やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.228 彼と彼女はわかり合いながらもすれ違う

 ハイルに抱き着くように動きを止められた私だったが、不気味な魔物の頭部から眩い光が放たれた瞬間、急いでその場から離脱しようと全力で後ろに跳んだ。それこそ私から離れようとしないハイルを引き摺ってでも不気味な魔物から離れようとした。

「へぁ!?」

 まさか私が動くと思わなかったのか、ハイルも私につられるように前につんのめる。これならば両腕を払えば手も放してくれそうだ。そう思い、行動に移そうとした時だった。

「ッ!?」

「ちょっ!?」

 いきなり、不気味な魔物が放った光によって伸びた影が私たちに襲い掛かり、出鱈目に絡みついてきたのだ。そのまま私とハイルは影に強制的にハグするように密着させられ、その状態でグルグル巻きにされてしまう。

(まさか相手の影を利用して拘束する術!?)

 なんとか抜け出そうともがきながら後ろをチラリと見れば私たちだけでなく、ハチマンたちも自分の影に縛られて動けなくなっている。まさかこれだけの人数を同時に捕縛する術があるとは思わなかった。

「ちょ、ちょちょちょっと! ザルチム、巻き込んでる! 私を巻き込んでるから!」

「ハイル、そんなに暴れるとバランスが……あっ!」

「あわわわわ!」

 私の右肩に顎を乗せているハイルは慌てた様子で不気味な魔物――ザルチムに叫ぶ。しかし、後方に跳んでいた私とそのせいでバランスを崩していたハイルは足場が濡れていたこともあり、滑って床から足が離れてしまう。その隙を見逃す相手ではなかったようで地面に倒れる前に影を操作され、私たちは空中で縛られる羽目になってしまった。

「ちょっと離れて! さっきから翼が変な風に当たって痛いの!」

「あ、ご、ごめん……でも、影のせいで全然動かせなくて! ごめん、ごめんねサイちゃん!」

 耳元で叫ばれて顔を顰めてしまうが何故か半分泣きそうになっているハイルにため息を吐いた後、冷静になるために深呼吸した。

「あっ……サイちゃんの吐息が……」

「うるさい、静かにしてて」

「あ、はい」

 幸い、私の顔はザルチムたちの方を向いているので敵の様子はわかる。彼らはすぐに襲い掛かってくるわけではないようでしっかり私たちを拘束できているか、観察していた。

「……よし、ウォンレイ。奴らをロープで縛りなおしてこっちに持ってきな」

 私たちが身動き取れないことを確認し終えたようでザルチムの本の持ち主(パートナー)がウォンレイにそう指示しながらロープを渡す。彼も素直にそれを受け取り、一番近い私たちの方へ歩いてきた。

「すまない、拘束させてもらう」

 謝りながらウォンレイはこちらに手を伸ばすがそれは途中で止まってしまう。無理もない。私たちは絡むように影に縛られている。そのせいで私だけを縛ろうとするには影を解かなければならない。仮にハイルごと縛ろうとしても2人まとめて縛れば必ずどこかは弛んでしまうはずだ。それをウォンレイもわかっているのだろう。

「……向こうの奴らを先に縛った方がいいんじゃない?」

「……それもそうだな」

 ハイルの言葉に頷いたウォンレイはそのままみんなの方へ行ってしまった。ザルチムの頭部やザルチムの本の持ち主(パートナー)が持つ本は光っているため、この影のロープを維持するのに心の力を消費しているのだろう。このまま悩んでいてくれたらザルチムの本の持ち主(パートナー)の心の力を消費できたのに。そう思ってハイルを睨むと彼女はビクッと体を震わせ、目を伏せた。それでも彼女はすぐに顔を上げ、真剣な眼差しをこちらに向ける。

「……」

「……」

 私たちは今にもキスできそうな距離で見つめ合う。今思えばハイルの顔を間近で見るのは初めてだ。

 ハチマンの修学旅行の時に初めて(実際には魔界の学校で同じクラスだったらしいが)会話した蝙蝠のような翼を持つ魔物。あの頃は一貫性のない術を使い、性格も短気であったため、扱いやすかった。しかし、彼女は何かをきっかけに自分の力の使い方を理解し、今まで戦った魔物の中でもトップクラスの実力を持つようになっている。

 それに比べ、私は自分の力を理解したはずなのに一向に成長していない。むしろ、遅れ始めている。アース戦ではほとんど役に立てなかったのがその証拠。ガッシュたちとの模擬戦もいい勝負になり始め、隙を突くように勝利をもぎ取っているに過ぎない。

「……ねぇ、サイちゃん」

 ああ、だからこそ、今、目の前で綺麗な紅い目でこちらを見つめる彼女が恨めしい。私よりも実力があり、その背中の漆黒の翼で空を飛ぶように自由気ままに生きているハイルが憎い。そして――。

「わ、私、ね……実は――」

「――うるさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ハチマンと秘密裏に秘密を共有していることが何より、羨ましかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キヨマロならまだあの天才的な頭脳を使って答えを導いたと納得ができる。だが、ハチマンはキヨマロですら導き出せなかった答えをそれが真実とばかりに口にしていた。そう、彼はあまりに『ファウード』について詳しすぎたのである。

