やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
結構、好き勝手書いてしまったので受け入れてくれるかものすごく心配です。
え、こんな気持ちで年を越すの?
俺たちの首筋に鎖が突き付けられている。さすがにこの状況から逆転するのは不可能だ。まさかたった一つの呪文でここまで追い詰められるとは思わなかった。こうなるならサイがユウトに近づいた時、魔本を回収させれば――。
(待て……何で、サイはあの時、魔本を回収しなかった?)
あり得ない。あのサイが魔本を回収し忘れるなんて。何手先も読んで行動するあのサイが。つまり、“魔本のことを忘れるほどあの時の彼女は普通ではなかった”。それほど彼女の精神状態は不安定だった。何か嫌な予感がする。何か、取り返しのつかないことが起きているような。
「っ――」
後ろにいるサイに視線を向けようとするが、持っていた魔本が群青色に輝き始める。俺の右脇に抱えられている雪ノ下も目を丸くしてそれを見ていた。
――そこは×××××。私は×××で皆のとこ×××。でも、皆……皆、×××。皆は××××。私が、私が××だったから私の、私のせいで。私がいたから×××、皆、××××。
(な、何だ?)
不意にサイの声が頭の中で響く。いや、頭の中ではない。魔本から伝わって来る。サイの震える声が。
――ゴメンね、サイちゃん。さようなら。
今度は聞き慣れない女の子の声。とても弱々しい声。まるで、“今にも命の炎が消えてしまいそうな”声だった。
――バキッ
今もなお輝き続けている魔本を見ていると後ろから何かが壊れる音が聞こえ、振り返った。そこには右手を血だらけにしたサイの姿。そして、最も近くにいた大海を無視して俺の方に歩いて来る。満面の笑みを浮かべて。右手が血だらけになっているのに笑っているサイを見て思わず、息を呑んでしまう。
――バキッ
硬直する俺に一度笑いかけた後、紅い鎖を右手で掴み握り潰した。その瞬間、紅い鎖が消えてしまう。先端を破壊されたら鎖そのものが消えてしまうようだ。
「お、おい……サイ」
また歩き出したサイに声をかける。今のサイは正直言って異常だ。早く正気に戻さないと。俺の声が聞こえたのか一瞬だけ動きを止めたサイだったがこちらを振り返ることなくティオのところへ向かった。そこで気付いてしまう。“サイの右手がない”。急いで彼女の足元を見ると右手だった肉が落ちていた。紅い鎖には消滅の効果がある。そんな鎖を素手で握り潰せば肉はズタズタになり、やがてただの肉塊になるだろう。そう、サイの右手のように。
「サイ、止めろ!」
――バキッ
俺の制止の声が聞こえていないのかティオの鎖を左手で破壊する。ティオの顔にサイの血が付着した。
「さ、サイ……左手が……右手も」
「……」
ティオの声も聞こえていない。ただ黙々と鎖を破壊して回っている。しかも、優先順位を付けて。
――バキッ
大海の鎖を破壊し、残った雪ノ下の鎖へ向かう。その間も俺とティオは声をかけ続けるが全く効果がない。大海などあまりの光景に言葉を失っていた。そりゃ、目の前でサイの左手がボロボロになるのを見たのだ。絶句するのも無理はない。やっとこちらの騒ぎに気付いたのかハイルもサイを止めようと叫んでいる。
「サイさん……貴女……」
サイが目の前に来た時、雪ノ下は顔を青くして震えていた。それでもサイは止まらない。ゆっくりと今にも取れてしまいそうな左手を紅い鎖に手を伸ばし――。
「ユウト、消して!」
「う、うん!」
――紅い鎖が消え、空を切った。あのまま紅い鎖を握っていたら左手もなくなっていただろう。『サルフォジオ』でサイも治せるとは言え、さすがに無茶し過ぎだ。
「サイ! おい、聞こえないのか!」
「……」
駄目だ。聞こえていない。どんどんサイの目が澄んでいく。不思議そうな表情を浮かべながら紅い鎖があった場所を見ている。それからハイルへ右腕を伸ばす。もう、伸ばすべき右手はないから。
「サイ!」
喉が痛い。こんなに叫んだのは久しぶり――いや、初めてかもしれない。でも、俺は叫ばずにはいられなかった。この群青色の魔本から伝わって来る何かがどんどん大きくなっているから。早くサイを正気に戻さなければ取り返しのつかないことになる。いや、もうなっている。だから、早く何とかしないと。
「あはっ」
だが、もう何もかもが遅かった。短く笑ったサイがカクンと首を傾ける。それは首を傾げているようにも見えるが違う。何かが外れてしまったのだ。
「ぐっ……」
それと同時に魔本の光が一際強くなり、俺の頭に何かが流れ込んで来る。その全てが感情。今、サイの中で蠢いている負の感情。怒り、悲しみ、憎しみ、恨み、悔しさ、後悔、懺悔。そして――殺意。
「八幡君!?」
俺の様子に気付いたのか大海が駆け寄って来るが返事をしている余裕がない。意識を保つだけで精一杯だ。体を支えきれなくなり、その場に蹲ってしまった。急いで魔本から手を離そうとするが何故か離れない。逃がさないと言わんばかりに。
――僕たちは×××。さぁ、×××。ね? サイ?
