ある人の墓標   作:素魔砲.

5 / 35
05

「ぴかぴかどかんと派手にやっとるなー・・・」

 

 

二つの小さな人影が空を飛びまわりながら、雷だの氷だのをばしばしと打ち合っている。遠目の上に今は夜で、しかも町中が大停電の真っ最中だ。

かろうじて月明かりが照らしていることが、救いといえば救いだった。

探査装置の反応を頼りに、魔族を追跡してはみたものの、範囲が広大で正確な居場所がつかめていない事もあって、外に出てからもふらふらとあちこちを歩き回らされていた。

 

 

いい加減横島が帰りたくなってきたころ、ようやく手がかり・・・というか小さな子供が二人、結構な速度で空を飛びながら、ビームだかなんだかを節操無く打ち合っている場面に遭遇した。おそらくあれが魔法なのだろう。暗闇の中あまりに目立つその子供達の後ろを、横島たちは隠れるように追跡していった。

 

 

ジークによれば逃亡した魔族たちは、こちらの世界に来た際失った霊力を補完する為に、魔法使い達を必要としているらしい。

なにやらたいそうな神木がこの地にあって、その周辺からならば、ある程度力を得る事ができるのではないかと考えられているが、動きを封じられる事にもなる。

しかし魔法使い達は神木ほどの魔力を持ってはいないが、当然動く事ができる。

つまり魔族たちにとって魔法使いは、移動可能な燃料タンクというわけだ。

彼らにとっては、迷惑かつ失礼な話だが。

 

 

それはさておき、目に付く範囲で探知機が示した場所に今いる魔法使いは、あの二人だけだ。あの二人のどちらかが狙われるのは間違いないとジークは考察していた。

そのため、おそらく近くで付け狙っているだろう魔族に気づかれないように、こそこそと隠れて後をつける必要があった。

 

だが、言葉ほど簡単にはいかない。何しろ相手は空の上にいる。いちいち物陰に隠れながらの追跡では限度があった。魔法によって生み出される光と、人狼の能力を持つシロがいなければ、あっさりと見失っていただろう。ようやく目印である魔法の光が止まったときには安堵の息をもらしていた。

 

 

「えらい走らせよってからに・・」

 

 

横島は荒くなった呼吸を整えながらぶつくさと文句を言った。

何しろ停電の真っ最中である、目立つので明かりをつけるわけにもいかず、途中で木の枝に絡まったり、つまづいて転びそうになったり大変だったのだ。

 

 

「拙者は先生と散歩しているようで楽しかったでござるよ」

 

 

シロが能天気な笑みを浮かべながら、横島の背を察すった。

 

 

「だが苦労の甲斐はあったようだぞ・・・」

 

 

そのサイズにしてみれば大きすぎる簡易型の霊力探知機を見ながらジークがつぶやいた。探査装置はこの近辺で、よりいっそう強い反応を示している。

間違いなくターゲットは近くにいるはずだった。

 

 

それとなくその様子を伺っていた横島はきょろきょろとあたりを見渡し、首をすくめた。近くも何も子供魔法使い達がいる場所は長大な橋の上だ。ほとんど遮蔽物が無い。

隠れるところが無いために、横島たちは、結構離れた場所から監視をしなければならないほどだった。

 

同じく姿を見せない魔族がいるならば、このあたりで隠れているはずだ。いつ横島たちとばったり出くわしてもおかしくない。急激に体温が低くなっていくような錯覚に襲われる。

 

あまりに緊迫した様子のジークと、やる気に満ちているシロに引きずられてここまで連れてこられたが、正直横島にはいまだに魔族と戦う覚悟が出来てはいない。なんと言うかモチベーションが無いのだ。

 

 

(考えてみりゃ美神さん抜きでの仕事なんて、ほとんどなかったよな?)

