Fate/stubborn Iron   作:@ccc

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起の章
まっかなそら


 

———十年前。

 

 

 真っ赤な空、不安定な瓦礫の地面、人だった物の燃える音と人と思われる物の呻き声。その世界ではそれが全てで、それが現実だった。

 見上げると真っ黒な太陽が空にあって、下を見ると真っ赤な物が地にあった。

 

——————まっかなそらだな。

 

 足を止めずに呆然とそう呟いた。ただ前に進めと、ただこの場から離れろと、そんな機械的な考えで俺は本能的に進み続けていた。ただ生き延びることを選択した。

 誰かが助けを求めてた。誰かが理不尽を嘆いてた。誰かが不幸を呪ってた。誰かが奇跡を願ってた。

 

 あれは人が言う"地獄"ではなく、正真正銘経験した人のみが語れる本物の"地獄"だった。

 風が吹くたび炎は勢いを増し、命の根を刈り取って行った。死神はその度、次はお前の番だと、逃げても無駄だと語りかけて来る。

 

 助けてくれ。

 この子だけでも。

 この瓦礫を退けてくれ。

 

 全て目を逸らした。

 助けを求める声を聞こえてないふりをして、後ろで炎に包まれるのを知らぬふりをして、瓦礫の下から縋る手を見えないふりをして。

 ごめんなさいと。一言それを言うだけで楽になれると知っていたから謝ることだけはしなかった。それが何もできない自分の唯一の誠意だと信じて歩いてきた。

 

 何て無力なんだろう。

 子供の自分は彼らを救うことはできない。

 何でこの人達は救われないのだろう。

 そんなのおかしい。間違っている。

 頑張った人が報われないことに腹が立つ。

 

 全てが全て燃えていき、気づいた時には聞こえていた呻き声の合唱も止んでいた。この場から離れる為に一歩一歩瓦礫の上を、死体の山を乗り越えて、そして……限界が訪れた。

 体が崩れ落ちるように地に倒れ、動かない体で仰向けのまま空を眺めた。

 頬には冷たい水滴がついて、あぁ雨が降るんだなぁと薄れゆく景色の中でこの火事の終焉を悟った。

 雨が降り出し、潮が引くように炎は見る間に小さくなっていき、黒い太陽もいつの間にか消えていた。

 大雨が降る中、東の空の雲の隙間からから微かな光が差し込んで来るのを見て、長い長い夜が終わったことに気がついた。

 意識が遠くなる。

 漠然と死を意識し始めた時、そいつは現れた。そいつは俺の周りの瓦礫を排除しながら懸命に身体を掘り起こし、雨に混じった大きな水滴を落とした。

 

 

「生きてる……生きてる……!あぁ、良かった、一人でも助けられて……。救われた……!」

 

 

      ◇

 

 結局のところ、俺が覚えているのは熱かったことと、息が苦しかったこと。そして、誰かが助けようとして、その誰が死んでいったこと。

 次に目を覚ましていた時、真っ白な場所にいた。周りを見渡すと俺と同じような年齢の子供たちがベッドに横たわっており、その顔は安らかに眠っているようだった。ここにいる怪我をしている皆、助かった人達だった。そしてやっとそこであの地獄から助かったのだと理解した。

 

 その男が現れたのは目が覚めてから数日後である。

 ボサボサの髪に黒いロングコ—ト。決して清潔とは言えない服装に大きめの旅行バッグを片手に持っていた。彼はベッドの近くにまで来ると俺の視界の高さまで腰を落とし、

 

「こんにちは、君が士郎くんだね」

 

と話し始めた。

 

「率直に聞くけど、孤児院に預けられるのと初めて会ったおじさんに引き取られるの、君はどっちがいいかな」

 

 望むのなら引き取ってくれると男は言った。

 親族だったり、親と知人だったりするのかと思い質問してみたが、正真正銘君とは赤の他人だよ、と言われてしまった。

 でも、まあ。

 孤児院とこいつ。どちらも知らないことには変わりない。

 それならこいつについて行こうと思った。

 

「そうか、よかった。なら早く支度を済ませよう。新しい家に一日でも早く慣れないといけないからね」

 

 そう言うと旅行バッグを降ろし、そこに荷物を詰め始めた。当時の俺でもその手際は決していいものではないとわかるぐらい下手くそだった。それで盛大に散らかしながらも荷物をまとめた後、思い出したかのように荷物から視線を上げた。

 

「そう言えば大切なことを言い忘れた。うちに来る前に一つ知っていて欲しい」

 

 そう言って本当に別に対したことを言う雰囲気もなく、

 

「初めに言っておくとね。

 僕は、魔法使いなんだ」

 

 そんな言葉を口にした。

 冗談とも取れるその言葉を子供だった自分は本気で信じ、

 

