やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「ハチマン!」
私は慌ててハチマンに駆け寄る。キヨマロに抱えられるように体を支えられた彼は浅い呼吸を繰り返しながら大丈夫だというように微かに頷いた。
(どうして、どうして!?)
ハチマンは常に『サジオ』を纏っている。それができるように訓練をした。もちろん、『負の感情』が強ければ『サジオ』を貫通してハチマンはダメージを受けてしまうこともある。それを私もハチマンも知っていた。だからこそ、私は動揺せずにはいられなかった。
(さっきの『負の感情』はそこまで大きくなかったはず……なのに、どうしてここまでダメージが!?)
ハチマンを傷つけないように『サジオ』を貫通しないレベルまで何とか理性で『負の感情』を抑えつけたのだ。その調整もハチマンが『サジオ』をコントロールできるように訓練しながらこなしていた。
しかし、目の前で倒れているハチマンは『サジオ』を
その答えはわからないが今はそれどころではないと私は思考を切り替えた。生死に関わるほどではないが、このままでは逃げることすらままならない。急いで回復させないと。
「ティオ、メグちゃん早く回復を……ッ」
今のハチマンの状態では『サルフォジオ』を唱えられない。だから、『サイフォジオ』を唱えてもらおうと視線を彷徨わせたが、彼女たちの姿はなかった。まさかと思い、振り返るとウォンレイの近くにロープで縛られたティオ、メグちゃん、キャンチョメ、フォルゴレを見つける。これではハチマンを回復できない。ハチマンは、逃げられない。
「くっ……」
どうにかしなければと周囲を見渡す。しかし、モモンとシスターは完全に怯えてしまっているし、アリシエは呪いのせいでいつ倒れてもおかしくない。
ウマゴンに乗せてもらうという手もあるがシスターを除いて最も心の力に余裕があるのはサンビームさんだ。彼らはもしもの時のために動けなければ私たちは簡単に倒されてしまうだろう。
キヨマロとガッシュなら助けを求めればハチマンを運ぶのを手伝ってくれるだろうが、まずはこの場から逃げる方法を探さなくてはならない。その方法によってはキヨマロとガッシュの手すら借りられない可能性だって――。
「サ、ィ……」
「ハチマン!」
――必死にハチマンを逃がす方法を考えていると微かにハチマンが声を漏らした。急いで彼の口元に耳を寄せる。口から血を垂らし、ひゅうひゅうと呼吸を何度か繰り返した後、彼は言葉を発した。
「ぉ、れは……あき、らめろ……」
「な、何言って……」
「お前、だって……気づい、て、るんだ、ろ?」
彼の言葉を聞いて私は目を見開いてしまう。ああ、そうだ。彼の言うとおりである。ハチマンを助けようとするから手詰まりになるのだ。だから、彼を見捨てればいい。そうすれば逃走の成功率は確実に上がるだろう。
「そんなの――」
「ッ! サイ、すまん! 八幡さんを頼む!」
無理だと答えようとした時、キヨマロが慌ててハチマンを私に渡し、魔本を持って前に出た。気づけばアリシエとリーヤが敵と戦い始めていたのである。そんなことにすら気づかないほど私は動揺していた。
「ほら……こうなる」
「でも、でも!」
ハチマンは少しだけ口元を緩ませて笑ってみせる。
これぐらい大丈夫だ、と。
見捨てられて当たり前だ、と。
お前だってそうするだろう、と。
何の疑問もなく、仕方ないと彼はそれを受け入れていた。
それでも私は認めない。認めたくない。認めてたまるものか。
だって、それは規模は違うがずっと彼が奉仕部の活動中に見せてきた『自己犠牲』的思考に他ならない。自分が傷つくことを考慮せずに執行されたそれらは周囲の人を傷つける。それは私はもちろん、ユキノやユイが何度も味わってきた苦痛だ。それが嫌で私はあの修学旅行の時、ハチマンが傷つかないように、ハチマンが自分自身を傷つけないように、奉仕部を崩壊させた。
