ある人の墓標   作:素魔砲.

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13 横島の休日(前編)

 

 

「これは・・・・・夢か何かか・・・・・」

 

 

さんさんと降り注ぐ太陽光の下、一定周期で規則正しく波音が聞こえてくる。

踏みしめた砂の地面から、結構な熱気が感じられた。海風が運んでくる潮の香りが鼻腔を刺激し、コバルトブルーの透き通った水の色が目に優しい。首を横に向けると、波打ち際にビーチボールが転がっている。向こう側にあるのはビーチバレーのコートだろうか?周囲の景観を壊さない程度に設置された真っ白なビーチチェアが、所々に生えているヤシの木と共に、絶妙なアクセントとなって、南国の雰囲気を盛り上げていた。

 

 

そう、自分は今、常夏の楽園にいる。

 

 

ただ立っているだけでも、こめかみから汗が滴り落ちてくる。頭頂部が太陽熱のせいでやたらと熱い。さらさらと、きめ細かい砂の上を蟹の親子が横切っていた。足元を見れば、自分が履いている薄汚れたスニーカーが目に留まる。なんだか物凄く場違いに感じた。猛烈にビーチサンダルが欲しくなってくる。長時間履いていると指の付け根が痛くなる、ゴム製の安物のやつ・・・。

 

そこまで考えて、ふと我に返った。あれ?何で自分はこんな場所にいるのだろうか?たしか近所のスーパーに立ち寄り安売りしていたカップラーメンを大量購入して、ホクホク顔で帰宅していたはずなのだが・・・。右手に持っているビニール袋がかさりと音を立てる。欲張って入れたせいで今にも破けてしまいそうだ。表面に描かれているスーパーのロゴが、皺になって限界まで横に広がってしまっていた。

 

ため息を一つ零して腕を組み考え込む。あの時、道を歩いていた自分に誰かが声を掛けたのだ。後ろを振り返ると、黒服の男が数人、道幅いっぱいに広がって立っていた。そして懐から何かを取り出し頷くと、こちらの名前を確認してきた。あまりの事に驚いて条件反射で肯定すると、何か袋のような物を被せられてそのまま・・・。

 

 

 

 

 

「拉致されてるじゃねーかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

人類が陸上生物として進化したその過程で旅立った母なる海に、悲しい叫びがこだましていった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

(ちっきしょう。いったい何がどうなっとるんだ・・・)

 

 

状況から考えて、自分が何者かに誘拐されたのは間違いない。誰が、何の目的で、自分をこんな場所に連れ去ったのか、全然見当はつかないが・・・。何しろこちらの世界に来てから、まだそれほどの時間がたっている訳ではないのだ。元の世界と違って、ろくに知り合いもいないというのに、横島個人が狙われる理由があるとは思えない。

 

 

(って事は、無差別な誘拐なのか?・・・これ)

 

 

血の気が引いていく音が聞こえた気がした。もし仮に自分が何らかのトラブルに巻き込まれている渦中なのだとしても、それに気付いてくれる人間が今はいないのだ。同居しているジークは、横島の世界の魔界に行ったまま、まだ帰ってきていない。よって、横島がいなくなってしまったことに気がつくとしても当分後になるだろう。つまり助けはまったく期待できない。何とかして自分の力だけで切り抜けなければならない・・・。

 

 

(じょ、冗談じゃねーぞ。俺一人でどうしろってんだ)

 

 

あの黒服の連中が何者かは知らないが、個人の犯行でない事は確かだ。組織的な犯行だとしたら、どのくらいの規模になるのか。いずれにしても厄介である事には変わりない。頬を伝っている汗が、冷や汗に変わっていく。南国の暑さなど感じている場合ではなくなってしまった。

 

 

(・・・いや、ちょっとまてよ、なんかおかしくないか?)

 

 

ふと頭に疑問が浮かんだ。

・・・誘拐するにしても何故こんな場所なのだろうか。わざわざ日本から連れて来られたわりには、周りの雰囲気が明らかにおかしい。普通は・・・もっとこう、じめじめとした薄暗い場所に監禁したりするのではないのだろうか。炎天下の屋外、それもビーチのど真ん中に誘拐した人間を連れてくるというのは、あまりに不自然なのではないか。

 

今いるビーチ自体も、人の手できちんと手入れされているのが見て取れる。

チラッと視界の隅に見える、おそらくは宿泊施設の一部なのだろう建物も、潮風を浴び続けているわりには風化している様子は見られない。というよりも、この海岸自体が高級リゾートのように改造されているのだ。それに人を連れてくるだけ連れて来ておいて、あっさり開放したうえ、放置し続ける理由とはいったい何なのだろうか。横島を強引に拐かしたあの黒服連中も、今は何処にも姿が見当たらない。・・・・・それはそれで不気味ではあるのだが。

 

 

(・・・つっても、ここで考え込んだところで埒が明かんな。ホテル・・・いや、コテージか?あっちに人がいるかもしれんし、ちょっと行ってみるか)

 

 

日除けもなく砂浜の上で直射日光を浴び続けたせいで、すっかり喉が渇いてしまった。できれば飲み水も確保したいところだ。人を探すついでにでも気にかけておこうと、頭の隅で考えながら、海に背を向け歩き出そうとしたその時、横島の背後で声が掛かった。

 

 

「あの~」

 

 

「だぁぁぁ、堪忍やー!命ばかりは・・・・・って、あれ、お前は」

 

 

唐突に聞こえてきたその声に、心の底から驚きつつ、慌てて振り返りながら、変な格好で固まってしまった横島が、見覚えのある少年に視線を向ける。そこにいたのは、京都の夜以来会っていなかったネギ少年だった。なんだかあの時見た姿よりも、かなりくたびれている。顔に大きな絆創膏を貼り付け、本来なら年齢的に見れば、やんちゃな印象を与えるだろうそれが、なんというか仕事で疲れ果てた中年サラリーマンの悲哀を感じさせるような、なんともいえない雰囲気になってしまっている。お前は本当に小学生かと言ってしまいたい程、ネギの姿は可哀想なくらいに、ズタボロであった。

 

 

「なんちゅーか、明日菜ちゃんに聞かされて知っとったけど、・・・エヴァちゃんにやられたんか、それ?」

 

 

「・・・えーと、まぁ、はい」

 

 

「・・・あんまり詳しくは聞かないであげてくれよ、横島の兄さん」

 

 

言葉少なく、力ない様子で項垂れつつ、ネギと彼の肩にぶら下がっているカモは虚ろな瞳で空を見上げた。そんな二人に色々察した横島が同情の視線を向ける。・・・彼らの姿が美神に無茶を言われた時の自分と重なってしまったのだ。

 

 

「あー・・・っと、ひさしぶり・・・ってほどでもないし、元気そ・・・うでもないけど、ネギ・・だったよな」

 

 

「あっ、はい。こんにちは。横島さん」

 

 

気を取り直して、互いに挨拶を交わす。こういう場合何事もなかったかのようにスルーしてあげるのが、大人の対応というものだ。頬の傷を痛そうに庇いつつ、引きつった笑みを浮かべているネギの顔を眺めながら、横島はそんな事を思っていた。

 

 

「しっかし、お前も捕まってるとはなぁ。マジで何者なんだ?あの黒服連中・・・」

 

 

眉間に皺を寄せ、腕を組み考え込む。自分だけならまだしも、魔法使いであるネギまで拉致するとは・・・犯人はその事を知らなかったのか?一応魔法関係は秘密という事になっているらしいので、まったくの偶然でネギを誘拐した可能性もあるのだろうが。しかし仮に、あらかじめネギの素性を知っていた人間の仕業だとすると、犯人像はまったく変わってきてしまう。

 

すなわち魔法関係者同士のいざこざに横島が巻き込まれた・・・という事になるのか?

