やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
――きっと、あたしたちはサイが言ったことを認めなきゃ駄目なんだよ。
静かな部屋の中、私の脳裏に由比ヶ浜さんの言葉が反響する。
――あたしはバカだし、ヒッキーがやっと差し出してくれた手を無視しちゃうし、依頼に夢中で周りのことを全然見てなかったし……何より、サイから逃げちゃった。それを含めて全部、あたしなんだ。
彼女は変わった。何があったのかはわからないが私の目を真っ直ぐ見て真剣に言葉を紡ぎ、気持ちを伝えてくれた。
――周囲に流されてるのも、役立たずなのも、今、ゆきのんにお説教みたいなこと言ってるのもあたし。全部あたしで……それを受け入れて、やっと変われるんだと思う。
そう、はっきりと言った。目を輝かせて断言した。それが私は眩しく見えた。
――自分の良いところ、駄目なところを認めて初めて変わる権利が貰えると思うの。
彼女は私に自分を変える方法を教えてくれた。自分の全てを認め、受け入れた時、変わる権利を得られる。でも、結局は権利を得られるだけ。変わる覚悟がなければその権利はただの“柵”にしかならない。だって、私は臆病者だから。変わるのがとても怖い。逃げてしまいたい。変わりたくない。そう、怯えてしまっている。
――ゆきのん……あたし、待ってるから!
「……ごめんなさい」
比企谷君と由比ヶ浜さんは私に何かを隠していた。それがとても不愉快だった。
千葉村で見つけたあの血だらけの布きれを見つけた時、思わず比企谷君を怪しんでしまった。
文化祭で比企谷君が自分を傷つける代わりに皆を救ったのが気に喰わなかった。
『大海 恵』が比企谷君の事情を知っているのを察して見せ付けるなとお願いした。
修学旅行の時、新幹線で比企谷君たちを見つけてこそこそと隠れて盗み聞きをした。
サイさんについて言及した。
魔物に襲われ、戦った比企谷君たちを怖がるようになった。
比企谷君がしようとしていたことを否定し、サイさんに私の存在を否定された。
今の私は――ベッドの上で蹲り、震えることしかできなかった。
こんな私が変われるとは思えない。そもそも、今まで私がして来たことを全て認めると言うことは己のみっともない早とちりや愚かしい疑惑、醜い嫉妬。そして、おぞましい憎悪、汚い手段を受け入れるのと同じなのだから。おそらくそれをしてしまったら罪悪感と自己嫌悪でどうにかなってしまうだろう。
だからこそ、ごめんなさい。由比ヶ浜さんの期待には応えられそうにないの。
「……」
チラリと窓の外を見れば暗くなっている。由比ヶ浜さんが帰ってからすでに数時間ほど経っていた。そっと息を吐いて立ち上がる。そう言えば、今日は欲しかった本の発売日。ぐちゃぐちゃになってしまった心を少しでも楽にするためにその本を買いにでも行こう。そして、本の世界に逃げよう。本を読んでいる間はきっと、全てを忘れられるはずだから。そう思いながら出かける準備をして逃げるように家を飛び出した。
目的の本を手に入れた私はエスカレーターに乗って出口に向かっていた。クリスマスが近いせいかいつもより人が多い。気分転換にでもなればと思って外に出て来たがこれならば家で大人しくしていた方がよかったかもしれない。
ため息を吐きそうになった時、不意に視線を感じて前を見る。そこには見覚えのある腐った目をした男――比企谷君の姿があった。
「ッ……」
まさかこんなところで会うとは思わなかったので思わず、呼吸を詰まらせてしまう。彼も珍しく目を丸くさせて驚いていた。逃げ出したくなったがエスカレーターに乗っている時点で逃げることは不可能。それに出口へ向かうためには彼の傍を通らなければならない。今回の件で悪いのは完全に私なので彼を無視して通り抜けるのはお門違いだ。しかし、彼と話す勇気もない。どうすればいいのか悩んでいるといつの間にか下の階に着いていたようで慌ててエスカレーターから降りる。
「……よぉ」
エスカレーターから降りた私に軽く会釈しながら挨拶する比企谷君。見れば学校の制服を着ていた。奉仕部の活動の帰りなのだろうか。
「……こん、ばんは」
言葉を詰まらせながらも何とか返事をするが、声の震えだけは抑えることができなかった。彼もそれに気付いたようで気まずそうに目を逸らす。ここで立ち止まっているのは他の人の迷惑になるので重い空気の中、2人並んで出口へ向かう。
「……なぁ」
外に出て小さな広場の前を通り過ぎようとした時、いつの間にか立ち止まっていたようで後ろから彼が話しかけて来る。振り返るとマフラーで口元を隠した比企谷君は広場を指さしていた。
「ちょっと寄っていかねーか?」
「……ええ、そうね」
私が頷いたのを見た彼は広場へ入っていく。私もその後に続いた。
広場はイルミネーションの光で夜にも関わらずとても明るい。そんな光の中を彼の背中を見ながら進む。どうして、彼はこの広場に寄ろうと思ったのだろうか。何を言われるのだろうか。
「この辺でいいか」
小さな声でそう呟いた比企谷君は立ち止まり、私の方を見る。いつもと変わらない腐った目。だからこそ、何を考えているのかわからなかった。
