ある人の墓標   作:素魔砲.

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作者の素魔砲です。

前回前々回とシリアスな話が続いてしまい、それにご不快な思いをされた読者様がいらっしゃるようですので、ここで謝罪をさせていただきます。確かに両作品の雰囲気からかけ離れた話になってしまいました。

申し訳ありません。

ただ、もうプロットは固まってしまっているので、ここから急に作風を変えて書けるような技術が私にはないのです。楽しみにしてくださる読者様もいらっしゃるようですので、このまま続けさせていただこうと思っています。これも二次創作の一つの形と受け取ってもらえると幸いです。ただ何の警告もなしというのは如何なものかと思いますので。タグにシリアス展開ありと追記させていただきます。本当に申し訳ありませんでした。


19

 

 

赤い光に照らされた室内で、窓枠から覗く降りやまない雨を睨み付ける。緊張で乾いてしまった唇を舐めて湿らせ、横島は汗ばんだ掌で携帯電話を握りしめた。猛烈に嫌な予感がしていた。心臓が早鐘を打つように動悸を速めている。

 

 

「人質?ちょっ、ちょっと待て!一体何が起こって・・・」

 

 

唾を飛ばしながら問いかける。だが台詞の途中で携帯電話から切断音が聞こえてきた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

悪態をついて携帯を仕舞い、警告音を発している探査装置に視線を走らせる。電話で一方的に告げられた場所と、表示されている霊力反応とを見比べながら、横島は頭に地図を叩きこんだ。

 

正直何が起こっているのか全く理解できないが、先程の会話の様子から夕映達が何らかの危機的状況にあるのは間違いない。そして原因はおそらく自分たちが追っている魔族だろう。電話と警告音。あまりにタイミングが良すぎる。

 

踵を返して玄関口に向かう。慌てているからか靴をうまく履く事ができずに苦戦していた横島だったが、そんな彼の背中に鋭い声がかかった。

 

 

「待て横島君!これは罠だぞ!!」

 

 

霊力の消耗を防ぐために小さくなった体で、ジークが懸命に手を伸ばして横島を制止しようとしていた。チラリと目の端でその姿を確認した横島が、声を荒げて返事をする。

 

 

「んな事言ってもしゃーないだろが!俺が行かなきゃ、あいつが夕映ちゃん達に何するか分かったもんじゃねーぞ!!」

 

 

「それでもだ!!いいから一旦落ち着くんだ。君を名指しで呼びつけた意味を考えてみろ。これまでとは立場が逆なんだ。どういう方法を使ったのかは知らないが、奴は間違いなく我々の素性をつかんでいる。人質もそうだが他にも何かあるかもしれない・・」

 

 

ジークの言葉を聞きながら、横島は悔しそうに唇を噛んだ。

頭では彼の言う事を理解しているのだ。それでも感情は違う。

電話越しに聞こえた夕映の震え声を思えばすぐに飛び出していきたかった。

一瞬ジークを無視してしまおうかとも考えたが、何度も深呼吸して心を落ち着ける。

 

 

「・・・・・・・どうすりゃいいんだ」

 

 

力なく玄関口に座り込みながら振り返る。

こちらが話を聞こうとしている事が分かったのか、安堵した様子でジークが言葉を続けた。

 

 

「・・・悠長に作戦を立てている暇はなさそうだ。君は先行してくれ。その間にこっちで何か対策を立てる。だが、いいか!くれぐれも先走るんじゃないぞ!現地に到着してもこちらの許可があるまで踏み込んではいけない」

 

 

「・・・・・・・分かった」

 

 

「・・・とにかく美神令子に連絡を入れる。彼女ならこういった事態にも的確な・・・その・・・対応をしてくれるだろう」

 

 

対応の部分で何を想像したのか、ジークがあからさまに顔を背けた。

 

 

「美神さんが来てくれるんか!?」

 

 

「いや・・・事情を話せば来てくれるとは思うが、何しろ事は急を要する。間に合うかどうかまでは・・・」

 

 

「期待できねーか」

 

 

GSは電話一本あればすぐに駆け付けられるような職業ではないのだ。美神令子の場合は特に。それにもし除霊作業の真っ最中ならば。連絡を取る事自体が難しいかもしれない。表情を暗くさせ、ジッと床に目を落とす。横島は難しい顔をしたまま俯いた。そんな彼を何とか元気づけようとしたのかジークが無理やり声の調子を上向かせて話し掛けてくる。

 

 

「なんにせよこれで最後なんだ。あまり無理をして失敗したら元も子もないぞ」

 

 

「ああ、そうだな・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 

納得した様子で頷いた横島の脳に、何か些細な違和感が突き刺さった。

ボタンを掛け違えたままそれに気付いていないような、そんな気持ちの悪さがある。

ギギギと錆びついた動きで首を回す。横島はジークに問いかけた。

 

 

「今・・・なんて言った」

 

 

「む?だから無理をしてはいけないと・・・」

 

 

「違う!その前だよ!!」

 

 

「・・・?だからこれが最後なのに無理をしたら・・・」

 

 

「それだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

大声を上げながら横島は全力でジークを指さした。

玄関口からバタバタと慌ただしく駆け寄り、両手で彼を掴みあげる。

 

 

「最後って、今回が最後なんか!?これが終わったら帰れるのか俺は!?」

 

 

「う・・ぐぅ、横島・・く・・ん。少し落ち着いて・・・」

 

 

「いいから答えろっちゅーんだ!マジなんだな!」

 

 

