ある人の墓標   作:素魔砲.

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34 真実(後編)

 

 

 

 

 

横島忠夫にとってこの世で最も大事なものは自分の命だ。

 

厄介ごとを煮詰めたような除霊仕事の後、熱い風呂に入って鼻歌を歌う事や和服の似合う清純派美少女が手ずから作ってくれるうまい料理を食べる事。辛抱たまらんほどの肉体美を誇る絶世の美女(上司)の着替えを覗くことができるのも命あっての物種だと思っている。

 

だから余程の事がない限り命なんぞ張りたくないし、逃げられる状況ならとっとと逃げるに限る。主役は別の誰かに任せて後方でギャグ要員になっている方が性に合っているし、その方が楽だ。心からそう思っている。

 

けれどそれができない場合もある。

自分が主役にならざるを得ず、覚悟を迫られる時が。

 

 

選択の時だ。

 

 

血の涙を流し苦悶で心が引き裂かれても何かを選ばなければならない時、横島は一つの決断を下した。

 

今でもそれが正しかったと胸を張って言える自信はない。ずっと心の奥で何かがくすぶっている。言葉にすればひどく単純なその感情を引きずったまま生きている。

 

別の形で、別のやり方で、なくしたものを取り戻すことができると今では理解している。前を向かなければならないことも。でも、それでも、どうしても考えてしまう時があるのだ。

 

 

 

 

 

もしあの時、違う選択をしていたら・・・いったいどうなっていたのだろう。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

嵐のようだと思った。連続して語られた真実そのものより自分の心の中が。

 

 

「お、お、お、おま、おま、おま」

 

 

「少し落ち着いたらどうかな?」

 

 

うまく口が回らない程、横島の心は千々に乱れていた。思考がクルクルと空回りし続ける。壊れた蓄音機のようにただ同じ音を延々と繰り返すしかなかった。だってどうすればいいというのだろうか。こんなことを知らされて。落ち着けと言われても落ち着けるわけがない。動揺は収まらず、このまま過呼吸でも起こしてしまいそうなほどだ。

 

 

(く、くそ。どうなってんだこりゃ。なんだっちゅーんだこんちくしょう。め、目の前にいるガキの正体が、あ、アシュタロスで?そんでもって、そんでもって、えーとえ-と、自殺するために世界を滅ぼそうとしてる?そ、そりゃいったいどこのゲームの話だ!?)

 

 

魔王によって世界が崩壊の危機に立たされる。いかにも古典的なロールプレイングゲームに出てきそうな設定だ。現実に持ち込んできたらダメなやつだ。

 

 

(お、落ち着け俺!落ち着かんでも無理やり落ち着け!と、とにかくもう一回確認しよう)

 

 

実は全部冗談でした・・・などという落ちにはならないだろうが。ゴクリと意識して唾を飲み込んでから横島は少年に尋ねた。

 

 

「も、もう一回確認させてくれ。お前本当に・・・ア、アシュタロスなのか?」

 

 

「そうだ」

 

 

少年が即答する。横島は眩暈に襲われた。

 

 

「い、いやしかし全然似てねぇじゃねぇか!あってるのは性別くらいで顔も年齢だってかけ離れてるし!」

 

 

「つまらない事を気にするんだな。それならこの姿ならいいのか?」

 

 

そう言って少年は再び己の姿を変化させた。細身の身体がグングンと伸びていき筋骨隆々の逞しい肉体へと変貌する。腰まで届く長い髪。その間から大きな角が二本、天を突くように飛び出している。猛禽を連想させる鋭い目つきと端正な顔立ちに刻まれた隈取のようなタトゥーが印象的だった。宗教画に描かれそうな神秘性と見る者に畏怖を抱かせる荘厳さが風貌の中に同居している。その姿を一度見れば忘れる事は難しい。それだけこの魔神は特異な存在だった。横島は心臓が飛び出るほどに驚いた。息が詰まる。目の前に立っているのは記憶の中にいるアシュタロスそのものだった。

 

 

「アシュ、アシュ、アシュ、アシュ」

 

