やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.86 初めて彼らは話し合いの場を設ける

 1月6日。正月休みも終わり、つい数日前までごろごろしていた両親は仕事が始まるとまたすぐに普段の忙しなさを取り戻し、小町も受験モードに入り、よく部屋にこもって勉強していた。そんな家族とは裏腹に俺とサイは手を繋いで道を歩いていた。

「はぁ……さみぃ」

「冬だから当たり前でしょ。そろそろ着くから我慢して」

 俺の呟きに呆れた様子でサイが答える。そう言われても寒いものは寒いのだ。ましてやもう少しで着くと言われても後どれほど時間がかかるかわからない状況である。地元じゃないから土地勘など皆無なわけだし。文句の一つぐらい言わせてくれてもいいと思う。

「ほら、見えて来たよ」

「あ?」

 サイの小さな手をにぎにぎして(サイもお返しとばかりににぎにぎして来た)気を紛らわせていると不意に一軒の家を指さすサイ。まぁ、当たり前だが普通の家だった。何となく見上げながら歩いていると下から何かが動く音が聞こえる。

「あ、ウマゴン。こんにちは」

「メルメルメ~」

「もう、くすぐったいよー」

「……」

 下を見るとサイが馬の様な生物の頭を撫でていた。馬も嬉しそうに尻尾を振りながらサイの顔を舐めていた。

「えっと……サイ、そいつは?」

「ん? あ、そう言えばハチマンは初めてだっけ。この子はウマゴン。魔物だよ」

「メッ……」

 サイに紹介された馬――ウマゴンは俺の顔を見上げた瞬間、体を硬直させる。それにしても魔物か。本当にあいつらのところに集まって来るんだな。完全にペット扱いされているけれど。馬小屋もあるし。

「ウマゴン、この人は私のパートナーのハチマン。目は腐ってるけどとっても優しい人だから怖がらないで」

「メ、メル?」

「うん、大丈夫。食べたりしないから」

 おい、ウマゴンがなんて言ったか通訳してくれ。気になってしょうがないわ……っていうか、魔物でも動物型であれば話せるのか。サイのスキルに対して感心しているとウマゴンがおそるおそると言ったように近づいて来た。

「……」

「……」

 ウマゴンを見下ろす俺と俺を見上げるウマゴンの間に沈黙が流れる。いや、何この状況。どうすればいいの? 人間相手でも何を話せばいいのかわからないのに馬の魔物相手にどうしろと? チラリとサイを見ても嬉しそうに俺たちを眺めているだけで助けてくれそうにない。

「……何やってるんだ?」

 沈黙を破ったのは困った表情を浮かべながら玄関を開けた高嶺だった。ガッシュの姿はない。家の中にでもいるのだろう。

「いや……挨拶」

「そうか……とりあえず、あがってくれ」

「ああ……」

 何とも言えない気まずい空気の中、俺たちは高嶺の家に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー……では、第1回情報交換会を始めます」

 少し緊張した面持ちで宣言する高嶺。俺以外の人が小さく拍手をした。一人――というか、一体は蹄なのでパカパカ鳴っているが。

「大海たちは来てないのか?」

 ここにいるのは議長の高嶺とそのパートナーのガッシュ。俺たちとウマゴンだけだ。聞いた話では大海たちも参加するはずだったが姿は見えない。

「急に仕事が入ったらしくて来られないそうだ。今朝の電話では八幡さんにも連絡するって言ってたけど」

「連絡? いや、来てない」

 そう言いながらポケットから携帯を取り出し、気付く。見事に電源が切れていた。そう言えば、昨日の夜、材……材木犀君からのメールがうざくて電源切ったんだった。電源を付けてみると着信履歴2件、メールが4件来ていた。メールの3件はすぐにゴミ箱に入れ、大海のメールを開く。そこには急遽、仕事が入り、今日の情報交換会に行けなくなってしまったこと。それに関する謝罪が書かれていた。すぐに『気にするな』と書き、送信しようとするが、少し考えた後、『仕事頑張れよ』と付け加えて送る。

「すまん、電源切ってたわ」

「おい……まぁ、いいか。それで情報交換会なんだが……どう言った感じでやる?」

「そこからかよ」

「とりあえず、気になることとか言ってそれについて議論すれば?」

 高嶺の問いかけに呆れているとサイがオレンジジュースを飲みながら提案した。まぁ、そっちの方が楽か。高嶺たちに比べ、俺たちはそこまで魔物と戦っていないわけだし。自然と魔物に関する情報も少ない。

「なら、まずはそんな感じでやってみるか。2人は何か気になることはあるか?」

「気になること、ねぇ……」

 急に言われても困ってしまう。気になるのはやっぱり――。

「ん? どうしたの、ハチマン」

 俺の視線に気付いたサイが首を傾げた。やだ、可愛い……じゃなくて、俺が一番気になっているのはサイについて。だが、今は関係ない。そうなると困ってしまった。いや、一つだけあるか。