苦しそうな表情を浮かべたままジークが無言で首肯する。真剣な眼差しでそれを見ていた横島はパッと両手の力を抜いて拘束を解いた。フラフラとコタツ机に着地したジークが苦しそうに喘いでいる。横島は彼に半眼を向けて言った。

 

 

「お前、何だっでそーゆー大事なことを黙ってるんだ。わざとか?」

 

 

「ゲホゲホ。い、いや、そんなつもりは・・・言ってなかったか?」

 

 

「言ってねーよ!!」

 

 

吐き捨てるように言葉を返しながら心の中でブツクサと文句を言う。ど忘れもいい所だった。前にも一度あった気がするが、何故ピンポイントで肝心な事を伝え忘れるのだろうか。何らかの悪意を疑いそうになる。そんな疑心をジークに向けた横島だったが、いつまでも愚痴を言っている訳にもいかないので、思考を切り替えることにした。

 

今は緊急事態なのだ。具体的な対応策ができるまで手を出さないとしても、一刻も早く現場で待機しておく必要がある。一つだけ嘆息をこぼし、横島は玄関に戻った。いつも履いているスニーカーに足を引っ掛け、ドアノブに手を掛けようとする。すると、この部屋にいるもう一人が声を掛けてきた。

 

 

「・・・横島さん」

 

 

不安そうに名前を呼ばれて思わず振り返る。そこには目じりを下げてこちらを見つめてくるさよの姿があった。しまったと思わず眉をしかめそうになり、何とか堪える。急展開すぎてすっかり忘れていたが、ここには夕映達のクラスメイトであるさよがいるのだ。

 

電話越しに話を聞いていただけでも、不穏な気配を感じ取っていたのだろう。彼女は俯き加減で何かを言いたそうにしている。横島は反射的に言葉を掛けようとして、慌てて口を噤んだ。詳しい事情を説明する事はできないし、その暇もない事に気付いたからだ。口をパクパクと開閉したまま無言の横島にさよが遠慮しながら質問してきた。

 

 

「いったい朝倉さん達に何があったんですか?それに・・・人質って・・・」

 

 

「いや、それは、え~っと・・・すまん!さよちゃん!俺は行かなきゃならんのであとはそこの仏頂面に聞いてくれ!」

 

 

さりげなくさよへの対応をジークに丸投げした横島が猛スピードで部屋を飛び出していく。

 

 

「な、なんだと!?」

 

 

「あっ!横島さん!」

 

 

背後から聞こえてくるジークとさよの台詞を置き去りにして、横島は雨の中を全力で走った。部屋にいた時よりも強く感じられる雨が、あっという間に全身を濡らしていく。一瞬傘を取りに戻ろうかと迷ったが、これからの事を考えたらそんなものは邪魔でしかないと思い直した。目を細めながら先に進む。途中傘もささずに爆走している横島を何人かの通行人が訝しげに見つめてきたが、知った事ではないと走り抜ける。記憶している地図を参照して大通りを曲がり、道路脇の植木に足を取られそうになりながら横島は足を速めた。

 

・・・すると。

 

 

「あれ?」

 

 

反対方向からこちらに向かって歩いてくる見知った顔に出会った。黒のワイシャツに黒のスラックスといった全身黒ずくめの格好で、傘を持っている方とは逆の手にビニール袋をぶら下げている。いかにも買い物帰りといった様子で、ゆっくりと歩いていた。

 

年相応に幼い容貌のくせに、どこか彫りの深い日本人離れしたイケメン面が意外そうにこちらを見ていた。少し前に和美たちと食事をした店で出会った従業員の少年が、テクテクと近づいてくる。互いの距離が縮み、二人は顔を合わせた。

 

 

「やあ、奇遇だね」

 

 

少年が無駄にさわやかさを感じさせる声で挨拶してきた。湿気まみれの空気すら清浄に変えてしまいそうな透き通った声だ。もっとも横島にはそのいけ好かない顔と合わさり、不快なものでしかないのだが。

 

 

「おまえ、こんな所で何してんだ?」

 

 

「何って・・・見ての通り買い物帰りだよ。雇い主の人使いが荒くてね。雨の中を使い走りさせられている」

 

 

両手がふさがったまま器用に肩を竦めて少年は微笑を浮かべた。

 

 

「こっちの事よりお兄さんこそどうしたんだい?・・・なにか急いでいるみたいだけど」

 

 

雨宿りもせず全身ずぶ濡れになりながら走っていた横島に疑問を覚えたようだ。

もの問いたげな視線を感じる。

 

 

「いや俺は・・・っとそうだ!なぁお前、大学部が学園祭で使う予定のステージってどこにあるか知ってるか?できれば近道とか教えてくれるとありがたいんだが・・・」

 

 

返答に困って言葉を濁した横島がふと思いついて少年に尋ねた。一応だいたいの見当はついているが、初めて行く場所であるのには変わらない。霊力探知機の反応をたよりに進むにも、道を詳しく知っていた方が早く現場に到着できそうだ。真剣に頼み込んでくるこちらの態度に、多少困惑しながらそれでも何か事情があると察したのだろう。一切無駄な質問をせずに、少年は素直に道を教えてくれた。

 

 

「でも、あんな所に行っても何もないと思うよ・・・たしかまだ建設途中だった気がするし」

 

 

「ああ、まぁ、ちょっとな。道教えてくれてサンキュな」

 

 

てきとうに誤魔化しつつ礼を言った横島が返事を聞くこともなく急ぎ足で少年と別れた。水しぶきを飛ばしながら教えられた横道に入って、再び駆け出していく。

 

 