 

 

仕事以外にもいろいろな騒動に巻き込まれてきたものの、基本的にはいつも美神やおキヌがそばにいたのだ。このどうにもやる気が出ない感じは、そのことが影響している気がする。なんとなく近くにいるシロの頭を撫でてみる。

 

シロは目を瞑りながら、少しだけ顔を上向かせ、気持ちよさそうにしながら尻尾を振っっていた。

 

 

しばらくはそんな調子で子供魔法使い達の様子を探っていた。すると、いつのまにか中学生くらいの少女が乱入してきたり、金髪の女の子の隣にいるのが知り合いの人造人間であるマリアのような存在だったり、、最後の大勝負なのかやたらと派手な魔法の打ち合いが行われてみたりといろいろあったのだが、肝心の魔族は一向に現れない。

 

 

「なぁジークさんよ・・魔族なんかぜんぜん出てこないじゃねーか」

 

 

出来ればこのまま出てこないでくれないかなと思いながら、横島がジークに愚痴を零した。茂みに隠れながら魔法使い達を覗いていたが、横島好みの美女がいないので覗きも全然面白くない。途中魔法使いの少女がなぜか全裸になっていたりしたが、あまりの幼児体型に横島といえどさすがに何の反応も無かった。何故魔法で全裸になるのか疑問に思ってはいたが。

 

 

「う・・・ん、間違いなくこの辺りにいるはずなんだが・・・」

 

 

ジーク当人も歯がゆいのだろう。ターゲットが近くにいてその狙いもはっきりしているというのに、姿を現すまでこちらから仕掛けることが出来ないのだ。探査装置では居場所を完全には特定できない。相手の何らかの行動を待たなければならなかった。

 

 

「確かに遅いでござるな・・・とっとと拙者たちに成敗されてくれなければ先生との散歩の時間が・・・」

 

 

横島のすぐ隣で座敷犬のようにおとなしくしていたシロから、聞き捨てならない台詞が聞こえてきた。

 

 

「おいシロ、まさかとは思うが、まだ散歩行こうとか言い出すんじゃないだろうな」

 

 

「えっもちろんでござるよ。いつもの半分も歩いてないし・・・」

 

 

さも当然のことといったように、シロがきょとんとした表情で横島を見つめ返してきた。

 

 

「あほかっ!俺はさっきまでろくに明かりの無い道を全力疾走してきたんだぞ。その上これからなんかすごく強い魔族と戦う事になるかもしれないっつーのに」

 

 

シロの散歩に対する情熱は知っていたつもりだったが、どうやら横島の認識よりもはるかに大きかったらしい。毎度付き合わされる身としては、勘弁して欲しいものなのだが。

 

 

「で、でもほら夜の散歩とか楽しいし・・・」

 

 

シロが愛想笑いをしながら大して効果の無い言い訳を口にした。

 

 

「異世界くんだりまで来てお前の散歩に付き合えるかー!!」

 

 

そんな事言わずにちょっとだけでござるからして。ええい離せお前の言うちょっとがちょっとだったためしがねーじゃねーか。と、じゃれあうように絡み合っている二人にジークが声を掛けてきた。一応隠れているので声は落としていたのだが、無視できるものでもないだろう。

 

 

「ああ、すまないがシロ君。先程も言ったがこの世界で外に出るのはなるべく控えてもらいたい。少なくともある程度の常識を身につけた後でなければな。ただでさえこちらの世界は超常的な力が普通の人々から秘匿されているんだ。例えば不用意に霊能力を使っているところを見られでもしたら大変だからな」

 

 

とりあえずこのままでは本当に散歩に出かけて行ってしまいそうなので、念のため釘をさしておく事にする。美神除霊事務所の人間は基本的にマイペースを地でいく人間ばかりなので、まったく油断できない事をジークは経験として熟知している。

 

すると、若干シロにおされ気味だった横島が意外なことを聞いたとでもいうようにあわててジークに問いただしてきた。

 

 

「え?こっちの世界って霊能力とかばれたら駄目なのか?」

 

 

「当たり前だろう。そもそもこちら側には霊力という概念が無いんだ。なまじ魔法という力が存在するために、かえって霊能力の異質さが浮き彫りになる恐れがある。一般人に対してはもちろんだが、魔法使い達にも我々の力は隠しておかなければならない。最悪、異世界の存在まで気づかれてしまうかもしれないからな・・・」

 

 

当初の予定では現地の魔法使いに警告を促し、協力を要請するといった構想も、あるにはあったのだが、魔法が一般的に秘匿された存在だという事情と、異世界の存在を知ったときに、彼ら魔法使い達がどのような反応を示すか予測が立てられなかったので却下したのだ。

