ある人の墓標   作:素魔砲.

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「逃亡犯の捕縛任務?」

 

 

やる気のない表情で、けだるげに身を起こしながら目の前の客人に視線を向ける。

美しい女だった。

特徴的な長い亜麻色の髪に、しかめ面をつくってはいても隠しきれない美貌。

スタイルのよさも一級品で、およそ欠点らしきものが見当たらない。

もっとも猫背気味に体を倒して、机の陰になっている今はよくわからないだろうが。

女、美神令子はいつもの事務所のいつもの席で、厄介ごとの種を出迎えた。

 

 

「そうだ」

 

 

短く肯定の返事を返したのは、美神とは違った意味で美しい女だった。

ショートヘアが飾り気のないビジネススーツによく似合っている。

生真面目というよりどこか不機嫌に見える表情を美神に向けて、背筋を伸ばし立っている。どこにでもいる会社員といった出で立ちだが、正体を知っている美神にしてみれば、少々意外な姿でもある。

 

 

「変装やめれば?ここなら人目も気になんないだろうし」

 

 

自分でいれた紅茶を一口飲んで、客人にそう言った。

 

 

「そうだな」

 

 

客人は頷きながら変装をとき正体である魔族の姿を現す。

 

 

「ここに来る前にいろいろ用事を済ませていたのでね」

 

 

そう言いながら魔族、ワルキューレは苦笑をこぼした。

 

 

「用事ねぇ、まぁいいけど。で、その任務とやらが何だっての?」

 

 

美神があまり聞きたくなさそうに尋ねた。

正直なところ事情を聞くだけ聞いて帰ってもらう気満々である。

神族や魔族が持ってくる依頼は大抵ろくでもないものばかりだからだ。

もっとも・・・報酬がよければその限りではないが。

 

 

「ああ・・・事の起こりは三週間前、こちらで目を付けていた反デタント派の一派が逃亡をはかった。全員かなりの力を持った上級魔族で、こちらも確実に証拠をそろえて大規模な捕縛作戦を実行しようとした矢先に、まるでこちらの情報がもれていたのではないかと疑うほどのタイミングで、いっせいに姿を消した」

 

 

何かよくないものを飲み込んだような表情でワルキューレは言った。

 

 

「本当に情報がもれていた可能性は?」

 

 

「ゼロとは言えんが低いな、作戦が作戦だったし詳細を知っている人間は限られる。私も含めていろいろ探られたよ」

 

 

ワルキューレは、いろいろに含みを持たせて顔をうつむかせた。

 

 

「結果は全員白。作戦に関わっている者から情報が漏洩した形跡はなかった。

反デタント派の逮捕拘束は続いていたし、連中も警戒していただろうからな。

いよいよ自分たちの番かもと、そう思ったのかもしれない」

 

 

それでは逃亡のタイミングが正確だった事の説明にはなっていないような気がしたが、美神はそれ以上は聞かなかった。

それよりも気になることがあったからだ。

 

 

「何だってそんな話を持ってきたわけ?上級魔族の逃亡犯なんてそっちで捕縛すればいいじゃない」

 

 

ワルキューレ達もプロの軍人だ。身内の恥をさらしてまで、こちらに協力を求める理由はないはずだ。

 

 

「逃亡先が魔界ならな・・」

 

 

「大体予想つくけど、こっち(地上)に逃げてきたわけ?」

 

 

そうだとしても民間人の美神に協力を求めるより、政府組織のひとつであるオカルトGメンあたりに話が行きそうではあるが・・・

 

 

「確かに地上に逃亡してはいるのだがね」

 

 

若干言葉を濁して、ワルキューレは迷うように視線を美神から逸らした。

言いにくいことなのだろうか?

