やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.9 彼は少しだけ前に進む

 コンサートから数日後、まだ痛む体を何とか動かして俺は奉仕部の部室に到着した。こんな時でも律儀に来る俺、偉い。そう自画自賛しながらドアを開けて中へ入る。そこには夏服を来た雪ノ下雪乃が珍しくファッション誌を見ていた。雪ノ下はブレザーではなく学校指定のサマーベストを着ており、よく学校指定の物はださいと言われているが雪ノ下が着ると不思議と清楚感が漂っている。本人は氷のように冷たいけど。あ、もちろん、俺だけにね。

「うす」

「……何だ、比企谷君か」

 一瞬だけ俺の後ろを見てため息を吐き、また雑誌に視線を落とす。

「……」

 彼女が俺の後ろを見たのかはすぐにわかった。少し前まで嬉しそうに俺の後をついて来る群青少女の姿を探したのだろう。

「由比ヶ浜さんだけじゃなくサイさんまで……何かあったの?」

 俺が椅子に座ったのを見計らってそう質問して来る。いつもなら軽い(俺にとって顔面ストレート並みの威力だが)言い合いをするのだが、今日は唐突に本題に入った。まぁ、今の発言も鳩尾に一撃貰った時ぐらいの衝撃はありましたけどね。

「……いや、何も」

「何もなかったら2人が来なくなったりしないと思うけれど……それで、何があったの?」

 雪ノ下は雑誌を閉じて俺の目をジッと見つめた。サイとは違った威圧の視線。早く言いなさいと促して来る。

「別に大したことじゃない」

 由比ヶ浜の優しさを否定しただけ。

 サイに余計な心配をかけさせてしまっただけ。

 たったそれだけ。

(……でも)

 俺にとってはそれだけのことでも、本人からしたらどうなのだろうか。例えば、ティオ。あいつは魔界で仲の良かったマルスに裏切られ、人を信じられなくなっていた。そこに一緒に戦ってくれる仲間――ガッシュが現れた。ガッシュにとって共に戦うのは当たり前だったかもしれないが、ティオは違う。最初はその優しさを疑い、拒絶しようとした。そして、気付いたのだ。自分が間違っていることに。マルスのような魔物は確かにいる。また、ガッシュのような魔物もいる。そのことに気付き、仲間になった。

「……すれ違いって奴だ」

 そう、俺たちはただすれ違ってしまっただけなのだ。お互いの価値観、正義感、事情。その全てを理解することなど不可能である。ましてや、気持ちなどわかるわけがない。食べ物の好き嫌いと同じだ。好きな人は嫌いな人の気持ちなど理解できないし、その逆も然り。きっと、俺は彼女たちにとってしてはならないことをしてしまったのだ。

「そう。何とかできるの?」

「無理だな」

 俺は確かに間違えたのかもしれない。でも、俺自身その間違いを認めていない。俺は正しいことをしたと思っている。だからどうすることもできない。間違えた個所を知らないと赤ペンで修正することすらできないのだから。

「そう……人と人との繋がりって呆気ないものね。簡単に壊れてしまう」

「だが、結ばれもするのだよ、雪ノ下。諦めるにはまだ早い」

 ドアを開けながら語る平塚先生。部室を一瞥し俺の方を見て目を細めた。

「……授業の時にも少し気になってたのだが、どうして怪我を負っている? 青春でも謳歌したのか?」

「俺に青春なんて似合いませんよ。階段から落ちたんです」

 魔物との戦いで怪我をしましたとか言えるわけない。

「後先生、ノックを……」

「それにしても由比ヶ浜が来なくなって1週間。サイは数日か」

 雪ノ下の言葉を無視して先生は意外そうに呟く。因みにサイは部室に来ないだけで学校の敷地内に潜んでいる……と言うよりそこの窓から見える屋上でこちらを監視している。部室に来ない理由はわからないが。

「今の君たちなら自力で何とかすると思っていたが……ここまで重症だったとは。さすがだな」

 その先生の言い方に俺は何故かイラッとしてしまった。理由はわからない。でも、『どうして、自分の過ちに気付かないのか? 今のお前なら気付けるはずなのに』と言われているような気がしたのだ。

「先生、何か用事があったのでは?」

「ああ、そうそう。比企谷。以前、君には言ったな。例の勝負の件だ」

 確か、どっちがより人に奉仕できるかという勝負だったはずだ。魔物とか色々あって忘れていたわ。

「その勝負で新しいルールを設けようと思ってな。その名もバトルロワイヤル!」

 平塚先生はドヤ顔で言い放つ。しかし、俺たちは何の反応も示さなかった。だって、この人のテンションに付いていけないんだもの。

「……ん、んん! とにかく! この勝負はバトルロワイヤルルールを適用する。もちろん、共闘するのもあり。裏切るのもあり。はたまた弾丸で相手を論破するのもあり」

 あ、先生あのゲームやったんだ。結構、先生の趣味って古いから意外だわ。

「と言うことは、比企谷君が圧倒的に不利になると思いますけど」

「だよな」

 だって、普通に想像出来るもん。俺VS.後2人とか。大人数なんて卑怯だぞ!

