やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.237 たとえ嘘だとわかっていても未知はそれを許さない

「人質?」

 空港で由比ヶ浜さんと一緒に比企谷君とサイさんが乗った飛行機を見送っている時に話しかけてきた怪しい老人――ナゾナゾ博士の言葉を聞いて私は思わずそれを繰り返してしまった。

 現在、私たちはナゾナゾ博士の仲間(らしき人。何故か異様な格好をしている)が運転している車に乗っている。

 本来なら私たちの名前を知っている不審者に付いていくべきではないのだろう。しかし、ナゾナゾ博士は比企谷君たちの仲間だと言ってすぐに携帯電話の画面を見せてきた。そこに表示されていたのは比企谷君の連絡先だったのである。

 すぐに由比ヶ浜さんが(私は比企谷君の連絡先を知らない)本物かどうか確かめたが、結果は白。更に追い打ちとばかりに空港で取ったようで比企谷君、ナゾナゾ博士。あと、若い外人の男性が映った自撮り写真を見せてきた。自撮りに慣れていないのか、構図は傾いているし、比企谷君は半目だし、若い外人の男性は顔の3分の1が画面外だった。

 彼の連絡先だけなら何かしらの方法で盗むこともできただろう。しかし、さすがにあんな下手くそな自撮り写真を見せられたら信じるしかない。由比ヶ浜さんもそうだったようでナゾナゾ博士に付いていくことにしたのだ。

 因みにナゾナゾ博士の予想以上に私たちはすぐ信じたようで理由を聞いてきたが、私たちが理由を話すとお腹を抱えて笑っていた。

「うむ。どうやら、君たち二人は敵のリーダーに人質に取られていたらしい」

「……え、ゆきのん、私たち人質だったの?」

 助手席に座るナゾナゾ博士の話を聞いて由比ヶ浜さんが私の方を見て質問してくる。しかし、私も心当たりがなく、顔を顰めてしまった。

「もちろん、君たちがここにいる時点で誘拐などの物理的な人質ではないことはわかる。しかし、『謎の建造物』――『ファウード』の封印を解こうとしている敵のリーダーは魔物だ」

「……」

 そうだ。比企谷君たちが戦う相手は魔物。人間の常識が通用する相手ではない。私たちには想像もできないような方法で人質に取っていたかもしれないのだ。

「実際、敵のリーダーは言うことを聞かなかった魔物のパートナーに呪いをかけていた」

「の、呪い!?」

 呪い。まさかそんな言葉をこんなところで聞くことになるとは思わなかった。由比ヶ浜さんも声を荒げて驚いている。

 確かに呪いをかけることができる魔物なら私たちが気づかない間に人質に取られていたかもしれない。だが、それ以上に気になる点があった。

「その呪いは比企谷君にはかかってない。そうですよね?」

「うむ」

「……」

「何か気になる点でも?」

「いえ……随分回りくどいやり方だと思っただけで」

 もし、呪いをかけられるのならわざわざ私たちを人質に取るのではなく、比企谷君本人に呪いをかければいい。

「でも、敵のリーダーはそうしなかった。いえ、できなかった」

「その通り。何かの制限があるのか、条件があるのか。敵は現在、呪いをかけることができない。そう考えるのが自然だろう」

「でも、その手紙には私たちを人質に取ったって書いてあったんですよね?」

 私たちの会話を聞いても納得できなかったのか、由比ヶ浜さんは首を傾げる。おそらく彼女は考えるポイントを間違っているのだろう。

「由比ヶ浜さん、敵のリーダーの目的は?」

「へ? えっと、『ファウード』、の封印を解くこと」

「そう。そして、その封印を解くのに比企谷君とサイさんの力が必要になった。つまり、あくまで敵のリーダーは比企谷君とサイさんをコントロールできるようになればいいの」

「うん、だから、そのために呪いをかけるんじゃないの?」

「ええ、それも一つの手だわ。でも、結局、一つの手でしかない。他の方法でコントロールできれば敵のリーダーの目的は達成されるのよ」

 そこまで説明してやっと納得したのか、由比ヶ浜さんが『なるほど!』と声を漏らした。だが、その後すぐに再び首を傾げてしまう。

「じゃあ、なんで私たちを人質に取るって書いたの? だって、呪いはかけられないのならそんなの嘘じゃん!」

「ええ、そう、嘘なの」

「……へ?」

「そこからは私が説明しよう」

 まさか『嘘』だとはっきり断言するとは思わなかったよう由比ヶ浜さんが目を白黒させる。そんな彼女を見てナゾナゾ博士は微かに笑みを浮かべた後、すぐに真剣な表情に戻って説明に戻った。