・・・・・まぁそうだったとしても、自分がとばっちりを受ける理由はやっぱり分からないままなわけだが。

 

結局何も分かっていないのと同じ事かと、小さく溜め息を零し、横島は組んでいた腕をほどいた。・・・・・・・なんにせよ、知り合いに会えたのは幸運といえるかもしれない。実を言えば、見知らぬ場所に一人放り出されて、ほんの少し不安だったのだ。

 

出会ったのが、あまり頼りになりそうではない子供というのは、若干あれだが、一人でいるよりは幾分かましだ。それに横島とは違い、ネギが行方不明になれば、誰かしらが気付いて助けに来てくれるかもしれないではないか。それが気休めだとしても、ちょっとだけ心が軽くなった気がした横島だった。

 

 

「捕まる・・・って何のことですか?黒服?」

 

 

目の前でブツブツと何かを考え込んでいる様子の横島に、ネギがきょとんとした顔で尋ねた。

 

 

「あん?だから俺たちをここに連れてきた奴らの事だよ。そろいも揃って暑苦しそうな格好してだだろ?・・・ん、いやまてよ、犯人の事もそうだけど、そもそもここって何処なんだ?見た感じどこかのリゾート施設っぽいけど」

 

 

「えっと、その人たちの事は分かりませんけど、ここがどこかって事なら・・・」

 

 

難しい顔で、宿泊施設らしい建物がある方角に視線を向けていた横島に、少々困惑した様子でネギが答えようとしたその時、少年の背後から彼を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「ネギ先生ー」

 

 

「あっ、いいんちょさん。こっちですー」

 

 

大きな声でネギの名前を呼びながら、誰かがこちらに近づいてくる。ガサガサと生い茂った植え込みを掻き分け、やしの木の陰から姿を現したのは、太陽の光を艶のある長く美しい金髪に反射させて、キラキラと輝いて見える一人の少女だった。すらっとした均整のとれた肢体が、なかなかにきわどい水着に包まれている。どこか日本人離れして見える整ったその容姿は、南国の雰囲気を感じさせるこの場所によく似合っていた。

少女は横島達・・・というよりもネギの姿を視界にとらえると小走りにこちらに駆け寄ってきた。

 

 

「こちらにいらっしゃいましたか。びっくりしましたわ、急に走って行かれるんですもの」

 

 

「すみません、知り合いの姿を見かけたものですから。でも本当に招待してくれてたんですね、ありがとうございます。」

 

 

ネギはぺこりと少女に頭を下げて、明るい笑顔を彼女に向けた。

 

 

「いいえ、そんな、大した事ではありませんわ・・・あら、という事はこの方が?」

 

 

ネギの笑顔にうっとりとした視線を向けつつ、胸の辺りに手を置いて、謙遜したそぶりを見せていた少女が、横島の方を振り向いた。

 

 

「はじめまして美しいお嬢さん。僕は横島といいます。わけも分からず、こんな場所に連れて来られて、さぞかし不安だったでしょう。でも、安心してください。この僕がいるからには、あんな黒いだけのさもしい連中は、指一本あなたに近づけさせませんから」

 

 

いつのまにか恭しく少女の手を取った横島が真剣な顔を向けつつ、じりじりと体ごとにじり寄っている。

 

 

「え、あ、あの・・・」

 

 

「いやーそれにしても、お美しい、綺麗だ」

 

 

「きゃっ、ちょっ、ど、何処を触っているんですか!」

 

 

「胸です」

 

 

「あら、正直。・・っっではなくっ!!ええい離しなさい、この痴れ者!!」

 

 

「どわぁぁぁぁぁ!!」

 

 

さりげなく少女の体に触れながら、鼻息荒く目を血走らせていた横島の体が、くるりと見事に空を舞った。一瞬周りの景色がぼやけたかと思うと、次の瞬間には地面へと頭から突っ込んでいる。尻を突き出したまま無様な姿で砂に埋まってしまった横島が、危うく波にさらわれそうになって、あたふたしながら、逃げまどっていた。

 

 

「いったいなんなんですか、あなたは!!セクハラで訴えますわよっ!」

 

 

「だってしゃーないやんかー、上向きで生意気に自己主張しとるもんだから、もう、かたっぽくらいワイのもんなんかなと思って」

 

 

「どんな理屈ですかっ!!ネギ先生!本当にこの方がそうなんですの!?」

 

 

「えっと、まぁ、・・・いちおう」

 

 

怒りの感情をあらわにした金髪の少女が、両手を腰の位置に当てて軽蔑の眼差しを横島に向けている。なんだかひどくお怒りのご様子だ。口元をひくひくと痙攣させている彼女の問い掛けに、何故か疲れた様子のネギが言いずらそうに肯定していた。そんな二人を、ようやく立ち上がった横島が、不思議そうに見つめた。どうも知り合いらしいのだが、こちらを指差して何かを言い合っている。

 

 

「なぁ、いったい何がどうしたってんだ?俺が何だって?」

 

 

「いえ、べつに・・・・・あの、ひょっとしてなんですけど、横島さんは、何で自分がここにいるか分かってないんですか?」

 

 

「いや、というかそもそも、ここが何処なのかも分かっとらんのだが。俺はなんか変な黒服の連中に無理やり・・・」

 

 

「あーーーーーーっと、そ、そうですわ、ネ、ネギ先生、むこうで皆さんがお待ちですわ。早く行かないと心配させてしまいますわよ」

 

 

「え、わっ、い、いいんちょさん」

 

 

ネギの質問に答えようとしていた横島の言葉を遮るように、少女が大きな声を発した。

早口で一方的にまくし立て、そのまま少年の小さな手を握り、一緒になって砂浜を走っていく。突然の事に困惑した様子でうろたえていたネギは、されるがまま抵抗できず、あっという間に連れ去られてしまった。

 

ぽつんとその場に横島ひとりが残される。あまりの早業にまったく反応が出来なかった。そのまましばらくの間、ぽかーんと彼らの走り去った方角を見ていた横島だったが、このまま置いて行かれてはたまらないと、我に返って少年達の残した足跡をたどり、後を追う事にした。幸いな事にここは砂浜で、足跡はくっきりと残っている。追跡は容易だった。すぐ横で聞こえてくる波音をBGMにして、てくてくと歩いていく。

