やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.230 僅かな希望を逃がし、彼らは囚われる

 敵の数は3人。最も警戒すべきは本の使い手(パートナー)がいるザルチム。次点で飛行能力持ちのハイル。ウォンレイもカンフーが得意なため、接近戦に持ち込むのはNG。厄介な相手ばかりである。

 それに対し、こちらの戦力はほとんど心の力を使い果たしたガッシュとキヨマロ。

 『ディオエムル・シュドルク』状態のウマゴンはかつての仲間だったウォンレイ相手だと動揺して上手く動けない。

 モモンとシスターは論外。むしろ、パニックを起こして逃げ出さないだけマシか。

 頼みの綱であるリーヤとアリシエはいつ戦闘不能になってもおかしくない。

 本来であれば私がウォンレイと戦うべきなのだろうが、別に倒す必要はないので放置でいい。カンフーの使い手だとしても強化状態のウマゴンには追いつけないのだから。

 しかし、問題なのは術が使えるザルチムと飛行できるハイル。特にハイルは私と同じように『魔力感知』と『魔力隠蔽』が使える。たとえ、逃げたとしてもいずれ追いつかれてしまう。

 また、さすがにこの状態で術が使えるザルチムを相手するのは難しい。ならば、私がハイルの相手をするべきだ。ここでハイルを釘付けにするだけでも皆の負担がグッと減る。

「さ、サイちゃ――」

 ハイルが私の名前を呼ぶが、私はそれを無視して鋭い蹴りを放つ。咄嗟にそれを右腕でガードするハイルだったが残念。今の私は少しばかり特殊だ。

「ぇ……」

 ドン、という衝撃音と共にハイルが凄まじい勢いで吹き飛ばされた。別に術を使って肉体強化を行っているわけではない。蹴った瞬間、足から魔力の塊を放出しただけだ。

 私の『気配分散』は自分の魔力を周囲に流し、気配を分散させる技。だが、逆説的に言えば私が体外に魔力を放出できる量はそれほどしかない。

 だが、この状態になった私は通常時よりも体内の純粋な魔力を体外に放出できるようになるらしい。先ほどウォンレイに肉薄した時はもちろん、アースと戦う前に戦場へ向かった時も魔力の塊を足の裏からジェット噴射させて加速していた。

 アース戦の時もそうだったが私がこの状態になっただけでハチマンはすぐにダメージを受けてしまう。その原因がこの『魔力放出』だったのだ。

「おおおおおおおお!!」

 ハイルが壁に叩きつけられるのを見届けているとウォンレイの絶叫が耳に届く。ガッシュに向かって拳を振るうところだったので魔力を噴出させてガッシュとウォンレイの間に割り込む。

「サ――」

「……」 

 いきなり現れた私にウォンレイは目を見開き、後ろでキヨマロの声が漏れる。だが、全てが遅い。ウォンレイの右拳に合わせるように私も右拳を突き出し、真正面から拳同士が激突。その瞬間、右拳から魔力の塊を放出するとウォンレイの右腕がかち上げられた。

「『ゴウ・アムルク』!」

 その隙を突くように私の真上を飛び越えたリーヤが強化された腕を振るい、ウォンレイを吹き飛ばす。

 チラリと振り返ればアリシエは呪いのせいですでに立っていられない状態だった。つまり、ハチマンと同じように逃げられない。だからこそ、私と彼の考えは同じなのだろう。

(だったら、随分やりやすくなる、か)

「ウォンレイ、聞いてくれ!」

 その時、リーヤの術で吹き飛ばされたウォンレイにキヨマロが叫ぶ。きっと、彼を説得するつもりなのだろう。でも、それは無駄な行為。言葉だけで説得できるのならそもそも彼はあんなにも必死になって私たちを捕まえようとしない。

「俺たちは『ファウード』を魔界に帰す方法を探してるんだ! だから、今は捕まるわけにはいかない、見逃してくれ!」

「ヒヒヒ、騙されるな、ウォンレイ。そんな方法ありゃしねぇ! 今、そいつを逃したら『ファウード』の封印を解くことはできず、リィエンは呪いで確実に死ぬぜぇ!」

 キヨマロの言葉に反論するようにザルチムがそう言うとウォンレイは立ち上がって再び構える。やはり、説得は失敗した。

 だが、それにしてもザルチムは間髪入れずに反論した。それこそ不自然なほど。それほど『ファウード』の体内を探索されたくないのか。

(もし、そうだとしたら希望はある)

 探索されたくない理由は色々と考えられるがその根底は『自分に不利益な何かがある』からだ。その不利益な何かが――『ファウード』を魔界に帰す方法なのだろう。

「ヒヒ、そうだ、ウォンレイ! 一気に奴らを大人しくさせようぜ!」

 戦闘態勢に入ったウォンレイを見て嬉しそうに叫びながらザルチムがその場で右手を突き出す。彼の手の先には小さな剣が現れ、魔本に込められた心の力が膨れ上がる。先ほどの影をロープにする術よりも大きな力。攻撃呪文が来る。

