Fate/stubborn Iron 作:@ccc
「姿を見せたらどうかね」
誰もいないはずの道路に腕を組んだ赤い外套の白髪の男が姿を現わす。壁に寄りかかって余裕そうな顔で瞳を閉じる姿はどこからどう見ても油断そのものであるが、戦いに優れた者ならわかるはずだ。彼に油断はない。いつ、如何なる場所で襲われても対処出来るように周囲に気を巡らせているのだ。
男の言葉に応じたのは一人の少女だった。銀髪を風に揺らし、白をメインにしたアインツベルン特製の冬服を着た少女はまるで妖精のようだった。
「あ—あ、お兄ちゃんが行っちゃったじゃない」
「ふむ、
「あら、レディの会う予定を狂わせた挙句自己紹介もないんだ?」
「む、それは失礼した。とある
「クラスは答えないのね。まあいいわ。それで、何? 私と戦うつもり? マスタ—だけだから倒せると思ってるなら大間違いよ。令呪で
「いや、そんなつもりはなかったんだが、まるで一般人を襲おうとしているように見えたものでね」
「あら、それでボディガ—ド? お人好しなのね」
少女、イリヤスフィ—ル・フォン・アインツベルンは目の前の英霊の特徴を覚えていく。英霊の真名当てには何気に重要なことが服や身体的特徴に出やすいと教えられたことがあるからだ。
英霊は白髪だった。真っ赤な外套に身を包み、武器らしきものは手に持っていない。こっちがマスタ—であることを気づいているのにこちらを攻撃する様子はない。
「因みに君は気づいているかね?」
「え、」
不意打ち気味にされた質問を集中してなかった為聞こえず間抜けな返事をしてしまった。白髪の男は聞いてなかったのかね、と軽く呆れながら、
「君はこの異変に気づいているかねと聞いたのだ」
異変、そんな言葉に首を傾げる。男も期待はしてなかったらしいが少し難しい顔をする。
「この異変って何かしら」
「いや、君が気づいてないなら私の気のせいかもしれない。なんでもない、気にしないでくれ」
"君が気づいてないなら"。その言い回しに違和感を感じる。なにか、イリヤならわかる筈だと思っている。
異変?
特に何もないと思うが何か、いや敵の罠という可能性もある。
「とりあえず、戦う意思は私にはない。ここは両者引くとしないか」
「…………えぇ、わかったわ」
何かつっかかった疑問が頭から離れない。イリヤの了承を聞き入れた英霊は役目を終えたというように霊体化して消えていく。
引っかかるのはやはりこの英霊だろう。
なんだ、何が引っかかる?
アインツベルン城に戻ろうと坂道を戻っていこうとした時、
「あ、」
唐突に気づいた。
"君が気づいてないなら"。つまりポジションとしてイリヤのみがわかり、英霊の彼が違和感を感じる、両方の条件を満たした唯一の物があった。
聖杯。
アインツベルン家は聖杯戦争での聖杯の器の準備を担当している。当初は物を聖杯とし準備してきたが、前回である第四次聖杯戦争からアインツベルン家のホムンクルスを聖杯とした。第四次聖杯戦争ではイリヤの母であるアイリスフィ—ルが聖杯として消えてゆく運命となったが、今回の第五次聖杯戦争では母の跡を継いでイリヤが聖杯となった。
いや、詳しくいうとイリヤは聖杯の中での小聖杯というものだ。
聖杯には大きく二つの分類があり、一つが大聖杯。もう一つが小聖杯だ。魔術師達が求め合うのはこれの小聖杯である。大聖杯は聖杯戦争のシステムそのもので、小聖杯は英霊の魂を集めて聖杯の中身を生み出す装置ということだ。その小聖杯はイリヤで、大聖杯と繋がっている。英霊の召喚されるシステムは大聖杯からの召喚。
つまり、は。
あの英霊が違和感を感じてイリヤに訪ねてきたというなら。
それが意味するのは———。
調べることができた。
イリヤはアインツベルン城へと急ぐ。
◇
「ただいま」
家に帰ると桜も藤ねぇもいなかった。藤ねぇに関しては今日はいかないと言っていたが桜が来ないなんて珍しい。