 

何がなんだかいまだに状況の把握が出来ていないが、先ほどのネギ達の様子を鑑みるに、ひょっとしたら自分が想像していたような事態は起きていないのかもしれない。

横島のように、何者かに強制的に拉致されて、ここに来たというのなら、もう少し焦りが顔に出ていてもいいのではないだろうか?二人とも別段命の危機を感じているようには見えなかったし、何らかの余裕さえ感じられた。

 

あの水着姿なんかがいい例だ。まさか、水着のまま拉致されるなんて事はありえないだろうし、こっちに来てから着替えたのは明白だ。因みに男の方はどうでもよかったので、はっきりと見ていなかったが、ネギ少年も着ていたパーカーの下は水着だったように思える。要するに二人とも海に遊びに来たような格好をしていたのだ。

 

ここが見た目通りのリゾート施設で、彼らが自分達の意思でここに来たのだとすれば、あの格好もなんら不自然ではない。しかしそうすると、横島だけが、わけも分からずここに連行されてきた事になるわけだが・・・。再度答えの出ない疑問で頭の中が混乱しそうになっていたその時、横島の耳に複数の楽しそうなはしゃぎ声が聞こえてきた。

 

太陽のまぶしさに目を細めつつ、片手でひさしを作り、声のした方向に視線を向ける。

そこには健康的な肌を惜しげもなく晒して、笑いあう大勢の少女達の姿があった。色とりどりの水着に身を包み、波打ち際で泳いだり、ビーチボールで遊んでいたりしている。ビーチチェアに寝そべりつつ、トロピカルジュースを飲んでいるものもいれば、砂の上にシートを敷き、日焼け止めを塗りあっている少女もいた。そこにいる全ての人間が南国の太陽とコバルトブルーの海を満喫している。横島は突然目の前に現れたその光景を、しばらくの間我も忘れて呆然と眺めていた。

 

そう、その情景はまさしく夏の海。久しく忘れていた、横島にとっての決戦場。

己の本能のままに戦いを挑んでは敗北し、それでもあきらめきれずに強大な敵に立ち向かっては、辛酸をなめさせられてきた因縁の地でもある。思えば海にはろくな思い出がない。人魚の不倫騒動に付き合わされたり、持たざる者達の妄念が生み出したコンプレックスの塊に共感したり、海中深くに生息する、精神を病んだ海蛇女に、人違いで監禁されそうにもなった。今ざっと思い出しただけでも、これだけの騒動に巻き込まれてきたのだ。思わず砂の上に文字を書いて遠くを見つめたくなる。

 

自然と膝を抱えてうずくまりそうになっていた横島だったが、そんな事をしている場合ではないと、慌てて強引に嫌な思い出を振り払う。事ここに至ってするべき事は、過去に囚われて鬱になる事なんかでは決してないはずだ。命とは燃やすべき時に燃やしてこそ価値が生まれる。事の経緯はともかく今自分が戦いの場にいることは確かなのだ。ならばやるべき事は決まっている。横島が拳を握り締め、気合を入れつつ、目標に向かって突撃しようとしたその時、先ほど少女に連れて行かれたネギの声が聞こえてきた。

 

 

「あっ、横島さん。よかった、ちゃんとついてきてくれたんですね」

 

 

ホッとしたように横島を見ながら、手を振りつつ駆け寄ってくる。

 

 

「なんだ、ネギ。悪いけど後にしてくれ。ワイは今からやらなきゃならん事があるんだ」

 

 

声を掛けてきたネギのほうを見もせずに、視線を海で遊んでいる少女達に向けたまま、横島は怖いほど真剣な表情で答えた。

 

 

「やらなきゃ・・・いけない事ですか?」

 

 

「そうだ。男として生まれたからには避けて通ることが出来ない、重要なことや」

 

 

「そ、そんなことが・・・・・いったいそれは・・・?」

 

 

あまりに熱のこもったその言葉に、ネギまで緊張しながらゴクリと唾を飲み込んだ。

横島は表情を崩さず、緊迫した様子で答えを返す。

 

 

「それはな・・・・・ナンパだ」

 

 

「・・・・・・え?」

 

 

「だからナンパだナンパ。目の前に水着姿のねーちゃんがあんなにいるのに、ナンパのひとつもせんでどーする。最近トンとご無沙汰やったからなー。いっちょ気合を入れてかからんと・・・」

 

 

口元に黒い笑みを貼り付け、溜まりに溜まった何がしかの不気味なオーラを体中から放出しながら、目の前の楽園に向けて足を踏み出そうとする。するとそんな横島に危機感を覚えたのか、ネギが泡を食って止めに入った。小さな体で横島の前方を遮るようにして塞いでいる。

 

 

「ま、待ってください!な、ナンパってまさか、僕の生徒をですか!?」

 

 

柔和な表情を精一杯強張らせて、横島に厳しい視線を向けた。

 

 

「あん、何言ってんだ?生徒?」

 

 

「そうです。いくら横島さんでも、僕の生徒に手を出すのは・・・」

 

 

「・・・いや、本当に何言ってんだ。僕の生徒って、その言い方じゃまるでお前が先生やってるみたいに聞こえるんだが」

 

 

「そうですよ、だから!」

 

 

「・・・・・あー、横島の兄さん。いきなりこんな事言っても信じてもらえないかも知れねぇけど、確かに兄貴はあそこにいる子達の先生やってんだ」

 

 

言っている事の意味が分からず困惑している横島にむけて、ネギの肩越しでカモが事情を説明した。それによると、どうやらネギは本当に麻帆良で教師をやっているらしい。

なんでも、なんとかという魔法学校の最終課題が日本の学校で教師をやる事で、ネギはそのために日本に来たのだそうだ。

 

言っては何だが、かなり無茶苦茶な話に聞こえる。どう見ても小学生にしか見えないネギを、学校の教師として働かせるなど、法律的に問題がないのだろうか。異世界の事なので詳しく断言できないが、横島の常識では、きっぱりとアウトだ。児童労働だの、労働基準法だのという単語が、頭に浮かんだ。

 

 

「えーと、それって、大丈夫なのか?・・・なんかほら、いろいろと、もん・・だい・・・も・・」

 

 

横島が頭の中にある単語を実際に言葉に出そうとして、途中で歯切れ悪くしりすぼみになる。

 

 

「なんですか?」

 

 

「いや、なんか盛大にブーメランが帰ってくるような気がしてな。俺が悪いわけでもないんだが、結構なブラックジョークになるというか・・・」

 

 

最低賃金という言葉が、重くのしかかっていた。

 

 

「・・・まぁそれはいいや。というかだな、たとえお前があそこにいる子達の教師だとしてもだな、俺の情熱を妨げることは決して・・・・・あれ?」

 

 