だから横島はその言葉を聞くことはなかった。

 

 

後ろからジッと自分の背中を見ていた少年の視線に気が付かなかった。

 

 

しばらくその場所に佇んでいた少年が口元を釣り上げ静かに微笑む。そして誰に向けるでもなくこう言った。

 

 

 

 

 

「さて・・・・・どっちが勝つかな?」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

膨大な熱に温められた生暖かい空気が、頬を撫でていた。同時に蒸発した雨粒が水蒸気となってモウモウと辺りを覆っている。鬱陶しげにそれを振り払い横島は安堵の息をついた。ギリギリだったが何とか間に合う事が出来た。実を言えば、今しがた到着したばかりだったのだ。冷や汗か雨だかも分からない液体を拭いながら、横島はすぐ後ろで倒れているネギに視線を向けた。

 

見るからにボロボロの姿だ。全身に裂傷を負い、着ている服は血にまみれている。出血量はかなりのもので、降り続く雨が赤い流れを作り大地に浸透していた。投げ出された手足はありえない方向へとひん曲がり、所々で関節が増えていた。左手の小指が第一関節から切断され、短くなっている。正直いつ呼吸が止まってもおかしくないほどの重症だ。虚ろに開かれた瞳はまったく焦点が合っておらず、うわ言を繰り返すように唇が僅かに痙攣している。横島は厳しい表情を浮かべたまま、ネギに近づいた。倒れている彼の元で膝をつき耳をそばだてる。先程の破壊音がもたらした耳鳴りからようやく解放されつつある。ネギが小さく囁いた。

 

 

 

 

「・・・・お・・・とう・・さん?」

 

 

 

 

「誰がお前のお父さんか」

 

 

 

 

即座に死にかけている少年の頭を殴りつける。

バブゥという何となく赤ん坊を連想させる声と共にネギが地面に激突する。

横島は容赦なく倒れている彼の胸元を掴みあげると、ぶんぶんと振り回し始めた。

 

 

「そりゃあれか!?俺が老けてるっつー遠まわしな嫌味か何かか!?嫁さんどころか恋人もおらんのに、お前みたいなでっかいガキをこさえてたまるか!!」

 

 

「え?え?え?ちょっ、よこ、横島さん!?や、止めてください!死んじゃいますよ!!」

 

 

「独りもんで悪かったな!こんちくしょーーー!!」

 

 

「そ、そんな事ひとっ言も言ってないじゃないですかぁぁぁ!!」

 

 

見苦しい・・・しかしあまりに切実な僻みの声と、宙吊りにされ苦しげに呻いている声とが混ざり合う。互いに違った意味の涙を目の端に浮かべながら、二人はギャンギャンと喚き散らしていた。

 

 

・・・すると。

 

 

「おっ、おいそこの兄ちゃん!あんた何やねん!!いきなり現われよって。ネギは大怪我しとるんやぞ!!怪我人相手に・・・」

 

 

突然の出来事に呆けていた小太郎が、ふと我に返り横島に詰め寄ってくる。

強引にネギを横島から奪い取り、背後に庇いながら鋭い目付きで威嚇してきた。

 

 

「怪我人?そんなもん何処にいるんだ?」

 

 

すっとぼけた返事をしながら横島が首を傾ける。

 

 

「何処って・・・ふざけんな!!ネギは!!・・・・・あれ?」

 

 

あまりに非常識な返答に、こめかみで青筋を浮かべていた小太郎だったが、何かに気付いた様子で背後を振り返った。そこには首を押さえながらゲホゲホと咳き込んでいるネギの姿があった。確かに苦しそうにはしている。しかしさっきまで身動き一つできないほどの重傷を負った人間が、苦しそうに咳き込めるわけがない。ぽかんと口を開けながら、小太郎が目を丸くする。そしてポツリと力ない声でネギに質問した。

 

 

「ネ・・・ネギ・・・お前、体は大丈夫なんか?」

 

 

「ゲホゲホ・・・え?体って・・・あれ、そういえば、僕何で・・・あっ!!横島さん・・・」

 

 

振り回されて目が回ったのか頭痛を堪える様子で額を押さえて蹲っていたネギが、小太郎の言葉を聞いて慌てて自分の体を確認する。そして横島に視線を向けた。彼は照れた様子で鼻の頭を掻いていた。

 

 

「まぁ、あのまま死なれたらさすがに寝覚めが悪いしな。それよりそっちのガキは誰だ?頭に獣耳のアクセサリーなんか付けてるけど。そういうのは本人はいいかもしれんが周りは結構ドン引いてるぞ」

 

 

「なっ、何やアクセサリーって!これは自前や!!」

 

 

「あん?ってことはお前、妖怪か何かか?おっさんになってもそれ付けてるとしたら、ちょっとあれやなー」

 

 

「ひ、人が密かに気にしとることを!!」

 

 

サックリと心の傷を抉った言葉に小太郎が涙目になった。横島はそれを適当な仕草であしらいながら深く息をついた。

 

 

・・・そして。

 

 

「で、あんたが俺を呼び出したんか?」

 

 

「随分とタイミングのいいご登場だな・・・横島忠夫」

 

 

皮肉を交えつつ名前を呼ばれる。大柄な体格に見合った長い腕を組んで、偉そうにこちらを睥睨していた。見るからに”らしい”姿をした悪魔だった。節くれだった長い角に、背中からは蝙蝠の羽。そして尻から長い尻尾が生えている。ただこちらに顔を向けて立っているだけなのに、威圧されているような圧迫感がある。もし街中で出会ったら、顔を伏せつつ無言で来た道を引き返すだろう。そんな恐ろしい姿をしていた。まぁ、間違いなく街中で会うような事にはならないだろうが。そんな事を考えつつ、横島は強い視線で悪魔を見返した。