 

それ以前にいつ逃亡犯が動き出すか分からないので、ろくに準備も出来なかったというのが、一番の理由なのだが。

するとこちらの話を黙って聞いていた横島が、あきれたようにジークに言った。

 

 

「おまえ、そんな話してないじゃねーか」

 

 

「なに?・・・・そうだったか?」

 

 

横島がこちらの世界に来たときに、ある程度の事情を説明したはずなのだが、忘れていたのかもしれない。

 

 

「してねーよっ!・・・んじゃ何か、これからあのちびっ子魔法使い達に魔族が襲い掛かるんだよな?どうやって助けろってんだ?霊能力ばれちゃいかんのだろ」

 

 

「あ・・・・・」

 

 

「おまえ・・・まさか・・・何も考えとらんかったんか・・・」

 

 

「し、しかたないだろう。そもそもこの作戦は姉上が主導するはずだったのに、いつのまにか現地の監督をまかされて・・・」

 

 

「しるかっつーの。んなこと言ったら俺なんか何の事情も説明されんと、いきなり美神さんに突き落とされたんだからな」

 

 

「どっちもどっちでござるなー」

 

 

いつのまにか自分達が隠れているということも忘れ、ジークまでもが騒がしくなる。いつもならば、おキヌあたりが止めてくれるのだが、今彼女は世界を隔てた遠い場所にいるのだ。だれもフォローしてくれる人間はいなかった。

 

しばらく不毛な言い合いを続けていた三人だったが、ジークが持っていた探知機に反応が現れたためにあわてて顔を伏せた。

 

言い合いに夢中で気付かなかったが、どうやら例の小さな魔法使い達の決着がついたらしい。声は聞こえないがこちらに負けず劣らず騒がしくしているようだ。

 

 

「まずいな・・・相当近くにいる・・・」

 

 

探知機をにらみつけるように見ているジークが声を押し殺して横島とシロに告げる。

 

 

「どーすんだ?橋の上にのこのこ出て行ったらやばいぞ」

 

 

そもそもターゲットの魔族からして、どんな姿をしているのか、どんな力を持っているのか等、一切の情報が無いのだ。できることなら不意をついて一気にけりをつけてしまいたいところだった。そうすれば痛い思いをしないで済むし・・・。

 

 

「う・・・む・・・」

 

 

ジークにしても不意をつく作戦には賛成だが、うかつな事に横島に指摘されるまで、こちらの世界の常識がぽーんと抜けていたらしい。

 

もともと泥縄式の作戦計画ではあったものの、自分の失態である事には代わりがない。

ほとんど強引に姉に現地入りさせられた為とか、ろくな準備もせずにいきなり目標と戦わなければならなかったり等、いい訳にはならないのだ。

 

姉のせいにすればえらい目に遭うのは目に見えているし・・・。

かといってうまい考えが急に浮かぶわけでもなく、ジークは額に汗を滲ませ考え込んでしまった。

 

 

「先生には何かお考えがあるのでござろうか?」

 

 

シロとて名案が浮かぶわけでもなく、というかジークの話を聞く前は、素直に出て行って横島直伝の霊波刀の錆にしてやる、と考えていたくらいだ。

 

 

「考えっつーてもだな・・・」

 

 

なんとなく頬をかきながらシロに顔を向けたその時、とうとう横島たちの目当てである魔族が現れた。魔法使い達がいる橋の上にいつの間に現れたのだろうか。

ひょろ長い人間をそのまま黒く塗りつぶしたような、見方によってはひどく滑稽な姿をしている。

 

何だ弱そうだな、と横島が思うほど、今まで戦ってきた上級魔族たちに比べれば姿かたちはたいしたことがない。風に飛ばされそうに揺らめいているところなど、何もしなくてもそのまま消えてしまうのではないかと思われた。そういうわけにはいかないだろうが・・・。

 

 

「なんか弱っちそうでござるなー」

 

 

シロも横島と同じように感じたのか頼りなげな魔族の姿を意外そうに見ていた。

上級魔族と聞いて警戒していたのだ。想像では父の敵である犬飼の姿を思い描いていたのだが、肩透かしを食らわされた気分だった。

 