いや、来るのが当然と思うのは間違ってるか。
一人なので適当にご飯を作ると余りはラップをして冷蔵庫に。風呂を沸かしておくと本格的にやることがなくなってしまった。リビングに座り込んでテレビをつけると、ただボ—とタレントが面白おかしく喋っているのを眺めた。ふと視線の隅に何かを見つけた。
「……ああ、いつかのポスタ—か」
実はこのポスタ—の初回限定版は金属で出来ていて、それで藤ねえが俺の頭を叩いた時は死ぬかと思った。星が見えたスタ—。因みにその
風呂が沸かされるとゆったりと入り、十一時ぐらいには出ておく。その後日課である魔術の鍛錬をした後、十二時前にベッドに入った。
◇◇
夢を見た。
イメ—ジするのは常に剣。
それはいつものことであっても今度は何かが違った。
いつもならイメ—ジされるのは漠然とした知識で知り得る剣の数々。もちろん殆どが無銘の剣である。それがまるでスライドショ—のように流れては現れ、また流れては現れ、それを繰り返すだけだった。
今度もそうなるだろうと思っていたが、それは覆された。
イメ—ジするのはただ一つの剣。
黄金に輝く直剣。
風が吹く丘の上に深々と突き刺さっていた。
選定の剣、とその剣は呼ばれていたようだ。その剣は王となるのに相応しい者を選定する。武に自信がある者は我こそはと集まり、剣を抜こうと挑戦し、悉く失敗した。その日も名のある武人達が大衆の前で選定の剣を躍起になって引き抜こうとしていた。結局抜けることはなく、武人達が諦め、大衆が家へと帰った後、一人の少女がその場に残っていた。
少女は美しかった。
金髪の髪を風で揺らし、翡翠の瞳は選定の剣を射抜き、大衆が着ていたのと同じような格好で武具もつけずに立っていた。
武人には見えなかった。
しかし、彼女は選定の剣の元へ向かう。剣の柄に手をかけて引き抜こうとした時、その少女を呼び止めるようにコ—トを着た魔術師の男が現れた。
魔術師は少女ならばその剣を抜くことが出来ると言った。そしてその上で少女が剣を抜いた未来を見せた。
その未来では、国が王を裏切りボロボロになって死んでいく少女の姿があった。
魔術師は少女に王になるのを止めるように告げた。
こんな未来を君が生きることはないだろう。君とてこんな風に死にたくなかろう。
魔術師の忠告を聞いた少女はそれでも剣の柄に手をかけて、
「多くの人が笑っていました。それは間違いではないと思います」
垣間見たその未来に、人々が笑うその姿を見て躊躇なくその剣を引き抜いた。
彼女は王になった。
彼女は自分を隠し、王として生きることに決めたのだ。
それを見て俺は思う。
それは、
心が死んでいるのと何が違うのだろうか。
◇◇
突如、屋敷に取り付けられている鐘が鳴った。この鐘が鳴ることは極稀なので瞬時に夢から意識が浮上する。
「……っ! 一体なんだってんだ!」
この屋敷は親父が俺に残しておいてくれた物の一つだ。勿論、元々魔術師である親父が使っていたので敵が入ってくると反応する結界が張られている。今の鐘の音はその結界内に敵意がある魔術師が侵入してきた時に鳴るものだった。
———まさか、魔術協会……っ!
切嗣からは魔術協会には気をつけるように魔術を習った時から言われている。魔術の隠匿を目的とする団体なので基本無害なのだが、逆に魔術の存在を世間に気付かせてしまうようなことをする者には容赦がない。俺は魔術の存在を世間に気付かせるようなヘマはしてないとは思うが、ありえるのは魔術協会しかいない。十中八九あたりだろう。
何であろうと、とりあえず手元に武器となるようなものがないのが致命的だ。寝室を急いで出るとリビングに移動して武器になりそうな物を探す。
包丁は、ダメ。リ—チが短い。シャ—ペンはダメ。使い道がない。フライパンも考えたが実用性がないし、扱いずらい気がする。
その時足下に何かが当たるような感覚があった。藤ねぇが持ってきたポスタ—。これだ!
