やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

230 / 257
LEVEL.227 褐色肌の青年は蝕まれている

「どういうことだ、アリシエ! どうして、すぐに呪文を唱えなかった!」

 ハチマンの指示に従い、彼の隣に降り立ったところで後ろからキヨマロの絶叫が聞こえる。無理もない。あのドリルを止めると言ったのはアリシエ本人だ。その言葉を信じて私たちは足を止めたのにアリシエは呪文を唱えるどころか、魔本に心の力を注ぐことすら途中で止めてしまったのである。一歩間違えれば全滅していたため、キヨマロは怒ったのだろう。

「……」

 キヨマロの言葉にアリシエは何も返さない。その間、私は目の前に立つ4人を警戒し続ける。どうやら、私たちの動きは相手に筒抜けだったようで小腸の(トラップ)を抜けたところにはウォンレイとハイルに加え、見たことのない魔物、そして、その魔物の本の持ち主(パートナー)らしき人間がいた。『サフェイル』の効果はまだ切れていなかったので勢い任せに攻撃したが、それはハイルに止められてしまい、奇襲は失敗してしまう。幸い、ウォンレイもハイルも本の持ち主(パートナー)は連れていないので術による攻撃はあの髪の毛がなく、口元を黒いマスクのようなもので覆っている魔物しかできない。

「……っ!」

 『サフェイル』の効果が切れ、背中の羽が消えた時、心配そうに私たちが落ちた大きな培養器らしき設備の上部を見上げていたウォンレイが目を見開く。私の『魔力感知』にも反応があった。きっと、みんなが遅れて落ちてきたのだろう。その証拠にすぐに水の中に何かが落ちる音が後ろから聞こえた。

「『ゴウ・シュドルク』!」

 サンビームさんが呪文を唱え、強化されたウマゴンが培養器の壁を破壊したのだろう。私たちの近くに大量の液体が落ちてきてその流れに乗ってみんなも地上に降りてきた。その間、4人が攻撃を仕掛けてこないか『魔力感知』を全開にして警戒するが杞憂だったようで彼らはただ私たちを観察するだけだった。

(それに……やっぱり、ハイルの魔力が感じ取れない)

 やはりハイルは私と同じように『魔力隠蔽』を持っているらしい。先ほど攻撃した時も本当はあの不気味な魔物を攻撃しようとし、影に隠れていたハイルには気づかなかった。そのせいであんな簡単に攻撃を止められてしまったのである。

「アリシエ、お前はあの時、小腸の(トラップ)を抜ける時、こう指示したな? 『僕が強い術でドリルを押し返す、その隙にドリルの真下にある脱出口へ飛び込め』と。だが、お前は呪文を唱えなかった! サイがシスターに『オラ・ノロジオ』を唱えるように言わなければあのまま猛スピードのドリルにみんな、倒されてたんだぞ!」

 キヨマロの言うとおり、私は咄嗟にシスターに時間の流れを遅くする術――『オラ・ノロジオ』を唱えるように叫んだ。あと一秒でも彼女が呪文を唱えるのが遅かったら誰かが犠牲になっていたかもしれない。それほどギリギリのタイミングだった。それこそ、何故か動かなかったアリシエにハチマンがタックルして穴に落としていなければ彼は間違いなく死んでいただろう。まだ短い時間の付き合いだが、彼はキヨマロほどではないが頭の回転は速い。だからこそ、それを理解できないわけがなかった。

「何か言え、アリシエ!」

 そのはずなのにアリシエは何も言わない。まるで、電池の切れてしまったロボットのおもちゃのように。

 もし、私の推測が正しければアリシエは――。

「ふっ……簡単だよ。アリシエは最初からお前たちの敵だったってことさ」

「何!?」

 ずっと黙っていた不気味な魔物は私たちを嘲笑うように言う。さすがにその言葉は無視できなかったのかキヨマロは声を荒げた。他のみんなも態勢を立て直したばかりで周りの様子が見えていなかったのか、やっとウォンレイたちがいることに気づく。

「ウヌウ、何を言っておるか!? そんなわけない! アリシエは私たちと『ファウード』を魔界に帰す方法を探そうと行動を共にした仲間ではないか!」

 不気味な魔物の主張にガッシュは真っ向から否定する。しかし、それすらも不気味な魔物には滑稽に見えたのか目を細めて鼻で笑った。

「フン、そんな方法が本当にあると思ってるのか? もしあったとしてもアリシエが探し当てるのは無理だ」

「……リオウの呪いを受けてるから?」

 不気味な魔物の言葉に続くように私は推測を口にする。

 小腸の(トラップ)のドリルを押し返すと言い、魔本に心の力を溜め始めたアリシエだったがすぐにその勢いは弱くなった。それどころか、無理やり心の力を引き出そうとしているような流れだったことを『魔力感知』で感じ取った。だからこそ、私は『サルク』の効果で向上した思考速度を限界まで引き上げ、何とか起死回生の一手を思いついたのである。

 じゃあ、どうしてアリシエは途中で心の力を注げなくなってしまったのか?

 不気味な魔物の言うとおり、アリシエは私たちの敵で陥れようとした? それならば心の力を注ぐ真似をするだけでいい。あの場では私しか『魔力感知』できなかったし、そもそもアリシエは私が魔力を感じ取れることを知らなかった。あそこまで必死になって心の力を引き出そうとする必要性はない。そう、アリシエは術を唱えなかったではなく、唱えられなかったのだ。

 では、唱えられなかった理由は?

