やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.226 彼らは罠を突破する

「ザルチム」

 本の持ち主(パートナー)であるリィエンに呪いをかけられ、強制的にリオウの仲間にされたウォンレイは隣を歩く魔物――ザルチムの名前を呼んだ。彼らは『ファウード』の体内に侵入した侵入者たちを捕まえるために『ファウード』の体内を移動していた。

 名前を呼ばれたザルチムは特に声を出すことなく、ウォンレイに視線を向ける。それだけで先を促されたと判断したウォンレイはすぐに口を開いた。

「ディオガ級の術なら(トラップ)を抜けられるとはどういうことだ?」

 移動中、魔物の魔力を感知できるザルチムはウォンレイに侵入者の居所と状況を説明していた。今はリオウに手を貸しているウォンレイだが、侵入者――ガッシュたちの仲間である。彼らの動向が気になり、助けに行けないが(トラップ)の突破方法を聞き出そうとしていた。

「ああ、運が良ければだがな。あの小腸の(トラップ)はディオガ級の術で一瞬だが突進を止められる」

「一瞬!? 強い術でも壊せないのか?」

 ディオガ級の術の破壊力を知っているウォンレイは目を見開いて驚愕する。彼は自らリオウに手を貸していないため、『ファウード』に関する情報は最低限しか聞いていない。

「あれは特別硬いらしいからな」

「へぇ、そうだったの」

 しかし、ザルチムの言葉に意外そうに声を出したのは自らリオウに手を貸しているため、ある程度『ファウード』の情報をリオウから聞かされているはずのハイルだった。彼女はつまらなさそうにウォンレイ、ザルチム、そして、ザルチムの本の持ち主(パートナー)の後ろを歩いていた。彼女自身、付いてくるつもりはなかったがウォンレイと共に侵入者との戦いを報告していたのだが、その際に一緒に行けとリオウに言われてしまったのである。また、彼女の本の持ち主(パートナー)――ユウトは傷ついてしまったチェリッシュとリオウの呪いに蝕まれているニコルの看病をしているため、ここにはいない。

「……お前も一通り『ファウード』について学んだだろう?」

「覚える必要なんてなかったのよ。小腸なんて狭いところだと全力で戦えないから行くつもりなかったもの」

「はぁ……とにかく、あの(トラップ)の脱出口に気づき、ディオガ級の動きを止めた一瞬で逃げることができれば生き残れるはずだ」

 面倒くさそうに欠伸をしているハイルを見てザルチムはため息を吐き、ウォンレイの問いの答えをそう締めくくった。今も魔力を感知できるザルチムとハイルはガッシュたちの動きを監視している。だが、次の瞬間、いきなり今まで感知できなかった魔力反応が生まれ、ザルチムとハイルは目を丸くした。

「どうした?」

「いや……なるほど、あいつか」

「ふふ、やっと使ったのね」

 様子のおかしい2人を見て首を傾げるウォンレイだったが、2人はそれどころではなかった。ザルチムは話に聞いていた『魔力隠蔽』を持つ魔物の存在を初めて感知し、その魔力の癖を覚えるのに忙しく、ハイルも友達(仮)の存在に笑みを零す。

 そんな2人を見てウォンレイもサイが術を使ったのだろうと推測し、僅かに顔を顰めた。サイは『魔力隠蔽』を持っているため、術を使わなければザルチムやハイルのように魔力を感知できる魔物に気づかれない。その厄介さは後ろを歩くハイルに話を聞いた時から十分に理解していた。彼女もサイと同じように『魔力隠蔽』を持つ魔物。特に攻撃呪文を持たないサイより多種多様な武器を操るハイルが奇襲してきたらと考えたら背筋が凍り付く。

 しかし、サイの『魔力隠蔽』も厄介であることには変わりない。おそらく、彼女自身、『魔力隠蔽』の性質を理解しているため、自分の存在が露見しないように術の使用を可能な限り控えるだろう。つまり、サイが術を使わなければならない状況になったことに他ならない。

