やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
アースの胸元で苦しそうに呼吸をしているエリーを見て俺は言葉を失ってしまう。己の
「ッ……」
いや、アースはリオウの呪いを信じている。そうでなければ前回の戦いで冷静に戦況を読んでいた彼があれほど表情を歪ませることはないはず。
じゃあ、本当にエリーの意志を尊重し、『ファウード』を魔界に帰そうとしているのか? それは、あまりに――。
「ふざけるでないぞ!」
そんな俺の思考を遮るようにガッシュの怒声が届いた。こちらから彼の顔は見えないが怒りで体を震わせている。ああ、俺も同じ気持ちだ。可能なら今すぐにでもアースの顔を殴って目を覚まさせてやりたい。
(でも……なんだ、この違和感は)
「そんなに小さき者を平気で死なせてよいというのか? アース、お主はそれで本当によいのか!?」
「ぐっ……」
確かにアースは忠誠心の高い魔物でエリーのことを信頼しているようだった。そうでなければ前回の戦いであれほどの立ち回りはできなかっただろう。
しかし、彼の表情はどこか焦りがあるように見える。エリーの意志を尊重するだけでなく、もっと別な何かに恐れている?
「だ、まれ……」
その時、微かな声が耳に届き、俺は視線を僅かに下に移す。そこで顔を真っ青にしたまま、俺たちを睨みつけるエリーがいた。あれほど衰弱しているのに彼女は未だ心が折れていないのだろう。なんて強い子なのだろうか。
「これで、世界が救われる……のだ。ならば、俺の命……一つくらい、安いもの……」
自分の命一つで世界が救われるのならば安いもの。いや、違う。エリーだけじゃない。呪いをかけられた人たち全員の命だ。幼いながらも賢い彼女がそれに気づいていないはずがない。きっと、そこまで考えが至らないほどエリーは弱り切っているのだ。
「アース……何を、している? 早く、装置を……動かせ」
「……」
「アース!!」
「ハッ、御意のままに!」
「御意のままにじゃねぇ! 従ってんじゃねぇよ!!」
呼吸するだけでも苦しいのだろう。掠れた声で、それでもなお、自分を犠牲にしようとするエリーと、本当は従いたくないはずなのに頷くアースに俺は拳を握りしめながら絶叫する。
こんな小さな子に死を選ばせたリオウに対する怒り。
そして、今すぐにでも助けてあげたいのにそれができない不甲斐なさ。
そんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、俺は思わずアースへと歩みを進めた。
「その通りだ!」
「てめぇら、邪魔すんじゃ――」
「――退くのはお主の方だ!」
それとほぼ同時にガッシュも駆け出しており、それを止めようとカルディオとその
「なっ……」
ガッシュが作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかず、俺はアースの目の前に立ち、その胸倉を掴んだ。まさか魔物の前に人間が無防備で立つとは思わなかったのか、アースは言葉を失っていた。
「お前みたいな年端もいかねぇ子供が、簡単に命を捨てるようなことを言ってんじゃねぇぞ!」
アースが動かないのなら好都合。俺はエリーに思いの丈をぶつける。きっと、彼女はガッシュと同様に世界と己の命を天秤にかけたのだろう。その答えが自分の命を捨てることだった。世界の重さに耐えきれなかった。ただそれだけの話。
「だ、まれ……貴様に、何ができる?」
「お前の命を救うことができる! 『ファウード』も確実に魔界に帰してな!」
「本当か!?」
俺の言葉に真っ先に反応したのはアースではなく、カルディオの
「アース、『ファウード』を魔界に帰す装置を起動させるとか言ってたな! それも動かし方もわかるんだな?」
だが、今は確認することがある。そもそもあの部屋に件の装置がなければ意味がない。それに加え、動かし方がわからなければどうにもできないのだ。それがエリーを――の檻をかけられた皆を救う最低条件。これらがクリアできなければ詰みだ