その後、ハチマンや皆のおかげで何とか奉仕部は復活したが、今回は話が違う。
ここは戦場だ。生きるか死ぬかの世界。そんな場所で『自己犠牲』的思考は命取りになる。ここでハチマンを見捨てれば彼の生存は保障されない。むしろ、死ぬ可能性の方が高い。
だが、彼を見捨てなければ私たちは確実に負ける。そして、『ファウード』は復活し、人間界は火の海になる。彼を見捨てなかったばかりに世界は滅亡するのだ。
彼の命か。
世界の存続か。
ああ、私はガッシュのことを笑えない。むしろ、彼の方がずっとすごかった。私は、決められない。彼の命と世界の存続を天秤にかけられない。それなのにガッシュのように『両方救う』と叫ぶほどの勇気と覚悟はない。それは不可能だと諦めてしまっている。
彼の命か。
世界の存続か。
両方救うという英断か。
その3択すら選べない私は――。
「……あぁ、そっか」
「サイ?」
「うん、そうだね。そうだった。私の答えは最初から決まってた」
ハチマンをゆっくりと地面に置き、ザルチム、ウォンレイ、ハイルと戦っている仲間たちの背中を眺める。彼は今でも諦めていない。ハチマンすらも救おうと必死になって運命に抗っている。この先に待つのは破滅だと知っていながらももがいていた。
だから、私はその運命に従おう。
「ごめんね、ハチマン……少しだけ待っててね」
もう一度、ハチマンに視線を戻す。彼は私がやろうとしていることに気づいたのか、何も言わずに『仕方ないな』と苦笑を浮かべた。うん、それでいい。私の選択でハチマンが傷つかなくてよかった。後悔させなくてよかった。罪悪感を抱かせなくてよかった。
「じゃあ、行ってくるね。できれば『サジオ』の出力を全開にしておいてくれると嬉しいな」
「……あぁ、わかった。待って、る」
すぐに白いオーラが視認できるほど『サジオ』の出力を上げた彼の言葉を聞いて私は立ち上がり、『気配分散』を使いながら一気に前に跳躍。キヨマロたちを追い越し、今まさに『ディオエムル・シュドルク』状態のウマゴンに襲い掛かるウォンレイに肉薄した。
「なっ」
『気配分散』を使っていたのでウォンレイからしてみれば私はいきなり現れたように見えただろう。動揺する彼の鳩尾に全力で正拳突きを放ち、吹き飛ばした。
いや、それだけでは終わらない。吹き飛ばされていくウォンレイを全力で追いかけ、追いついたところで踵落とし。空中では躱せなかった彼は地面に叩きつけられ、口から酸素と血を吐き散らした。
「さ、サイ!?」
「……」
まさかハチマンを置いて戦いに参加するとは思っていなかったのか、キヨマロは私の名前を叫ぶ。だが、私は答えない。答えたら乱れる。これが『サジオ』を貫通しない最低限の『負の感情』であり、
修学旅行の時、私は奉仕部を崩壊させた。
それでもハチマンは私の想いを汲み取り、黙って私の方についてきてくれた。
私の考えを尊重し、否定せずにお礼を言ってくれた。
私の気持ちに気づいて隠れて動いてくれた。
「サイ、ちゃん……その髪……」
ハイルは私の髪を見て声を漏らす。自分では見えないが、私のボリュームのある黒い髪の先は群青色に染まっているのだろう。それがあの状態に入った証拠。遅れ始めた私が彼らに追いつくために必要な犠牲。
「……」
ハイルの言葉に私は反応せず、彼女に向かって駆け出す。
もし、彼の命と世界の存続を天秤にかけなければならないのなら。
もし、『両方救う』という選択を選べないほど追い詰められていたのなら。
もし、彼自身が自分の命を犠牲にして世界の存続を選んだのなら。
もし、世界中の人が彼の死を望むのなら。
私は――