 

「だから落ち着き給えよ。私にとって姿形などいくらでも変えられるものに過ぎない。この姿も大した意味はないんだ。だがまぁ君と話をするならこれが適切かもしれないな」

 

 

そう言って少年・・・いやアシュタロスは笑った。緊張するこちらを気にも留めず言葉を続ける。

 

 

「もっとも私と君の知っているアシュタロスは違う存在とも言えるがね」

 

 

口調が少し変わっていた。一人称も僕ではなく私になっている。

 

 

「ど、どゆこと?」

 

 

「そうだな。私ともう一人の関係をわかりやすく説明するなら・・・映画のようなものだ」

 

 

「映画?」

 

 

「そう。言うなれば私は観客で、君たちの世界を舞台とした映画を見ていたようなものだ。主演はアシュタロス。敵役は君たちだな。私は向こうの世界のアシュタロスの記憶を持ってはいるが、実際の経験をもとにした実感はない。彼が何を思い、戦い、そして敗れたのか。私には想像するしかない。まぁ、多少の感情移入はしているが・・・」

 

 

そう言ってアシュタロスは横島に意味ありげな視線を送ってきた。ゾクリと背筋にもう何度目かもわからない悪寒が走る。

 

 

「とは言っても所詮はそんなものさ。コスモプロセッサ計画を潰した君たちに思うところがないではないが、今すぐ君をどうこうしようなどとは考えていないから安心するといい」

 

 

「ほ、本当か?」

 

 

「殺すつもりならとっくにそうしている」

 

 

疑いの眼差しを向ける横島にアシュタロスは簡潔に答えた。その言葉を信じられるかどうかは正直微妙なところだ。普通に考えれば悪魔の言葉など信用できたものではないが、拘束されているとはいえ今のところ危害を加えられたわけでもない。この状況がいつまで続くかわからないが、すぐには殺されることはないかもしれない。冷や汗が頬を伝う。崩れる寸前のジェンガを前にしたような心地で横島はアシュタロスに質問した。

 

 

「もう一つ聞かせてくれ。さっき世界の崩壊がどうとか言ってたよな。あれってマジなのか?」

 

 

「この状況で私が嘘を付く必要があると思うか?神々がもう一人の私を滅ぼさずにいる事は、私がこうしてここに存在している時点で証明されている。私たちが神々の謀から解放されるためには死を迎えるしかない」

 

 

「だ、だからってそれがなんで世界を滅ぼすなんて話になるんだよ!?死にたいなら勝手に死ねばいいじゃねぇか!!」

 

 

「それができるなら最初からそうしている。自分の霊力で自分を完全に消滅させることはできないんだよ。そして私はこの世界で私の存在を滅ぼせるほどの霊力を持つものを創りだせなかった。残る方法はただ一つ。世界ごと自分を消滅させることだけだ」

 

 

「んな話・・・納得できるかよ!自分が死ぬために世界を巻き添えにするなんて、あの美神さんだって言いそうにねぇぞ!!」

 

 

「あの女は自分が死んだ後に世界がどうなろうと知ったこっちゃないとか平気で言いそうだが」

 

 

「へ?あ・・・うん。いやそれはその、どうやろな・・・」

 

 

思わず納得しそうになって横島は慌ててそんな考えを振り払った。

 

 

「そ、そんなこと言われたって俺は騙されんぞ!!美神さんみたいな人は例外や例外!!」

 

 

「君が持ち出してきた話だろう」

 

 

呆れたようにアシュタロスがため息を付く。ぐうの音も出なくなって横島は露骨に視線を逸らした。

 

 

「どのみち何を言われたところで考えを変えるつもりはない。この世界は間違いなく滅びる。それもそう遠くないうちにな。まぁそれはそれとして・・・。ごほん。という訳で今御説明した通りですよ。納得していただけましたか?」

 

 

