やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

271 / 283
LEVEL.268 私たちは今度こそ本物になる

 私の目を覚ましたのはホテルの扉を乱暴に叩く音だった。もしかしたら最初にチャイムを鳴らしたのかもしれないが、それに気づかなかったのだろう。扉の前にいる人はよほど焦っているらしい。

(何か、起きた?)

 比企谷君とサイさんをコントロールするために私たちを人質に取った、と嘘を吐いた魔物――リオウが動き出した? 少なくとも良いことが起きたわけではないだろう。由比ヶ浜さんがベッドの上で丸くなるように寝ているのを尻目に私は寝間着の上からカーディガンを羽織り、扉のスコープを覗き込んだ。扉の前に立っていたのは私たちの護衛についていてくれていたナゾナゾ博士の仲間の一人だった。顔はどこか青ざめており、焦っているように見える。因みに数人体制で私たちの護衛をしており、そのほとんどが普通の一般人なのだがそのリーダーの人は何かしらの超能力を使えるそうだ。なお、恰好が奇抜過ぎて目立つため、遠いところから指揮を執っているらしい。

「……はい、どうしました?」

「急いで荷物をまとめてください!」

 護衛の人は説明する時間すらないのか、声を荒げて叫んだ。そして、ここがホテルの廊下だと気づき、ハッとするものの目に見えて緊張している。やはり、何か悪いことが起きたのだろう。

「……ええ、わかりました」

「お願いします! ロビーでお待ちしておりますので!」

 そう言って護衛の人は廊下を走り去ってしまった。本当に時間がないらしい。これでは着替える時間すらなさそうだ。由比ヶ浜さんを起こそうと部屋に戻り、時計を確認する。その時刻は朝の4時過ぎ。その足で窓に近づき、外の様子を確認するが特に何も起きていないように思える。

「何か、あったの?」

 きっと、護衛の人の声で起きたのだろう。気づけば由比ヶ浜さんがベッドから降りて私の隣に立っていた。その顔は不安の色に染まっている。

「……ええ、おそらく。荷物をまとめてロビーへ来て欲しいと言っていたわ」

「そう、なんだ。うん、わかった」

 彼女も着替える時間はないとわかったようで素直に荷物を片付け始めた。しかし、荷物と言ってもスマホや財布ぐらいしかなく、数分と経たずにまとめ終わり、寝間着にカーディガンを羽織った姿のまま、ロビーへ移動する。

「っ! よかった……今すぐ移動します! 説明は車の中で!」

「ええ、わかりました」

 護衛の人はこちらの姿を見つけた途端、外へと走ってホテルの前に停まっていた車へと乗り込む。私たちもその後に続き、車はすぐに出発した。

「それで何が起きたんですか?」

「……現在、日本に『ファウード』が迫ってます」

「ッ!? そんなっ!」

 護衛の人の震えた声の由比ヶ浜さんが悲鳴を上げる。比企谷君たちが巨大な魔物である『ファウード』を止めるためにニュージーランドへ飛んだ。だが、その『ファウード』が動き、日本へ向かっているということは彼らは失敗してしまったのだろう。思わず、両手を握りしめてしまった。

「……比企谷君とサイさんは?」

「それは……」

「お願いします。教えてください」

「……『ファウード』に乗り込んでる人からの情報だと比企谷さんは……生死不明だそうです」

 生死不明。その言葉が頭の中で何度も響き、ガクリと力が抜けて背もたれに背中を預ける。嫌な予感はしていた。もしかしたらと考えなかったわけではない。だが、こうやってはっきりと言われ、ショックを受けている現状に私の覚悟は全く足りなかったのだと痛感してしまう。

「ヒッキーが……サイは? サイはどうなったんですか!」

 由比ヶ浜さんの言葉にハッとする。そうだ、護衛の人は比企谷君のことしか言っていない。もしかして、魔本を燃やされて魔界に帰ってしまったのだろうか。

「……サイさんは暴走したそうです」

「暴走?」

「こちらも情報が足りず、『ファウード』の中で起こった出来事を完全に把握してるわけではありません。ですが、届いたメールにはサイさんは理性を失い、『ファウード』内を徘徊してるそうです」

「それは、どういう……」

 私はそこで言葉を噤んでしまう。私は知っているはずだ。

 修学旅行の最中、ハイルという魔物に襲われた。その戦いで彼女は我を忘れ、暴走しかけたのを覚えている。あの時は比企谷君の必死の声掛けによって正気を取り戻した。でも、比企谷君が生死不明の今、彼女を止められる人はいないだろう。

「……それで今はどこに向かってるのでしょうか?」

「目的地はありません。ナゾナゾ博士の予測だと『ファウード』はこのモチノキ町の港に辿り着きます。なので、少しでも遠くへ逃げる予定です」

 逃げる。賢明な判断だ。『ファウード』が巨大な魔物なら何かしらの攻撃手段を持っていてもおかしくはない。ただ歩くだけでその被害は甚大だろう。だから、遠くへ逃げる。当たり前の判断だ。

(でも……)

 目を閉じる。かつて、平塚先生は言った。簡単に導き出した答えは間違っていることが多い、と。大事なのは考えるポイントを間違えないことだ、と。だから、考えよう。当たり前、という言葉に逃げた答えなど間違っているに決まっているのだから。

「……すぅ」

 大きく、息を吸う。修学旅行の時、私は初めて魔物という存在を知った。とても恐ろしく、今すぐにでも逃げ出したいとさえ考えた。

 

 

 

 

 ――いい加減にしろよ、臆病者。

 

 

 

 

 そして、ずっと仲間だと思っていたサイさんもその一人だと知り、情けなく恐怖した。それが奉仕部を崩壊させた。

「……はぁ」

 短く、息を吐く。それでも、私はあの場所を取り戻したいと願った。紅茶の香りが漂う、心地よい場所。由比ヶ浜さんとサイさんが笑い、いつものような腐った目で時々、口を挟む比企谷君。そんな3人を見ながら小説を読む私。そんな関係性を取り戻したくて、私は本物に手を伸ばした。

 だが、私は本当に取り戻せたのだろうか。見せかけの関係を保ち、本心を隠し、愛想笑いを浮かべていた私は求めたあの場所を本当に取り戻せたのだろうか。

「ゆきのん」

 その声と共に右手に広がる温もり。目を開け、隣を見れば今にも泣きそうになりながらもしっかりと私を見つめる由比ヶ浜さんの姿があった。

「……ええ、そうね。そうよね」

 このまま逃げる。それが正しい判断だ。当たり前の行動だ。誰だって死にたくない。生きていたい。たとえ、この後、『ファウード』に日本を滅ぼされたとしても少しでも生きたいと願うのは生物としての本能だ。

「止めてください」

 答えを出した私は運転する護衛の人にそう告げた。告げられた彼は明らかに動揺したようにバックミラーごしに私たちを見つめる。

「え、しかし……」

「今更、どこに逃げても意味はありません。なら、私は――私たちはできることがしたいです」

 そう言いながらも本能が間違っていると訴えかけるように手が震えた。でも、理性でそれを抑え込む。由比ヶ浜さんの手の温もりがそれを抑えてくれる。

「……」

「お願いします。協力してください」

 きっと、この答えは間違っているのだろう。危険だとわかっている場所へ戻ることは生物として愚かな行動なのだろう。

 でも、私は違うと思った。正しくないと判断した。だから、考えて答えを出した。たとえ、それが間違っているとしても私は後悔しないだろう。

 

 

 

 

 

 だって、今度こそ、あの紅茶の香りが漂う部室で私たちは本物(・・)になりたかったから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。