その時、ピ—ンポ—ンと玄関のチャイムが鳴る。侵入者は玄関にいる。早く武器を作らないといけない。
ポスタ—を手に取る。
———
———構成材質、解明
———構成材質、補強
———
四節で強化の魔術をポスタ—に施す。驚くことにいつも失敗ばかりの魔術はあっさりと成功した。これが火事場の馬鹿力というやつだろうか。ポスタ—の構成材質の間に魔力を通して固定化。これでポスタ—の硬さは鉄ぐらいとなり、かつ重さは普通のポスタ—と変わらない。
ポスタ—片手に玄関へと向かうと扉の向こうに影があった。丁寧に玄関でちゃんと待ってくれていたみたいだ。警戒を忘れないで扉を開けた。
「えっと、どちら様ですか」
「夜遅くにすいません。魔術協会バゼット・フラガ・マクレミッツと言います」
扉の外には赤紫色の髪をした女性がいた。黒いス—ツで身を包んでいて、両手には手袋をつけていた。歳は二十歳前後だろうか。化粧もしていないのに綺麗な女性だと思った。
バゼットと名乗った彼女は軽く俺を一瞥すると、
「失礼ですが、貴方が衛宮ですか?」
「えっと……まあ、はい。俺が衛宮し」
「そこまで聞ければ結構です。理由はわかっていますね。魔術協会と告げても逃げ出さないその心意気は認めますが、止めるつもりはありません」
バッとボクシングのように構える彼女。その姿が様になっていて、何か背筋に冷たい物が流れる。
「ちょっと待ってくれ! 理由を話してくれ、理由を!!」
「問答無用っ!」
轟っ!! と繰り出される拳。ほぼ反射的に振り抜いたポスタ—が運良く当たったらしく廊下に吹き飛ばされる。
「———っあ”————だ」
右手に振動がきて痺れる。ポスタ—は中程で曲がってしまっていて、もう武器として使うにはどう見ても無理だった。
鉄と同じ硬度だぞ!? そんな簡単に折られるものじゃないだろ!
寒気がする。今のはたまたま拳がポスタ—当たったから良かったものの今のが体に当たっていたら———。
「———っ!! くそっ!!」
とりあえず武器を手に入れないと。
その一心で廊下まで飛ばされたことを利用してリビングに逃げ込んだ。ポスタ—は捨てずに持っておく。何もないよりいいだろう。
「ランサ—、聞こえますか。仕事です。そちらに向かいました」
『あいよ』
◇◇◇
「
リビングに入ると扉を閉めてそのドアに強化の魔術を施す。今度も上手く成功した。これがいつもの鍛錬でも出てて欲しいところだが、そんなことを愚痴っている暇はない。
新しい武器を手に入れるにはこの屋敷にはないだろう。なので向かうは土蔵。あそこならば武器となるガラクタがあるはずだ。
リビングを抜けて土蔵に一番近い窓を開ける。庭には人影はない。土蔵までなら全力で走ればいくらあいつが人間離れしてても追いつけやしない!
庭に飛び出すと周囲に警戒しながらも土蔵に走り出す。周りには人影はない。
よし、このままなら———!!
「まったく、周囲は確認するのに上を確認しないのは甘いとしか言いようがね—な、おい」
「は——————?」
ありえない場所からの声だった。屋敷の上、満月を背景に青髪の男が血のような朱塗の槍を肩に担いでいた。月夜に駆ける狼を連想してしまったのはその男の鋭い真紅の目が故か。
足が動かない。動けない。動いたら殺される。人間としての本能が警報を鳴らす。
「まあ、俺らに狙われたってことが既に命運が尽きたってこった。諦めて死ねや坊主」
面倒くさそうにそう告げると屋根から落ちように地面に降りる。ダメだ、死ぬ。明確な死のイメ—ジが頭を駆ける。朱の槍を持った男が一歩一歩近づいてくる。
「じゃあな、坊主。恨むなら狙われた己を恨むんだな」
土が跳ね上がった。
それは弾丸と同じで視界などには映らない。
同時に青と赤の閃光が近づき、真っ赤な線の軌跡が引かれ、
「——っ———がぁ——!!」
「———っち」
強引にその軌跡に割り込ませる形でポスタ—をぶち当てた。右手に痛みが走る。ポスタ—が吹き飛ぶ。ゴンッという鈍い音と青い狼が舌打ちしたなか、俺は一気に数メ—トルほど吹き飛ばされ、さらに上手く着地出来ずに地面に叩きつけられる形で転がった。
生きてる。その実感が体を巡る。
今のは完全に相手の手加減が生き残れた原因である。槍とは突くというのが最も強い攻撃だ。リ—チが長い上に剣のように線ではなく、点としての攻撃なので防ぐのは遥かに難しい。だが、奴はなぎ払うような線を描いて攻撃してきた。そのなぎ払いも奴とて本気で振るったわけでなく片手間に振るったのぐらいだったのだろう。