アシュタロスが最後の部分だけ口調を変えて丁寧に声を掛けた。明らかにこちらに対しての呼びかけではない。視線もこちらを見ているようで微妙に焦点が合っていなかった。横島がその事に疑問を覚えたその瞬間、上着のポケットに入れておいた携帯電話が突然虹の如く七色に輝きだした。暗闇にいたせいで光がビカビカと目に突き刺さってくる。瞼を閉じても光量のせいでジワリと涙が浮かんできた。拘束されているこの身が恨めしい。手で顔を覆う事ができないため横島は光が収まるまで懸命に耐えていた。するとどれくらいたったのか次第に光が弱まってきた。恐る恐る目を開くと自分の携帯電話が宙に浮いている。魔界の通信鬼を彷彿とさせる蝙蝠のような羽が携帯電話に取り付けられていた。

 

 

「な、なんだ・・・こりゃ」

 

 

横島が突然の出来事に呆然としていると、アシュタロスが携帯電話に向かって声を掛けた。

 

 

「お久しぶりですね。閣下」

 

 

「さよか。久しぶり言うたら久しぶりやな。こうして直接話するんは。元気にしとったか?」

 

 

「皮肉ですか?まぁ元気と言えば元気ですが」

 

 

「ちゃうちゃう。こんなんただの挨拶みたいなもんや。そう目くじら立てんな」

 

 

あのアシュタロスが形式的なものと言えど下手に出ている。横島は驚いて関西弁が聞こえてくる自分の携帯をポカンと見つめていた。

 

 

「神は・・・不在ですか?」

 

 

「あーまぁ。キーやんとこはしゃあないやろ。うちらと違ぉてあちらさんはガッチガチやからなぁ。公式には跡形もなく消滅しとるはずのオノレが生きとるなんてことがもし露見したら『神が嘘を付いたことになる』。神族連中は端からこの件には関わっとらんし何も知らん。・・・ちゅうことになっとる表向きはな」

 

 

「その割には先程多少の介入があったように思いますがね」

 

 

「あれは事情も知らん下っ端が跳ねっ返っただけの話や。今頃上司によぉ言い含められとるやろ」

 

 

慇懃無礼に笑うアシュタロスに多少のやりにくさを滲ませながら携帯電話が取り繕うように話題を変えた。

 

 

「それにしてもオノレの魂が半分しかあらへんと分かった時にはしてやられたと思うたもんやけど、随分大層なこと考えたな」

 

 

「あなた方と相対すると決めた時点でこの程度の備えは当然していますよ」

 

 

「言うやないか。時空の乱れが強うなっとったのもオノレの仕業か?」

 

 

「こちらの世界に都合の良い手駒ができましてね。考えなしに時空転移を繰り返してくれたおかげでいい牽制になりましたよ。あなた方が卵を発見した時点で、ある程度の下準備は終えていました。介入するには慎重にならざるを得なかったでしょう?」

 

 

「そんなんなくても下のもんは二の足踏んどったがな。むやみにオノレの世界に飛び込むんは自殺行為やって」

 

 

「その結果があの連中ですか?」

 

 

「使い捨ての急造にしてはそこそこよくできとったやろ?」

 

 

「探り針にしても露骨ではありましたがね。釣り餌の出来もよくない。もう少し何とかできなかったんですか?」

 

 

「あれくらいでちょうどええんや。どのみち霊力を感知された時点で警戒されるのは目に見えとったからな。あとはどうオノレの興味を引くかやったんやが・・・」

 

 

「無駄でしたね。興味というならそこにいる小僧の方がよほど面白みがありましたよ」

 

 

そう言ってアシュタロスは蚊帳の外に置かれていた横島を指さした。空飛ぶ携帯電話がクルリと振り返ってくる。どうやら人間でいうところの顔があるのは表側であるらしい。

 

 

「誰やこの兄ちゃん?」

 

 

「憑りついた相手の事も知らないんですか?」

 

 

「オノレに接近でけた人間がおる聞かされて憑いてきただけやからな。大して興味もあらへん」

 

 

呆れた様子で嘆息するアシュタロスに向かって携帯電話があっさりと答えた。

 

 

「この小僧は私を殺した人間ですよ」

 

 

「ほう?そら難儀なやっちゃなぁ。宇宙意思の傀儡か」

 