「なぁ、雪ノ下」
「……何、かしら」
男性特有の低い声で私を呼んだ。何とか返事をした私だったが、目の前にいる彼から目を逸らしてしまう。
「もう、いいぞ」
「……え?」
逃げている私に彼が告げた言葉。その言葉の意味がわからず、逸らしていた目を彼に向けて聞き返してしまった。
「奉仕部は俺だけでもやっていけるから別に無理して戻ろうなんてしなくていい」
「何を、言って……」
「そんな状態じゃまともに部活動なんかできねーだろ」
「……」
確かに今の私が奉仕部に戻ったとしても比企谷君とサイさんを前にしたら動けなくなってしまうだろう。今だってまともに会話ができていないのだから。
「サイな……修学旅行でお前らに酷いこと言った後、俺に謝りながら泣いたんだ」
「ッ!」
サイさんが、謝った? あんな辛辣な言葉を私たちにぶつけた後で? どういうことなのだろうか。だって、サイさんにとって私たちは邪魔な存在で、その存在を奉仕部から追放するためにあのようなことをした。そう思っていた。
「お前に、サイが泣いた理由がわかるか?」
どこか期待の込められた質問。
「……ごめんなさい」
しかし、その期待に私は答えられなかった。
「……そうか。ならいい」
彼は目を伏せてそう言った後、こちらに背を向ける。まるで、もう関係ないと言わんばかりに。
「時間取らせてすまんかった。それじゃ」
「ぁ……」
去っていく彼に手を伸ばそうとするが、あの時の光景が脳裏を過ぎり、体を硬直させる。その間に彼の姿はもう見えなくなっていた。
私は、今何か大切な何かを失ってしまったのではないだろうか。比企谷君が最後のチャンスを与えてくれたのにそれを無下にしてしまったのではないだろうか。
そう思う反面、安心している私もいた。ああ、これでやっと終わらせられる。もう、苦しまなくていい。そんな言葉が私の耳元で囁かされる。囁いているのはもちろん、私だ。
――臆病者は臆病者らしく……部屋の隅で震えてろよ。
きっと、この言葉が私には似合っている。変われた由比ヶ浜さんと変われなかった私。それが現実で、答えなのだ。
比企谷君が去って行った方を一瞥した後、振り返って彼とは逆方向へ歩く。クリスマスが近いため、人が多く歩きにくい。それでも歩みを止めない。止めてしまったら私は――。
「……?」
不意に車のクラクションが聞こえる。何か事故でも起こしかけたのだろうかと疑問に思いながらそちらを見ると一台のスポーツカーが目に入った。その車はゆっくりと私の横につけ、左側の窓を開ける。
「雪ノ下、こんなところでどうしたんだ?」
「平塚、先生?」
窓から顔を覗かせたのは平塚先生だった。今から帰るところなのかいつもの白衣姿ではなく、コートを着ている。
そんな彼女の姿を見た私は思わず、顔を歪ませてしまう。先生が今の奉仕部の状況を知らないはずがない。彼女は私のことをどう思っているのだろうか。逃げてしまった私のことを。
「……何かあったのか?」
呆然としている私を見て何かに気付いたのか怪訝な表情を浮かべた。もし、先生に相談したら何か変わるのだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。
「……いえ」
しかし、これは私の問題だ。先生に頼るわけにもいかない。これだけは自分で見つけなければならない答えだ。
「ちょうどいい、送ってやろう。こんな暗い中、女の子を一人で歩かせるわけにもいかないからな」
「それはさすがに」
「これでも生徒指導の先生なんだ。このまま雪ノ下を一人で帰らせて何かあったら問題になる。私を助けると思って送られてくれ」
「……わかりました」
ここまで言われてしまったら断るわけにもいかない。車に乗ろうとするが左側にはドアが一つしかない。それに先生の車は左ハンドルなので右側に回り込むしかないようだ。そっとため息を吐いた私は車の右側に移動して乗り込み、シートに座る。きちんとシートベルトを締めたのを見た先生がアクセルを踏んだ。手短に家の場所を教えて窓の外に視線を移した。
「……本でも買いに行ったのか?」
しばらく沈黙が続いていたが、不意に先生が問いかけて来る。私が持っている書店の袋を見てそう判断したのだろう。
「はい……先生はどうしてこちらに?」
あの場所は学校からそれなりに離れているため、家に帰るとしてもわざわざあの道を通らないはずだ。
「今、生徒会が他の学校と合同でクリスマスイベントを企画していてな。その様子を見に行こうとしたんだ。だが、今日はもう終わってたんで私も帰ろうかと思っていたところで君を見つけたんだ」
「そう、ですか」
もしかしたら、比企谷君もそれを手伝っているのだろうか。生徒会選挙の時も生徒会長の応援演説をしていた。きっと、彼はまた人を助けたのだろう。
「……少し寄り道してもいいか?」
「……はい」
こちらは送って貰っている立場なのだ。文句は言えない。私の許可を得た先生はお礼を言った後、ハンドルを切って右に曲がった。
長くなったのでここで一旦、切ります。
次回、原作でもあった平塚先生の授業です。