美神が続きを促そうとしたそのとき、ワルキューレは口を開いた。

 

 

「アシュタロスの遺産の撤去がまだ完全に終了していないのは知っているな?」

 

 

唐突に思いがけない名前が出てきた。

もっともアシュタロスが反デダント派の急先鋒であったのは確かなので、逃亡犯の話との関わりはあるのかもしれないが。

それでも話が突然変わったことには違いない。

 

 

「そりゃ知ってるけどさ、東京に住んでるんだし・・・」

 

 

アシュタロスが起こした騒乱の影響はいまだに世界全土に及んでいる。

当初の混乱こそ収まってはいるが、物的人的被害はかなりの数に上る。

経済にも少なからず影響を与えているし、なにより人類に与えた神魔族への不信感は相当なものだった。

もともと神魔族間の問題であった事に加え、被害に対して神魔族ともに何の補償もしなかったためだ。

彼らにしてみれば、これ以上人間界への干渉を避けたかったのだろうが、一部事情を知っている各国の代表者たちにしてみれば、とんでもない話だ。

アシュタロスを倒した者が人間だった事も事態に拍車をかけた。

 

魔族が問題を起こし、神々は大した役に立たず、そのくせ後始末は人間にやらせる。

これでは不信感を持つなというほうが無理だ。

実を言えば事態を重く見た一部の神族たちが上層部に掛け合って、ある程度復興に力を貸しているのだが、それもごく一部に過ぎない。

そしてある意味一番の問題であったのが・・・

 

 

「アシュタロスの遺産か・・・いまだに寄越せって煩いの?」

 

 

何しろ一方はほとんどの神魔族に対抗するべく作り上げた決戦兵器で、

もう一方は宇宙を改変してしまう様なとんでも装置だ。

たとえ破壊されているのだとしても残骸だけでも回収したいと考えている人間は数多い。そんな事情もあってか残骸の撤去は神魔族の合同で行われている。

 

 

「ああ、遺産を補償の名目で欲しがる輩は多い。どことは言わんがよほど戦争がしたいらしい」

 

 

ワルキューレは遠くを見るような目でやれやれと首を振った。

 

 

「で、逃亡犯とアシュタロスの遺産がどう関わっているわけ?」

 

 

「連中が逃げ込んだ先がまさに撤去中のコスモプロセッサの残骸跡地だからだ」

 

 

「は?」

 

 

思わず間抜けな声が出た。そんな場所に逃げてどうなるというのだろうか、何よりそこは神族魔族共に人間界で一番注目されている場所だ。

 

 

「ちょ、ちょっと待って、警備は?かなり厳重に守ってたんでしょ?」

 

 

美神の母、美智恵に聞いた話では相当の人員と装備で警戒にあたっているらしい。

いくら名のある上級魔族とはいえ、おいそれとどうにか出来るはずがない。

 

 

「見るか?一週間前のものだ」

 

 

そう言って、ワルキューレはケースファイルを美神に渡した。

中身を取り出し見てみる。書類が一式、報告書の形式で書かれていて、事態の推移が簡潔にまとめられている。

それらを適当に斜め読みし、三枚目でピタリと手を止めた。

そこには、逃亡犯がどのようにしてコスモプロセッサの跡地に進入したかが書かれていた。

 

 

「皆殺しか・・・。」

 

 

添付された写真の一枚には、凄惨な光景が写し出されている。荒事に慣れている美神でも顔をしかめたくなるほどだ。手を伸ばし紅茶をすする、すっかり冷めてしまっていた。

 

 

「とんでもない奴等みたいね」

 

 

少なくとも警備していた連中を全員殺せるほどの実力者だ。

 

 

「ああ、不意をつかれたとしてもそんな簡単にやられるような奴等ではないと聞いていたんだがな」

 

 

被害者達を直接は知らないのだろう、ワルキューレは首を捻っていた。

 

 

「それで、何で逃亡犯の連中がそんな所に逃げ込んだのか見当はついてるの?」

 

 

どう考えても逃亡先には向かない。現に事が発覚して、場所を特定されてしまっている。

 

 

「ああ・・・」

 

 

ワルキューレが重く頷き、座っても?と来客用のソファーに視線を向けた。

そこで初めて彼女が立ったままでいたことに気がついた。

 

 

「ああ、ごめんなさい。お茶いれるわ、紅茶でいい?」

 

 

あわてて席を立ち、台所に向かう。普段ならもう少し気が利くはずなのだが、午前中いっぱいの書類仕事は神経に堪えていたらしい。

同居人のおキヌがいれば、こんな事にはならないのだが、まだ学校から帰っていない。

紅茶を手際よくいれて、おキヌが用意している茶菓子とともに持っていく。

紅茶を差し出すと、ワルキューレは礼をして一口飲み、さて何から話すべきかと前置きを口にしてから話し始めた。

 