――あはは。そうだ。そうだよ。僕たちは×××だ。ねぇ、サイ? 君は×××だろ? なら、こんなところで泣いている暇なんてないんだ。早く×さないとね?
――×××だよ、お前は。
「あはは」
サイの笑い声が聞こえる。だが、それ以上に頭の中で響き渡る声がうるさい。ノイズが混じって上手く聞き取れない上、聞こうとすればするほど得体の知れない何かに引っ張られる。引きずり込まれる。
「八幡君! しっかりして!」
――私は××××。一緒に来るかい?
――お前、×××を無視してんじゃねぇ!
――おめでとう。貴女はもう×××よ。
くそ。やめろ。やめてくれ。ああ、わかっている。これがサイの抱えている闇の一部だって。あんな小さな体にこんな大きな闇がある。それを理解しようとするだけで意識が持って行かれそうだ。
「ハチマーン。『サシルド』だーして!」
――ウヌ、私たちは×××だぞ!
――私の×××にしてあげるわ! この×××当主×××の!
サイの言葉に返事をしてやりたいが顔を上げただけで声が出て来ない。待て。サイ、行くな。俺の方へ来い。頼む。来てくれ。そうでもしないと“俺が壊れてしまいそうだ”。
「んー、もういいやー。別の方法考えよー」
俺の願いは彼女に届かなかった。つまらなさそうに俺から視線を外したサイは少しだけ考えた後、ニヤリと笑う。それと同時に殺気が漏れる。
(動け……今、動かないと)
サイが誰かを殺してしまう。震える手でサイへ右手を伸ばすが届かない。俺の左手の中で群青色に輝いている魔本が邪魔をする。俺の体を見えない何かで縛り付ける。鎖で雁字搦めにされた気分だ。
「こんばんはー」
「ッ――」
『サウルク』も唱えていないのに一瞬にしてユウトの背後へ回ったサイはニッコリと哂う。その笑みを見た瞬間、背中が凍りついた。あいつ、ユウトを殺すつもりだ。サイはその場でジャンプしてユウトの顔面へ足を向ける。魔物の脚力で顔面を踏みつけられたら首の骨が折れてしまう。死んでしまう。
「ユウトおおおおおおおお!」
サイの足がユウトの顔に激突する直前で絶叫しながらハイルがサイへ突っ込み、その体を抱きしめて空高く飛び上がる。ユウトは涙を流しながら尻餅を付き、放心していた。元々、臆病な性格だったし殺されそうになったのだ。無理もない。
「サイちゃん、どうしたの!? ねぇ、ねぇってば!」
ハイルが大声でサイに声をかける。しかし、サイの反応はなし。いや、少しだけ迷惑そうな表情を浮かべている。まだサイは正気に戻っていないのだ。でも、ハイルに気を取られているからか、魔本から伝わる負の感情が少しだけ弱くなった。それだけでも俺は安心してしまう。あのままだったら俺はいずれサイの闇に――。
「あはっ」
安心した刹那、またサイが笑った。また闇に縛られる。その前に……動け。今しかチャンスはない。頼む、動いてくれ。もう後がないんだ。だから、頼む!!
「サイ!! 目を覚ませ!!」
「っ……ハチ、マン?」
やっと正気に戻ったのか少しだけ呆けた様子でサイが俺たちの方を見下ろしている。でも、何で魔本から伝わる嫌な何かは消えない? どうして、今もなおサイを、俺を引き摺り込もうとする?