 

愉快そうに笑って携帯電話がパタパタと羽ばたいた。横島は何も言い返すことができなかった。ただ近くにいるだけなのに強大なプレッシャーに押し潰されそうになる。少しでも気を抜いた瞬間、意識が遠くなりかけた。圧倒的な存在などアシュタロスで慣れたと思っていたがこの携帯電話はそれ以上かもしれない。横島が歯を食いしばって耐えているとその様子に気付いた携帯電話が再び背中(裏側)を向けた。形容しがたいプレッシャーから何とか解放される。横島は咳き込むように呼吸を繰り返した。

 

 

「分霊とはいえ閣下の存在は人間には毒ですね」

 

 

「せやな。あんまり長々と話はできひんようや」

 

 

二柱の強大な悪魔が互いに頷いた。しばし言葉もなく見つめ合うと、携帯電話が尊大な声音でわざとらしく称賛の言葉を口にした。

 

 

 

「見事だ。アシュタロスよ」

 

 

「お褒めに預かり光栄ですよ」

 

 

 

アシュタロスはその言葉を軽く受け流した。大した感慨もなく皮肉に笑っている。

 

 

「ふん。ほなな」

 

 

ほんの少し気分を害した様子で携帯電話は短く別れを告げた。そして力を失ったように元の姿に戻り床に落ちる。大した高さではないとはいえコンクリートの床に直接ぶつかったのだ。壊れてしまったかもしれない。横島がそんな事を思いながら落ちている携帯電話を見て呟いた。

 

 

「・・・なんだったんだありゃ」

 

 

「あれは魔界の最高指導者だ」

 

 

「なに?何だって?」

 

 

「魔族のトップだよ。数多いる悪魔どもを束ねる魔王たちの中でも最大規模の戦力を有する魔界の帝王だ。人間が彼の方と対面するのは稀有な事だぞ」

 

 

「な、なんでそんな奴が俺の携帯電話に?」

 

 

「君に餌を悉く潰されたせいでとうとう本人が登場してきたのさ」

 

 

「餌?」

 

 

「君が倒してきた模造品どもだ。あれは私を釣り出すための餌だったんだよ。この世界に自分以外の霊力を探知したら私が何らかの反応を見せると予測したんだろうな。餌どもが私の部下を模倣していたのは少しでも私の関心を引くためだったのだろう。まぁ無意味だったがね」

 

 

鼻で笑いながらアシュタロスは肩をすくめた。

 

 

「君に憑いていた理由もさっき本人が説明してくれた通りだ。あちらの世界の人間で君だけが唯一私に接触できたからだろう。つまりこれで私は君を殺さなければならなくなったという訳だ」

 

 

「はぁそうなんか。・・・・・・・・・・・・は?」

 

 

生活スペースに害虫がわいたのでとりあえず駆除しようと、そんな気軽さで突然アシュタロスが横島に殺害予告をした。横島はアシュタロスを見返し、拘束されている己の姿を確認した。スゥっと肺に大きく息を吸い込んで最大規模の泣き言を口にする。

 

 

「うそつきぃぃぃぃぃぃ!!!さっきは殺さん言うとったやないかぁぁぁぁぁぁ!!!こん悪魔がぁぁぁぁぁ!!!いやじゃあぁぁぁぁぁ!!!死ぬのはいやじゃあぁぁぁぁぁ!!!ちくしょぉぉぉっ!!!末代まで呪ってやるぅぅぅぅっ!!!」

 

 

涙と鼻水に塗れながら横島が赤子の如くギャン泣きする。もはや知り合いには見せられないくらい情けない姿だったが本人は真剣だった。何とか拘束を解こうと暴れる横島を見下ろしながらアシュタロスが呆れたように嘆息した。

 

 

「仕方がないだろう。君は私の魂の回収役になっている可能性がある。そんな奴を捨て置けるか」

 

 

「回収役だぁ!?なんやそれ!そんなもんになった覚えはねぇ!!」

 

 