 

・・・すると。

 

 

「・・・・・横島さん。あいつは」

 

 

背後にいるネギが声を掛けてきた。どこか震えて聞こえるその声は、しかし怯えからきているものではない。背中越しにチラリと視線を向けると、案の定今にも襲い掛かっていきそうな剣呑な表情を浮かべていた。小さく拳を握りしめ、足の爪先に力をためている。半身になって重心を安定させた何かの拳法のような構えは、いつか見た時の事を思い出させた。

 

 

「ちょっとは落ち着けよ・・・・・事情が事情だし、無理かもしれんが」

 

 

「え?・・・事情って・・・知って・・・?」

 

 

「夕映ちゃんがな、機転を利かせてくれたみたいだ。携帯、かけ直してくれてさ」

 

 

横島はポケット越しにギュッと携帯電話を握りしめた。ここに来る途中で気付いた。こちらに状況を理解させるつもりだったのだろう。和美の携帯から再び着信があったのだ。通話状態のまま放置されていたのか、雑音交じりで夕映達の会話が聞こえていた。

 

だから、横島はある程度の事情を知っていた。のどかの事も。夕映の事もだ。チラリと視線をステージにいる女の子たちに向ける。彼女たち一人一人の顔を目に焼き付ける。

一度目を伏せ俯いてから、横島は悪魔に向き直った。相手に負けないように胸を逸らせながら、体を大きく見せようとする。貧弱なぼーやに過ぎない横島がやっても、子供が見栄を張っているようにしか見えなかったが。

 

 

「で、何の用だ?こんな雨の中呼び出すっつーことは、よっぽど大事な用件なんだろうな?」

 

 

「ああ、そうだ。お前ににどうしても聞きたい事があってね・・・」

 

 

「聞きたいこと?なんだそりゃ」

 

 

腕を解いた悪魔が低い声で尋ねてくる。

 

 

「お前の他に何人来てる?」

 

 

「・・・・・へ?」

 

 

「だから、こっちにはどれだけ正規軍が来てる?部隊の規模は?装備は?」

 

 

「え?部隊・・・って言われても・・・」

 

 

こちらがとぼけているように見えたのか、チンピラが脅しをかけるような仕草で睨み付けてくる。

 

 

「隠し事ができるような立場だと思うなよ?人質の事を忘れているんじゃねーだろうな」

 

 

「い、いや、ちょっと待ってくれ!マジで何言ってんだ?なにがなんだか」

 

 

「のどかの能力で分かったのは、お前が京都で俺の仲間を倒すのに協力したって事くらいだ。だが、人間風情が上級魔族を殺せるわけがねぇ。仮にできたとしても相応の装備がなきゃ無理ってもんだ。そいつを貸し与えた奴らがいるか、もしくはお前を囮にして別働隊が動いているのか・・・」

 

 

ブツブツと考えながらしゃべっている様子の悪魔を横島はポカーンとした表情で眺めていた。初めは何を言っているのか理解できなかったが、それでも段々と分かってきた。

 

要するにこいつはとんでもない勘違いをしているのだ。

 

自分たちを追ってこっちの世界に魔界の正規軍が来ていると本気で思っているのだった。確かに奴の視点で考えれば、ただの人間が単独で上級魔族を倒したなどと、そう簡単には信じられないのかもしれないが、だからといってこれは深読みしすぎだ。もし魔界の軍隊が来ているのなら、そもそも横島がこっちの世界に来る必要はなかっただろう。アホを見る目で悪魔に半眼を向ける。そのまま勘違いを正そうと口を開きかけた時、ふと思いついた。

 

 

(まてよ・・・この勘違い・・・利用できねーかな)

 

 

追っ手の数を勝手に多く見積もってくれているのなら、それを逆手に脅しを掛けられないだろうか?ポーカーで例えるならブラフで相手をビビらせて、勝負を下ろさせるような事が出来ないか?咄嗟にそんな事を思いついた横島が前髪をかき上げながら格好をつける。

 

 

「フッ、そこまでばれてちゃー仕方ねーな。確かにお前の言う通り、そらもーすごい仲間が俺にはついてる」

 

 

「くっ、やはりか」

 

 

「もーあれだ。かなりすごいぞ。ゴ○ラとかキ○グギ○ラとかそういう怪獣にも勝てるくらいすごい感じだ。百・・・いや、二百人はいるね!すげー強いのがそんくらいいる。だからおとなしく・・・」

 

 

「だったらせめてお前を道連れに・・・」

 

 

「スンマセン嘘っす。僕とあと使えないヤローが一人いるだけっす」

 

 

熱い掌返しで下手に出る。

ぺこぺこと頭を下げながら、笑顔でごまをするようにもみ手を作った。

 

 

「嘘?どういう事だ。軍は・・・」

 

 

「だからこっちに来てるのは俺を含めて二人だけっす。たまに助っ人が向こうから来ることもあるけど大体は二人っす」

 

 

「そんな馬鹿な話があるか!!だったら俺の仲間は・・・」

 

 

「そんな事言われても本当の事っすよ。一応連れは軍人っすけど、こっちじゃ霊力不足でほとんど役に立たないし・・・」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?」

 

 

「マジっす」

 

 

瞳に真剣な光を宿らせて、横島は悪魔を見つめた。向こうも呆然とした様子でこっちを見返してくる。互いの間を寒々しい空気が流れる。

 

