは消化試合である。
「うんうん、わかるよ。私も最初はどう表現すればいいかわからなかったからね。じゃあ、私がウマゴンの言葉をあなたのいうこちらの言葉に言い換えるのはどう? ウマゴンの言葉を理解できるあなたなら私が嘘を吐いていないってわかるでしょ?」
「ッ――」
そこでやっと私の口車に乗せられたことに気づいたのだろう、ウンコティンティンは目を(眼球はないが)大きく見開いた。
もし、私に通訳を頼めばウンコティンティンが言ったように本当にウマゴンの言葉を訳しているか彼はわからない。まぁ、答えを他の人から教えてもらうのは大丈夫だからウマゴンが正解を導き出せなくても私が答えを教えた後にウマゴンが『メルメルメ~』で答えを言って、それを私が通訳する形になるだろう。これでウマゴンはリールに乗ることができる。
しかし、ここで通訳を拒絶すればウンコティンティンはウマゴンの言葉を自力で理解しなければならない。私がいなければ出鱈目に判定していたかもしれないがウマゴンの言葉がわかる私がいる時点でそれはできないだろう。だが、ウマゴンの言葉がわかると言ってしまった手前、プライドの高いウンコティンティンは自分の発言を覆せないはずだ。
通訳を頼めばウマゴンは試練をクリアし、拒絶すればウンコティンティンが苦しむことになる。
「ぐ、ぐぬぬ……そこまで言うのなら通訳してもいいぞ」
あくまで私が通訳したいという体で話を進めたいのか、ウンコティンティンは悔しげに顔を歪ませながら承諾した。これでウマゴンは試練をクリアしたも同然である。たとえ、私がわからなくてもキヨマロが答えを教えてくれるだろう。リールに掴まっているみんなもホッと安堵の溜息を吐いたようでここまでそれが聞こえてきた。
「うん、ありがとう」
「くっ……ふっ、では次の問題!」
笑顔でお礼を言うとウンコティンティンはギロリと私を睨んだ後、何故かニヤリと笑った。なにか私の交渉の穴でも見つけたのだろうか。まずい、嫌な予感が――。
「3以上の自然数nに対して、、X^n+Y^n=Z^nを満たすような自然数X,Y,Zは存在しない。これを証明せよ!」
「……は?」
ウンコティンティンが出題した問題を私は理解できなかった。自然数? X? Y? Z? 確か、前にハチマンの数学の教科書を読んでみた時にそんな単語が出てきたような気がする。じゃあ、この問題のジャンルは数学?
「フェ、『フェルマーの最終定理』!?」
目を白黒させているとリールに掴まっているキヨマロが絶叫する。急いで道の端に駆け寄ると彼は冷や汗を流していた。
「キヨマロ、これってどんな問題なの!? 私、数学はさっぱりで!」
「数学界最大の超難問だ! 17世紀の数学者がこの定理の証明を後世に投げかけ……1995年、天才数学者ワイルズが証明するまでの約360年間、どんな天才にも解けなかった!」
キヨマロの言葉に私は奥歯を噛み締めた。ああ、そうか。正解を教えられると言っても私たち全員が正解を導き出せなければウマゴンの言葉を通訳しても意味がない。それを狙ってウンコティンティンは『フェルマーの最終定理』を出題した。
「ウマゴンはもちろん、サイも……俺でさえ何の準備もなく証明しろと言われても無理だ!」
「そ、そんな!? でも、この数式、そんなに複雑そうに見えない」
現役高校生であるメグちゃんが顔を青ざめさせながらも呟く。なお、ハチマンは『さっぱりわからん』という表情を浮かべていた。
「そう、一見簡単そうに見えるから何人もの数学者が挑み、挫折していったんだ。あのワイルズでさえ証明までに8年もかかってる! それにワイルズの完璧な証明は2編の論文を必要とし、そのページ数は合わせて130ページ!」
「く、くくく……これでゴミムシが残らずくたばるわ! フハハハハハ――」
「――もちろん、6桁の単純な掛け算すらできなかったウンコティンティンにも解ける問題じゃない! お前、この問題、解けないだろう!」
「……」
図星だったのか、ウンコティンティンは涙目(眼球はないが)になって沈黙を貫く。問題を出す最低条件として出題者はその問題の答えを知っていなければならない。当たり前のことだ。だからこそ、ウンコティンティンも鬼の形相で睨むキヨマロの言葉に反論できなかった。
「おい、答えてみろ、このウン――」
「――第2問!」
そして、何もなかったように次の問題に移行した。あくまでも『解けない』と言うのはプライドが許さないらしい。よかった、最悪の事態は避けられたみたい。
「おい、このウン――」
「――よーし、お前たちにチャンスをやろうかな」
「チャンス?」
納得できていないのか、ウンコティンティンに何度も『おい』と呼びかけているキヨマロを無視して問う。ここでウンコティンティンの機嫌を損ねるわけにはいかない。キヨマロには我慢してもらおう。
「ああ、このチャンスを使えば第2問はとてもやさしい問題になる。どうする? チャンスを使うか? 使わないか?」
「じゃあ、お願いします」
「よかろう」
チャンスがどんなものかわからないが、『フェルマーの最終定理』のような理不尽な問題ではなくなるのなら何でもいい。とにかく、最低でもキヨマロがわかる問題が来ればいいのだ。
「そこの黒髪の女よ」
「え? 私?」
まさか指名されるとは思っていなかったようでウンコティンティンに指さされたメグちゃんは目を丸くする。どうやら、チャンスを得られるのはメグちゃんの手にかかっているようだ。さて、どんな要求をして――。
「私の名前を言ってみなさい。大きな声で」
――それはセクハラだと思う。