「うわ、爺さんすごいな」

 

 目を輝かせてそんな言葉を返したらしい。

 

 

 そして、俺は衛宮士郎になった。

 この時の出来事なんて俺は覚えてはいなかったが、親父が事あるごとにこの話を照れながらも何度も話してくれた。

 だから親父、衛宮切嗣にとってこの出来事はとても嬉しかった事の一つだったのかもしれない。

 

 以来、俺は魔法使い——厳密には魔術使い——である衛宮切嗣の息子となった。

 

 

 

 

 こうして衛宮士郎は十年前の大火災から救われた。衛宮切嗣という新しい家族を得て救われた。

 

 でも、忘れてはならなかった。

 衛宮士郎は擦り切れた身体は助けられた。確かに身体は助けられた。しかし、とっくに擦り切れ、壊れていた心は救うことは出来なかった。

 簡単なことだ。あの大火災で身体が死ぬ代わりに、衛宮士郎は心が死んだのだ。

 

 両親が死に、地獄を見て、只一人で空を眺めて死を悟った時、衛宮士郎の心は

 

 

死んだ。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

「ん…………」

 

 鳥の囀りと共に意識が覚醒した。時刻は午前六時を過ぎている。気分は最悪。十年前の出来事を思い出すことが最近少なくなっていたせいか、今回のは思っていたより精神的にこたえたらしい。

 

「にしても今朝も桜は早いな」

 

 耳を澄ませると台所からとんとん、というリズミカルな包丁の音が聞こえてきた。

 

「っと、感心している場合じゃない」

 

 早く支度をして桜の手伝いをしなくては———。

 

 

 

 リビングに来ると新聞片手にテ—ブルでご飯を催促している虎が異名の英語教師と制服の上にエプロン姿でご飯を配膳している桜がいた。

 

「あ、士郎だ—。おはよ—」

 

「おはようございます、先輩」

 

「おはよ桜、藤ねぇ。悪いな桜、ご飯丸投げで。藤ねぇも気を利かせて配膳ぐらい手伝ってやれよ」

 

「いえ、気にしないでください。好きでやっていますから」

 

 昨日の様子とは違い元気な桜がほんのり笑う。先ほど包丁の音と共に鼻歌が聞こえてたのでどうやら今日は体調も機嫌もいいらしい。

 

「藤ねぇを甘やかすなよ。この藤虎は甘やかすと何もしなくなるんだから」

 

「まあ、失礼ね—! 私やるときはやるよ—」

 

「それはどうだか」

 

 肩を竦めながら配膳を手伝おうと台所に向かおうとするとテ—ブルに大皿を置いた桜が、これが最後の料理ですよと背中から声をかけてくる。

 朝食は配膳も全部、桜がやってくれたみたいだ。

 

「本当にすまん。家主なのに何もできてなくて」

 

「そんないいんですよ、先輩。家主らしく堂々と座っててください」

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

 家主として客人をもてなすのは当然である。それに、最近の桜は料理が昔と比べられないぐらい上手くなっている。正直、今じゃあ洋食は俺より上手いぐらいだ。料理のイロハも知らなかった桜を教えていた身としてはその成長は喜ばしいことだが、師匠として弟子に負けるわけにはいかない。

 まあ、そんなくだらないプライドであるのだが今日はどちらにせよ体調が悪くてご飯を作る気力もなかった。ここは有難くご厚意に甘えておく。

 

「まあ、とにかくありがとう桜」

 

「どういたしまして、先輩」

 

 …………エプロンを脱いで微笑む桜に思わず見惚れてしまった。最近は桜が色っぽくなって色々困る。先輩として失格だ。

 とりあえずやる事は桜がやってくれたので大人しくテ—ブルの席に胡座をかいた。それを桜と藤ねぇが確認すると三人で同時に号令をかけてカチャカチャとご飯を食べ始める。

 

「ところで士郎、今日はどうするの? 土曜日だから学校は午前中だけだけど」

 

 黙り込んでいた空間に藤ねぇの疑問が飛んだ。

 えっと今日の予定は…………。

 

「確か今日は放課後すぐに生徒会室行ってそのあとは南谷くんと練習かな」

 

「あ—、そういえばそうだったね。そ—だ。桜ちゃん、朝練の時に言うけれども今日の午後練は三時半までね—。そのあとは士郎達が肩慣らしに使うから」

 

「え、先輩部活復活するんですか!?」

 

 藤ねぇとの会話を聞いていた桜が突如橋を構えた両手をテ—ブルに叩きつけて、身を乗り出す。

 

「いや、南谷くんの練習を手伝うだけかな」

 

「そう……ですか」

 

 明らかに気を落とした桜に期待させて悪かったと告げると藤ねぇからの熱烈な視線を感じてそちらを向く。

 