 

「いや、あまり油断しないほうがいい・・・。確かに弱っている事は事実だろうが、どんな力を持っているのかも分からないんだ」

 

 

一応逃亡犯全員のプロフィールが書かれた資料を預かってはいるのだが、もともと魔界ではかなりの実力を持った者達であるにもかかわらず、アシュタロスの反乱に加担した際にあえて地下にもぐっていたようで、その実力に反比例して彼らの存在を詳しく知るものがほとんどいなかったのだ。要するに当てに出来るほどの確証を持った情報は一切無かった。

 

 

「で、どうすんだよ、早くしないとあの子らまずいんじゃないか?」

 

 

もしジークの言う通り、あの魔族が危険な存在なのだとしたら、このままただ見ているわけにもいかないだろう。後ろを見せている今なら不意は撃てるだろうが、魔法使い達には気付かれてしまう。そうなっては確実に魔族にもばれる。本末転倒もいいところだ。

 

 

「むぅ・・・不本意だが今は様子を見ているしかないだろう。やつが何らかの行動をとって、橋の外に移動してくれればやりようはあるのだが」

 

 

眉間にしわをよせ、悔しそうに影のほうを見ながら、ジークは横島に向き直ることなくそう告げた。

 

 

「そんな悠長な・・・」

 

 

シロから思わず不満の声がもれた。

ジークの話によれば、こちらの人間には霊力が無いため、魔族に対してろくな攻撃手段が無いらしい。いや、攻撃手段どころか、霊力が無いという事は、霊力を伴った攻撃に対する抵抗力が無いという事でもある。自分達の世界の人間でも、ろくに霊力を持たない者が、攻撃を受けた場合、よくて大怪我か運が悪ければ即死する。

 

だからこそ特殊な才能を持った者達が、さらに過酷な試験を通過して、ようやく悪霊に対抗する事ができる、ゴーストスイーパーと呼ばれるのだ。

 

それに今の相手は悪霊どころではない、魔族の中でもかなりの力を持った上級魔族と呼ばれる輩だ。怪我どころで済むはずがない。

 

 

「見捨てる気でござるか・・・」

 

 

シロが声を低くしてジークにたずねた。

もしそういう事ならば、こちらの事情など関係ない。即座に飛び出すつもりだった。

 

 

「そんな気はない・・・だが・・・」

 

 

安易に判断するには難しい問題なのだ。今いる魔族を倒してそれで済むのならば、ある程度強引に動けるのだが、そうではない。今ここで自分達の存在が魔法使い達に気付かれてしまえば、これからの任務に何らかの支障がでるのは間違いないだろう。下手をすれば、敵対される恐れもある。不用意な行動を取れるわけもなかった。

 

それに危険というならば、何の作戦も無く戦いを挑む事になる横島たちも心配なのだ。不意を撃つチャンスをみすみす捨てる事になるのだから。

シロの責めるような視線に、ジークはおもわず目を背けてしまった。

そんなジークとシロの二人から感じ取れる空気に、気まずい思いをしながら、横島は注意を前方に戻す。実際、シロの言うとおり悠長な事をしている時間は無いだろう。助けるつもりなら行動に移さなければならない。

 

 

(ようするに、ちびっ子連中とあの影野郎に見つからずに近づければいいわけだ・・・)

 

 

「なぁちょっとしたことを思いついたんだが・・・」

 

 

頭の中でとっさに苦い記憶がよみがえる。しかし萎えそうになる気力をなんとか持ち直し、横島はジークに言った。

 

 

「ちょっとしたこと?」

 

 

「何か作戦があるのでござるか先生!」

 

 

ジークは怪訝な表情を浮かべ、シロは期待に満ちた表情を横島に向けた。

 

 

「作戦てよべるほどのもんじゃねーけど・・・文珠で姿を”隠”しちまえばいいんじゃないかなと・・・」

 

 

自分の霊能力の一つである文珠を使えば、隠れながら相手に近づく事ができる。

そうすれば少なくとも最初の一撃は不意打ちで攻撃できるはずだ。そう二人に説明する。

 

 