「敵のリーダーは呪いを使う魔物。そして、君たちを人質に取ったと手紙に書いた。もちろん、私も八幡君もすぐにそれは嘘だと思ったよ。君たちを人質に取るなんて回りくどいことはせずに直接、八幡君に呪いをかければいいから。魔物のことを詳しく知らない雪乃君ですらすぐにその答えに行き着いた。それほど見え透いた嘘だった」

「なら、なんで……」

「未知というのは想像以上に恐ろしいものだ。敵のリーダーがもし、呪い以外の方法を持っていたとしたら? 呪いという未知の力を目の当たりにした我々はその可能性を否定しきれない。それだけで十分、呪いとなる。可能性という呪いに、ね」

「そんな……」

 やっと今の状況を理解した由比ヶ浜さんが顔を青ざめさせて声を震わせた。しかし、先ほども言ったように私たち全員の見解は『人質に関しては完全に嘘』。さほど焦る必要はない。

「でも、私たちのせいでヒッキーたちは敵のリーダーの言いなりになっちゃうんだよね?」

「ああ、その点は大丈夫だ。八幡君に考えがあるらしい」

「考え……碌でもないことを考えていそうだけれど」

「私も詳しい内容は聞いていないが彼は清麿君……他の仲間たちとは別の方法で『ファウード』を止めるつもりだ」

 別の方法。そう聞いて私と由比ヶ浜さんは思わず顔を見合わせてしまった。彼は、また独りで解決するつもりなのだろうか。

「そういえば、このことはサイも知ってるの?」

 比企谷君が何をしようとしているのか考えようとしたところで由比ヶ浜さんの言葉にハッとする。そういえば、空港でサイさんと話した時、彼女の態度に違和感を覚えなかった。サイさんは表情のコントロールは上手いし、知っていても私たちにばれないように隠していたかもしれない。

「いや、八幡君はサイ君にこのことを話していないらしい」

「……その理由は聞いていますか?」

「……今のサイ君は仲間、という存在を大切にしている。だから、もし、君たちが人質に取られたと聞いたら何をするかわからない。確証を得られるまで秘密にしておいた方がいいと判断したそうだ」

 私はその言葉に納得してしまった。サイさんは出会った頃から情緒不安定なところがある。特にここ半年は色々なことがあったのでちょっとしたきっかけでそれが崩壊してしまうかもしれない。比企谷君の判断は妥当だと言える。

「それで……私たちはどこに向かっているのでしょうか」

 ある程度の事情は理解した。なら、次は今後の方針について話し合うべきである。話し合うと言ってもナゾナゾ博士はすでに何か対策を立てているのだろう。

「先ほども言ったが君たちは人質に取られている。しかし、他の人物が人質に取られている可能性も否定しきれない。それこそ、八幡君の家族、とかね」

「ッ! 小町ちゃんも危険なんですか!」

「落ち着いて、由比ヶ浜さん。あくまで可能性の話よ」

「うむ。だが、魔物のことを知っているのは君たちだけだ。八幡君の家族に説明するわけにもいかない。それにもしかしたら狙われているのは八幡君の家族だけじゃないかもしれないのだ」

 『いや、むしろ、八幡君の家族よりも狙われやすいかもしれない』とナゾナゾ博士は呻くように声を漏らした。どういうことなのだろうと彼の言葉を待つ。

「……実は『ファウード』の封印を解くためには強力な攻撃呪文が必要なのだが、八幡君の仲間に該当しそうな呪文を持っている者がいる。彼の家族も狙われてもおかしくない」

 どうやら、状況は想像以上にややこしいことになっているようだ。はっきりと人質扱いされたのは私と由比ヶ浜さんだ。だが、私たちのことを調べているということは比企谷君や彼の仲間に関しても調べているだろう。ましてや、『ファウード』の封印を解く力を持っている魔物がいるのならその魔物も仲間に引き入れようとするはずだ。

「だから、君たちには……少しの間、モチノキ町で過ごしてもらいたい」

「……はい?」

 ナゾナゾ博士の唐突な言葉に私は間抜けな声を漏らしてしまう。

 私たちを乗せた車は高速道路を走る。行き先はモチノキ町、らしい。


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