これ以上都合の悪くなりそうな話題を早々に放棄し、ネギに向かってナンパを行う意思を強く訴えようとしていた横島の脳裏に、ある疑問が浮かんだ。

 

 

「・・・・・あのさ、もしかして、明日菜ちゃんや木乃香ちゃんも、お前の生徒だったりするんか?」

 

 

「え、はい、そうですけど」

 

 

「・・・って事はさ、あそこにいる子達は全員、明日菜ちゃんの同級生になるわけだよな」

 

 

「・・・?・・・そうですね」

 

 

「明日菜ちゃんは中学生だったよな!じゃ・・・・・じゃあ、あの子達も」

 

 

「何が言いたいのか分かりませんけど、皆さん同じクラスの生徒さんですよ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、横島は膝から崩れ落ち、砂の上に両手をついた。全身の力が抜け、表情筋は感情を表現できない。浮ついていた意識は、眼前に突きつけられた事実に急降下し、盛大に地面へと激突していた。

 

ぽたり、と頬を流れ落ちた汗が砂に染み込み消えていった。それは次第に数を増やしていき、横島の視線の先で次々と大地に雨を降らせる。口元にも流れ落ちてきたそれをペロリと舐めてみた。あまり塩辛さを感じない、さらりとして透明感のある汗だった。そう、これは汗だ。心の汗だ。決して涙などではない、俺は絶対に泣いてなんかいないのだ。・・・・・自分はこんな事くらいで。

 

とうとう膝を抱えてシクシクと海を眺めだした横島に、ネギが若干引いている。何がなんだか分からないが、いつのまにか横島が男泣きに泣いている。思わず声を掛ける事さえ躊躇わせるほど、彼の周辺だけ空気の色が変わっているように見えた。

 

 

「・・・・・あ、あの」

 

 

それでも何か言わなければと、ネギが勇気を出して横島に声をかけようとしたその時、背後から彼自身を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「ネギせんせーーーっ!」

 

 

「なにやってるのー?こっちに来て一緒にあそぼーーー!」

 

 

「史伽ーはやくはやくーー!」

 

 

「ま、待ってーお姉ちゃん」

 

 

「ほら、のどか、私達も行くよ!」

 

 

「え、え?」

 

 

「ここで後れを取るわけにはいかないですよ、のどか」

 

 

「お待ちなさい、皆さん!抜け駆けなんてさせませんわよ!」

 

 

「まあまあ、落ち着いて、あやか」

 

 

「あれ?あそこにいるの誰だろうね、ちづ姉」

 

 

「知らない人がいるアル」

 

 

「ん~、私も見た事ないなぁ。ネギ君の知り合いかね」

 

 

涙を流しながらこの世の無常さについて、延々と愚痴を零していた横島だったが、近づいてくる気配を無視するわけにもいかず、ゆっくりとその場で振り返った。ネギを取り囲んでいるのが半分、こちらを興味深そうに眺めているのが半分といったところか、ビーチで遊んでいた少女達が目の前にいる。遠目で見ていた時から分かっていた事だったが、近くで見ると、ますますその可愛らしさが引き立って見える。かなりの粒ぞろいだった。

 

なかでも、一人。

左目の下に泣きぼくろがある、どこかおっとりした印象を与える娘が目に入った瞬間、横島の全身を雷に打たれたかのような衝撃が走った。そこには太陽の光と大地の恵みを存分に受けて育った、二つの大きな果実が存在していた。夢、希望、未来、人が信じるべき、さまざまな善なる可能性が、見るものに勇気を与えてくれる。胸の奥、心の奥底から湧き上がって来る感情が喝采をあげていた。人間とは、命とはこうあるべきだと言わんばかりに、重力に逆らい、堂々と太陽を目指している。その身にかかる相応の負荷に抗いながら・・・。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

どこか、いってはいけない場所まで意識を飛ばし、横島は何も言えずに、ただ呆然としていた。視線が、この世に光臨した奇跡の具現に固定したまま動かない。全身が瘧のように震え、瞳孔は開き、口元はしまりなく脱力していた。・・・・・信じられなかった。まさか再び美神クラスの肉体を持つ中学生に出合う事になるとは。いや、自分の目に狂いがなければ、その豊満なバストは美神よりも・・・。

 

 

「な、・・・・・なんという事や・・・・・俺という魚群探知機はビンッビンに反応しとるというのに、この海域では漁をしたらあかんと言うのか・・・。釣り糸を垂らしても駄目、網を投げても駄目、素潜りなんてもってのほか。いや、仮に釣り上げたとしても、食べてはいけないキャッチアンドリリース・・・・・これは・・・これは拷問やないか!!」

 

 

おがーん!ちきしょー!海のばっきゃろーーーー!俺の青春は死んだーーーーーー!!

 

 

海に向かってありったけの呪詛を垂れ流す。そのどす黒く濁った思念は、それだけで周辺の海域を汚染し生態系を破壊しそうであった。その男の周りに発生した、物理的に歪んでさえ見えているような尋常ならざる空間に、その場にいる全員が数歩後退して距離をとる。情け容赦ないほどの、ドン引きであった。

 

 

「・・・・・あ・・・あの・・・その・・・あの・・・よ・・横島さん?・・・ちょっと落ち着いて・・・」

 

 

ネギとしても出来れば今の横島には関わりたくはない。何がなんだか分からないが、もの凄くいやな予感がするのだ。しかし、この場にいる中で唯一の知り合いである自分がきっかけを作らなければ、彼はこのままずっとこうしているだろう。一応ここにいる皆に紹介しておきたいのもあって、ネギは意を決して、なけなしの勇気を振り絞り、震えた声で横島に話しかけた。だがそんな健気な少年の決意は、現実の前にあっさりと踏みにじられてしまった。

 

 

「お・ち・つ・け・だあぁぁ?」

 

 

くるりと邪神が振り返る。そして、まるで瞬間移動したような速度でネギの前に到達すると、彼の襟首を掴みあげ、ぶんぶんと振り回し始めた。

 

 

「お、お前に、俺の気持ちが分かるとでもゆーんかーーー!!俺はなぁ、こっちに来てからジークに監視されてるせいで、ろくにナンパもできんかったんだぞ!そんな可哀想な俺にやっと巡って来た千載一遇のチャンスやったというのにーーーっ!!この盛り上がっちまった気持ちをどうしたらええんや、こんちくしょー!お前に、子供のお前に、この無念さが分かるかぁぁぁぁぁ!!」

 

 

「ちょ、ちょ、よ、よこ、横島さん。れ、れ、冷静になってぇぇぇぇぇ」

 

 

がくんがくんと首を上下左右に振り回されつつ、ネギがか細い悲鳴を上げる。しかし、邪神と化した今の横島に、そんな事は露ほども関係がない。身の内を焦がす、やり場のない激情を目の前の少年にひたすらぶつける。彼の頬を伝う悲しみの雨は降り止まず、ただただ大地を潤していった。その時・・・。