 

「一月ほど前、コスモプロセッサ跡地を調査中に、調査隊が稼働中の宇宙の卵を発見した。大本であるコスモプロセッサは完全に破壊されていて、ほかの数多くあった卵は活動を停止していたにもかかわらず、なぜか一つだけ稼動している卵があったらしい」

 

 

宇宙の卵とは、簡単に言ってしまえば別宇宙の雛形の事だ。内部が一つの世界を形成していて、美神自身も取り込まれた事がある。

 

 

「何でその一つだけが?」

 

 

「さてな、原因はコスモプロセッサを制御していた土偶羅にもわからなかった」

 

 

土偶羅は高い演算能力を持った兵鬼であり、アシュタロスの計画をサポートしていた存在だ。その土偶羅にもわからない・・・?

 

 

「土偶羅によれば、その卵はコスモプロセッサと接続されてはいるものの、単独で稼動しているらしい。しかもほかの宇宙の卵とは違い、コスモプロセッサなしでも宇宙を形成し続けているとか。つまり、本当の意味で異世界を創造っているという事だ。」

 

 

「いっ異世界!?」

 

 

なにやら雲行きが怪しくなってきた。少なくとも一週間前に、逃亡犯の潜伏場所を特定していたにもかかわらず、今さら美神の事務所に依頼を持ってくるという事は・・・。

 

 

「まさかとは思うけど、そいつらの逃亡先っていうのが・・・」

 

 

「そのまさか、稼動している宇宙の卵の中、異世界だ。」

 

 

聞かなきゃよかったと美神は肩を落とした。

 

 

「逃亡先が異世界だ、ただでさえ我々魔族は魔界から離れる事でその力を十分に発揮できない。その上別の宇宙なんぞに行くことになれば、ろくに戦う事もできないだろう。」

 

 

戦うどころか下手をすれば、存在を維持できずに消滅するかもしれないと、ワルキューレは言った。

 

 

「Gメンは?」

 

 

「連中はお上の事情とやらで動けん、日本はアシュタロスの遺産が存在する地だ。世界中から注目されている中、日本支部のGメンが遺産を直接調査などすれば、いらぬ疑念を抱かれるだけだ。まして異世界の存在など知られてみろ・・・面倒な事になりかねん」

 

 

「私達はいいわけ?」

 

 

「お前達はアシュタロス事件を解決した功労者だし、どの組織にも属してはいない。強いてあげればGS協会がそれにあたるのだろうが、あまり関係はあるまい?事が発覚したとしても、魔族側から個人的に依頼を受けたという事にする。依頼内容は伏せたままでな。各国が警戒しているのは、組織による遺産の隠匿だろう。日本政府と直接関係のない一個人ならそれほど警戒されないはずだ。」

 

 

そして一個人ならいざとなれば切り捨てられるというわけだ・・・。

そんな事を考えつつも、美神の頭は高速に回転している。

事が遺産にかかわる以上、ある程度の事情は伏せていたとしても日本政府に話を通しているはずだ。Gメン日本支部も然り。

結局のところ逃亡犯の捕縛任務といっても、魔族同士の内はもめの延長でしかない。日本政府としてはあまり関わりたくないというのが本音ではないだろうか?

いらない藪をつついて蛇を出したくはないというわけだ。美神除霊事務所でかたがつけばそれに越した事はないと考えているのでは?

 

 

(外堀が埋められている感じがするわね・・・。気に入らないわ)

 

 

「話はわかったけどさ、どうしろっての?異世界にいって逃亡犯をとっ捕まえろって?」

 

 

美神はふてくされた表情で、上品に紅茶を飲んでいるワルキューレに尋ねた。

 

 

「ありていに言ってしまえばその通りだ。異世界に潜伏している逃亡犯を捕縛、それができなければ倒してしまってもかまわん」

 

 

「ていうかそいつら、死んでんじゃない?異世界にいるんならさ。」

 

 

先程聞いた話の通りなら、魔界から離れ別宇宙にいる逃亡犯の連中にも影響があるはずだ。

 

 

「それはそうなんだが、事情があってな・・・」

 

 

こちらの反応をうかがうように見ていたワルキューレは、持っていたティーカップをソーサーに戻し、ご馳走様と一言言って説明を開始した

 