「ねえ、士郎。今朝は遅かったけどどうかした?」

 

 ……まったく、こういう事はすぐ気付くんだから。

 

「十年前の夢を見てた」

 

「そ、なら大丈夫ね。今朝に限って食欲がないってことないでしょ?」

 

 藤ねぇは昔からこういう少しした変化を見逃さない。そんなところは教師に向いているのだろう。

 昔、大ゲンカして帰ってきた時にバレて事情をはかされたっけ……。

 

「大丈夫だから俺の朝飯を狙うのをやめろ」

 

「むむむ……なんか納得いかないけど。まあ、それだけ言えれば十分ね」

 

 気を取り直した藤ねぇは再び食事へ戻り、当然の義務かのように、桜ちゃんおかわり—とお椀を差し出す。

 昔から変わらないのは性格だけでなく食欲も同じらしい。

 

「そういや藤ねぇ。本当に午後練の練習時間を割いてもらっていいのか? いや、確かに頼みはしたんだけどさ」

 

 実は昨日、バイトを終わらせて帰った俺は藤ねぇに南谷くんのことを話して練習場所の宛がないか聞いたのだが、

『え、なんで探す必要があるの? うちの学校の弓道場使えばいいじゃん』

とあっさり弓道場の使用許可を出したのだ。

 

「あ—それね。いいのいいの。間桐くんにも少し説教しないといけないしね」

 

 どうでもよさそうに卵焼きを摘みながら藤ねぇは答える。桜が暗い顔をしていたが、それは一瞬のことですぐに笑顔に変わる。

 

「そっか。サンキュ—な、藤ねぇ」

 

「別に気にしなくてもいいけど……そうだ! なら今日のお昼ご飯の弁当作って欲しいな〜。私今月ピンチなのだ」

 

 両手を腰に当てて、うん、ヤバイと呟く高校英語教師。桜も苦笑いである。

 

「了解。朝飯の余りを入れて、一品ぐらい追加しとくか」

 

 残りのご飯と味噌汁を掻き込むと自分の分の食器を台所に持っていく。勿論、他の二人の食べ終わった食器と桜の茶碗を持っていくのは忘れずに。

 さて。ちらっ、と食卓の方を見ると朝ご飯のレンコンとこんにゃくのいり鶏は藤ねぇの好評ののち、完食されたのでさらに追加で一品作ることにする。

 そういえば、昼は藤ねぇは桜と一緒だ。藤ねぇだけ作ってこれだけ家事をやってくれた桜に弁当を作らないのもあれなので桜が昼を既に持っていないなら作るとしよう。

 

「桜。今日の昼飯はもうあったりするか」

 

「いえ、ありませんけど……」

 

「りょ—かい。桜の分も作っとくからあとで持って行ってくれ」

 

「え、それは……その申し訳ないですし」

 

「今日の朝ご飯は桜が作ってくれただろ? それのお礼だ」

 

「う、……なら、私も手伝います」

 

「いいって桜。今回のは藤ねぇとの取引延長上のようなものだし」

 

 と言ってみるが経験上、桜がここでやめてくれたことはあまりない。桜に手伝ってもらったらお礼にならないが、時間がないので非常に申し訳ないが協力を頼む。

 ハンバ—グinピ—マンが食べた—い、という声が台所にかかって桜に藤ねぇの要望の品を作ることを頼むとせめてものお返しに、と最後のおかずに桜の好物を入れようと決意した。

 

 

     ◇

 

 

「おい、衛宮」

 

 午前だけの授業が終わった放課後、生徒会室には一成に先に行ってもらって一成に貸してもらったノ—トを写しているとニヤニヤした気持ち悪い笑顔を浮かべた慎二が机の前に立っていた。後ろには女の子もいる。

 

「どうした、慎二」

 

「どうしたも何も、お前あのクズの所に行ってきたんだって?」

 

「…………」

 

 クズと言われてピンと来る人はいなかったが慎二が目の敵にしていることと「行ってきた」というキ—ワ—ドで南谷くんのことを示しているとわかった。

 

「なんだよぉ、つれないなぁ。僕たちの仲だろ? 言ってくれれば一緒に行ってやったのにさ。あ、そっか。部活やめたもの同士傷でも舐め合ってたのかな?」

 

 クスクスと笑う女の子達。

 相変わらずの慎二だが、このことは少し神経質になっているからか慎二の言い回しに感情が高ぶる。

 ノ—トの写しは生徒会室でもできるだろうと鞄を持って立ち上がるが話すことに酔っている慎二は気にせず話し続ける。

 

「まったく、根性ないよなぁあいつ。しばらく話のネタにしようと思ってたのにさ。まあ、クズはどうやってもクズってことか」

 