 

 

「ネ、ネギ先生をはなせーーーーーっ!!」

 

 

「えっ、えーーーーーーーいっ!!」

 

 

小さな二つの人影が、捕らえられたネギを救出しようと、横島に向かって体当たりした。ぐらりと僅かに横島の背中が揺れる。体重が軽いせいだろう、相応の勢いをつけたのだろうが、ほとんど何の痛みも感じない。だがそのささやかな衝撃は、彼に残されたほんの少しの理性を取り戻す契機となった。

 

 

「ハッ俺はいったい何を?・・・って、あれ?君達は・・・」

 

 

恐怖に潤んだ瞳を懸命に見開き、横島を睨みつけている少女と、その陰に隠れるように震えている少女が二人。髪をツインテールにしたほうの娘が、あまり似合っているとは言いがたいファイティングポーズを取りながら、横島と対峙している。周りにいる少女達と比べても、かなり小さいサイズ、というよりもまったく中学生には見えない。おそらく後ろにいる子と双子の姉妹か何かだろうか。髪型を除けば、顔の形までほとんど同じに見えるほどよく似ている。小動物が威嚇しているかのように、どこか愛らしい姿のまま、険しい表情で、その場に立ち続けている。

 

 

「えと、なんかよう?」

 

 

「な、なんかよう?じゃなーい!ネギ先生をいじめるなー!」

 

 

「いや、・・・というか」

 

 

横島は一度、視線を先ほどの奇跡の体現者へと向ける。そして真剣な目をして観察した後、今度は自分の前に立っている双子を見つめた。右手で顎を撫でつつ、首をかしげた。間違い探しのような違和感を感じる。かたや雄大なる大自然、地球に現存する秘境、動植物の楽園である大山脈。もう一方は、なんというかもう、これ以上は何をしても作物が育たないような荒涼とした砂漠。あるいは、何処までも見通すことが出来そうな、眺めだけはいい大平原だろうか。横島は無遠慮な視線で、中学生の胸をガン見しながら、凄まじくくだらない事を考えていた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・そんな装備で大丈夫か?・・・」

 

 

言葉にしてしまえば同じ意味であるはずなのに、あまりにも違いすぎるその二つを見比べながらそんな事を呟く。

 

 

「どういう意味ぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

「意味ですかぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

自分達の胸を見ながら、好き勝手に訳の分からない事をぬかしたその男に天誅を下すべく、双子、鳴滝姉妹が地味な嫌がらせを開始した。

 

 

「わっ、おっ、いてっ、ちょっ、やめっ、脛を蹴るなっ、足の小指を的確に踏むなぁぁぁ!地味に痛いやろがっ!」

 

 

「わーっ変態が怒ったーー逃げろーーー!」

 

 

「待ちやがれ、こんちくしょー!」

 

 

横島達三人が、他人からしてみれば不毛でしかない追いかけっこをしながら、砂浜を走り去っていく。傍で見ていた者達は、何がなんだか分からない様子で呆然としていた。

横島から開放されたネギが、目をまわしながら、げほげほと咳き込んでいる。両手を突いてへたり込んでいるその背中に、麻帆良のパパラッチを自称している朝倉和美が声を掛けた。

 

 

「だいじょーぶ?ネギ君」

 

 

「げほっげほ。へ、平気です」

 

 

「ていうか、あの人誰なの?ネギ君の知り合い?」

 

 

「えーと、はい、知り合いというか恩人というか。あっ、そうだ、皆さんに紹介しようと思ってた所だった。横島さーん。ふーかさーん、ふみかさーん。喧嘩してないで、こっちに帰ってきてくださーい。皆さんに紹介しますからー」

 

 

何とか体勢を立て直したネギが、大きな声で横島達を呼んだ。状況がめまぐるしく動いていたせいで、有耶無耶になってしまっていたが、もともと横島の紹介をしようと思っていたのだ。

 

 

あっ、お姉ちゃん。さっき掘った落とし穴にはまってるよ。

 

 

やったチャンス。埋めちゃえー

 

 

ぐぁぁ、へ、平安京エイリアンの術だと、やめろぉぉぉ

 

 

 

 

 

意外に楽しそうだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「・・・・・・・と、いうわけで横島さんには、僕や明日菜さん達が京都で凄くお世話になったんです」

 

 

体にある擦り傷や、湿布に絆創膏など、最初からどこかぼろぼろに見えたネギだったが、今はいっそう憔悴しているように見える。疲労を隠しきれない様子で、無理をして疲れた笑顔を生徒達に向け、隣に立っている横島を紹介した。

 

あれから、砂に埋められてしまった横島は何とかネギに救助され、髪の毛や服の中にまで進入してきた砂を振り払いつつ、彼女達の元までたどり着いたのだが、全部は払い落とせなかったのか、体中、どこかごわごわとした肌触りに眉をしかめていた。

 

いくらこのビーチの砂が比較的さらさらとした材質の物だったとしても、身動きするたびにざらつく感触は不快感を伴う。できる事ならこの場で服を脱ぎ捨て、海に飛び込んでしまいたかったが、水着を着ていない自分が女子中学生の前でそれを行ったら、きっぱりと事件発生なので、横島はギリギリ自重した。

 

話しても差し障りのない部分だけを、うまく要点にまとめて紹介を済ませたネギが、落ち着かない様子で体を小刻みに動かしていた横島に視線を向けた。何か言えといいたいのだろう。ごほんと一つ咳払いをして喉の調子を確かめると、横島は笑顔を浮かべながら簡潔に挨拶した。

 

 

「よろしくな」

 

 

一応今は何とか気持ちの整理をつけ終わっている。確かに直接手が出せないのは、残念極まりないが、所詮は降ってわいたような話だ。すっきり気分を入れ替えて、目の保養をしていた方がいくらか建設的といえる。そんな事を考えながら、横島は思わず零れそうになる溜め息を我慢した。

 

 

「へ~、そんな事があったんだ」

 

 

パチリと瞬きしながら、ネギと横島を交互に見ているのは、新体操部の佐々木まき絵だ。修学旅行の自由時間では、ネギと別行動をしていたので、そんな事があったのかと目を白黒させている。

 

 

「何か意外やなー。全然そんな強そうには見えへんけど」

 

 

まき絵の隣で、横島を若干疑わしげに見ているのは、彼女のルームメイトである和泉亜子だ。

 

 

「・・・う~ん」

 

 

「どったの?ゆえっち」

 

 

何かを思い悩んでいる様子の綾瀬夕映に朝倉和美が声を掛けていた。

 

 

「いえ、この人どこかで・・・・・あのとんでもない夜の最後に見かけたような・・・」

 

 

両サイドの三つ編みの先端をくりくりと弄りながら、難しい顔をしている。

 

 

「・・・あの日って、それじゃー」

 

 

「ええ、ひょっとしたら、魔法関係の人かもしれないです」

 

 

「へえ」

 

 