「この場合君の意思は関係ない。現に君は自分の近くに彼の方がいる事に気付いていなかっただろう?自覚があろうがなかろうが危険分子は排除するに限る」

 

 

「そんな理不尽認められるかぁぁぁぁぁっ!!!なんで巻き込まれただけの俺が殺されなきゃならんのだ!!!ちきしょおおお!!!たすけてぇぇぇ美神さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!」

 

 

横島が上だけでなく下からも水分を放出しそうなくらいに取り乱しているとアシュタロスが宥めるように口を開いた。

 

 

「だがまぁそれも君が私に敵対するならの話だがね」

 

 

「へ?」

 

 

「君がこのまま大人しく自分の世界へ帰るというなら何もするつもりはない」

 

 

「それって・・・このまま俺を見逃すってことか?」

 

 

銃口を突き付けられたまま賭けポーカーでもやっているような気分で横島は慎重に言葉を選んだ。今や自分の命は風前の灯火だ。相手の気が変わった瞬間、命のろうそくが吹き消されてしまったとしても何らおかしくはない。

 

 

「そうだ。私にとっての最悪は君に殺されることだからな。君がこの世界から尻尾を巻いて逃げるというならそれはそれでいいのさ。今ならまだ文珠を使えば一時的に時空を超える事もできるだろう。生き延びたければ仲間を連れてとっととこの世界から消える事だ」

 

 

その提案はとても魅力的だった。命が助かるなら万々歳だ。手に負えないような敵から逃げる事は恥でも何でもない。少なくとも自分にとっては。横島はギュッと両手を握りしめた。

 

 

「え~と俺たちが逃げた後、この世界ってどうなるんすかね?」

 

 

「滅びるな。跡形もなく。まるで最初から存在しなかったかのように」

 

 

見栄や虚勢の類は一切なく、ただ事実を語るようにアシュタロスはそう断言した。

 

 

「ちなみに気が変わったりは・・・」

 

 

「するわけがないだろう」

 

 

淡々とこちらの言葉を否定する。その顔には躊躇も慈悲もついでに容赦もなかった。大仰に肩をすくめて言ってくる。

 

 

「この世界を救う方法があるとすれば、それは設定した期限以内に私を滅ぼす事だ。世界終焉のトリガーは私自身だ。私という存在を完全に消し去ることができれば『epitaph』の最終フェーズは発動しない」

 

 

「そう・・・なのか?ホントに?」

 

 

告げられた言葉に横島は息をのんだ。この情報が真実かどうか判断する材料は少ないが、一応筋は通っているように聞こえる。アシュタロスの目的が自殺することだというのなら、その方法は世界を巻き添えにすること以外でもいいはずだ。アシュタロスの命を絶つ。それがこの世界を救う唯一の方法・・・らしい。

 

 

(いやぶっ倒すだけじゃダメなのか?魂ごと消しちまわないと。でもそんなんどうやってやりゃいいんだ?)

 

 

向こうの世界でアシュタロスに勝利することができたのは様々な要因が重なり合ったからだ。世界改変による宇宙意思の反作用。アシュタロスがコスモプロセッサ起動のためにエネルギー結晶という分かりやすい弱点を抱えていた事。アシュタロス自身が死にたがっていた事もその一つかもしれない。だがそういった条件が揃っていてもアシュタロスを完全に滅ぼすことはできなかった。いやそれどころか一つ間違えばこちらが敗北していたとしてもおかしくはなかったのだ。そして今回は・・・。

 

 

(コスモプロセッサなんてないから当然エネルギー結晶もないし、宇宙意思が味方に付いてくれるわけでもない。美神さん達はいるけど他のゴーストスイーパーもオカルトGメンもいないし、神族も魔族も協力してくれそうにない。ほとんど孤立無援でアシュタロスと戦って、勝ったうえであいつを完全に滅ぼさなきゃならないと・・・。無理やないか?)

