やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
恵さんの言動に違和感を覚えるかもしれませんが、見逃してください。
なお、土日はちょっとでかけますので感想の返信は遅れます。ご了承ください。
部屋に夕日が射し込んでいる。それはとても綺麗でまるで青春の1ページを照らしてくれるスポットライトのようだった。
(でも……)
しかし、それとは真逆に部屋を支配する空気はとても重くて冷たかった。部外者である私とティオはどうすることも出来ずに八幡君たちの出方をうかがうしかない。サイちゃんだけは優雅に紅茶を飲んでいるけれど。
「さて、比企谷君……説明してくれるかしら」
そっと紅茶の入ったカップを長机に置いた黒髪の女の子――雪ノ下雪乃さんが鋭い眼で八幡君を見据えながら問いかけた。一瞬だけビクッと肩を震わせた彼はそっと視線を逸らす。どうやら、八幡君は彼女のことを恐れているようだ。
(そして)
私が一番気になるのはチラリと私を盗み見ているもう1人の女の子――由比ヶ浜結衣さんだった。この教室に入って来た時、私の持っていた魔本を見て目を見開いていたのだ。もしかしたら魔物のことを知っているのかもしれない。後で八幡君かサイちゃんに聞いてみよう。
「別にサイとティオが友達でティオの保護者が大海だっただけだ」
すると目を逸らしていた八幡君が吐き捨てるように説明した。魔物のことを素直に言うわけにもいかないのであんな説明をしたのだろう。しかし、私は八幡君の説明を聞いて寂しい気持ちになってしまった。
「え? 私は八幡君と友達だって思ってるけど」
そう、出会ったあの日からずっと八幡君のことを友達だと思っていたからだ。それなのにそんな突き放すようなことを言われてしまったら悲しくなってしまう。なので思わず、口を出してしまった。
「友達? あの比企谷君に?」
だが、私の発言が意外だったのか雪ノ下さんは訝しげな表情を浮かべて呟く。それを聞いて何故か八幡君も雪ノ下さんに同意するように頷いていた。どうして、頷いているのだろう。確かに八幡君は目が腐っていて少し捻くれているけれど、話してみれば普通の男の子だとわかる。彼の目や雰囲気のせいで話しかけ辛いとは思うけれど一度話せば友達だって出来るはずだ。
そして何より――。
「でも、この前一緒に遊園地に行ったし……」
――遊びに行っているのに私は彼に友達だと思われていないことが問題だ。あの時はサイちゃんが八幡君を誘導して強制的に連れて来たが、遊園地で遊んでいる間、彼は嫌そうにしていながらどこか楽しそうだった。やっぱり、彼は捻くれているのだろう。サイちゃん風に言えば捻デレ。そう言えば、捻デレってどういう意味なのだろう。これも後で聞こう。
「ゆ、遊園地!?」
そう心に決めた時、由比ヶ浜さんが目を丸くして叫びながら立ち上がる。見れば雪ノ下さんもぽかんと口を開けて呆然としていた。そんなに意外だっただろうか。
(あれ? もしかして……)
由比ヶ浜さんの反応を見て私は何となく察した。八幡君も隅に置けない。友達はいないと言っていたが、ちゃんと八幡君を見てくれている人はいる。それが何だか嬉しくて、ちょっぴり寂しくなってしまった。どこかで私は八幡君を『友達がいない寂しい人。私がいないと駄目な人』と自惚れていたのかもしれない。少し反省だ。
ただ雪ノ下さんの方は由比ヶ浜さんとは違う。彼女は八幡君に友達がいることを受け入れたくないと思っているような気がする。ただの勘だけれど、これでも私はアイドル。人の見る目は他の人よりあると思う。よし、少しだけ揺さぶってみよう。ふふ、どんな反応をするのかしら。
「ええ。八幡君、ちょっと疲れてるみたいだったから一緒に遊ぼうと思って」
「で、でも……あのヒッキーが遊ぶなんて」
「おい」
「私が誘導したんだよー。ハチマンってば普通に誘っても来ないし」
顔を引き攣らせて呟く由比ヶ浜さんにツッコむ八幡君。さすがに見逃せなかったようだ。そして、そんな彼らに自慢するようにサイちゃんがカップに紅茶を注ぎながら言った。その頬は緩んでいる。魔物と戦うことになってしまったけれどちゃんといい思い出になっているようで安心した。さて、そろそろ本格的に揺さぶってみよう。
「それによく八幡君の家にも行くし……私たちって友達じゃないのかな?」