「気になるとは言えば呪文か?」

「呪文?」

「ああ……何となく呪文に法則性があるような気がして」

 そう言って鞄からノートを取り出す。そして、『サシルド』、『セウシル』、『マ・セシルド』と書いた。

「盾系の呪文には『シル』とか『シルド』とか付くんだよ。さすがに偶然なわけじゃないだろうし。法則性でもあるんじゃねーか?」

「確かに『ラシルド』……こっちの盾系の呪文にも『シルド』が付いてる」

「おお、すごいのう!」

 高嶺たちにも盾系の呪文があったようで納得していた。呪文の法則性がわかれば相手の呪文を聞いただけでどのような術なのか把握できる。

「じゃあ、まずはお互いの呪文を書き出して法則性がないか確認しよう」

「……」

 高嶺の提案にすぐに頷くことができなかった。仲間とはいえ、いずれ戦う相手だ。そんな相手に簡単に情報を公開できるほど俺はお人好しではない。サイも腕を組んで悩んでいる。

「八幡さん?」

 何も答えない俺を不思議に思ったのか高嶺が眉を顰めた。どうするべきか。俺たちの呪文を公開して法則性がわかるという保証はない。むしろ、わからない可能性の方が高いだろう。

「ハチマン、教えてもいいんじゃない?」

 その時、サイが小さな声で言った。思わず、目を丸くしてしまう。彼女は少し前まで他人を信用していなかった。俺以外の相手とは仲良くしようとしなかった。だが、雪ノ下と由比ヶ浜、留美と仲良くなり、少しずつ変わっている。それが何だか嬉しくなり、口元が緩んでしまった。

「そうだな」

 頷いた俺はポンとサイの頭に手を乗せた後、ノートに呪文を書き込んでいく。高嶺も用意していたのかノートを取り出してペンを走らせる。そして、ほぼ同時に書き終えたのか他の人にも見えるようにノートを並べた。

「……見事にバラバラだのう」

 ガッシュの呟きに無意識の内に頷いていた。

 『サルク』、『サシルド』、『サウルク』、『サルフォジオ』、『サグルク』、『サフェイル』。

 『ザケル』、『ラシルド』、『ジケルド』、『バオウ・ザケルガ』、『ザケルガ』。

 似た呪文は先ほど話し合った盾系の法則だけである。

「まぁ、何となくわかってたけどな。俺たち、攻撃呪文一つもないし」

「何!? 攻撃呪文がない!?」

「ああ、ほとんど補助系だ。そっちは?」

「こっちは『ラシルド』、『ジケルド』以外、攻撃呪文だ」

 呪文の法則性を見つけるためにはまず、似た性能を持った呪文同士を比べなければならない。しかし、俺たちには攻撃呪文がない上に補助系の呪文も効果がバラバラだ。それに対し、高嶺たちは大半が攻撃呪文であり、比べようにも比べられないのだ。

「サンプルが少ないか……恵さんたちの呪文はわかる?」

「確か『セウシル』、『サイス』、『マ・セシルド』だったはず……」

「うーん……駄目か」

 高嶺の質問にサイが答え、すぐに振り出しに戻った。いや、待て。俺たちはともかく高嶺たちは数多くの魔物と戦って来た。それらを加えれば相当な呪文数になるのでは? そう思って聞いてみたが、彼はすぐに首を横に振った。

「すまない、さすがに覚えてない」

「あー……そりゃ当たり前か。戦ってる間は相手の呪文なんか気にしてる暇なんてないし。戦い終わったらすぐに魔物は消えるし」

「何人かは生き残ったまま、終わったこともあるけど……」

「友達になった魔物は今のところ、ティオとウマゴンくらいだからのう」

「……あ」

 ガッシュの呟きを聞いて思い出した。そうだ、1人だけいる。お互いに生き残ったまま別れ、友達になった奴が。

「ハチマン……それってハイルのこと?」

 見るからに嫌そうな表情を浮かべるサイ。彼女の言う通り、ハイルなら連絡も取れる上、友達だ。頼めば教えてくれそう。あいつ、ちょろいし。

『嫌よ』

 そう思っていた時期が俺にもありました。高嶺たちにハイルのことを軽く説明した後、電話して呪文を教えて欲しいとお願いしたが、速攻で断られてしまったのだ。

「駄目か?」

『駄目に決まってるじゃない……たとえ、友達だとしても手の内まで晒す義務はないわ』

「こっちの呪文を教えると言ってもか?」

『すでに調査済みよ。あまり私のことをなめないで頂戴。サイちゃんに関することなら八幡にだって負けない自信があるわ』

「何たるサイ愛……でも、俺だって負けるつもりはないぞ。今度、サイの情報交換会を開こうぜ」

 そうハイルに提案したらサイに抉るように脇を殴られた。痛みに慣れているので悲鳴は漏らさなかったがその場で悶絶する。それを見ていた高嶺が呆れた様子でため息を吐いていた。色々とすまん。

『ふふ、いいわね。MAXコーヒーでも飲みながらじっくりサイちゃんについて語りましょう』

「ああ、それで日程は――」

 そこまで言った時、携帯をサイに奪われてしまった。

「こんにちは、ハイル」

『ッ!? さ、サイちゃん!?』

「随分と楽しそうにお話してたのに邪魔してごめんね。今、大丈夫?」

『は、はい、大丈夫です! いつでもウェルカムです!』

 久しぶりにサイと話したからか緊張しているらしい。キャラがブレまくっている。

「それでね、ちょーっとだけお願いがあるんだ」

『お願い……だ、駄目よ! いくらサイちゃんのお願いだからって呪文は教え――』

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私の携帯番号知りたくない?」

 

 

 

 数分後、サイの携帯にハイルの呪文の詳細が送られて来た。




なお、サイの情報交換会も中止になったもよう。

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