 

「ちっ、このベルゼブル様も舐められたもんだな・・・・・本当に本当だろうな?」

 

 

「本当っすよ!いくら俺でも人質取られてんのに嘘なんて、だあああぁぁぁ!!!」

 

 

会話の途中で奇声を発した横島が耳を押さえて蹲る。その場にいた全員が突然の事にビクリと体をのけ反らせた。横島が硬いもので頭部を強打されたようにクラクラ揺れている。しかめ面で苦痛を堪えるようにジッとしていた。やがて何とか立ち直ると、目尻を釣り上げながら何かに向かってブツブツ文句を言い始めた。ベルゼブルが胡乱なものを見る目付きで訝しんでいる。その気配に気が付いた横島がハッとして誤魔化し笑いを浮かべ、後頭部を押さえながらお辞儀した。

 

 

「いや~すんません。たまに持病が悪化するんすよ・・・それで、ちょっと俺も聞いていいすっかね?」

 

 

媚びへつらう仕草で言い訳していた横島が遠慮がちに質問する。

 

 

「あんた、月旅行したことあるっすか?」

 

 

素っ頓狂な事を言い出した。

 

 

「何?」

 

 

「月っすよ月。地球のでっかいお隣さんっす。行った事ないですか?」

 

 

「・・・あるわけねーだろ。何でそんな空気もないようなとこに行かなきゃなんねーんだ」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・そっすよね」

 

 

真面目な表情を浮かべた横島が何事かを考えている様子で押し黙る。空中の一点をじっと見つめて動かなくなった。そんな彼の様子に疑問符を浮かべていたベルゼブルだったが、やがて馬鹿らしくなったのか溜息をこぼすと面倒そうに言った。

 

 

「一応のどかに心を読ませるか。まぁ、本当だとしたらこいつを殺せば当面の間は安心ってわけだし好き放題できる」

 

 

「いや~、そいつは無理だと思うっすよ」

 

 

眉間に皺を寄せながら考え事に没頭していた横島が、耳聡く悪魔の独り言を聞いていたようでへらへらと笑いながら口を挟んだ。

 

 

「何だと?」

 

 

「なんつーか。前から思ってたんだが上級魔族ってのは人間相手だと油断しなきゃならんっちゅーお約束でもあんのか?」

 

 

「・・・・・何を言ってやがる」

 

 

「お前のことを言ってんだよ間抜け。時間稼ぎはもういいってさ」

 

 

横島がそんな台詞を鼻で笑いながら言った瞬間。突然周囲一帯にジャングルが現われた。先を見通すにも苦労するほど生い茂った原生林が視界一杯に乱立する。先程まで立っていた観客席が青々とした植物群に変化し、ステージが存在していた場所には30m以上の樹木が無数に立ち並んだ。つる植物が木々の間で複雑に絡み合い、緑の壁を作っている。顔を上げても天辺が見えないほどの大木が、足元まで根っこを伸ばしていた。ホーホーという鳥の鳴き声がどこからか聞こえ始め、昆虫の合唱がそれに追随する。ムワッとした熱気を伴った空気が辺りに漂い、汗腺を刺激した。鼻孔に植物の青臭さと土壌の匂いが充満し、思わずむせ返りそうになる。まるで瞬きの間に日本から熱帯地方へテレポートでもしてしまったかのようだった。

 

 

「な、な、な」

 

 

口をあんぐりと開いたベルゼブルが呆然としながら吐息を漏らす。いや彼だけではなかった。横島がネギ達に視線を向けると二人そろって同じような表情で唖然としていた。思わずクスリと笑みがこぼれる。何となく懐かしさを覚えてしまう。まぁ、こんな目に合えば大抵の人間は驚いて自失してしまうだろう。あの美神だってそうだったのだから。そんな風に昔を思い出していたその時、懐かしいクラスメイト達の声が丁度人質が拘束されている辺りから聞こえてきた。

 

 

「はい、ピート君これ呪縛ロープ」

 

 

文珠の力で姿を隠していた愛子が抱えていた呪縛ロープを隣にいるピートに渡す。

 

 

「ありがとう、愛子さん。タイガー!!」

 

 

「ガッテン!!」

 

 

同じように誰もいないはずの場所から突然姿を現したピートとタイガーが呪縛ロープを片手に夕映とすらむぃに突進していく。あっという間に二人をロープで雁字搦めに拘束した。

 

 

「なっ、なんだおまえら、どこから!!」

 

 

夕映に憑りついていたベルゼブルのクローン体が苦しげな声を上げて表に出てくる。

 

 

「あ、出てきた」

 

 

まるで、タンスの裏から大して気にも留めていなかった失せ物を見つけた時のようなトーンで愛子が呟いた。

 

 

「ダンピール・フラッシュ!!」

 

 

有無も言わせずピートが全力で必殺技を放つ。

 

 

「ぎゃああああああああああああ!!!」

 

 

「案外間抜けねぇ」

 

 

絶叫と共に醜い姿を消失させていく悪魔の最後に、愛子が感想を口にした。

 

 

「タイガーそっちの女の子は?」

 

 

注意深く消滅を確認していたピートが隣にいるタイガーに視線を向ける。

 

 

「こっちの娘からは出てこんのー。縛ったらこの通りですけん」

 

 

気絶したすらむぃの小さな体を、その巨体の上で抱え上げたタイガーがピートに言った。

 

 

「予想より深く潜られているのかもしれない。あとで悪魔祓いをする必要があるな」

 