 ならば、ハチマンは自分で答えを導いたのではなく、誰かに答えを聞いた(カンニングした)としか考えられない。しかし、あの捻くれ者のハチマンだ。『ファウード』の秘密を知っている人物と運よく知り合ったとしてもそう簡単に信じるわけがない。

 あの時――『ファウード』に侵入したすぐ後、チェリッシュと再会し、ハイルと対峙するまでは。

 ハチマンとハイルは何故か仲が良かった。友達になったと言っていた。あれだけ人の好意を簡単に信じない彼が敵であるはずの――一度は私たちを追い詰めた相手と意気投合していた。

 きっと、ハイルが相手ならハチマンは信じるだろう。だからこそ、それが気に喰わなかった。まるで、私よりもハイルの方が信用できると言われているような気がして。

「あ、ごめん……」

 私にピシャリと黙れと言われたハイルは見るからに落ち込んだ様子で謝る。

 わかっているのだ、これがただの八つ当たりに過ぎないことぐらい。

 でも、やっぱり納得はできない。だって、もし、本当にハチマンとハイルが裏で繋がっていたとしたらどうしてそれを私に話さなかった? 何故、私に相談してくれなかった? なんで、一緒に考えようと約束したのにハチマンは自分で答えを出した?

 わからない。わからない。わからない。何もわからない。もう……ハチマンのことすらわからない。

「本当に……どうして、あなたなの?」

「え?」

「どうして、ハチマンはあなたを信じたの? なんで、私には何も言ってくれなかったの?」

「ッ……サイちゃん、気づいて……」

「どうして……どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!」

 ああ、駄目だ。感情が抑えられない。最近、あの状態になることが多かったからあっち側に引っ張られやすくなっている。駄目、耐えろ。このままではハチマンが――。

「待って、サイちゃん! 八幡はあなたのために――」

「そんなの知ってるよ!」

 慌てて弁解しようとしたハイルの言葉を遮るように私は絶叫する。それぐらいわかっているのだ。ハチマンは全部、私のために動いてくれていることぐらい。

 彼はいつだって私のことを考えてくれていた。

 修学旅行で奉仕部を崩壊させた時も私の真意を汲み取って私についてきてくれた。

 私にとって奉仕部が大切な存在になっていることを察して秘密裏に動いてくれていた。

 私のせいで『負の感情』の乗った魔力を浴びただけで傷ついてしまう体になっても文句ひとつ言わずに自分にできることを探して辛い修行に耐え、克服してくれた。

 いつも彼は私の味方だった。いつだって彼は私の傍にいてくれた。

 でも――私は何も返してあげられない。彼が望んでいることすら満足に叶えてあげられない。

 彼はただ私のことを知りたいだけだ。

 私の過去を知りたいだけだ。

 私の苦しみを取り除いてあげたいと願ってくれているだけだ。

 それでも、私はハチマンに過去のワタシについて話せなかった。

 知られて怖がられるのが恐ろしかった。

 本当の自分を受け入れられなかったらと思うと恐怖した。

 失望されるのと考えるだけで背筋が凍り付いた。

 なにより――今の関係が壊れることが恐ろしかった。

 そう、私は自分のために過去のワタシを隠した。

 そんな自分のことが――大嫌いだ。

「ッ!」

「っ……まさか!」

 今にもワタシに飲み込まれそうになっていたその時、私とハイルは同時に目を見開く。僅かに探知した魔力。その持ち主は――。

 

 

 

 

 

 

 

「『ガルバニオ』!」

 

 

 

 

 

 

 

 ――呪いで気絶したはずのアリシエとリーヤだった。

「がッ!?」

 リーヤの術が発動したのか、私たちのすぐ横を何かが通り過ぎ、ザルチムと彼の本の持ち主(パートナー)の呻き声が耳に届いた。その直後、私とハイルを縛っていた影のロープが消える。

「ぁ……待って、サイちゃ――うぐっ」

 影の拘束が解けた後、ハイルがすぐに私を捕まえようとするがその前に彼女の腹部を蹴って吹き飛ばす。そのまま、バックステップを何度か繰り返してみんなの傍に移動する。

「みんな、大丈、夫……」

 ザルチムたちが態勢を立て直しているのを見てすぐにみんなの様子を確かめるために後ろを振り返った。だが、私は言葉を失ってしまう。

 当たり前だ。あの状態に飲み込まれそうになったということは私から『負の感情』が乗った魔力が放出されていたことに他ならない。その影響を受けるのはもちろん、彼しかいない。

「八幡さん! しっかりしろ、おい!」

 そこでは影のロープから解放されたキヨマロに抱えられるように体を支えられ、目を閉じたまま倒れるハチマンの姿があった。

「ハチ、マン?」

 私の震える声に応える声はない。彼の口からは少なくない量の血反吐が垂れていた。









彼らはお互いの気持ちを理解している。


彼がどうしてああしたのかも。


彼女がどうして過去を話さないのかも。


けれど、理解はしても感情はいうことを聞かない。察してあげられない。


だからこそ、彼らは自己嫌悪して負の感情を抱く。


その感情が間違いだとわかっていても……抱かずにはいられない。


それが、きっと……理性のある生物の性、なのだから。

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