「ここだ」

 ザルチムの声にウォンレイはハッと顔を上げる。ガッシュたちの心配をしている間に目的地に着いたらしい。

 その部屋はとても広く、巨大なドーム状の設備が建っていた。そのドームの中には大量の液体が溜まっており、時折、下から泡が揺れながら液体の中を昇っていくのが見える。

 『ファウード』自体、巨大な魔物だけあってこの部屋のように一周するだけでも時間がかかってしまうほどの部屋はたくさんする。しかし、どの部屋も一つとして同じような機能を持つ部屋はない。この部屋も他の部屋にはない巨大な設備があった。『ファウード』の情報をほぼ持たないウォンレイには目の前の巨大な設備がどのような役割を担っているかわからなかった。

「奴らがあの(トラップ)を抜けてこられるとしたら、この部屋に着くだろう」

「すごい大きいわね。あの上の穴から落ちてくるのかしら」

 ハイルがそう言って蝙蝠のような翼を大きく広げ、一気に飛翔。巨大な設備の周囲を興味深そうにグルグル回り始めた。そんな彼女を無視してザルチムは巨大な設備を見上げ、目を細める。

「ヒヒ、アリシエとリーヤは必ず来るとして……あと何人ここに辿り着けるかねぇ」

「何、それはどういうことだ?」

「さて、どういうことかね」

「来たみたいよ」

 ウォンレイの問いに対してザルチムが曖昧な返答をしたところで巨大な設備を観察していたハイルが戻ってくる。彼女の発言どおり、巨大な設備の上部にあった穴から数人の人影が落ちてきた。

「ッ……」

 その落ちてきた人物を見てウォンレイは目を大きく見開く。落ちてきたのは清麿とガッシュ、アリシエとリーヤ、そして、八幡とサイの6人だけだった。

 穴から落ちた6人は巨大な設備の中に溜まっていた液体に落ちる。そして、ぐるりと周囲の様子を確かめたサイが群青色の二対四枚の羽を羽ばたかせ、水中を縦横無尽に泳ぎ始めた。その姿は海の中を泳ぐペンギンのようであり、その速度はどんどん速くなっていく。

 そんな彼女を見て八幡は4人に指で壁の方を指す。すると彼らは下に向かって泳ぎ、設備の壁へと接近する。その頃にはサイの速度も凄まじいものになっており、その勢いのまま、壁へとぶつかった。壁はいとも容易く壊れ、サイが勢いよく外へと飛び出す。そして、その後を追うように八幡たちも穴から漏れる液体に乗って外へと脱出した。壁は時間が戻るように穴が塞がれていく。

「ッ!」

 八幡たち5人は地面に落ち、肩で息をしながら態勢を立て直そうとしていた。そんな彼らを見ていたウォンレイはすぐに勢いよく飛び出したサイの姿がどこにもないことに気づいた。そして、すぐ傍で肉と肉がぶつかり合う鈍い音が響く。そこでは上空から奇襲してきたサイとハイルがお互いの拳をぶつけ合っているところだった。

「くっ」

「あは、こんにちは。サイちゃん、また会ったわね!」

 顔を歪ませるサイとは反対にハイルは満面の笑みを浮かべて挨拶する。そのまま、サイの拳から手を離し、右足を振るう。サイもその動きに合わせて足を上げてハイルの鋭い蹴りを受け止めた。今のサイは眼力強化の『サルク』羽を生やす『サフェイル』しか発動していない。つまり、飛んでいるとはいえ、彼女の身体能力は素の状態とほぼ変わらなかった。だからこそ、この場に本の持ち主(パートナー)がいないハイルでもサイの攻撃を受けることができたのである。

「サイ、戻ってこい!」

「っ……」

 八幡が珍しく声を荒げ、ビクリと肩を震わせたサイはハイルを睨んだ後、彼の指示通り、ハイルから離れるように後ろへと下がった。ハイルも『もう終わり?』と少しばかり残念そうに笑みを浮かべ、ザルチムたちのところへと戻る。

「どういうことだ、アリシエ! どうして、すぐに呪文を唱えなかった!」

 サイが八幡の隣に降り立ったところで未だに立ち上がっていなかった清麿がアリシエの胸倉を掴み、絶叫した。その声を聞いてウォンレイはもう一度、巨大な設備を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その設備の上部に存在する穴からはもう誰も落ちてきていなかった。


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