 

顎に手を当ててピートが思わしげに呟いた。

 

 

・・・そして。

 

 

「な、なんだ綾瀬夕映に憑りついていた俺のクローンが!?」

 

 

自分の分身が滅ぼされたのが分かったのだろう。ベルゼブルがさっきまでステージがあった方角(今は密林でしかないが)を振り返った。焦った様子で木々の間に目を凝らしている。そんな隙だらけな背中に、横島は笑顔で近づきながら朗らかに声を掛けた。

 

 

「へいパース」

 

 

「え?」

 

 

”閃”

 

 

閃光の力を秘めた文珠が無防備な悪魔の眼前でその力を解放する。

次の瞬間。直視すればそれだけで失明してしまうような猛烈な光が放たれた。

太陽の光もほとんどささない密林に鮮烈な輝きが生み出される。

 

 

「ぎゃああああぁぁ!!め、目があああああああぁぁぁ!!」

 

 

両目を押さえながらベルゼブルが絶叫をあげた。苦しげに全身を振り回し、ゴロゴロと大地に転げまわる。意地悪そうにそれを眺めていた横島だったが、やがて満足したのか人質を助けている最中のピートたちの方へと歩いて行った。

 

 

「おーいお前ら、俺も何か手伝う・・・って、あああああああああ!!タイガーてめー、なに千鶴ちゃんを抱っこしてやがる!!その巨乳は俺んじゃー!!」

 

 

「ふっふっふ。早い者勝ちですけんのー」

 

 

「う~ん、でも絵面がかなり犯罪チックよ。タイガー君」

 

 

気絶している那波千鶴(巨乳)をお姫様抱っこしたタイガーに向けて、目を血走らせた横島が叫び声をあげた。その隣では愛子が何か見てはいけないものを見てしまったように顔を引きつらせている。そんな面々に一人だけ黙々と救出作業をしていたピートが呆れた様子で声を掛けてきた。

 

 

「み、みなさん。もうちょっと緊張感持ちましょうよ」

 

 

「そんな事言いつつ下着姿の明日菜ちゃんに何をやっとるかー!!天誅ぅぅぅ!!」

 

 

「ぐわぁぁぁ!ご、誤解です横島さん。ぼ、僕はそんなつもりは・・・」

 

 

「でもちょっとは役得だと思ったろ?」

 

 

「それは、まぁ・・・ハッ!?」

 

 

「正体を現しやがったなこのムッツリがあああああ!!!」

 

 

「だあああああぁぁぁ!!!」

 

 

僅かに本性を垣間見せたピートに横島が全力で突っ込みを放つ。二人がそんな漫才をやっている間にタイガーは気絶した少女たちを次々と愛子の前に連れてきていた。

 

 

「それじゃー、お願いするけん。愛子さん」

 

 

「おっけ~。うふ、うふふ。中学生の学校見学なんて、なんだかとっても青春っぽいわ!!任せといて!!」

 

 

「愛子さんは時々はっちゃけるのー」

 

 

にやけた顔で喜びを抑えきれない様子の愛子とそれに若干引いているタイガーだったが、そんな二人の背後から困惑した様子で誰かが話し掛けてきた。

 

 

「あ、あの。皆さんは横島さんのお知り合いですか?」

 

 

いつの間に来ていたのか、どことなく不安そうに見える気弱な態度でネギが尋ねてくる。その後ろには警戒心を隠そうともしない小太郎が控えていた。初対面の少年達に話しかけられた愛子が瞳をパチクリとさせる。

 

 

「あら、あなた達は中学生じゃない・・・わよね。う~ん。まぁいいわ見学者の付き添いってことにすれば設定上は問題ないし」

 

 

「何の設定かのー」

 

 

きっぱりとネギの質問を無視しつつ脳内で勝手に青春ストーリーを作りあげた愛子が一人で納得して頷く。ネギはわずかに頬を引きつらせて、それでもなんとか口を開いた。

 

 

「えーと、すみません。何を言って・・・」

 

 

「ああ、ごめんなさい。私たちは横島君の友達よ。助っ人を頼まれてここに来たの。

これから安全な場所まであなた達を運ぶから、ジッとしててね。」

 

 

魅力的な笑顔と共にウインクした愛子が長い髪をかき上げて言った。

 

 

「・・・安全な場所?」

 

 

ネギが困惑した様子で僅かに首を傾けた瞬間。目の前の少女が座っている、なぜこんな所にあるのか分からない古臭い学校机から、オドロオドロしいグロテスクな化け物が現われた。

 

 

「え?」

 

 

「へ?」

 

 

ネギと小太郎があまりの事に脳内のブレーカーを落としている間に、化け物は一息で彼らを飲み込んだ。ゲフッという些か下品な音を立てて、げっぷをすると、机の引き出しに戻っていく。

 

 

「相変わらず、ショッキング映像じゃのー」

 

 

それを見ていたタイガーが視線を逸らせながらポツリと呟いた。

 

 

「ほらーそこの二人、いつまでもじゃれあってないでこっちに来なさいよ」

 

 

愛子が手招きしながら横島とピートを呼んだ。

 

 

「ひ、久しぶりに会ったのにこれですか」

 

 

「ふんっ。イケメンだからって何しても許されると思っとったらあかんぞ」

 

 

明らかに先程よりもズタボロになっているピートと、腕を組んで鼻息を荒くしている横島が、素直に愛子の元へとやってきた。

 

 

「久しぶりね、横島君。元気だった?」

 

 

「おかげさんでな。そっちはどーだ?”俺”はちゃんとやっとるのか?」

 