「よかった、サイちゃん元に戻っ――」
「――いや、まだだ」
俺の背中に手を置きながら安堵のため息を吐く大海の言葉を否定した。まだ終わっていない。魔本から漏れる群青色の光が消えない内は安心できない。早くサイを……あの子を安心させないと。サイが溜め込んでいる何かを吐き出させないと。
だが、サイを抱えているハイルが高度を上げた。その時の彼女の顔を見て俺は血の気が引く。
「何で……」
「八幡君?」
「何で、あんな顔してんだよっ!」
思わず、叫んでしまった。叫ばずにはいられなかった。
(どうしてそんなに嬉しそうに笑ってんだよ)
何故、やっと地獄から抜け出せると安心したような表情を浮かべているんだ。ふざけんな。
「八幡、どうすんのよ! サイ、すごい怪我してるのに!」
ああ、そうだ。ふざけんじゃねーよ。ざけんな。何、しようとしてんだ。お前は今、何を考えてんだ。お前は――何を覚悟してるんだ。
「ねぇ、聞いてるの!?」
「うるせー!! それどころじゃねーんだよ!!」
まさか俺がティオに向かって怒鳴り声を上げるとは思わなかったのかティオはもちろん、大海も雪ノ下も目を見開いた。
「サイは……ガチでマズイ状況なんだよ。あんな怪我どうだっていい!」
「どうだってって……右手がないのよ!? 重症に決まって――」
「サイは死のうとしてんだよ!! 今、まさにあいつは自殺するつもりなんだ!!」
魔本から伝わって来る後悔と懺悔の気持ち。そして、悦び。相反する気持ちを抱いている理由はただ一つ――やっと、あの闇から解放されるからだ。俺たちに迷惑をかけた後悔と懺悔。自分が死ねばこれ以上、迷惑をかけることもない。それに……自分も楽になれる。
(ふざけんじゃねーぞ……)
誰が自殺なんかさせてやるか。お前はもっと俺といるべきなんだ。俺がお前を必要としているんだ。やっと、やっと見つけたかもしれないんだ。俺でさえわかっていない何かをお前が持っているかもしれないんだ。だから……行くな。逝くな。お前はまだ生きていていいんだ。俺がお前の全てを受け入れてやるから。頼む、逝かないでくれ。
「っ! も、もしもし!? ハイちゃん!?」
奥歯を噛んでいるとユウトの携帯が鳴った。通話相手はハイル。
「ユウト、スピーカーにしろ!」
「う、うん!」
『――イちゃんが! サイちゃんが死んじゃう! ユウト、何とかして!』
俺の指示でスピーカーモードになった直後、ハイルの悲鳴が聞える。声が震えていることから泣いていると推測できた。当たって嬉しくない推測だが。
「サイは身を投げたのか!?」
『ッ……サイのパートナー! どうしよう! 私、私!!』
「答えろおおおおおおお!」
『そうだよ、身を投げたよ!! 今、目が見えないからサイちゃんを追えない! サイちゃんを助けて!!』
そんなの当たり前だ。お前に頼まれなくたって助ける。絶対にだ。
考えろ。タイムリミットは1分もない。『サグルク』を唱えても無意味だ。もうサイとハイルの姿は見えない。それほど高いところまで行ってしまったのだ。『サグルク』程度の肉体強化じゃ耐え切れない。他の術も今の状況では全く使えない。
ティオの呪文も駄目だ。ハイルも動けない。
くそ。くそくそくそくそ。何か、何かないのか? サイを助ける方法が。何か、何か!?
「八幡君、落ち着いて! 貴方が焦ったら駄目!」
「っ……」
大海の声が不思議と耳に滑り込んで来る。サイも言っていたではないか。戦いで大切なのは落ち着くこと。焦ったら何もかもが駄目になる。ああ、そうだ。あいつが言っていたんだ、間違いない。俺はもう“間違えない”。
(考えろ……)
目を閉じて集中する。思考回路が焼け切れてもいい。今は考えろ。サイを助ける“術”を。
――ゴメンね、ハチマン。さようなら。
「絶対、別れねーぞ! お前は俺のパートナーなんだあああああああ!」
魔物が成長するように、人間も成長する。戦いの中で、日常の中で。些細なことでも人間は成長する。俺がサイと出会ったことで俺が他人と手と手を取り合ったように。俺だって成長してんだ。なら……なら、俺の成長にも応えろよ、魔本ッ! サイの成長に応じて術を発現させるなら、お前が俺たちを繋ぐ絆の象徴なら応えてみせろッ! それがお前の仕事だろうが!