 

 

勝てるビジョンが全く浮かんでこなかった。状況はほぼ詰んでいるように見える。海から陸に上がった魚のように口をパクパクと開閉しながら横島は呆然としていた。怒涛のように告げられた真実と今の自分の現状。それらが整理されたことで横島は途方に暮れていた。ガクリと首の力が抜ける。気力が萎えるというのはこういう事なのだろう。絶望的な状況を前に心折れた自分を自嘲する気にもなれない。

 

横島は無言のまま俯いた。ただ自らの息遣いだけが聞こえてくる。暫くの間そうしていると後頭部に注がれている視線に気づいた。顔を上げてみるとアシュタロスがジッとこちらを見つめている。実験動物を観察するように冷徹な眼差しを向けていた。横島は居心地が悪くなり身動ぎした。結界で拘束された肉体は殆ど動かせなかったが気分的なものなので自制しようがない。同時に再び心の中で恐怖心が顔を出し始める。やはり気が変わったので死んでもらうなどと言われたら今度こそ下半身のダムが決壊してしまうだろう。横島がそんな事を考えているとアシュタロスが小さく呟いた。

 

 

「気付いていないのか?」

 

 

こちらの返答など期待していないようだった。石像のようにただその場に佇んで何かを考えている。気になった横島がアシュタロスに声を掛けようとすると、再び小声で何かを囁いた。

 

 

「それとも気付いているのに気付かないふりをしているのか?」

 

 

ブツブツと口の中で独りごちている。言葉の意味は全く分からない。横島が困惑していると、やがてアシュタロスが正気に戻った様子で話しかけてきた。

 

 

「なぜ私がこんな話をしたと思う?」

 

 

「え?」

 

 

「目的を達成するだけならこんな話を聞かせてやる必要などなかった」

 

 

そう言われて横島は思わず同意しそうになった。そういえばそうだ。何故アシュタロスはわざわざ自分を誘拐してまで真相を語って聞かせたのだろうか。明らかに意味がない。それどころか敵を作る可能性だってある。真実など告げずにそのまま時を待っていればアシュタロスは簡単に望みを叶えることができただろう。

 

 

「南極でのことを覚えているか?」

 

 

「な、南極?」

 

 

突然飛躍した話に横島が素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「南極で私と戦った時の事だ。君はメフィストと面白い技を使っていただろう?」

 

 

「面白い技って・・・」

 

 

こちらの疑問や驚きも全く意に介さないアシュタロスに当惑しながら横島は考え込んだ。大した時間もかけずに思いついた事を口にする。

 

 

「メフィストって美神さんの事だろ?美神さんと使った技って・・・合体技の事か?」

 

 

内容は理解できるが質問の意図が分からない。横島の答えを聞いたアシュタロスがこくりと頷いて見せた。

 

 

「あれは人間が到達し得る最高の技術の一つだろう。完全に近い形で他者と霊波を同期させることで莫大な出力を得る。だが同時に危険な力でもあるな。シンクロが完璧に近づけば近づくほど一方がもう一方に引き寄せられ最終的には取り込まれる」

 

 

「それが・・・どうしたってんだよ。なんでそんな事聞くんだ?」

 

 

相手の思惑が読めないまま会話を続けるのは単純なストレスだった。こちらの命を握られているような状況では特にそうだ。横島は腹に何か詰め込まれたような重さを感じて眉をしかめた。それが不安からくる錯覚だと気付いていてもどうしようもない。

 

 

「気付いていないはずがないと思うのだがな。君自身の事だ」

 

 

「は?俺自身の事って何だよ。お前さっきから何言ってんだ!?」

 

 

理解できないものに対して攻撃的になるのは人間の性だ。語気を荒げた横島に対してアシュタロスは憐れむような視線を向けた。

 

 

「君の霊力はある時を境に急激に増大したな?」

 

 

答えを尋ねるというよりは確認するような口調でアシュタロスがそう言った。不意を突かれて横島は一瞬言葉に詰まった。

 

 

「え?あ、い、いやそりゃその・・・な、なんでお前がそんな事知ってんだ?」

 

 

「答えを教えてやろうというのさ」

 

 