 

「あー、ドッペル君の事?評判いいわよー。礼儀正しいし、勉強もできるし、先生や生徒たちの受けもいいし。あんまり帰ってくるのが遅いと居場所がなくなっちゃうかもね」

 

 

「ま、まじか!?くぅぅ絵の具の分際でうまいことやりやがってぇぇぇ!!」

 

 

ぐぬぬと下顎に力を入れつつ唇を噛みしめて悔しがる横島の頭を、愛子が優しく撫でながら慰めていた。鬱陶しそうにその手を払った横島が、溜息を一つこぼして何とか気を取り直す。まぁ今回の事件が片付けば、晴れて自由の身になる。元の生活に戻るのもそう遠い未来ではないはずだ。

 

 

「しかし、いきなり連絡入れたのによく来れたなお前ら」

 

 

「まぁ、ちょうど三人とも学校にいましたし。教室にいきなり変な扉を持ってこられた時は驚きましたけど」

 

 

ピートが苦笑交じりの声で言った。どうも話を聞くと一旦向こうの世界に戻ったジークが、例の扉を持って学校に乱入したらしい。美神と連絡が取れずに困っていた所、ふと横島の学校を思い出し、ピートたちに協力を要請したという事だった。直前までピートたちが来ることを知らされていなかった横島は、ほとんど打ち合わせをする事も出来ずに、ぶっつけ本番で夕映達の救出作戦を決行する事になった。横島が時間を稼いでいる間に、用意しておいた文珠でピート達が姿を隠しつつ夕映達へ近づく。耳の穴に入れた超小型の通信鬼を使ってリアルタイムで連絡を取り合いながら、計画は進められた。

 

 

「ちゃんと報酬も出るみたいだし、何買おうかしら」

 

 

語尾に音符でも付きそうな声音で愛子が言う。

 

 

「ああ、これで先生が生きて夏を越えられるかもしれない!」

 

 

神よ感謝しますと、胸の前で十字を切ったピートがどこか遠くを眺めながら涙を流した。

 

 

「相変わらずギリギリで生きてんのか、あの人は・・・」

 

 

腕はいいのにそれ以上に人柄が良いせいで清貧を地でいっている神父の姿を思い出し、横島はこめかみから汗を滴らせた。

 

 

・・・そして。

 

 

心の準備をするように唾を飲み込んで表情を引き締めた横島が、愛子の傍らにいる少女たちに視線を落とした。見知った顔は、見る影もなく憔悴している。普段の彼女たちの姿を知っているだけにショックは大きかった。電話から聞こえてきた会話は断片的なものでしかなかなかったので、詳しい事情を知っているわけではなかったが、ついさっきまでここが地獄のようであったのは彼女たちの姿を見れば容易に想像できた。ギュッと拳を握りしめる。とにかくこのままにしておくわけにはいかないので、横島は声を掛ける事にした。

 

ほとんどが意識を失っているので、会話ができそうなのは二人だけだ。どこか遠くを見ながらただ座り込んでいるのどかと、刹那の体に縋り付き涙を流している木乃香。どちらも、横島の方を見ようともしていない。心が凍りついてただ一つの事しかできなくなっているのだ。痛ましげなその姿に唇を噛んで、横島は比較的安定しているように見える木乃香に話し掛けた。

 

 

「・・・木乃香ちゃん」

 

 

緊張して上ずった声が喉からこぼれる。聞こえなかったのか、それとも意図的なものなのか、一度目の呼びかけは無視された。内心でくじけそうにもなったが、それでももう一度声を掛ける。そっと肩に触れながら、木乃香の名前を呼ぼうとした時。彼女はビクリと体を震わせ涙に濡れた瞳を横島に向けた。泣きすぎて目の端が赤くなっている。眼球自体も白目部分が充血していて、頬を伝っている涙の跡がいたたまれなかった。彼女が怯えた視線を向けてくる。ワナワナと唇が震え両腕で自分自身を抱きかかえていた。

 

 

「・・・・・よ、よご・・じま・・・ざん」

 

 

グスグスと幼子のように泣きじゃくっている。

目と目が合った瞬間。彼女は横島の胸に飛び込み号泣した。

 

 

「よ・・よごしまざん・・ぜ・・ぜっちゃ・・が・・ぜっ・・・ぢゃん・・がぁぁぁ」

 

 

「こ、木乃香ちゃん」

 

 

彼女の声を聴くたび胸の奥が締め付けられた。何度も刹那の名前を呼び、横島の胸に顔を押し付ける。ワイシャツのボタンが千切れそうになる位強く握りしめ、感情を爆発させていた。横島はそんな彼女を抱きしめ返し、優しく髪を撫でながら何とか落ち着けようとした。

 

 

「木乃香ちゃん。時間がないから詳しく説明できないけど刹那ちゃんは大丈夫だ。いや刹那ちゃんだけじゃない。和美ちゃんも古菲ちゃんもみんな死んでないんだ」

 

 

精神様態が不安定になっている彼女にも分かりやすいように力強く言い切る。

その声を聞いて木乃香が俯いていた顔を上げる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 

「俺も昔バットで殴られて宇宙まで行かされた事があるんだけどな。本当に死ぬかと思ったけど何とか無事に帰ってこれたよ。だから刹那ちゃん達も大丈夫だ。ちゃんとナビゲーターもついてるしな」

 

 

言われた当人にはまったく理解できないだろうことを自信満々に断言し、安心させるようにニカッっと微笑みながら(歯磨き粉のCMのイメージ)、横島は何度も大丈夫大丈夫と木乃香の頭の上で呟いた。

