やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「はっ……本当にパートナーには何も相談せずに決めたんだな」
私がハチマンとの約束を破り、声を出してしまった後、ザルチムは浮かべていた嘲笑を更に深めた。きっと、ここに来る前の私との会話で予想はしていたが、今の反応で確信したのだろう。
「……早く案内しろ」
「言われなくても。ついてこい」
私の方をチラッと見たハチマンはザルチムに案内を催促すると奴は
先ほどはハチマンを早く休ませるためによく見ていなかったが、私たちが案内された場所には他にもいくつも部屋が存在しており、右を見ても左を見ても扉が並んでいる。これは戻ってきた時、どの部屋を使っていたかわからなくなってしまいそうだ。
「なぁ、何か目印とかないのか? 確実に部屋がわからなくなるぞ」
「ああ、それなら心配ない。今、ハイルが簡易的な看板を取りに行ってるからな。帰って来た頃にはドアノブに看板が引っかけられてて誰が使ってるかわかるようになってるはずだ」
どうやら、ハイルが途中でいなくなったのは簡易的な看板を取りに行ったせいだったらしい。確かに改めて周囲の扉を見るとドアノブのところに小さな看板が掛けられている。
「それにしたってとんでもない数の部屋だな。『ファウード』の施設を再利用してるとはいえ、これだけ用意するのは大変だろ」
「用意しないと呪いをかけられた人間を休ませる場所がないからな。リオウも肝心なところで倒れられたら困るからそこには気を使ったらしい」
なるほど、ここにはリオウに協力している魔物以外にもリィエンやアリシエのような呪いをかけられ、無理やり協力させられている人もいる。あのアリシエの様子を見るに強力な呪いなのだろう。きちんと休める部屋がなければ呪いをかけられた人は本番を迎える前にダウンしてしまうのは目に見えている。
「……」
もし、リィエンやアリシエのようにハチマンも呪いをかけられていたら、と思うと胸の奥から何かがこみ上げてくる。怒り、とも違う。悲しみでもない。憎しみ、悔しさ。そのどれでもない。名前の付けられないドロドロとした感情。『サジオ』が切れているハチマンの前でそれを表に出すわけにもいかず、それを無理やり飲み込んだ。
「あの……ハチマン、『サジオ』使わないと」
その時、今のハチマンは気絶してしまったせいで『サジオ』の効果が切れていることを思い出した。『サジオ』の効果が切れるとハチマンに相当な負担がかかるが、それ自体は『サルフォジオ』である程度回復するのは検証済みだ。だが、今のハチマンは負の感情の乗った魔力から身を守る手段を失っている。彼には黙っているように言われたがこればっかりは無視するわけにもいかなかった。
「『サジオ』? 呪文を使うつもりか?」
さすがに呪文を使うのは見逃せないのか、ザルチムとその
「……確かにこっちは攻撃してないのに勝手に倒れたのは不思議だったが……そんな体質聞いたことないぞ」
「だが、事実だから仕方ないだろ。情けない話、『サジオ』を纏ってないとすぐに倒れる自信がある」
「……わかった。その『サジオ』を使うのは許可してやる。だが、今回が特例ってのは覚えておけ」
「はいはい。じゃあ、遠慮なく。『サジオ・マ・サグルゼム』」
私たちが変な行動をしないか、ザルチムたちが警戒する中、ハチマンはすぐに『サジオ』を唱える。私はすかさず左手をハチマンに向け、そこから射出された白い球体がハチマンにぶつかり、彼の体を白いオーラが包んだ。それもハチマンはすぐに出力を抑えて見えなくなる。
「パートナー専用の肉体強化、か……回復呪文といい、他の魔物の術を強化する呪文といい。随分と特殊な呪文ばかり覚えてるんだな」
「それがサイの特性だからな」
「……まぁ、いい。準備ができたのなら行くぞ」
挑発するつもりだったのかニヤリと笑ったザルチムだが、ハチマンはその挑発に乗ることもなく、適当にやり過ごす。それが気に喰わなかったのか、ザルチムは小さく舌打ちした後、廊下を進み始めた。
それからしばらく『ファウード』の城の中を無言のまま、歩き続ける。4人分の足音が響く中、私は念のために『魔力探知』で城内を調べた。私の『魔力探知』は範囲は狭いが
その分、範囲内の魔力を正確に捉えることができる。しかし、その高い精度のせいで『ファウード』本体の僅かな魔力も感じ取ってしまい、魔力反応が混ざり合ってしまう。だから、今も城の中にいくつか魔力反応を見つけることはできたが、ジャミングされたように正確な場所がわからない。ティオやキャンチョメのように他の魔物から隔離されている分、わかりやすいが他の魔力に関してはさっぱりだ。
「さっきの話の続きだが……」
「あ?」
その時、唐突にハチマンが声を出したため、先頭を歩いていたザルチムが足を止めずにこちらを振り返った。私も思わず、ハチマンの方を見上げてしまう。一体、何を話すつもりなのだろうか。
「いや、俺がサイに何も話さなかった理由」
「ああ、パートナーのことが信じられなかったんじゃないのか?」
「ッ……」
ザルチムのその言葉に不覚にも背筋が凍り付いた。
自惚れかもしれないが、ハチマンと過ごした1年で私と彼の絆は確実に深まっている。そのはずなのにハチマンは私に『ファウード』の話をしなかった。その理由は『私を信頼していないから』しか考えられない。
「違う。むしろ、俺はそれに関して文句を言いたいぐらいだ」
「文句だと?」
「『ファウード』のことを伝えにきたの、ハイルだっただろ。あれ、完全に人選ミスだぞ」
やはり、ハイルがメッセンジャーだったらしい。そうでなければハイルがあんな意味深な言動を取るはずもないし、何故か彼女は私のことを気に入っているようで率先してメッセンジャーに名乗りを上げただろう。
「何故、人選ミスなんだ? 話によればお前の連絡先も知ってたんだろ?」
「……サイはハイルのことが嫌いなんだよ」
ハチマンの言葉に全員が言葉を失う。確かに私はハイルのことが嫌いだ。今回のことでもっと嫌いになった。だが、それがこの件と一体、何の関係があるのだろうか。
「それがどうした?」
「もし、サイが話し合いの場にいたらどんな内容だったとしても全部、断ってたぞ。だから、まずは俺一人でハイルの話を聞かなきゃならなかったんだ」
「……」
うん、断言はできないが『ファウード』の話をハイルから持ち掛けられたら私は断っていただろう。それを見越してハチマンはハイルとの話し合いの場に私を呼ばなかったのだ。
「もちろん、俺だって最初はサイに報告するつもりだったし、最初からハイルの話は断る気だった。そしたら、あんな内容で……保留する以外にどうすればよかったんだよ」
そう言ってため息を吐くハチマン。そっか、そんな理由があったのか。たったそれだけで心底ホッとしている私がいる。それがあまりに情けなく、ハチマンの顔を見ていられなくなり、視線を前に戻した。
「なら、どうして今更になって俺たちの仲間になる気になったんだ?」
「それを今からリオウに報告する。何度も同じことを言うのは面倒だからその時、まとめて話させてくれ」
「……まぁ、すぐに聞くことになるからいいだろう。あそこがリオウの部屋だ」
いつの間にか目的地に着いていたのか、私たちの前には巨大な扉が威圧するようにそびえ立っていた。