あれは嘘だ。
今回は陸人目線です。
特に盛り上がりはないですが話を進める上で必要なのでご勘弁ください。
「あー、明日から本格的に始まるのか……。面倒だな……」
「いいじゃん。どうせ陸人は木下さんと一緒にやるんだから」
「まぁそうだけどさ」
だいたい、強化合宿自体今年は休もうと思ってたからな。
木下がいるから来たものの、やっぱり面倒だ。
「それにしてもいつの間にあんなに仲良くなったの?」
「ま、色々とな」
「本気になったんだね」
「元々本気だよ」
『こんなことやるのなんてFクラスのあいつらしかいないわ!皆!あいつらの部屋に行くわよ!』
『『「おおっーーーー!!!!』』』
「なんだ?」
「騒がしいね」
合宿所に到着した後、風呂に入った俺と空が廊下を歩いていると何やら女子風呂の方から怒声が聞こえ、Cクラスの小山を中心にドタドタと数名の女子が走っていった。
Fクラスのあいつら……か。
明久たちのことじゃねぇだろうな。
何となくこんな騒ぎに巻き込まれそうなやつらの顔を思い浮かべていると、さっきの女子に引き続きもう1人、女子風呂から知っている顔が走って出てくる。
「おお霧島。どこに行く」
物凄いスピードで俺達の横を走り去ろうとしたが、すんでのところで腕を掴み引き止めた。
手には金属バット。
一体何に使うつもりなんだよ……。
「……雄二の部屋」
「さっきの奴らもか?」
コクリ、と頷き返事をした霧島はとてつもない殺気を放ち、早く離せと言わんばかりにイライラしている様子が見てわかる。
だけど、この状態でここを通すわけにはいかないな。
「何をしにいくんだ?」
「……お仕置き」
「お仕置き?」
「……女子風呂から盗撮カメラが発見された。きっと雄二たちが仕掛けたって小山が」
「なるほどな。それを聞きつけて今から行く、と」
「……そういうこと」
「じゃあこれは要らないな。空」
「うん」
俺の合図で空が霧島の手に握られた金属バットを蹴り飛ばす。
咄嗟のことで力が入っていなかったのか、金属バットは簡単に霧島の手を離れ、カランカランと音を立てて転がった。
「……何をするの?」
「それはこっちのセリフだ。お前本当に雄二が盗撮カメラを仕掛けたと?」
「……否定は出来ない」
「出来ないだけだ。まだ有罪と決まったわけじゃない。だったらそのバットは要らないだろ」
「……でも」
「でもじゃない。お前彼女なんだろ?まずは話を聞いてやれ」
「…………分かった」
渋々といった感じではあるが、少しだけ霧島の殺気が収まる。
冷静になったか……?
どうでもいいけどさっきから抜け出そうと引っ張る力がとてつもなく強いんだよこいつ……。
一体どっからこれだけの力を出しているのやら。
「霧島さんは止めたけど、さっきの様子だと急いだ方がいいみたいだね。雄二たちの部屋は4階だ。いこう陸人」
「あぁ。分かってるよ」
ーーーーーーーーーー
『だから俺達はやってねぇ!』
『どうだか?一体あなた達の発言なんてどれ位信用されるのかしらね?』
急いで4階の雄二たちの部屋の前まで来てみると、中では既に雄二たちが問い詰められているみたいだった。
「邪魔するぞ」
「り、陸人!それに空も!」
扉を開けると明久が縋るように俺達の方に目を向ける。
雄二も一瞬目を輝かせるが……
「しょ、翔子!?違うんだ!これは誤解で!」
霧島を見るや否や、土下座をする勢いで弁明をはじめる。
相当調教されてるなこりゃ。
部屋の中を見渡すと明久、雄二、秀吉、ムッツリーニのFクラスメンツ。
そして小山を中心とした女子が7、8名と。
秀吉だけは女子側に引き寄せられているから残りの3人が容疑者扱いになっているのだろう。
まぁ普通ならそうするだろうな。
観察処分者の明久、進級早々に試召戦争で学年を掻き乱しまくったクラス代表の雄二、そして盗撮常習犯のムッツリーニ。
人物だけなら役満だ。
「落ち着け雄二。霧島はとりあえず話を聞きに来ただけだ。事情は聞いてる。盗撮騒ぎって話だが、お前らがやったのか?」
「そんなわけないだろ!俺達はやってねぇ!」
「ま、だろうな」
「ちょっと水谷君。勝手に話を進めないでもらえるかしら?」
「これはこれはCクラス代表じゃねぇか。何の用だ?」
「それはこっちのセリフよ」
ずいっ、とこちらに身を乗り出し、つり目気味の目を更に引き上げて睨みつけられる。
木下といい霧島といい小山といい、今日は睨まれてばっかりだな俺。