「……簡単な操作ならば。あの装置の魔界の文字が読めるからな」
「よし、それなら――」
「――だが、先ほども言ったように
俺の言葉をアースは先ほどとは打って変わったように真顔で一蹴した。あれだけ顔を歪ませていた彼が、である。それこそ別人のように雰囲気が変わり、胸倉を掴んでいた手から力が抜けた。
「どう、して……俺ならエリーを救える! いや、せめてそれが可能かどうか見極めてからでも遅くはないだろう!」
「いや、それだと遅い……遅すぎるんだ」
「なん――」
そこで俺はアースの口調が変わっていることに気付いた。普段の彼は侍が使うような堅苦しい口調だ。しかし、たった一度だけ彼が言葉を崩したのを見たことがある。
それは――彼がサイと初めて出会った時、彼女を『魔界の脅威』の一つだと叫んだ時だ。
「お前たちは……『魔界の脅威』を舐めている。人間一人が企てた作戦一つでどうにかできるものではない」
「そんなやってみなくちゃわからないだろ!」
「その結果、
「10年前?」
待て、アースは何を言っている? いや、その内容はわかる。だが、明らかに年齢が合わない。だって、彼女はガッシュと同じ年齢のはず。それなのに――。
――
――でも、あの建造物……多分、魔界で
――だって、私が『魔界の脅威』の一つらしいから。
カチリ、と全てのパーツがかみ合った音がした。いや、ありえない。そんなわけがない。もし、これが真実だというのなら、それはあんまりだ。それにあの子はあんなにも楽しそうに笑っている。そんなことがあって笑っていられるはずが……。
――あいつは元々、異常なんだよ。夜とか俺と一緒に寝てる時、トイレとかで少し離れただけで泣いたり、俺以外の奴とは寝ようともしない。あいつは……もう壊れてるんだよ。
「ま、さか……」
「だから、エリーの意志を尊重するのもそうだが、それ以上に俺は『魔界の脅威』を放置しない。たとえ、エリーが死ぬことになろうとあの悲劇を繰り返すわけにはいかないんだ」
俺の手を払い、アースは剣を真っ直ぐ振り下ろす。気づいてはならない事実に触れてしまった俺は思考が止まり、棒立ちでそれを見つめ続ける。これは、死――。
「カルディオ!」
「ちっ!」
剣が俺に触れる直前、頬を鋭い冷気が撫でた。見れば、カルディオの
「お、おい! 助かるかもしれねーんだぞ! なのになんで……」
「……」
「なんとか言えよ!」
「清麿!」
アースたちが揉めている間に手が凍り付いているガッシュが茫然としている俺を掴み、慌てて後方へと下がった。それでも俺は未だに正気に戻ることができない。
「しっかりするのだ、清麿!」
「清麿、何があった!」
「清麿さん!」
「……えない」
ガッシュ、サンビームさん、シスターの声が遠く聞こえる。すまない、その声に応えるつもりはあるのだ。しかし、どうしても意識が真実へと向いてしまう。
「どうして……そんな、ことに……」
『魔界の脅威』は三つ。
ガッシュが持つ『バオウ・ザケルガ』。
山よりも巨大な魔物、『ファウード』。
そして、『サイ』。
八幡さんの話ではサイは一人でお風呂に入るらしい。友人にちょっと強引に誘われた時など、泣いて拒否するほど頑なに入ろうとしない。
また、テッドの話ではサイは裸を見られた時、最初に背中を隠した。
サイは最初から『ファウード』が封印されていたことを知っていた。それもあの鍵穴を見ただけで察した。では、何故察することができたのだろうか。
嫌な予感がする。もうこれ以上、思考を続けてはならないと本能が語りかけてくる。でも、止められない。俺はすでに気づいてしまっているから。
「どうして、なんだよ……サイ!」
答えは導き出され、はっきりと俺の脳髄に刻み込まれる。
ああ、気づかなければよかった。
そう思いながら俺はフラフラと立ち上がり、再びアースへと視線を向ける。
それでも、ここで立ち止まるわけにはいかない。ここで止まったら俺たちは大切な物を失ってしまうのだから。