(頼む。あいつに……サイに自由になるための――千葉村で鶴見留美が、檻をぶっ壊した鶴が羽ばたいたように!! 自由になるための手段を与えてくれ!)
俺は闇雲になって光り輝く魔本のページを捲り、視つける。
「俺はお前が必要なんだ! 生きてくれ!! 俺のために生きていてくれよ! サイ!」
叫びながら空を見上げた。サイの姿が見える。彼女は泣いていた。涙は見えない。でも、魔本が教えてくれた。サイの闇を、感情を、訴えを。だから、俺はその全てを受け入れてやる。それが――パートナーだろ? なぁ、サイ。
「ハチマン!」
――私を助けて!!
俺の心が通じたのかサイの絶叫が聞こえる。もう魔本からあの嫌な何かは伝わってこない。伝わって来るのは純粋な救助依頼。ああ、救ってやろうじゃねーか。俺だって成長しているところをサイに見せて付けてやる。だから、届け。この呪文があいつの枷を外すきっかけになってくれ。
「『サフェイル』!!」
聞こえる。ハチマンの声が……辛そうな声が聞こえる。でも、どうして聞こえるのだろう。もう私は死ぬのに。
――絶対、別れねーぞ! お前は俺のパートナーなんだあああああああ!
駄目だよ。私なんか傍にいたらきっとハチマンを傷つけちゃう。だから私はここで死んだ方がいい。そうすれば皆幸せ。私も幸せ。やっと解放されるから。
(本当にそうなの?)
うん、本当だよ。だって、私は化物なんだから。こんな化物いない方がいいんだ。そう思うでしょ? ハチマン。
――俺はお前が必要なんだ! 生きてくれ!! 俺のために生きていてくれよ! サイ!
でも、ハチマンから返って来たのは全く正反対の言葉。どうして? 何で私が必要なの? 私がいなくてもハチマンなら独りでも――。
(そうだね。独りになっちゃうね。ハチマンも、私も)
あれ。何で――。
(聞こえるでしょ? ハチマンの声が、気持ちが)
何で――。
(ほら、自分に正直になって、サイ。逃げちゃ駄目)
何で、私は泣いてるんだろう。どうして、喜んでいるんだろう。さっきまで死のうとしてたのに。
――俺はその全てを受け入れてやる。それが――パートナーだろ? なぁ、サイ。
(私を、受け入れて、くれるの?)
こんな私を? 化物なのに? 本当に、いいの? 私はハチマンに手を伸ばしても、いいの?
答えはすぐにわかった。いや、すぐに“私が”答えた。
「ハチマン!」
(私を助けて!!)
私の願いが聞えたのか私を見上げている八幡は小さく笑い、頷く。ああ、そっか。私はもう――独りじゃないんだ。私を受け入れてくれる人がいるんだ。それだけでも十分、私は“救われたよ”、ハチマン。
「『サフェイル』!!」
その声と共に私の背中が群青色に輝く。そして、ゆっくりと何かが生まれた。これが私の新しい力――自由になるための“翼”。ハチマンがくれた私の翼だ。翼を広げて減速する。少しずつハチマンへ近づいて行く。
「サイ!」
「ハチマン!!」
手を伸ばす彼の胸に私は飛び込む。少し勢いを付けすぎたのかハチマンは呻き声を漏らす。減速が足りなかったのかもしれない。
「……おかえり」
「ただいま!」
私はハチマンと顔を合わせて笑い合った。でも、何でだろう。
ハチマンの笑顔を見て私の胸はチクリと痛んだ。ワタシが哂っていた。
八幡はサイの闇を受け入れました。まだその闇の全貌は把握していませんが。
あと、受け入れただけです。この言葉の意味がわかるのはずっと後です。
なお、作中に出て来た伏字ですが、×の数が文字数とは限りません。結構、適当です。
魔本の設定ですが、八幡の想いに応えたのは”群青色の魔本”だったからです。
前にも言ったかもしれませんが、サイは間違った成長をしてしまった魔物です。
なので、魔本も普通とはちょっと違います。
次回で『サフェイル』の形状やその後についてお話しします。
では、皆様。よいお年を!