顔を近づけながら周りに聞こえないように小声で話していた和美が、意地の悪い何かを思いついたとでもいうように、にやりと笑う。どう見てもただの高校生くらいの青年にしか見えない横島と名乗ったこの男が、魔法に関係している人間ならば、その素性には興味がわいてくる。後でそれとなく探りを入れてみようと、不気味な笑みを深めていった。間近でそれを見ていた宮崎のどかが、おびえた様子で視線を逸らしている。

 

 

「横島さん、先ほどの事はともかくとして、ネギ先生や明日菜さん達を、お助けくださった事。クラスを代表して御礼を申し上げます。本当にありがとうございました」

 

 

横島を取り囲む少女達の輪から一歩前に進み出た雪広あやかが、丁寧にお辞儀をしながら感謝の言葉を口にした。そしてそれに続くように、その場にいる全員が横島に礼の言葉を告げる。事前に示し合わせていたわけでもないのだろうが、その言葉は一切の乱れなく足並みが揃っていた。

 

 

「い、いやー、そんな。ぜんぜん大した事じゃないっすよ」

 

 

これだけの人数から一斉に感謝される事など、自分の人生の中で経験した事があっただろうか。普段の横島ならば調子に乗ってしまう所だろうが、そんな態度も取れないほど、変に緊張してしまっていた。

 

 

「ただちょっと、筋肉もりもりマッチョマンのオカマの変質者に襲われてた所を助けただけっすから」

 

 

照れたように頭をかきながら謙遜した彼の言葉に、周りの少女達、それもごく一部の娘が特に反応を示した。

 

 

「な、な、それは本当ですの!?ネギ先生!!」

 

 

髪の毛を振り乱し、凄まじい速さで首を動かしてネギを覗き込んだあやかが、彼の両肩に指を食い込ませる。

 

 

「えーーーーーーっ!!だ、大丈夫だったのネギ君!」

 

 

続いてまき絵が慌ててネギに駆け寄った。二人とも、ネギと明日菜達が何者かに絡まれていた所を、横島に助けられたとしか聞いてなかったのだ。それが、オカマの変質者に襲われていたなどと、青天の霹靂もいい所だった。まさかとは思うが、自分の知らないところでネギが傷物にされていたとしたら・・・・・ぞっとした予想が二人の脳裏を掠めていった。

 

 

「えっ、あ、あの、その、目、目がま~わ~る~」

 

 

再び両肩をすごい勢いでがくんがくんと揺さぶられ、ネギが力なくふらふらとその場で膝を突いた。因みにカモはいち早く危険を察知していたので、難を逃れている。心の中でネギを応援しつつも助けようとしないあたり、いい性格の持ち主なのだろう。もっとも、小動物の彼にはどうしようもない事なのも、また事実なのだが。

 

 

「ネ、ネギ君とオカマの変態がっ!?少年と筋肉による夢の共演っ!?ど、どうしよう、今私何か無性にスケブにむかいたい衝動が!!」

 

 

「ハルナ、ちょっとは自重するです!」

 

 

「ネ、ネギ先生が・・・う~ん」

 

 

「のどかまで!」

 

 

両手をワキワキとさせ、空中に向かって己のパトスを全力開放している早乙女ハルナと、ショックのあまり気を失いそうになっているのどかを交互に見ながら、夕映はひたすら混乱していた。

 

 

「・・・なんかまずい事言っちまったか?」

 

 

パニック状態に陥ってしまった少女達を見ながら、横島は気まずそうに頬をかいていた。するとそこに、横島にとっても聞き覚えのある女の子の訝しげな声が聞こえた。

 

 

「もう、みんなして何処行ってたのよ。ていうか、どうしたの?なんか騒がしいけど」

 

 

特徴的なツインテールの長い髪を揺らしながら、水着姿の神楽坂明日菜が姿を現した。

普段から騒がしいクラスメート達ではあるが、今は何か集団ヒステリーのような状態になってしまっている。いったい何があったのかと、明日菜は比較的冷静に見えた古菲の背中に声を掛けた。

 

 

「私もよく分からないけど、あの横島って人が何か言ったらこうなったアル」

 

 

「へ?横島って・・・」

 

 

とりあえず騒ぎの中心を見てみようと、クラスメイト達の隙間を器用に通っていた明日菜だったが、古菲の言葉を聞いて、ピクリと眉を吊り上げた。そして遮られていた視界が開けた瞬間、タイミングよくこちらを見ていた横島と目が合った。

 

 

「や、やは」

 

 

「いやーーーーーへんたーーーーーい!!」

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

明日菜が無意識のうちに握り締めていたハリセン状のアーティファクト、ハマノツルギが高速で振るわれる。風を切り裂く音と共に、鈍い鋼鉄の色が残像を残す。逆袈裟に切り払われた一閃は、見事に体重を乗せ、横島の顎めがけて疾走していった。ゴキャリという重い音が彼の耳に響く、浮遊感は一瞬だった。ぶれた視界の中で脳が痛みを感じ取る前に、体は海の中に放り込まれていた。

 

 

「ぶはっ、ちょ、やばっ、まともに食らったせいで、足腰ガガガ」

 

 

「きゃーっ!ご、ごめんなさい、つ、つい」

 

 

海水を吸って重くなってしまった服に苦労しながら、何とか岸へとたどり着こうと、もがいていた横島が、無常な荒波のむこうへ消えていく。その姿を見て我に帰った明日菜が、慌てて救助のために海に飛び込んでいった。見事な泳ぎで横島の元にたどり着くと、うまく立てない様子の彼を強引に引っ張り上げ、何とか足がつくところまで誘導した。

 

 

「本当にごめんなさい」

 

 

「い、いや、いいんだ。なんちゅーか気持ちは分からんでもないし、それに慣れとるといえば慣れとるし」

 

 

正直思い出したくもないが、前回が前回だったので、無理もない話しだった。あの後、一人で大量の食材を処理した辛さを思えば、この程度の事。かすかに滲んだ涙が水の上に落ちて、海の一部になる。

 

 

うみはひろいなおおきいな。

 

 

人は本当につらい事を思い出す時、雄大な何かに思いを寄せてしまうものらしい。

明日菜に肩を支えられ、砂の地面に足をつける頃には何とか平衡感覚も戻ってきていた。もう大丈夫と笑顔を向けて、横島は明日菜から体を離し礼を言った。実はまだ少しふらつく体で無理をしながら、ネギの元に歩いていく。こちらが起こしていた騒動など目にも入っていなかったのか、彼らはいまだに喧々囂々とやり合っている。なんだかなと苦笑を零しつつ、いい加減に取り成してやろうと歩みを進めた横島だったが、再び聞き覚えのある声が聞こえてきて背筋を凍らせた。

 

 

「ほら、せっちゃん。みんな集まっとるで」

 

 

「お、お待ちください、お嬢様。そんなに慌てると、転んでしまいます」

 

 

楽しげに砂浜を走りながら、木乃香と刹那が級友達のいる場所に視線を向けた。

 