 私たちに合流する前に心の力を使っており、上級呪文(ディオガ級)を撃てるほどの量が残っていなかった? いや、それはない。あの時、アリシエはキヨマロに『強い術を撃てるか』と聞き、キヨマロは『できない』と答えた。そして、アリシエはすぐに自分が撃つと言い、心の力を溜め始めたのだ。もし、上級呪文(ディオガ級)を撃てるほどの心の力が残っているかどうかわからない状態ならアリシエは少し考えてから答えただろう。アリシエにとってそれは苦肉の策であり、できるかどうかわからず、失敗すれば全滅してしまう状況だったのだから慎重になるに決まっている。

 ならば、考えられる原因は一つ。チェリッシュやウォンレイの本の持ち主(パートナー)と同様、リオウの呪いを受けていることに他ならない。

 『ファウード』の体内に入る前にチェリッシュ、ハイルと戦った際、チェリッシュの本の持ち主(パートナー)であるニコルは顔を真っ青にし、呪文を唱えるのもやっとな状態だった。アリシエも同じ呪いを受けているのならそれに体が蝕まれ、心の力をうまく引き出せなくなっているのなら納得できる。

「……ほう、噂通り(・・・)、こういったことに関して頭の回転は速いな」

「え?」

 噂通り、とはどういうことだろう、と首を傾げたその時、後ろからばしゃりと水の音が聞こえる。振り返るとアリシエが苦しそうに顔を歪めながら地面に倒れていた。私の推測通り、彼はリオウの呪いをかけられていたのだ。

「あ、アリシエ……」

「ひひひ、そんな奴が『ファウード』の体内探索だ? 笑わせる! そいつが狙ってたのは初めから封印を解くための『力』だけだったんだよ! 『ファウード』の封印を解かなきゃ、呪いで自分の命がなくなっちまうからな。きっとお前たちの中に上級呪文(ディオガ級)の術を出せる奴がいるんだろ? その『力』さえ手に入ればよかったんだ! そいつは初めからどうすれば自分の命が助かるか……それしか考えてなかったんだよ!」

「ウヌゥ、お主、それ以上何か言ってみろ!」

 不気味な魔物の言葉にガッシュが声を荒げる。その瞬間、不気味な魔物の本の持ち主(パートナー)が魔本に心の力を溜め始めた。そして、そのまま彼は呪文を唱えようと口を開く。

(遅い!)

「ハチマン!」

 魔物の術を使うためには呪文を唱える必要がある。そして、その呪文を唱える前に魔本に心の力を溜めなければならない。また、使う呪文の大きさによって心の力を溜める時間が必要となり、その分、術が発動するまでタイムタグが発生する。

 また、私は『魔力感知』で魔本に注がれる心の力を感じ取ることができ、敵が術を使おうとすればすぐにわかる。もちろん、すぐにわかったとしても先に準備を始めている分、ハチマンが術を唱える前に相手の準備が終わってしまう――本来ならば。

 私の術はそのほとんどが『肉体強化』系であり、効果を持続させるために常に心の力を消費しなければならず、重ね掛けすればするほど消費され続ける心の力が多くなる。

 だが、その分、発動するために使用する心の力は少ない。そのため、魔本に心の力を注ぐ時間は1秒と満たず、一瞬にして術を唱える準備が整ってしまう。それでも相手の方が先に準備を始めているため、上級呪文(ディオガ級)ほどの大きな術ではない限り、よくて相手とほぼ同時に『魔本に心の力を注ぐ』工程を終える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その時点で追いつけば私たちの勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『オルシド――」

「『サウルク』!」

「――シャロン』!」

 私の術はそのほとんどが『肉体強化』系であり、なにより呪文自体、とても短い。そのため、今のように不気味な魔物の本の持ち主(パートナー)が呪文を唱える途中でハチマンは呪文を唱え終えられた。

 そう、私たちは術を発動できるようになるまでの時間が短い上、呪文をすぐ唱え終えることができるため、『魔力感知』で相手が術を唱えようとわかった後でも相手より先に術を発動できるのだ。

 群青色のオーラを纏った私が一気に跳躍し、不気味な魔物の本の持ち主(パートナー)へと一気に迫る。その間に不気味な魔物の頭部にいくつもの目が出現――いや、いきなり現れたように見えるが最初から頭部には目が存在しており、ずっと閉じていたらしい。その目が開き、輝き始めた。あと数秒と経たずに何かしらの攻撃を受けるだろう。

 だが、遅い。その頃にはすでに私は本の持ち主(パートナー)から魔本を奪っている。そう思いながら右手を本の持ち主(パートナー)へと伸ばし――。

「なッ……」

「……させないわよ、サイちゃん」

 ――いきなり横から割り込んできたハイルに私の右手は掴まれていた。『サウルク』で凄まじい速度で動いていた私を正面から受け止めたからか、彼女は痛みに耐えるように顔を歪ませる。

(まずっ……)

 私が驚いている隙に指と指を絡められ、すぐには解けなくなってしまった。このままではあの魔物の術が発動して――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そんな思考の途中で不気味な魔物の頭部が眩い光を放ち、私の視界は真っ白に染められた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。