やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.232 彼らは自身の傲慢さに嫌気がさしている

「ここを使え」

 ザルチムの後をついていくと私たちはリオウがいるらしい城に着いた。そのまま城の中に入ったが、その途中でザルチムがウォンレイに指示を出してメグちゃんたちをどこかへ連れて行ってしまう。これでキヨマロたちが来る前に彼女たちを救出するのは難しくなってしまった。

 もちろん、ティオとキャンチョメの魔力は感じ取れるのでいる場所はわかる。場所はわかってもそこまでの道のりは不明。城の中も『ファウード』の体内までとは言わないが入り組んでいるため、メグちゃんたちに辿り着くまで時間がかかってしまい、私とハイルのように魔力を感じ取れるザルチムに捕捉されてしまうのがオチだろう。

「ここ?」

「お前たちの部屋だ。猶予は1日しかないが、お前の本の持ち主(パートナー)には休息が必要だろ? 本番の時、役に立たなかったら困るからな」

 どうやら、戦力として数えられている私たちには個室が与えられるようで、私とハチマンは一人部屋にしては広い部屋に案内された。部屋の中に入り、気絶しているハチマンをベッドに運び、彼の容態を確かめる。浅く呼吸しているが可能であるなら今すぐにでも治療をした方がいいだろう。

回復手段はあるか?(・・・・・・・・・)

「……あるけど、それが?」

「あるなら早くしろ。そいつが起きたらリオウに会ってもらう」

「……」

 私が逃げられないように扉の前に立つザルチムの言葉に違和感を覚え、眉を顰めるが怪しまれないように急いでハチマンの方を見る。そういえば、いつの間にかハイルがいなくなっていた。パートナーであるユウトのところに行ったのだろうか。

 いや、そんなことよりも今はハチマンの治療だ。ここまでハチマンを運ぶために一度、片づけた魔本を彼のバッグから取り出す。

「ハチマン、起きて……ハチマン」

「……ぅ」

 軽く彼の頬を叩きながら声をかけるとハチマンは呻き声を漏らす。よかった、眠りは浅いらしい。これならもう少しで目が覚めるだろう。

(それにしても……)

 ザルチムの様子を窺うためにチラリと後ろを振り返り、すぐに視線を戻す。可能なら『サルフォジオ』をザルチムに見られたくないが、そう言っても奴はこの部屋を出ていくつもりはないだろう。もちろん、ザルチムの隣には魔本を持つザルチムの本の持ち主(パートナー)もいる。いつでも呪文を唱えられるように心の力まで注いでいる状態だ。少しでも変な行動をすれば私たちは――。

「ぁ、イ……」

「っ! ハチマン、大丈夫!?」

 その時、ハチマンが意識を取り戻したのか掠れた声で私を呼んだ。慌てて彼の顔を覗き込むとまだ意識が朦朧としているのか、焦点の合っていない目でこちらを見た。仕方ない、ザルチムに『サルフォジオ』のことがばれる覚悟で使うしかない。

「ハチマン、『サルフォジオ』を使って」

 ハチマンの腕に魔本を差し込み、抱えるような状態で腕を固定させながら言う。彼もはっきりしない意識でも今の状況を把握しているのか素直に心の力を注ぎ、魔本は弱々しい光を放ち始めた。

「『サ、ㇽ……フォジ、オ』」

 衰弱している彼の口から漏れたのはたどたどしい呪文だったが、きちんと魔本はそれを呪文と認識してくれたようで私は2歩ほど下がってから両手を真上に掲げる。すると、見慣れた中が群青色の液体で満たされた巨大な注射器が出現した。それを見たザルチムと本の持ち主(パートナー)が少しばかり驚いた様子で目を見開く。

「……元気になってね」

 そう言って群青色の注射器をハチマンの体へ勢いよく振り下ろす。注射器の針が刺さった瞬間、痛みが走ったのか顔を顰めたハチマンだったが『サルフォジオ』のデメリットでその表情のまま、硬直してしまう。ゆっくりと群青色の液体が彼の体内へ注入され、注射器が消えた頃にはハチマンの顔色はすっかり良くなっていた。