私の問いかけを聞いて八幡君は少しだけ冷や汗を流しながらサイちゃんの方を見る。本当に友達になりたくないのだろうか。もしそうだったら悲しい。仲間にはなるけれど友達にはなれないのは何だか、他人行儀な感じがする。義務で一緒に戦うのは嫌だ。仲間として、友達としてお互いを守り合いながら戦いたい。それが八幡君とサイちゃんの言う『一緒に戦う』ことだと思うから。
(もしかしたら)
本当は私が彼の真意を知りたいだけなのかもしれない。揺さぶるとか言い訳しておいて気にしているのは彼女達ではなく彼の反応なのだから。
「ヒッキーの家にも……」
由比ヶ浜さんは力が抜けたように椅子に座る。ちょっとやりすぎてしまったかもしれない。ティオも不思議そうに首を傾げていた。しかし、雪ノ下さんは由比ヶ浜さんとは違い、ジッと私の方を見ている。その目は少しだけ嫌な感じがした。
「大海さん。どうやら、比企谷君は友達とは思っていないようなのだけれど?」
そして、鋭い指摘。それを聞いて何も言い返せなかった。八幡君は一度も私を友達だと言ってくれなかった。雪ノ下さんの言う通り、友達だと思っていたのは私だけだったのかもしれない。
「でも、ハチマンって捻デレだから素直に頷かないと思うんだけど。それにハチマンは今までぼっちだったんだよ? 友達の基準を知ってるわけないでしょ」
「あの、サイさん? それ結構、心に来ますからね?」
だが、雪ノ下さんに反論したのはサイちゃんだった。その言葉は辛辣だったが、私はそれを聞いて少しだけ微笑んでしまう。サイちゃんは八幡君のことを理解しているのだとわかってしまったから。彼らこそ理想のコンビだと思う。戦い方もそうだが、お互いを必要とし、お互いが納得できる戦い方を模索する。それはお互いを信頼していないとできないことだ。なら、私もここから――八幡君と友達になるところから始めよう。
「じゃあ、今から私と八幡君は友達ってことでいい?」
少々、強引な言い方になってしまったが、友達の基準がわからない彼にははっきりと言った方がいいだろう。
「そんな簡単に決められることかしら? 私、その言葉を何度も聞いて来たけれど、最後は皆、離れて行ったわ」
そこへ割って入ったのは雪ノ下さんだった。やはり、彼女は八幡君に友達が出来て欲しくないらしい。彼女にも何か事情があるみたいだが、友達を作るのを邪魔するのは身勝手すぎると思う。それに――。
「んー、私と八幡君に限ってそれはないと思うわ」
――私たちは仲間だ。彼らを守ると誓った。それを雪ノ下さんに否定されたような気がして少しだけカチンと来た。思わず、言い返してしまう。
「その根拠は?」
「だって、私たちなか――」
「――大海、ストップ」
『仲間』と言おうとしたら八幡君に止められてしまった。どうして止めたのかわからず、首を傾げながら彼を見る。するとちょいちょいと手招きをした。何か内緒の話があるらしい。素直に顔を彼に近づける。
「どうしたの?」
「仲間って言った後、どんな仲間か説明する気か?」
「……あ」
そうだった、すっかり忘れていた。そっと雪ノ下さんの方を見る。
「私たち……何かしら?」
いきなり内緒話を始めた私たちを睨むように見ながら先を促した。マズイ、言い訳が思い付かない。チラッと八幡君を見るが知らん顔で黙り込んでいる。私たちって仲間じゃなかったっけ。それにティオとサイちゃんも私から顔を逸らしている。この先の戦いが少しだけ不安になってしまった。
「私たちは……えっとその、何と言うか」
下手な言葉を使えば必ず、雪ノ下さんはそこを突いて来る。かといって本当のことを言っても信じて貰えないだろう。信じて貰えたとしてもそのせいで彼女たちが八幡君から離れてしまうかもしれない。それだけは避けないと。
(友達よりも深い仲で……仲間以外の言葉……えっと)
グルグルと思考を巡らせるがいい言葉が見つからない。どんどん雪ノ下さんの視線が鋭くなっていく。とりあえず、何か言わないと。大事なのは友達よりも深い仲だと伝えること。別に具体的な関係を言わなくてもいい。じゃあ、少しだけ言葉を濁して――。
「そ、そう! 友達以上の関係なの!」
――言葉を濁し過ぎてとんでもない発言になったのを私は数秒経ってからやっと気付いた。
今日は色々なことがあった。レコーディングが終わって急いで八幡君の高校へ向かおうとしたら本人から電話が掛かって来て『文化祭でライブをして欲しい』と頼まれるし、サイちゃんが迎えに来て死にそうな目に遭うし、ライブ後に八幡君が参加している部活――奉仕部の部室で彼らと仲間になったし、八幡君の部活仲間である雪ノ下さんと由比ヶ浜さんと話したり、ちょ、ちょっとパニックになったり。ティオに出会ってから濃い日々を送って来たと思っていたが、今日ほど色々なことがあった日などあの遊園地の日ぐらいだろう。でも、そんな1日ももう少しで終わる。そう思っていた。