 

「あー、横島さんやー」

 

 

「え?」

 

 

互いが偶然にも騒ぎの発生源であるネギに近づいていたからだろう。意外なほど接近してこちらに手を振っている木乃香に横島は声を掛けられた。当然その隣には彼女の守護者が存在している。刹那の瞳が大きく見開かれ、水着姿であるにもかかわらず、何故か傍らに存在している愛刀が神速で抜き放たれた。

 

 

「悪霊っ退散!!」

 

 

「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

今度こそハリセンどころではない銀色の剣閃が横島の股間めがけて放たれた。居合いの要領で繰り出されたそれは、殺意が滲み出ているのではないかというほど、勢いに情け容赦がない。体をくの字に折り曲げて、間一髪その一撃をかわした横島は、後もう少しの所で、生き別れになりかけた自分の息子を両手で押さえながら、全力で背後に飛び退った。

 

 

「はっ、しまった。ついうっかり」

 

 

「さすがに嘘だろこんちくしょーーーーーーっ!!」

 

 

痛みはないか、取れてはいないかと何度も確認しながら、声の限りに突込みを放つ。

大量の涙と鼻水、そして海水で濡れそぼったジーパンの裾から、出してはいけないものまで出しそうになりながら、横島は抗議の言葉を口にした。

 

 

「い、いくら俺でも、そんなもんで切られたら、洒落にならんわ。あと、悪霊ってなんや悪霊って」

 

 

「も、申し訳ありませんっ!本当に悪気はなかったのです。条件反射といいますか何といいますか」

 

 

珍しく動揺した様子で、あわあわとうろたえていた刹那が、いそいそと刀を竹刀袋にしまっている。どうでもいいが海に来てまで、そんな物騒なものを持って来ていたのかと、横島の頬に冷たい汗が流れていった。

 

 

それから、何とか皆の誤解を解いたネギと、何度も謝り続けている刹那の頭を上げさせる事に成功した横島だったが、とりあえず濡れたままの服をどうにかした方がいいということで、あやかに案内され、ホテルの一室を借りる事となった。元はレンタル品なのか、サイズの合う水着を用意され、改めてビーチに降り立つ。落ち着いて見てみれば、とてもすばらしい場所だった。青い海、白い雲、金色の砂浜を地でいっている。まさにリゾート、金のない横島には、ほとんど無縁の場所だった。ビーチのそこかしこでは、水着姿の少女達が、思い思いにバカンスを楽しんでいる。

 

着替えに向かう途中で説明されたのだが、横島をこの場所につれてきた黒服の男達は、あやかの家の者らしい。どうも彼女は相当な資産家のご令嬢で、このリゾート施設、というか島そのものを所有しているのだそうだ。詳しい事情は後ほど説明致しますが、と前置きし、誘拐紛いの事までして無理やり連れてきた事を丁寧に詫びてきた。どうやら連絡段階で、情報伝達に齟齬があったらしい。言い訳にしか過ぎませんけれどと、すまなそうにしていた。

 

確かにもうちょっと何とかならなかったのかと思わないでもないが、美少女に直接謝られては、許さないという選択肢は横島にはない。何故自分が連れて来られたのかという疑問はまだ残っていたが、それも些細なことでしかない。ただでバカンスを楽しめるというのだ。そんな疑問は棚に上げて、美少女達と存分に過ごすつもりだった。

 

 

(こっちに来てから色々あったし、休暇のつもりでのんびりさせてもらうか)

 

 

そんなことを考えながら、横島はビーチバレーをしている少女達に自分も混ぜてもらおうと声を掛けるのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「ゲームセット!古菲チームの勝ちね」

 

 

自ら審判役を買って出ていた釘宮円が、大きな声で試合終了の合図を発した。

 

 

「やったネ。またまた私達の勝ちアル!」

 

 

心の底から嬉しそうな笑顔浮かべ、健康的な褐色の肌をスポーティーな水着に包んだ古菲が、ガッツポーズで勝ち名乗りを上げた。

 

 

「やったーウチ等の勝ちー!」

 

 

いえー!!

 

ハイタッチをかわしながらパートナーの和泉亜子が彼女と一緒に勝利を喜んでいる。

 

 

「あーん。負けちゃったかー。もうちょっとだったのになー」

 

 

僅かに肩で息をして、チアリーディング部の椎名桜子がポツリと呟いた。台詞自体は残念そうに聞こえるのだが、それを笑顔で話しているのでちっとも言葉通りには見えない。

 

 

「なかなかナイスファイトだったよ」

 

 

長い黒髪をポニーテールに結んだ大河内アキラがぱちぱちと小さく拍手をした。

 

 

「よーし、それじゃーまた、チーム分けね。んーと、次は横島さんと・・・」

 

 

「ちょっとまてーーーーーーーいっ!!」

 

 

地面に埋もれて、体中を砂まみれにした横島が、疲労困憊の中、無理をしてかすれた声を出す。

 

 

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ。な、なんで俺だけ二十回連続なんや」

 

 

「えー、だって、ねぇ」

 

 

「私達も最初は交代でやるつもりだったんだけど・・・・・」

 

 

「途中から、あれ?この人どこまでいけるのかなって、ちょっと気になっちゃって」

 

 

チアリーディング部の柿崎美砂と円、そして桜子が三人で顔を見合わせつつ、目を逸らしながら、横島に告げた。

 

 

「あほかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

体力の限界に近い体を根性で起こして、横島は三人の少女に文句を言った。仕事柄体力に自信がある横島だったが、さすがに二十回連続でビーチバレーをするのは無理がある。ルール自体もそれほど厳格に設定されていたわけではないし、人数を回すために通常よりも少ない点数で勝敗を決定していたとはいえ、炎天下の砂浜で、ほとんど休みなく動きまわされるのは、ある意味苦行に等しかった。いつ熱中症で倒れてもおかしくはない。一応こまめに水分を取ってはいたが、この暑さの中では焼け石に水だ。

 

いい加減ここらで休憩を挟まなければ、本当に命に関わるだろう。倒れこんだ際についた頭の上の砂を乱雑に払いのけ、膝に添えた両手で体を支えつつ、荒い呼吸を整えていく。そして、とにかくいったん交代してくれという旨を伝えるために、息を吸い込んだところで、無常にも試合開始の笛の音が周囲に響き渡った。

 

 

「えっ?ちょっ、まっ」

 

 

「それじゃー、試合開始!」

 

 

いつのまにか横島以外のメンバーは交代を終えていたらしい。

 

 

 

 

結局、横島が解放されたのは、それから二試合後のことだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「あはは、それは大変だったねー」

 

 

対面に座っている朝倉和美が、くすくすと笑い声を零す。手元にあるデジカメのストラップをクルクルと弄びながら、机の上で撃沈している横島をおかしそうに見つめた。

 

 

「大変だったなんてもんじゃないっつの」

 

 