アシュタロスの言葉を聞いて横島は思わず己の身体を見た。霊力が増加したのは確かにその通りだ。自分でも制御しきれないほどの霊力が引き出されることも何度かあった。何故そんな事になったのか理由はさっぱりわからなかった。誰かに相談することも考えたが、後回しにしているうちに結局誰にも話せずじまいだった。

 

 

「君は同期現象を起こしている」

 

 

「え?」

 

 

「君が合体技と呼んでいるものと基本的には同じだ。君は他者と霊波を同期させ莫大な霊力を得ている」

 

 

「は?な、なんだそりゃ?どうしてそうなるんだよ。俺は合体技なんか使った覚えはねぇし、そもそも誰と合体してるって・・・」

 

 

今度こそ本当に意味が理解できなくなって横島は早口に反論した。霊力が増大したことの説明にしても全く納得できる内容ではない。横島がアシュタロスを強く睨むと魔神は冷静に指摘した。

 

 

 

「いるじゃないか。そこに」

 

 

 

こちらを指さしてそう言う。横島は頭に疑問符を浮かべて己の背後を見ようとした。直後それが間の抜けた行為だと気付いて首を元に戻す。

 

 

「い、いるってどこに・・・」

 

 

「君の最も近くにそして最も遠くにいる他人。君と同質であり異質でもある存在がすぐそばにいるだろう?」

 

 

 

そこで初めてアシュタロスは口元に愉悦を浮かべた。

 

 

 

 

 

「ルシオラがいるだろう?」

 

 

 

 

 

突如悪魔の哄笑が響き渡った。

 

 

「お前はルシオラと同期している!!切っ掛けはお前がルシオラの力を使った事だ!!自我を保てないほど弱り切っていた魂をお前が目覚めさせた!!文珠使いは力の流れを完全にコントロールする!!お前は無意識のうちにルシオラの力を引き出し、制御し、行使し続けている!!同時に消費し続けているとも言えるな!!中途半端に目覚めたままお前に引きずられたルシオラの魂はやがて限界を迎えるだろう!!そして最後は本当の意味でお前と一つになる!!」

 

 

巨躯を揺らしながら悪魔は心底楽しそうに笑っていた。辛苦を糧とするように悲嘆を血肉とするように他者を傷つけ踏みにじり嘲笑う。

 

 

「お前に真実を語って聞かせた理由はお前に資格があるからだ。お前とルシオラの行き着く先がどこになるのか。上級魔族程度にとどまるのか、はたまた魔神クラスの高みへと到達するのか。いずれにせよこれだけは言える。お前だけだ。この世界においてお前だけが唯一私を滅ぼせる可能性がある!!」

 

 

痛みを感じる暇もない。

時間の流れさえ鈍くなったように思考は濁り精神は爛れる。

 

 

「だがそのためにお前は全てを失う事になるだろう。中途半端な同期では私を滅ぼすことなどできないからだ」

 

 

思い出を大事にしたいと彼女は言った。

 

儚いものが好きだったのは、命や生きるという行為そのものに価値を見出していたからなのか。

 

 

 

「わかるか?」

 

 

 

緋色と茜色に染まった情景が脳裏をよぎった。

鋼鉄の塔に佇み二人一緒に夕陽が沈むのを見た。

 

 

 

 

 

 

 

昼と夜の一瞬のすきま・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「お前は選ばなければならない」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

「ルシオラのためにこの世界を見捨てるか」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ろ。

 

 

 

 

 

「この世界を救い・・・」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・め・・・・・・・・・・・ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ永遠にルシオラを失うかっ!!」

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狂ったように叫ぶ。或いは獣のように。

 

炸薬に火が灯った。鬱積が一斉に吹き飛ばされていく。肉体という外郭に覆われた心魂から膨大なエネルギーが放出され、突き破るように乱反射する。衝撃が身体を貫く。それは苦痛を伴うものだった。しかし感じない。感覚を凌駕する激情が器を満たしていた。抑えきることはできなかった。むしろ思いつきもしなかった。圧倒的な流れのままにそれはとうとう解放された。数十、数百といった扉が一斉に開け放たれる。横島の身体から霊力の煌めき迸った。