運が良かった。それしか言うことができない。突きで攻撃されていたのなら、あるいは本気で槍を振っていたのなら、攻撃にポスタ—を挟むことが出来ずにここにある体は既に冷たくなっていただろう。
「ほう、変わった芸風だな。坊主」
狼はニヤリと面白そうな玩具を見つけたみたいに笑う。背筋に悪寒が走る。それはまるで価値がないものに実は価値があったと知った時のものと同じで。その価値はどれ程のものかと楽しそうに男が槍を振り回す。
「魔術師のくせに白兵戦を得意としてるのか? いや、構えは甘いし得意にしてるわりにはクソみたいな武器だ。しかし、瞬間での判断は評価に値する。腕っ節がまだまだってところか。バゼットの話だと銃を使うとの話だったんだが……。まあいい、マスタ—が指示する通りにやるだけよ」
男が何かを言っている気がするがそんなことは関係ない。さっきのやりとりで足が動くようになり、落ちているポスタ—を回収しながら土蔵へと走り出した。男はそれを追おうとはせずに考え事をしているようだ。チャンスなんて二度は起こらない。今しかない。
土蔵の目の前まで来たところで背後から再び地が砕かれる音が聞こえた。今度は正真正銘の必殺の突き。避けることは決してできやしない。
「こ——————のぉぉぉぉぉ!!!」
それを防いだ。
棒状に丸めて使っていたポスタ—を広げて一度限りの盾とする。
「ぬ——————」
それでも強度が足りずに数秒と保たずしてポスタ—弾けて槍の衝撃で吹き飛ばされる。土蔵の扉に強打したが、そのおかげで閉まっていた扉が開いたようだった。
体を引きずるように武器を求めて土蔵に入る。
土蔵の中は暗く、月の光のみが照らしていた。意識は朦朧としていて、何をすべきかわからないまま土蔵の奥へと向かう。
土蔵の奥の柱に辿り着くと柱に背を預けて、
「そこまでだ、坊主」
男がそこにいた。
「ここまでよくやったって褒めてやりたいぐらい上出来だ。特に最後のやつは俺も少しばかり驚かさせられた」
目の前には朱の槍。心臓のある位置に鉾先を向けられている。俺はこれを知っている。あの地獄で知った死の匂いだ。この槍を少しだけ動かすだけで衛宮士郎の生命活動は止まる。
その先はない。
「機転は利くが魔術はからっきし。バゼットから聞いた奴とは違うんだろうが、マスタ—命令だからな。坊主も魔術師になったからには覚悟はあるだろう」
地獄を見て、みんなに見送られて、衛宮になって、魔術を教えられて、正義の味方になるって決めて。そんな人生の結末が理由もわからずいきなり襲われて殺される———?
ふざけろ。今更ながらイライラしてきた。なんで俺が狙われないといけない、なんで俺が殺されないといけない……っ!!
俺は義務を果たさないといけないんだ。あの地獄で生き延びた俺には義務を果たさないといけないんだ。
「じゃあな坊主。もしかしたら、七人目はお前だったのかもな———!」
迫る真紅。
時が止まるように遅く感じる。だが、一秒も経たずして衛宮士郎は胸を貫かれて死ぬことは変わらない。
そんな運命に逆らわずしていられない。
こんな運命間違ってる。
こんな簡単に人が死ぬなんて間違ってる。
生きて義務を果たさないといけないのに、死んだら義務を果たせない。
間違ってる、こんなのは間違ってる。
———こんなところで意味もなく、
———お前みたいな奴に殺されてたまるか!!
それはまるで魔法のように現れた。
突如として光が土蔵を包み込み、何かが俺と男の間に割り込んで、金属音を起こしながら俺の胸に向かっていた真紅の槍を弾いた。
「七人目の
現れたそれは見間違えじゃなければ少女の姿をしていた。その少女は槍を弾かれて驚いている男の懐へと躊躇なく踏み込む。
二度火花が散った。
少女は手にする"何か"を振るうと男が槍を振ってそれを弾こうとする。
剛剣一閃。
それを受けてたたら踏んだ男は土蔵内は不利と感じたか、舌打ちと共に外へと飛び出した。
それを見届けた少女は男を威嚇しながらも俺の方へと振り向いた。
僅かに風が吹いて雲が流れ、月が土蔵内を照らした。月光は銀と青の騎士の姿をした少女にスポットライトを当てる。
言葉が出てこない。
状況に混乱してたわけではなく、目の前の少女があまりにも綺麗すぎて言葉が出てこなかったのだ。
———この光景は例え記憶が摩耗したとしても、俺は一生忘れないだろう。
月色の髪、青と銀の騎士。俺を見つめている翡翠の瞳。その手には"何か"を持っていて、その態度からは荒野に咲く凛とした一輪の花を連想させる。
月を背景にした彼女は告げる。
「問おう、貴方が私のマスタ—か」
—————運命は、動き出した。