「そ、そんなことが出来るのか?」

 

 

横島の霊能力に対する知識はあったが、詳しく知っているわけではない。

だがそんなことが出来るのならば、言葉は悪いが目的の魔族を比較的安全に暗殺できる。この世界の住人に霊能力や自分達の存在を気付かれる心配もほぼ無くなるのではないか?これからの作戦も非常に有利に運ぶ事ができるだろう。ジークの表情が明るくなる。

 

 

「いや、そんな便利なもんじゃないんだよ。駄目なときはすぐばれちまうしな」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「まあなぁ・・・この間美神さんの風呂覗いた時なんか、二秒でばれたぞ。なんかあの時殴られて以来ちょっと身長が縮んだ気がするんだよな・・・」

 

 

何とはなしに頭を押さえながら横島がため息をついた。

 

 

「小竜姫様の時も覗く所じゃなかったしな・・・死なないように生き延びるのが精一杯やった」

 

 

当時のことを思い出したのか自然と涙がこぼれていく。正直生きた心地がしなかった。

 

 

「小竜姫様によるとだな、美神さんみたいに霊感が強い人には勘でばれるんだと。

あと小竜姫様には、あらゆる気配が隠れすぎてて逆に不自然だったとかなんとかで速攻でばれた」

 

 

姿も見えない相手に殺気を感じたとかで右ストレートを叩き込む美神と、感覚で自分の周囲の状況をほとんど完璧に知覚できる小竜姫が異常なだけのような気がするが、あの影野郎が彼女達のようなまねが出来ないとは言い切れない。

 

 

「そういえばこの間こっぴどく叱られてたでござるなー」

 

 

すさまじい勢いで削られていく横島を見るのは非常に心臓に悪い。

まぁわりとあっさり復活してきたので、すぐに忘れてしまったのだが。

それだけ日常的な光景であるという事なのだろう。

 

 

「んなことはいいっちゅーんじゃ。で、どうする?なんかそろそろまずいかもだぞ・・・」

 

 

なにやら影が攻撃を仕掛けたようだ。運よく誰にもあたらなかったようだが、次もうまくいくとは限らないだろう。

 

 

「よし、その案でいこう。文珠で横島君とシロ君が姿を隠してやつに近づき攻撃する。

見た限りではやはり霊力が弱まっているようだ。おそらく一撃加えれば倒す事ができるだろう」

 

 

霊力探知機の反応は確かに大きいが、やはり本来の霊力量を保つことができなかったのか。上級魔族のわりにはそれほどの力を感じない。

 

同じ魔族である自分には分かりすぎるほど分かるが、魔界から離れる事は魔族にとって嫌な事なのだ。ましてここは文字通り世界が違う場所だ。元の世界の地上どころではない。むしろあそこまで己を維持できているほうが異常といえる。

やはりこちらの世界の”魔力”は霊力をある程度補完できるのだろう。

 

 

「はぁ、あんまりやりたくないけどしゃーないか。見捨てんのも寝覚めが悪ぃし」

 

 

正直、このまま見捨てて逃げてしまいたい気持ちもある。だが大半が将来有望な美少女達だ。その彼女達が失われる事は横島にとって我慢できない事でもあるのだ。あとここで逃げたとしても、高額の仕事をふいにした咎で、美神によって処刑される未来が容易に浮かぶ。それはあそこにいる魔族などより、はるかに恐ろしいことだといえた。

 

 

「了解でござる。先生よろしくお願いします」

 

 

シロが横島に文珠で自分の姿を隠すように頼む。

 

 

「いや、シロには別にやってもらいたい事がある」

 

 

横島は意識下に存在する文珠を一つ取り出して、シロに向けて言った。

 

 

「なんでごるか?」

 

 

「別に二人同時に行かんでもいいだろ。俺がこそこそ隠れていくからさ。通信鬼で合図を送るから、そしたら何かであいつの注意を引いてくれ。たとえば・・・・・ほら、お前とタマモで西条に協力したとき、遠吠えでタマモにピンチだって伝えてたろ?霊力乗せればいい具合にうまくいくんじゃないか」

 

 

