やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
おそらく終盤ですけど。
そこで何故、2人がモチノキ町へ行くことになったのかも説明しますのでご了承ください。
「は?」
俺が手紙の内容を言った瞬間、サイの目が一瞬にして不気味なほど澄んだ。そして、遅れて迸る魔力。そのあまりの勢いにハイルが用意した紅茶のカップがテーブルから弾かれ、壁に叩きつけられて割れた。
「ごッ……」
「八幡!」
もちろん、負の感情が込められた魔力の直撃を受けた俺だって無事ではない。だが、こうなると最初からわかっていたので『サジオ』の出力を全開にしていたので少しだけなら耐えられる。慌てて俺の体を支えようとしたハイルを手で制し、サイに向き直った。
「ねぇ、ハチマン……もう一回言ってくれる? リオウは、何を、したの?」
ガタリ、と音を立てて席を立ったサイは真っすぐ俺の目を見て柔らかい声音で問いかけてくる。答えようと口を開けるが『サジオ』を貫通してジクジクと蝕む魔力の痛みのせいで掠れた声しか出てこない。
「さ、サイちゃん……このままだと八幡が――」
「――お前は黙ってろ」
「……ッ」
俺の様子を見てさすがに耐えかねたのかハイルは声をかけるが、サイが聞いたことのない低い声でそう言った後、ハイルの体が吹き飛んだ。空中で何度もバウンドさせられたハイルはこの部屋に唯一存在する窓へと突っ込み、ガラスを粉砕しながら外へと放り出されてしまう。
(魔力、放出か……)
サイは体内の魔力を放出することができる。通常時であれば足の裏からジェット噴射させたり、逆に急ブレーキをかけるなど僅かにしか放出できないが
「それで、なんだって? もう少し、詳しい話が聞きたいな」
窓の外へ消えていったハイルには目もくれず、サイは再び俺に質問する。その瞬間、更に俺にかかる負荷が大きくなった。その重さに思わずテーブルに突っ伏してしまう。
一応、布石として予めリオウの話は嘘だったと言っておいたのだが、『雪ノ下と由比ヶ浜が狙われていたかもしれない』という衝撃でそれも吹き飛んでしまったのだろう。
「ねぇ、ハチマン。答えて?」
まるで、悪戯した子供を躾けるように言葉を連ねる母親のような優しい声。ああ、わかっていた、こうなることぐらい。だから、
サイにとって雪ノ下と由比ヶ浜はガッシュたちと同じ――いや、それ以上の存在だ。
一度は壊れてしまった関係を彼女たちの方から繋ぎ止めてくれた。繋ぎ直してくれた。自分たちを傷つけたはずのサイにもう一度、手を差し伸べてくれた。一緒にいたいと想ってくれた。
言ってしまえば、あの2人はサイにとって希望の象徴だと言っても過言ではない。壊すことしかできないと己を嘆いていたサイの前に現れた例外。壊すことしかできないはずの自分ですら壊し切れなかった存在。それが雪ノ下と由比ヶ浜なのだ。
そんな存在を脅かそうとした奴がいるのだ、サイは全力を持ってそいつを排除するだろう。もちろん、それが
「サ、ィ……」
「なぁに?」
覚悟していたのにこんな掠れた声しか出せない自分を呪いながらなんとか顔を上げる。そこにはニコニコと口元を緩ませながらも澄んだ瞳だけは一ミリも笑っていないサイがいた。
「う、そだ……ブラフ」
「嘘? ブラフ? 何を言ってるの?」
俺の言葉に首を傾げるサイ。あまりにも小さな声だったせいで聞こえなかったのかもしれない。そう思ってもう一回、声を出そうとしたがサイはすぐに言葉を紡いだ。
「そんなの知ってるよ。だから、どうしたの?」
ああ、なるほど。てっきり、怒りで我を忘れているように見えたが、どうも見込みが甘かったようだ。
彼女は、全てを理解した上であえて怒りに身を任せている。そちらへ落ちることを良しとした。
「っ……」
フッと体にかかっていた負荷が消え、力が抜けたせいで椅子から転げ落ちる。受け身すらも取れずに落ちたせいでジンジンと体中に鈍痛が走った。どうやら、今の状態だと俺がろくに話せないと判断したようで『魔力放出』を止めたらしい。
「さぁ、ハチマン……詳しい話を聞かせて? そして、一緒にリオウを――」
サイは地面に落ちた俺へ手を差し伸べた。窓ガラスが割れ、そこから射し込んだ光がサイを照らす。彼女の綺麗な黒髪がそれを反射してどこか幻想的な光がキラキラと舞う。
「――
それでも、俺は彼女の澄んだ群青色の瞳と群青色に染まった毛先しか目に入らなかった。
「う、うぅ……」
酷い目に遭ったと言わんばかりに涙目になりながら外へ吹き飛ばされたハイルは翼を広げ、彼らに割り当てられた客室へと戻ってきた。
(あれ、『魔力放出』が止んでる……)
窓からそっと顔を覗かせ、様子を窺うとそこにはいつの間にか床に尻餅を付いている八幡と彼へ手を差し伸べるサイを見つけ、首を傾げる。己を何度も吹き飛ばした『魔力放出』が止んでいたのだ。
(なんか二人とも落ち着いてるみたいだし、サイちゃんの暴走が止まったのかな)
そんなことを思っていると何故か顔を引き攣らせているハチマンがサイの手を取って立ち上がった。そろそろ戻っていいかもしれない。だが、タイミングは大切だ。またサイに吹き飛ばされてはさすがに傷つくから。主に心が。
(それにしても……)
やはりというべきか、サイの『魔力放出』のせいで彼らの客室は見るも無残なことになっていた。カップや花瓶は粉々に砕け、ベッドはまるで鋭い爪で切り裂かれたようにビリビリに破けている。彼らの荷物も床に散らばって――。
「……ん?」
そこで彼らの足元に転がっているものにハイルは気づいた。それは群青色の一冊の本。サイの魔本だ。八幡が椅子から転げ落ちた拍子に一緒に床へ落ちたのだろう。
別にその魔本自体に変化はない。燃えてもいないし、心の力を込めたように光ってもいない。
ただ、何かおかしい。何か、いる。いる? いいや、
そんな曖昧なイメージがハイルの脳内を駆け巡り、それについて思考する前にそれは消えた。フッと、最初からそこには何もなかったように、唐突に。
(気のせい、よね?)
どうやら、サイの『魔力放出』を何度も受けてまだ正気に戻っていなかったらしい。そう判断したハイルはゆっくりと様子を窺いながら部屋へと戻る。
その何かは、確かに芽吹き始めていた。もう一度、咲き誇るために。