「あ、お兄ちゃん、サイちゃんおかえ……お、お客さん!? お兄ちゃんが友達、しかも女の人を連れて……って、メグちゃん!?」
しかし、もう少しだけその1日は続くみたいだ。
サイちゃんに誘われて八幡君の家で晩御飯をご馳走になることになり、暗い道を八幡君と話しながら歩いているといつの間にか彼の家に着いていた。普段、あまり話さない八幡君だったがこちらが話を振れば話してくれる。それが何だか楽しくて夢中になって話してしまった。
「あ……」
八幡君の家に入って出迎えてくれた彼の妹さん――小町ちゃんだったが、八幡君は私のことを説明し忘れていたようでとても驚いていた。八幡君も小町ちゃんの反応を見て思い出したようで声を漏らす。とりあえず、自己紹介しておこう。
「初めまして、大海恵です。八幡君には色々お世話になってます」
「お、お世話!? お兄ちゃんがお世話になってるんじゃないんですか!?」
「ねぇ、小町さん。君の中で俺ってどんな扱いされてるの?」
「だって、お兄ちゃんだよ!? ぼっちで捻デレで引きこもりで八幡なんだよ!?」
「八幡は悪口じゃねーよ」
突然始まった漫才のようなやり取りを前にして思わず、笑ってしまった。唐突に笑い出した私を八幡君と小町ちゃんが不思議そうな顔をしながら見る。
「ごめんなさい、面白くてつい。ふふ、仲がいいのね」
「ハチマンとコマチっていつもあんな感じだよ。ね、ティオ」
「ええ、そうね。兄妹って感じがするわ。私、兄弟いないから本当の兄弟があんな感じなのかわからないけど」
私たちの言葉を聞いて2人は顔を見合わせた後、少しだけ照れくさそうにする。その姿があまりにも似ていて本当に兄妹なのね、と今更ながら納得した。それから私たちが来た理由やティオの保護者だということを説明する。まさかティオの保護者が私だとは思わなかったようで目を丸くして驚いていた。
「あ、ライブ見ました! すごかったです!」
「あら、ありがとう。でも、お礼を言うならお兄ちゃんに、ね?」
「え? どういうことですか?」
「私が文化祭でライブをしたのって八幡君に頼まれたからだもの。八幡君がいなかったらライブなんてしなかったわ」
「お、お兄ちゃんに頼まれたから!? まさかそんなに仲が良かったなんて……もしかしたら新たなお義姉ちゃん候補!?」
小町ちゃんは何か呟いているが声が小さくて聞こえなかった。どうしたのかしら?
「……ほら、メグちゃん。あがってあがって」
不意にサイちゃんが私の手を掴んで引っ張る。慌てて靴を脱いで廊下に足を乗せた。そのままリビングに連れて行かれる。何だかサイちゃんの様子がおかしいような気もするけれどあまり触れない方がいいかもしれない。チラッと後ろを振り返って八幡君に目で問いかけたら首を横に振ったのだ。彼もあまりよくわかっていないようだけれど。
「それじゃパパッと作っちゃうからそこで待っててね」
私とティオを椅子に座らせて軽く手を洗いながらサイちゃん。冷蔵庫の中身を見て素早くエプロンを付けた。
「え? サイちゃんが作るの?」
まさかサイちゃん本人が晩御飯を作るとは思わず、鞄を床に置いていた八幡君に問いかける。
「ああ。うちの両親、仕事で夜遅くなるからサイが来るまで小町と適当にすませてたんだが……サイが料理を始めてからいつの間にかあいつが料理担当になってな。さすがに全部任せるのは気が引けるからたまに手伝うけど」
そう言えば、遊園地の時もサイちゃんはお弁当を作って来ていた。チラッとしか見えなかったがとても美味しそうなお弁当だったので料理の腕は相当、上手いはずだ。
「……サイって何が出来ないの?」
料理をしているサイちゃんのうしろ姿を見ながらティオが顔を引き攣らせながら質問する。
「あー……しいて言えば独りで寝られないぐらいか?」
「独りで寝られない? どういうこと?」
「サイちゃん、お兄ちゃんがいないと寝られないんですよ。確かお兄ちゃんがトイレに行くために少しだけサイちゃんから離れただけで泣いちゃったって」
私たちの前にコーヒーの入ったカップを置きながら小町ちゃんが説明してくれた。その表情を見てサイちゃんを心配しているのがわかる。