顔を上げる事無く、視線はかたくなに机の木目に向けたまま、横島は力なくそう答えた。

 

あれから、とうとう限界に達してしまった横島は、見事にKOされ、さすがにやりすぎたと反省した数人の手によって、この、海を一望できる洒落た休憩所に連れてこられていた。日陰越しに感じる海風は、火照った体に心地いい。延々と直射日光にさらされていた体を休めるのにはもってこいの場所だった。

 

とにかく水分補給と、ついでに腹にも何か入れておくかという事で、横島は偶然そこで同じように休憩していた和美達と食事をとることにした。目の前にあるパスタにフォークを突き刺し、クルクルと無意味にまわし続ける。正直まったく食欲がわかない。とうに昼食の時間を過ぎているので、腹自体は空いているのだが、疲れ果てているために、食材を口に運ぶのさえ億劫だった。

 

元はレストランなのだろう。貸しきり状態のためか、客の気配は自分達を除いて一切ない。どうしても空席が目立ってしまうため、本来なら賑わっているだろうその場所も、がらんと殺風景に見えてしまっていた。溜息をつきながら、目の前にあるトロピカルジュースを音を立てつつ一気に飲み干す。普段飲み慣れていないものだが、見た目と味は悪くない。ただグラスの端に刺さっている果物は、どうしても必要なのだろうかと、なんとなく疑問には思っていた。

 

 

「でもさ、無理して付き合う必要もなかったんじゃない?いやだって言えば、連中だってそれ以上つき合わせたりはしないでしょ」

 

 

「・・・・・いや、まぁ、そう言われたらそうかもしれんけど・・・」

 

 

確かに和美の言う通り、もっとしっかり断っておけば、彼女達もそこまで強要したりはしなかっただろう。ただ、なんとなく拒否しようという考えが思い浮かばなかったので、自分の限界に挑戦してしまったのだ。何でだろうか・・・首を捻りながらすっかり冷めてしまったパスタをすする。ようやく食欲も戻ってきていた。壁越しに立ったまま微動だにしていないウエイターに追加の注文をして、横島は、まぁどうでもいい事かと食事を再開した。

 

 

「付き合いいいなー横島さん」

 

 

綺麗に盛り付けてあるケーキを、崩さないように慎重に口に運んでいた木乃香が感心したように言った。一口ごとに味を確かめつつ、幸せそうな笑顔を見せている。どうやらとても美味しいらしい。隣にいる刹那が口元についたクリームを拭うようにと、紙ナプキンを差し出していた。

 

 

「別にそんなんじゃないけどな・・・・・・・・・っと、そういや・・・」

 

 

かいがいしく世話を焼いている刹那と、せっちゃんも一口食べる?などといって自分のケーキを勧めている木乃香を見ながら、ふと横島は先ほどあやかに聞いた話を思い出していた。

 

 

「俺をここに連れてくるように、あやかちゃんに言ったのって、木乃香ちゃんなんだって?」

 

 

ビーチに行く前にちらりと聞いたのだ。横島をここに招待したのは雪広あやかだが、そもそもの発案者は木乃香だったらしい。どういう経緯でそんな事になったのかは教えてもらってはいないのだが、ちょうどいい機会だし、気になる話しでもあるので聞いておきたかった。むぐむぐと口の中にあるケーキを咀嚼し、手元にある紅茶を流し込んで、一息ついた木乃香は、うんと一言頷いて、横島の言葉を肯定した。

 

 

「いいんちょに頼まれたんよ。元気がないネギ君を、どうにかしてここに連れてこれないかって」

 

 

「・・・?・・・えっと、話が見えないんだが、その話と俺に何の関係があるんだ?」

 

 

困惑した様子で木乃香に尋ねた横島に彼女は事の成り行きを説明した。

どうやら元々今回の旅行は、あやかがネギを誘うために企画されたものらしい。最初は彼だけを誘う予定だったのだが、最近何かと忙しかったネギはあやかの申し出を丁重にお断りしたのだそうだ。だが、それでも収まりがつかなかったあやかは、何とかならないものかと、ネギと親しい木乃香に相談を持ちかけた。それならばと彼女が提案したのが、横島もその旅行に誘う事だった。京都での出来事を脚色し、当たり障りのない所だけをあやかに話した木乃香は、恩人である横島を一緒に連れて行けば、さすがにネギも断れないだろうとあやかに説明した。

 

そんな出来事が修学旅行中にあったのかと驚いていたあやかだったが、ネギの恩人であるなら、自分にとってもそうであると言わんばかりに、自分の思惑を脇においてその提案を呑んだらしい。何かと疲れた様子のネギを癒し、その恩人である横島にも楽しんでもらうという、一石二鳥の作戦だったのだそうだ。

 

 

「・・・・・なんちゅーか、だしに使われた気がせんでもないのだが・・・」

 

 

「あはは、そんな事ないんよ。いいんちょも横島さんには、すっごく感謝してるみたいやったし」

 

 

どうやらあやかにとって、ネギの存在の大きさは、かなりのものなのだそうだ。それを助けた横島にも、相応に感謝しているのだとか。クラスにいる奴らなら誰でも知ってるよと、横で話を聞いていた和美が一言補足した。

 

 

「ふーん、あんな可愛い子になぁ。ガキの分際でやる事やっとるじゃないか、あんちくしょう。やっぱりここは、早めに一発警告の意味もこめて身の程ってやつを教えておくべきかもな・・・・クックック」

 

 

黒い笑みを浮かべながら、机の上に肘をつき、両手を組み合わせて口元を隠した横島が物騒な事を言い出した。

 

 

「・・・・やめときなよ」

 

 

呆れた様子で和美が横島を窘めた。

 

 

「いいや、このままほっとくとあいつの為にもなんねーぞ。あーゆー真面目なタイプはだな、成長したら手当たりしだい女を食い物にするような奴になっちまうもんなんだ。俺の周りにも似たような奴がいてだな。妙に紳士ぶっとる嫌味な野郎なんだが、それがまぁ、ひどい野郎で・・・」

 

 

顔をしかめながら、延々と特定の人物の悪口を並べ立てている横島の言葉を、木乃香がふむふむと頷きながら聞いていた。そんな彼の様子を気付かれないように観察していた和美だったが、どう見てもただの一般人にしか見えない横島に、ほんの少し落胆していた。先ほどの夕映の推測が正しかったなら、この男は魔法使いの一派である可能性がある。隙を見てその事について探りを入れようと企んでいた和美だったが、そもそもまったくの勘違いなのではないかという疑念が芽生え始めていた。

 

 

(うーん。こりゃ夕映っちの予想ははずれかな?どうみても大した奴には見えないんだよねぇ)

 

 

あいつは息が臭いワキガ野郎でだな。たぶん水虫もある筈や。

 

 

なんか私情が入ってないん?

 

 

本人がいないのをいい事に、真剣な表情で根も葉もない嘘を撒き散らしている横島を見ながら、和美はやれやれと首を振るのだった。

 

 

 

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