 

 

「愛子。木乃香ちゃん達を案内してやってくれ。おまえの”学校”に」

 

 

「任せて!しっかり案内役を務めさせてもらうわ!!」

 

 

「・・・・・・え?・・・・・えぇ?」

 

 

両腕でガッツポーズをした愛子が戸惑いながら視線を彷徨わせていた木乃香・・・いや、その場にいるGSチームを除いた全員を強制的に連行していく。驚きで目を見開いた木乃香を押し流すように浚いながら、”学校案内”は開始された。

 

 

「よし。それじゃ、後は任せたぞ。これ使って部屋に戻っててくれ」

 

 

タイガー曰くショッキングな光景に何となく懐かしさを感じていた横島がピート達に向き直り、あらかじめ用意しておいた”帰”の文珠を手渡した。素直に受け取った愛子とタイガーが、文珠を使用し一瞬にしてその場から消え失せる。だがピートだけは何事かを思いつめる様子でその場にとどまっていた。目を伏せて俯き、躊躇っている様子だ。それでも意を決したのか横島に話し掛けてきた。

 

 

「横島さん・・・本当に一人で大丈夫ですか?やはり僕も・・・」

 

 

気遣わしげなその言葉を最後まで言い切る前に、ピートはビクリと体を上下させ後退りしていた。

 

横島の顔を見てしまったからだ。

 

彼には・・・驚くほど表情がなかった。

 

あの感情豊かな横島が、機械的な無表情でピートを見ていた。鉄面皮という言葉がこれほどあてはまる事もあるまい。ピクリとも動かず、瞬きすらほとんどしないで、ただ視線を向けていた。

 

ピートの背筋にゾッと悪寒が走った。

 

何かが・・・決定的な何かが変化している。霊感が危機的状況を迎えている時のようにビリビリ反応している。種族的な本能が警戒心を剥き出しにしていた。まるで、恐ろしい敵と遭遇してしまったかのように。肌が粟立ち、体が硬直する。異様な緊張感に押しつぶされそうになる。ピートはごくりと喉を動かし、何とか声を絞り出した。

 

 

「よ・・・横島さん?」

 

 

上ずった声は、小さく聞き取りずらい。それでも聞き逃していたという事はなかったようだ。横島が背中を向けながら、ポツリと言った。

 

 

「・・・行けよ」

 

 

声のトーンすら平坦で特徴がない。抑揚がなくただ音を発しているようにしか聞こえない。汗ばんだ掌で文珠を握りしめ、ピートは無言で頷いた。言われた通りに横島の部屋へ帰還しようとした時。

 

その背中に声がかかった。

 

 

「ピート。さよちゃんに伝えておいてくれ。初めて友達と会うからって緊張する事ねーぞってさ」

 

 

その言葉だけは彼らしい優しさがあった。

 

 

「・・・はい」

 

 

ピートが柔らかく微笑んで横島に返事を返すと、今度こそ文珠を使用してその場から消え去った。

 

 

横島だけが残される。

 

 

鬱蒼としたジャングルは姿を消し、元の光景を取り戻している。天井が完全に倒壊したステージ。半壊している観客席。鉄骨の残骸や、熱によって溶解した資材がブラブラと垂れさがっている。横島は顔を彼へと向けた。視線の先で悪魔が嗤う。足止めを狙った小細工からはもう立ち直っているようだ。

 

 

悪魔・・・ベルゼブルが言った。

 

 

「やってくれたな」

 

 

苦笑交じりに呟かれた言葉は、あまり悔しそうには聞こえなかった。

実際本体が憑代を得た以上、夕映達はおまけ程度の意味でしかないのだろう。

大げさに肩をすくめて話を続ける。

 

 

「あの助っ人ども、どうやって現れた?直前まで気配ひとつなかったぞ?」

 

 

それだけが不思議だというように首を傾げている。

横島は表情を無くしたまま、唇を動かした。

 

 

「・・・・・それをあんたに教えて俺になんか得でもあんのか?」

 

 

「なんだよケチくせぇ。・・・だがまぁ、どうせなら隙をついて奇襲でもすりゃよかったんじゃないか?全員でかかれば勝てたかもしれないぜ?人質の救出を優先したのか?だったら人間らしい甘ちゃんな考え方だな」

 

 

「まぁ・・・・・それが一番の理由だな」

 

 

「・・・一番?他に理由があんのか?」

 

 

悪魔の言葉を聞きながら横島はポケットから文珠を取り出した。

普段使っている物より一回り大きい。中央で曲線を描いた太極型の特殊な文珠。

掌で転がしながら面倒くさそうに言い放った。

 

 

「そっちは別に大した理由じゃねーよ・・・」

 

 

背筋を伸ばし、爪先を悪魔に向ける。

 

 

「ただ・・・俺が・・・・・」

 

 

身構える事もない。ただ視線だけを標的に固定する。

 

 

「ただ俺が、お前を真正面からぶん殴ってやりたいと思っただけだ・・・」

 

 

血管が浮き出るほど強く握りしめた文珠を携えて横島は宣戦布告した。

 

 

悪魔が嗤う。おかしな奴だと嘲笑う。

 

 

いつの間にか雨が上がっている。

 

 

雲の切れ間から優しい月が顔を覗かせる。

 

 

始まりを告げる鐘はない。

 

 

横島に・・・。

 

 

 

 

 

 

 

三度の死が襲い掛かった。

 

 

 

 

 




今回の助っ人。予想できた人いますかね
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