なるべくなら敵に直接近づきたくはないが、自分がいくしかないなら、安全に済ませたい。シロに陽動を掛けてもらえば、もし万が一敵に怪しまれてもごまかせるかもしれない。

 

 

「わかりました。先生どうかご無事で」

 

 

「おおげさなやっちゃなー」

 

 

シロの頭を軽く撫でて、横島は文珠に文字をこめ、発動する。するとシロの目の前で見る見るうちに横島の姿が薄れていき、やがて完全に見えなくなった。五感に優れているはずの自分にもまったく気配を感じる事ができない。どうやら、姿だけではなく気配や匂い、足音にいたるまで、一切の存在感を消してしまうらしい。

 

この状態の横島を二秒で見破ったという美神の勘のよさに感心してしまった。

話に聞くだけでいまだ会った事はないのだが、武神の誉れ高い小竜姫とよばれる神はどれだけの実力者なのか。一度会ってみたいと思った。

 

 

「んじゃ、行ってくる」

 

 

横島に手渡された通信鬼から声が聞こえる。姿は見えないがこれなら横島の合図を聞き逃す事もないだろう。シロが頷くのを確認して横島は隠れていた茂みを抜け出し、橋に向かって駆け出していった。先程までは余裕がなかったこともあって特に気にしてもいなかったが、夜風が気持ちいい。

 

シロに引きずられる類のものは御免だが、散歩に行くのもいいかもしれない。

そんなことを考えながら、横島は意識を橋にいる連中へと向けた。

その時ちょうど、子供(男の方)の魔法使いがなにやらすさまじい勢いの魔法を使ったらしい。

 

標的である影を巻き込んで、局地的な小型の台風のようなものを発生させていた。

危うく巻き込まれそうになるのを、持ち前の反射神経でぎりぎりかわし、橋の欄干に手をついて体を支えた。

 

 

(何しやがんじゃあのクソガキ!危うく殺されるところだったじゃねーか)

 

 

今の自分の状態を棚において、悪態をつく。彼にとっては、今の横島の姿は見えないのだから、文句を言われる筋合いはない。というか自分の魔法に巻き込んだという意識もないだろう。実をいえばこれは”隠”の文珠の欠点の一つでもあった。

使用者の存在をほぼ完全に消してしまうために、姿を隠しておきたい相手以外からもまったく認識されなくなってしまうのだ。仮に戦闘中に使おうものなら、味方の攻撃に誤爆して、”隠”の効果が切れるまでそのことに気付かれずに放置されるなんてことにもなりかねない。

 

少なくとも仲間と共闘するような事態のときは使用を控えるべきだろう。

自分の能力の欠点を思い出しながらなんとか移動を再開する。

 

魔族にばれた様子はないがここからは慎重に行動する必要があるだろう。下手を打ってまた魔法に巻き込まれるのは御免だった。橋の隅っこをこそこそと移動する。そしてようやく話し声が聞こえる距離まで近づく事に成功した。横島は深呼吸を一度してから、通信鬼を呼び出した。

 

 

「シロ、ジークきこえるか?」

 

 

「こちらジーク。聞こえている」

 

 

数秒のノイズの後ジークが横島に返答を返した。

 

 

「これから攻撃を仕掛ける。たぶん気づかれてないと思うけど、一応シロに準備させておいてくれ」

 

 

「了解した。シロ君聞こえているな」

 

 

委細承知でござる。というシロの元気な声が通信鬼から聞こえてきた。

通信鬼を持ったまま話し声に耳を傾ける。するとおそらく影のものだろう。ひどくこもったような聞き取りづらい声と金髪の少女の話し声が耳に届いた。

 

 

「私に用だと?」

 

 

「そうだ」

 

 

「何の用だ?」

 

 

「幾度もとっかえひっかえとはいかない・・・今までいた場所はすばらしくはあったが、動くことが出来ないのでは意味が無い。そんな時、上質の獲物が現れた。君だよ」

 

 

「なにをいっている?獲物だと?」

 

 

「そうだな・・・獲物というよりは、食材か?いやちがうな、料理のように魚をさばく訳でも下味をつけるわけでもない、手間を掛けるつもりも無い。ああそうかあれだ・・・・・燃料といった方がいいな。まるで足りないから、君をもらう」