「私はそう思わないがな。それに今後は新入生部員の募集も積極的に行っていく。まぁ、勧誘するのは君たちだが。自分たちの手で仲間を増やすことは可能だ」

「どちらにしても比企谷君には不利なルー……」

 そこでハッとする雪ノ下。なんか語尾に『ルー』を付ける萌えキャラみたいになってるけど。ちょっと可愛いと思ってしまった俺が憎い。

「……しかし、勧誘をだらだら続けるのも面倒だろう。そこで、次の月曜日までにやる気と意志を持った者を確保して人員募集したまえ」

「月曜までって……出来るわけがない」

「それは違うよ!」

 先生がその台詞言っても全く似合わないのですが。ほら、いきなり口調が変わった先生を見て雪ノ下が訝しげな顔になっているじゃないですか。

「……比企谷、お前はこの部活に入ってどれぐらいになる?」

「え? 普通に2か月じゃないですか?」

「ああ、そうだ。2か月だ。お前はそれを聞いて長いと思ったか? 短いと思ったか?」

「……」

「さて、そろそろ部活を終えるとしよう。今日は帰って作戦でも練ることだ」

 そう言って先生は俺たちを部室から追い出して施錠する。

「平塚先生。一つ確認なのですが『人員補充』をすればいいんですよね?」

「その通りだよ、雪ノ下」

 雪ノ下の質問に頷いて先生は去っていく。頷いた時の先生は少しだけ笑っているような気がした。

「それでどうするんだ?」

「勧誘なんて一度もしたことないけれど、入ってくれそうな人なら2人ほど知ってるわ」

 え、こいつぼっちじゃなかったの。そんな人がいるなんて聞いてない。あ、もしかして。

「戸塚か? 戸塚なんだよな? 戸塚と言ってくれ」

「彼も入ってくれそうだけれど、違うわ。もっと簡単な方法があるでしょ」

 簡単な方法? お金で買収?

「本当にわからないの? 由比ヶ浜さんとサイさんよ」

「は? だって、由比ヶ浜はやめるんだろ? それにサイは元々、部員じゃない」

「だったら入り直せばいいし。先生は人員補充と言ったの。つまり、部員じゃなくてもいいのよ」

 一瞬納得しかけたが、サイに関しては完全に揚げ足取りだ。そんなんで大丈夫なのかしら?

「とにかく、私はいつも通りの由比ヶ浜さんが戻って来る方法を考えるからサイさんは任せたわ」

「お、おう……に、してもえらいやる気だな」

 『人員補充? 私1人で十分だと思いますけど。そこの生ごみも焼却炉に入れておいてください』とか言うもんだとばかり思っていた。

「ええ、最近気付いたのだけれど、この2か月……それなりに気に入っているのよ」

「……」

 2か月。奉仕部に入れられて、サイと出会って、魔物の王を決める戦いに巻き込まれて。もうそれほどの時間が過ぎた。

 放課後になって部室に入ると雪ノ下雪乃が本を読んでいる。そして、由比ヶ浜結衣が嬉しそうに足をパタパタさせながら携帯を弄ったり、雪ノ下に向かって話をしている。俺の膝の上で楽しそうに本を読んでいるサイは時々、俺の顔を見上げてニコッと笑う。それを見て俺は呆れたような笑みを浮かべ、それに対して雪ノ下と由比ヶ浜に罵倒される。

「……ああ。そうかもな」

 たった2か月。されど2か月。俺にとってこの2か月は意外にも楽しいと思える期間だった。そして、長いとも思った。毎日がそれなりに楽しかったから。

「あら、意外。貴方がそう思っているなんて」

「俺だって吃驚してるぞ。ぼっち力が低下してるからそろそろ修行しないと駄目かもしれん」

「修行する時間があったらサイさんと仲直りしなさい」

 俺とサイは喧嘩などしていない。すれ違ってしまっただけだ。

 それが今回の問題点なのである。

 俺は正しいことをした。サイはそれで傷ついた。

 サイは部室に来なくなった。俺はそれを寂しいと思った。

 つまり、俺が自分の身を挺して大海を助けたことが間違っているのか。それを見て傷つき、部室に来なくなったサイが間違っているのか。それがわからないから俺たちはすれ違ってしまったのだ。お互い、自分が正しいと思ったことをしたのだから。

 もしかしたら、どっちも間違っているのかもしれない。どっちも合っているのかもしれない。でも、一つ言えるのはこのまま黙っていても何も変わらないことだ。

「じゃあ、先帰るわ」

「ええ、わかったわ」

 俺と雪ノ下は部室前で別れる。部室を出る前、屋上を見たら彼女の姿はなかった。急いで合流しよう。そして――。

(まずは……)

 ――サイと一緒に考えよう。俺たちの間違いについて。

 




念のために言いますと彼はまだ自分の身を犠牲にして大海を助けたことは正しかったと思っています。ただ、サイの反応を見てどこか間違っていたのではないかと考え始めている感じですね。まぁ、どこをどう間違えているのかわからないからこんな状況になっているのですが……。

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