「何しに来たんだよ、慎二」

 

 いい加減に腹が立ってきたので要件だけ訪ねた。

 少し睨みを利かせて慎二を見る。

 慎二は嬉々した顔で、

 

「あいつがもう学校来れない—ってぐらいにしてやりたいんだけどさ。な、衛宮手伝えよ。友達だろ?」

 

「っ——————!!!」

 

 手にある鞄を放り投げて、両手で慎二の襟を掴み取って持ち上げた。完全に持ち上がりはしないものの軽い脅し程度にはなる。そしてそのまま——————

 

「衛宮、ストップ。それ以上やったアウトだから」

 

 そんな聞き覚えのある声で冷静さを取り戻した。

 

「美綴」

 

 現れた主の名前を呼ぶ。美綴は腕を組んで立っており、慎二を軽く睨みながら振り上げられた俺の腕を掴んでいた。

 

「ちっ、放せよっ」

 

 美綴が来て不機嫌になった慎二が両腕を振り払う。後ろの女の子たちも不穏な空気を察してか顔を強張らせる。

 

「慎二、藤村先生があんた呼んでるから行ってきな」

 

 美綴の言葉で慎二は舌打ちと共に女の子を連れて教室から出て行った。それを見届けた美綴はため息をつく。

 

「まったく、殴りかかれば慎二の思う壺でしょ」

 

「すまん美綴。つい、カッとなって」

 

「まあ、でもあれは確かに私もぶん殴りたくなったから。にしても衛宮部活やめたのにやたらと身体鍛えてるよな」

 

 やたら力強くてびっくりしたよ、とあっけらかんと笑う美綴を見て自分の不甲斐なさを感じる。

 にしても慎二はなんであんなことを俺に言ってきたんだ。

 

「慎二のさっきのことがわからないって顔してるね。あれはただ南谷くんに手を貸してる衛宮が気にくわないってだけだと思うよ」

 

「そっか」

 

 よくわからないがそういうことなんだろう。昔から慎二は自分の思い通りにならないとムスッとしていることがあった。それの延長だろう。

 

「衛宮! 慎二と喧嘩があったと聞いたが大丈夫だったか!?」

 

 扉を破壊する勢いで登場したのは柳洞一成。肩で息をしてるところを見ると生徒会室から急いで来たのだろう。

 

「大丈夫だよ、一成。ちょっと揉めただけだから」

 

「そ、そうか。なら良かった。衛宮はカッとなると周りが見えなくなるからな」

 

 安心したと言わんばかりに一成は胸を撫で下ろす。修理してくれる人がいなくなると生徒会室は今ピンチだからな、と笑っていることはこの際見なかったことにする。

 心配してくれる一成と間違えたことを止めてくれる美綴。

 本当にいい友達を持ったものだ。

 

「ありがとな、美綴、一成」

 

 

      ◇

 

 

「じゃあ衛宮センパイ。お疲れ様でした」

 

「気をつけて帰れよ」

 

 南谷くんとの練習が終わって時刻七時。校門前で南谷くんと別れる。南谷くんの家は新都やうちとは反対の方向らしい。反対方向には住宅街があるだけなので恐らくそのどれかが南谷くんの家なんだろう。

 

 俺も帰るか、と南谷くんに背を向けて自分の家の方向を向くと明らかに怪しい奴がいた。

 日本人とは思えない白い髪、焼けた肌、それなのに顔立ちはアジア系特有の顔立ちと来たものだ。真っ赤な外套を身につけていて側から見ると全身真っ赤で目立つ。

 道路の中央に立つその姿は俺を通さまいと道を塞いでいるようにも見えた。

 

「……なんか用ですか」

 

 なんとなく、この男は気にくわないと思った。だからなのかぶっきらぼうな声で話しかけてしまった。とはいえ一度言った言葉は取り消せないので気にしないことにする。

 

「ふっ、随分と気が短いようだな。ふむ、用事か。あると言えばあるが……今ではないだろう」

 

「意味わかんないこと言うな、あんた。用はないってことでいいのか」

 

「そうだな、()は無い」

 

「じゃあそこ通ってもいいんだな」

 

「元より塞いでいるつもりは無いが」

 

 ふっ、と笑うコイツに睨みつける俺。しばしその状況が続いたが先に折れたのは俺だった。

 こんな気にくわないやつに時間を取られたく無いし、なによりコイツと少しでも長くいたくない。

 鞄を背負い直して顔を合わせ無いように白髪の男の横を通り抜ける時、

 

「早く彼女(・・)を呼ぶことが賢明だ」

 

「はぁ?」

 

 そんなことを言った。

 ふと思い出されたのはここで通りすがった銀髪の少女のこと。意味を聞こうと振り返るとそこには誰もいなかった。

 

 

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