 

 

「さっぱり分からん。もっと正確に話せっ!」

 

 

「それでも一応言っておこうか・・・いただきます」

 

 

少女の言っている通り、横島にもあまり意味が理解できない会話は、一方的に終わりを告げた。周りにある湖から巨大な影が唐突に出現したからである。

あまりの出来事に一瞬思考が完全に止まる。冗談ではない、何が相手は弱っているだ。

それとも弱っていてこれなのか?あわててジークに通信を送る。

 

 

「こらっ、ジークてめぇだましやがったな!!これのどこが弱ってるってんだ!!」

 

 

「落ち着くんだ横島君。よく見てみろ、大半は見せ掛けだ。霊力をほとんど感じないだろう」

 

 

むかつくほどに冷静な声でジークは横島に告げた。

なんとなく釈然としない気持ちでとりあえず彼の言う通りあたり一面に広がった影の一部を見てみる。確かに言われなければなかなか気付けないだろうが、ほとんどの影達からは霊力を感じない。なるほど、要するにこけおどしというやつだ。

 

 

「よし、それじゃシロ一発頼む」

 

 

影に攻撃するには、至近距離まで近づく必要がある。

必要ない気もするが念のためにシロに陽動を頼んだ。

 

 

「ワオオオオオオオオオオオォォォォォォッッッ!!!」

 

 

原始的で雄雄しさを感じる獣の吼え声が夜の闇に響き渡る。シロらしい張りのある元気な声が霊力を伴い何処までも浸透していくようだった。

 

人狼の生気に満ちた霊力を感じたのだろう。それまで一切の感情を表すことがなかった影に動揺の色が浮かぶ。もっともそれは横島の気のせいだったのだろう。表情もないただ黒いだけの存在に動揺の色もなにもない。

 

ストックしておいた文珠を取り出し文字をこめる。ただ相手の消滅を願うその純粋な意思は文珠の力により形となって世界へと現れた。

 

 

”滅”

 

 

決して神々しくも激しくも力強さも感じない、緑色の光が標的である影の体を突き破ってあたりをやさしく照らし出す。悲鳴をあげる事もできないのだろう。周りにあった巨大な見せ掛けだけの分身たちを巻き込んで、影は現れたときと同じように唐突に姿を消した。

 

ふぅ、と心のなかで安堵の息をもらす。本音を言えば文珠の力が効くかどうか不安だったのだが、どうやらうまくいったらしい。あまりの事態の変化に感情がついていかないのだろう。金髪の少女をはじめ、彼女の周りにいる者達も同じような表情で呆けていた。まだ”隠”の効果は続いているが、なんとなく気分の問題で横島は彼女達から少し離れたところに移動して、ジークに通信を送った。

 

 

「ジーク、どうだ?たぶんうまくいったんじゃないか?」

 

 

「こちらジーク。ああ対象は完全に消滅した。霊力反応もない。よくやってくれた横島君」

 

 

ジークも緊張していたのだろう。声からその様子が分かった。

 

 

「さすが先生でござるな。おみごとでした」

 

 

シロがすかさず横島を褒め称える返事をよこした。

 

 

「まーなこれくらい余裕だってんだ。うわははははははは!」

 

 

基本的に褒められれば調子に乗るのが横島だ。不安から開放された反動もあってか美神が見たら調子に乗るなと少々過激に突っ込みを入れられる位に笑い声を上げていた。

 

 

「いやーこれで心置きなく散歩に出かけられるでござるな。先生も元気一杯みたいだし拙者楽しみでござる」

 

 

と、シロが空気を読まずに発言した。

 

 

「まだ言ってんのかお前は。行かんと言っとるだろーが」

 

 

通信鬼越しに言い合いを再開しながら、なんとかシロを説得し始める。ジークにも協力させようと思いながらなんとなく後ろを振り向いた。まだ誰も動く気配がない。

事情を説明できないのでなんともいえないが。金髪の少女に目を向けながら先程の会話を思い出してみる。

 

 

(あの影野郎。あそこにいる小さい子を狙ってたよな・・・?まさかロリコンやったのか?)

 

 

一応ジークに報告するかと考えて横島は元いた場所に戻っていった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。