「『シドナ・ソルド』!」

 ザルチムの本の使い手(パートナー)が呪文を唱えると彼の右掌の目が輝き、小さな剣の影が巨大化した。ザルチムの術の性質は『影』。体の至るところにある目を輝かせ、影を作り出し、それを利用しているのだろう。

 迫る巨大な影の剣を前にどうすべきか、と悩むが後ろでアリシエが魔本に心の力を溜めるのを感知してすぐに行動方針が決まった。あの巨大な剣はアリシエたちに任せる。

「リーヤ、盾だぁ! 『ラージア・シルニオ』!」

 私は振り下ろされる巨大な剣の側面を駆け抜け、こちらに迫るウォンレイと視線が合うと同時に巨大な剣が何かにぶつかる甲高い音が背後から響き渡った。後ろを振り向けないので詳しくはわからないがリーヤが作り出した盾が剣を受け止めたのだろう。

「はあああああああ!」

 お互いにあと一歩、前に進めば攻撃範囲に入る、というところでウォンレイが右腕を振り上げた。キヨマロたちに攻撃する前に私を無効化するつもりらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、残念。私の目的はあなたじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場で一瞬だけ『気配分散』を使うと同時に魔力の塊を真横へ飛ばす。本来、私の『気配分散』は自身の魔力を他の場所へ流し、自分の気配を紛らわせるものだ。もちろん、目の前で『気配分散』をしても視界には私の姿が入っているので意味はないし、『魔力感知』ができる魔物には通用しない。

 しかし、その魔力が大きければ威圧――魔圧も比例して大きくなる。それこそ無意識で意識してしまうほどの威圧感だろう。

 『気配分散』により私の気配が揺らぐのと大きな魔圧が同時に起こればどうなるか。それは――。

「ッ!?」

 ――正解は少しだけだが狙いがブレる。その少しが私には欲しかった。体の小さい私は小回りが利くので僅かに逸れた彼の拳を紙一重で回避し、彼の横を駆け抜ける。『気配分散』、『魔力放出』、小さな体が使える私にしかできないフェイント。

 ウォンレイをやり過ごした私は足の裏から魔力をジェット噴射させ、剣を何度も振り下ろしているザルチムへと迫る。まさか巨大な影の剣とウォンレイを無視して突貫してくると思わなかったのか、ザルチムは大きく目を見開きながら小さく舌打ちをした。

 タイミングはバッチリ。全てが私の狙い通り。

 ザルチムが剣を振り下ろしたばかりでこちらの対処ができないのも、ウォンレイがこちらに戻ってこようとしているが間に合わないのも――焦るあまり、魔力を僅かに放出させた間抜け(ハイル)がこちらに向かって飛んでくるのも。

「サイちゃ……ぇ」

 私を止めようと頭上から奇襲してきたハイルだったが、ザルチムに向かっていた私がいきなり進路を変更したのを見て目を白黒させる。彼女からしてみれば真っ直ぐ前に進んでいた私が突然、垂直にジャンプしたように見えただろう。別に難しいことはしてない。ただ、ザルチムの目の前で両足を地面に付けると同時に魔力を放出させて進路を強引に90度変えただけだ。

 彼女の体を抱きしめて何度か魔力を放出させ、空中で軌道を変更。そのまま彼女を下にして地面に激突させる。私にも衝撃や激痛は伝わるが真下にされたハイルの方が被害は大きいだろう。

「がッ……」

 耳元でハイルは呻き声を漏らす。そのまま痛みで体を硬直させた彼女に寝技を仕掛け、拘束する。翼があるせいで完全ではないだろうが、彼女が私の拘束から逃れる僅かな時間が欲しかった。その時間で確実にキヨマロたちは逃げられる。私の相手は最初からハイルだと決めていた。だからこそ、こうやって捕まえることができたのだ。

 もちろん、私はキヨマロがどうやってこの場から逃げ出すかは知らない。しかし、呪いでいつ倒れてもおかしくないアリシエがあそこまで全力で抵抗しているから彼に何か作戦があると判断したまでである。

「さ、サイちゃん……」

「……」

 何とか私の拘束から逃れようと体を動かすハイルだが、私も簡単に逃がすつもりはない。魔力を真上に放出し、ハイルを抑え込む。そして、私の拘束から逃れられないと判断したのか、しばらくした後、ハイルは抵抗するのを止めた。

「ちっ、ミスった! 奴らがいねぇ!」

 そんなザルチムの悲鳴が聞こえるまで私はただハイルを抑え続け、私たちはザルチムたちに捕まった。


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