 

「異世界、連中の逃亡先にはある種の特殊な力が存在している。魔力と呼ばれるものがそれで、我々魔族がいう魔力とは根本的に異なる力だ。そしてその力を利用するもの、魔法使いが存在している。お前達霊能力者の代わりにな。」

 

 

「魔法使い?魔鈴がいるじゃん」

 

 

知り合いの、個人的にいけ好かない魔女を思い出す。

 

 

「彼女とは違う、言ったろう?霊力ではないんだ。少なくともこちらの世界には存在しない力だ。もっとも私にも詳しい事はわからないが、重要なのは・・・

魔法使い達が持つ”魔力”がある程度こちらの霊力を補完してしまうという事だ。

無論完全ではないし魔力自体を吸収するためには所有者に同化、つまりとり憑く必要があるらしいのだが」

 

 

「なにそれ?」

 

 

訝しげに美神が尋ねた。

 

 

「だから詳しい事は私にもわからん。これ以上詳しく聞きたいなら、異世界を調査している土偶羅にでも聞いてくれ」

 

 

少々投げやりにワルキューレは美神に答え、パタパタと手を振った。

もしかしたらワルキューレにとっても不本意な任務なのかもしれない。

異世界に魔法使い・・・確かに夢のある話だ自分が関わっていなければだが。

 

 

「いっその事そっちの魔法使いに倒してもらえばいいんじゃない。

逃亡犯の連中・・・」

 

 

そうすれば美神も、ワルキューレも面倒事から解放される。

 

 

「名案だ、魔法使いに連中が倒せるならな・・・」

 

 

疲れを感じさせる声音でワルキューレが答えた。

 

 

「なによ、弱いのそいつら?」

 

 

確かに人間レベルの力で魔族に立ち向かうのは難しいが。

 

 

「強い弱いの問題ではない。得意な分野が違うだろうし、簡単には比べられないだろうが、一部の魔法使い達の純粋な戦闘能力は、こちらの霊能力者の比ではないぞ、下手をすればそこいらの上級魔族以上の力を持っている」

 

 

あっさりとそんな事を言う。

 

 

「は?なによそれ」

 

 

その話が本当ならなおさら任せてしまえばよいではないか、上級魔族とはいえ異世界に逃亡したせいで弱っているはずだ。魔法使いが本当にそんな力を持っているなら美神達がでしゃばる必要などないだろう。美神がそう言うと。

 

 

「単純な話だ。彼らに霊力がない・・・依り代を壊すか、本体を破壊すれば死ぬような連中ならば魔法使い達でもどうにでもできる。

しかし、単一で存在を確立する事ができるような上級魔族たちは話が違う。霊基構造に直接ダメージを与えなければな。霊力を伴わない物理攻撃だけでは効果が薄い。」

 

 

なるほど、ろくに霊力を持たない人間が幽霊に触れられないのと基本的には同じだ。物体として存在している魔族とはまた違うだろうが

 

 

「とにかく連中が異世界の人間に被害をもたらす前になんとかしなければならない、むこうの世界に奴らを倒せる存在がいない以上、こちらの人間が始末を付けねばならん」

 

 

無理やりやる気を出させるような口調で、ただでさえきつめの双眸を危険な角度につりあげている。その様子は幼児が見れば泣き出しそうだ。

 

 

(疲れてんのね)

 

 

よくみれば白目は充血しているし、若干の肌荒れがうかがえる。

無理もないかもしれない。少なくとも管轄が違う以上、詳しい事情を知ったのは逃亡犯が異世界に逃げ込んだ後だろう。

自分達の失態で逃亡犯に逃げられ、仲間には疑われ、人的被害を出し、挙句の果てにはターゲットが寝耳に水の異世界への逃亡だ。

彼女でなくともやってられるかといった話だろう。

 

 

(まぁ、いろいろと思うところはあるけど・・・金払いはよさそうよね)

 

 

美神はふぅ、と一息つき

 

 

「細かいところは後でつめるとして、一応事情はわかったわ」

 

 

仕切りなおすように真面目な声でそう言った

そして・・・

 

 

「それじゃ肝心のお話ね・・・・・・・いくら払う?」

 

 

にんまりと目の前の悪魔が急速に霞んでいくような悪魔的な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

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