「そう、だったの……でも、勝手に言ってよかったの? 気軽に話しちゃ駄目な気がするけど」
あまり人に言わない方がいい内容だ。サイちゃんも気にしているだろう。
「……いや、俺もそう思うんだが、サイが話せって言うから」
「「はい?」」
「だって、ハチマンと一緒に寝てるって言ったら私たちの仲の良さがわかるでしょ?」
こちらを振り返らずにそう言ってのけるサイちゃんだったが、私たちは無言のまま顔を見合わせる。
(サイちゃん……)
少しだけサイちゃんのことが心配になった。前から八幡君と仲がいいとは思っていたが、彼女の場合、『依存』していると言っても過言ではない。
「もう少しで出来るから待っててねー」
嬉しそうにそう言った彼女の背中がとても小さく感じられた。
サイちゃんが作った晩御飯を食べ、お喋りしていたらすっかり長居してしまった。慌てて帰る支度をしてお礼を言い、八幡君の家を後にする。
「……ねぇ、本当に良かったの? 送って貰っちゃって」
しかし、家を出る直前になって八幡君が駅まで送ってくれることになった。もう遅い時間だし、文化祭で色々あったから最初は遠慮したのだが、小町ちゃんがどうしてもとお願いして来たので頷いてしまったのだ。お願いするのはこちらなのにどうして小町ちゃんはあんなに必死になったのだろう。
「ああ、別に。この後用事あるしな」
あっけらかんと答えた彼だったが、こんな夜遅くに用事なんてあるのだろうか。
「用事? 何かあるの?」
私と同じ疑問を抱いたのかティオが八幡君に質問する。
「サイと訓練するんだよ。最近、文化祭実行委員の仕事で忙しかったから久しぶりなんだ」
「訓練って……どんなことしてるの?」
何となく予想は出来るが、聞かずにはいられなかった。
「普通にサイと組手するだけだぞ」
「ば、バカじゃないの!? 相手は魔物よ!? 普通の組手が出来るわけないじゃない! ただのパンチでも骨とか簡単に折れちゃうのよ!」
「そこは……ほら。『サルフォジオ』で治るから」
ティオの指摘に視線を逸らしながら彼は答える。ああ、やはり八幡君は無理をしていた。魔物との組手など無謀にもほどがある。
「大丈夫なの?」
「かれこれ1か月は続けてる。サイも手加減してるし、ちょっと前から守るだけじゃなくて攻め方も教えてくれてる。この前みたいに防戦一方じゃ勝てないってわかったからな」
この前――マリル王女の命を狙った殺し屋と戦った時だ。もうあの時の戦いの反省点を把握し改善しようとしている。でも――。
「何よ……結局、自分たちだけでどうにかしようとしてるんじゃない」
――私たちは本当に必要なのかと不安になってしまう。サイちゃんのバトルセンス。八幡君とのコンビネーション。そして、八幡君自身の戦闘技術。遊園地で魔物と戦った時、八幡君たちが戦いに参加してから相手は一度も攻撃できずに終わった。その事実が彼らの強さを物語っている。ティオも悔しそうに顔を歪ませながら呟いた。
「まぁ、自分たちにできることはできるようにしないとな」
「じゃあ、私たちは必要ないって言うの!?」
「……はぁ。違うわアホ」
「あいたっ!?」
声を荒げたティオの頭にため息を吐きながらチョップを落とす八幡君。ティオがちょっとだけ涙目になっていた。
「言っただろ。『自分たちにできることは』って……だから、お前たちにしかできないことをすればいい。守ってくれんだろ?」
「「あ……」」
そうだ。私たちの力は『守る力』。比べる方が間違っている。それに八幡君の戦闘技術が高くなったとしても攻撃呪文を防ぐ術はない。それを私たちが防げばいい。彼らが思う存分、暴れられるように後ろから守ればいいのだ。
「ふふ、あんなに友達になるのは嫌がってたのに仲間になるのはいいのね」
「友達? 何それ美味しいの? ぼっちの俺には難易度高すぎるわ」
「簡単なことよ」
そっぽを向いて答える彼に手を差し出した。
「握手して友達だって言えばいいの。ね?」
「いや、『ね?』って言われても……」
「じれったいわね。さっさと友達になりなさいよ!」
「それ脅迫って言うんじゃないの? まぁ……手を掴むことぐらいなら」
そう言いながら八幡君は私の手を掴んだ。これが私たちのスタートライン。今まではずっと助けられて来たけれど、これからは助け合おう。私は八幡君の目を見ながらそう心に誓った。
こうして、私と八幡君は友達になった。この先、どんな敵が現れるかわからないけれど、思いっきり戦ってね、八幡君、サイちゃん。私たちが必ず、守ってみせるから。