 

大量の鎖を同時に引き千切ったような金属音が鳴り響く。尋常ならざる霊力は雷となって周囲を打ち据えた。制御からは程遠い力の奔流が破壊を伴いばら撒かれる。床、壁、天井問わず連鎖するように伝わっていき、あらゆるものを消滅させた。漆黒を割く純白。深闇を祓う極光。それはやがて柱となり天を穿った。

 

 

熱も衝撃も波紋一つ残さない純粋な消滅の意思。

 

 

どれだけの時が経ったのかすべてが収まると横島は一人その場に佇んでいた。ぼんやりと靄がかかったように思考が定まらない。虚ろな瞳を辺りへ向ける。先程とは光景が一変していた。自分を中心として巨大なクレーターのようなものが形成されている。火山の噴火口のように円状に窪んだその地形はあまりにも奇妙なものだった。表面は傷も凹凸もなく丁寧に研磨されたようにつるつるとしている。断面は石材や泥、砂といったものが幾重にも重なって地層になっていた。まるで水で濡らした砂場の土をお椀で綺麗にくり抜いたようだ。

 

知らない間に夜になっていたらしい。月明かりに照らされている。今まで自分は地下にいたようだった。空井戸の底から見上げたように空が丸く囲われている。横島は寒さを覚えて体を震わせた。立っていられなくなって膝をつく。そのまま呆けたように月を見るしかなかった横島に声が掛かった。

 

 

「今・・・無意識にその文珠を作ったな」

 

 

辛うじて残っている影の中から悪魔の声が聞こえてくる。闇に潜み姿は見えない。悪魔は何かを楽しんでいるようだった。

 

 

「その結界は人間レベルの霊力では絶対に破れない。つまりは・・・そう言う事だ」

 

 

導かれるように視線を落とす。いつの間に持っていたのか右手に文珠を握っている。一定の工程を踏むことで生成される陰陽紋が刻まれた特殊な文珠。

 

 

彼女の・・・ルシオラの力の結晶。

 

 

「戦うか逃げるか決めるのはお前だ。だがそう長くは待てんぞ」

 

 

そう言い残し悪魔は去って行った。横島は文珠を見つめたまま何の反応も示さなかった。疲労していたせいかもしれない。

 

 

「は・・・はは・・・・」

 

 

掠れた声が零れる。無意識のうちに笑っていたようだ。

 

 

何も面白くないのに。

 

 

「はは・・・ははは・・・」

 

 

震えた手で胸元を力一杯掴み上げる。爪が皮膚を突き破りシャツに血が滲み出す。

 

 

「ははは・・・はははは・・・」

 

 

視界が不鮮明になる。涙が零れていた。

 

 

「はは、あははは・・・はは・・・は・・・」

 

 

痛みが心地よかった。このまま心臓を抉り出せればもっと気持ちいいかもしれない。

 

 

「ふふ・・・ふは・・・はは・・・くくく・・・うふはは・・・」

 

 

どうしようもないほどの空虚が心を満たしている。正気でいる事に苦痛を感じた。いっそ狂ってしまえば楽になるかもしれない。

 

 

「あはははははは・・・ははははははははは・・ひひ・・・ふひあはは・・・あはははははははははハハハ!!」

 

 

 

 

 

でも、そんな事は出来ないから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

横島は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







というわけで最終回です。・・・連続更新の。

番外編のようなものは途中まで書いたんですが、投稿するかはちょっとわかりません。ネタと文章表現に苦戦していまして・・・。というかそれより本編進めたほうがいい気もしますし。うぅむ。もっと時間が欲しい。でもまぁとりあえずの目標としていたネタバレ回までは書き上げたので作者的には結構満足しとります。

横島が原作の『選択』をもう一度迫られたらどうなるか。みたいな作品があったら面白いかなと思って書きました。この後の展開も考えてはいるんですが、ちゃんとした形にするのは中々難しいですね。文才のある方がうらやましい。そんな訳で次はいつになるか分かりませんが長い目で見ていただけたら有難いです。・・・ではまたいつか。



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