「回復呪文か……随分便利な呪文(・・・・・・・)ばかり覚えてるんだな」

「……」

 何故か妙に引っかかるザルチムの言葉を無視して私は再びハチマンの顔を覗き込む。それとほぼ同時に彼は目を覚まし、私と目が合った。焦点も合っているし、呼吸のリズムも正常。『サルフォジオ』は傷は治っても体力や心の力は回復しないため、しばらく気絶したままになる可能性も否定しきれなかったが今回はそれを免れることができたようだ。

「ハチマン、大丈夫?」

「……ああ、助かった」

「ううん、だって、ハチマンが倒れたのはわた――ッ!?」

 『私のせいだから』と言いかけたが私はその言葉を最後まで続けることはできなかった。突然、ハチマンが私の体を抱きしめたのだ。ぎゅーっと力強く抱きしめられた私は自然とハチマンと密着し、彼の心臓の音が伝わってくる。

「は、ハチ、ハ、ハチマッ……」

「しっ、落ち着け」

 あまりの事態に一気に顔が熱くなり、動揺してしまうが耳元でハチマンが私に静かにするように小さく声を出した。その真剣な声に私もハッとしてすぐに口を噤んだ。

「悪い……今は事情を説明してる暇はない。だけど、頼む。俺のことを信じてしばらく沈黙しててほしい」

 すぐに彼はザルチムたちには聞こえないような小声でそう言った。沈黙――つまり、何が起きても黙っていて欲しい、ということだろうか。

 やはり、ハチマンは何か知っていて、何かを狙っている。その詳細は未だにわからないが彼の声音には『懇願』が含まれていた。おそらく、ここで私が信じられずに彼の願いを無下にした瞬間、ハチマンが考えている何かがおじゃんになるのだろう。

 そして、きっとハチマンは私が何かに気づいていることに気づいている。

 だからこそ、私に黙っていた罪悪感に苛まれている。

 あれだけ私の過去を聞き出そうとしたのに、自分も私に隠し事をしていた後ろめたさに苦しんでいる。

 だから、『懇願』。断られる覚悟で私にお願いしたのだ。

「……後で説明してくれる?」

 なら、その苦しみに免じて赦そう。もう一度、信じてみよう。私も隠し事をしているのに聞き出そうとする自身の傲慢さに吐き気を覚えたことは何度もあるのだから。

「ああ、もちろん。今まで悪かった」

「……ん」

 彼の返事に短く返事をするとハチマンは耳元で小さく笑い、私の体を離す。久しぶりに至近距離で見たハチマンの顔はどこか不器用そうに優しい笑みを浮かべていた。

「感動の再会は済んだか?」

「……ああ、おかげさまでな」

 どうやら私たちの内緒話は聞こえなかったようで私たちを馬鹿にしたような態度で聞いてきたザルチムに対し、ハチマンは立ち上がりながら答える。そのまま自分のバッグへ歩み寄り、中から着替えを取り出した。

「おいおい、敵に捕まったのに呑気にお着換えか?」

「……この後、リオウのところに行くんだろ? こんな血だらけの状態で行けるか」

「ほう? 危機感のない奴かと思ったが冷静なだけだったか」

「別に冷静なわけじゃない。お前たちがここに残ってる理由がそれぐらいしか思いつかなかっただけだ」

 ハチマンは上着を脱いで上半身だけ裸になり、すぐに汚れていないTシャツを羽織る。これからハチマンは何かをやろうとしている。その何かはわからないが彼の指示通り、私は黙って見守ろう。

「だからって俺たちの前で無防備に着替えるのは舐めてるとしか思えねぇな」

「お前たちは俺たちを倒すわけにはいかないはずだろ」

「だが、死なない程度に痛めつけることはできる。なぁ?」

 ザルチムがそう言って本の持ち主(パートナー)に視線を向けると彼もニヤニヤと笑いながら手に持つ魔本の輝きをひと際大きくする。それに対し、着替え終わったハチマンはベッドの上に置いてあった群青色の魔本を手に取ってザルチムたちに向き直った。何故か、ザルチムたちと同じような気持ち悪い笑みを浮かべている。これは明らかに何か企んでいる顔だ。ハチマンは一体何を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、これから仲間になる相手(・・・・・・・)に攻撃するのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ?」

 あまりにも予想外の言葉に私は早速ハチマンとの約束を破ってしまった。

 


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