よく見ると手には小型カメラらしきものが握られており、どうやらこれが今回発見されたもののようだ。
見た感じ少し安物っぽい。
多分、完全犯罪タイプのムッツリーニが使うような代物ではないだろう。
「水谷君、まさかとは思うけどこの馬鹿達の言う事を鵜呑みにするつもり?」
「そのまさかだが?やってないって言うならやってないんだろ。それを覆すつもりならちゃんと証拠を出せ」
「証拠?そんなもの無くてもこいつらの普段の行動を考えたら必要ないわ」
「それは詭弁だ。疑わしきは罰せず。裁きの大原則だろ。こういうことをするのはこいつらしかいない、なんて決めつけは論外だ」
「ちょーっと待ちなさい!」
互いが互いを睨みつけ、水掛け論と化した俺の小山の間を、割くようにして入り込んできたのは去年明久達と共によく見たポニーテールだった。
「なんだ島田」
「なんだじゃないでしょ!水谷はいつも喧嘩腰になりすぎなのよ!」
ビシッと指さしてプンスカと怒り、今日何度目か分からない睨みを頂戴した。
おい、人を指で指すなって習わなかったのかよ。
ふと見ると、やって来たのは島田だけではないようで、その後ろにはどうしたらいいか分からないと言わんばかりにおろおろと狼狽える姫路の姿。
どうやらFクラスの女子も駆けつけてきたらしい。
「で、島田はなんで来たんだ?また明久の折檻か?」
「ち、違うわよ!そういうのは去年あんたに散々怒られた時から辞めてるでしょ!今回はアキ達を助けに来たのよ!」
「アキ、ねぇ」
名前呼びとは随分と進歩してやがる。
いつの間にこいつら進展したんだ?
なんだか姫路もチラチラと明久の方を見て心配してるみたいだし、また女難の相が酷くなったなあいつめ。
「な、なによ。別にいいでしょ?」
「いいけどよ。で、助けに来たってのは?」
「そうよ!小山、アキ達は今回に限っては盗撮なんてしてないわ!」
「へぇ。何を根拠に?」
「ウチらはここに現地集合で、ついさっき到着したばかりなの。荷物だって今置いたくらいなんだから、カメラを仕掛ける時間なんてなかったはずよ」
「じゃあこれは誰が仕掛けたっていうの?」
「そ、それは……」
一瞬狼狽える島田だったが、もうこれで十分だ。
今までと流れは変わる。
たった一つのこの証言でどうにかこの場を収めることが出来そうだ。
島田には感謝しないとな。
「おいおいそれは愚問だろ。してもないやつに誰がやったんだなんて分かるはずがない。答えることが出来ない質問はしちゃいけないだろ」
「うるさいわね……。とにかく!こんなことするようなやつらはコイツらしかいないの!だいたいFクラスのやつらの言うことなんて信用出来ないんだから!」
「んなっ!?お、小山あんたねぇ!」
「待て島田。落ち着け」
「でも!」
「いいから。小山。お前はFクラスのやつだから信用出来ない。そう言いたんだな?」
「ええ。そうよ」
「じゃあこうしよう。俺は島田の証言を、Aクラスの生徒として責任を持って信じる。だからお前もここは俺の顔を立てて信用してくれ」
「はぁ!?」
「これならいいだろ?そんなにクラスの差を重んじるっていうなら、CクラスがAクラスの言葉には信憑性はないだなんて言わないだろ」
「うぐっ……で、でもそんなの!」
「詭弁じゃないと思うよ」
「さ、爽地君……」
「島田さんは女子だ。女子浴場から盗撮カメラなんてものが発見されて、男子を庇う理由がない。それにほら、見てよ」
空の指さした先は合宿所の入口で、ちょうど他のFクラスの生徒が入ってくるところだった。
「こうして今Fクラスの生徒がやってきてるわけだからさっきの証言にも信憑性は十分にあると思う。だから僕も支持する。どう?Aクラス2人がこう言ってるんだ。ここは下がってもらえないかな?」
「……私からも」
「き、霧島さんまで……」
「……もし本当に雄二たちがそんなことをしていたって分かったら、私が責任を持ってお仕置きするから」
Aクラスの代表にまで言われ、流石の小山も黙り込む。
流れが変わった。
こうなってくると、女子側も決定的な証拠を出さざるを得ない。
もちろん、そんなものがあるのならとっくに出しているわけで。
「…………分かったわ。ここは引き下がってあげる。でも覚えておきなさい。もしこれがこいつらの仕業だって改めて分かったら、あなた達にも責任を取ってもらうから。いいわね?」
「あぁ、構わないさ」
小山は余程こいつらを仕留められなかったことが悔しかったのか、ふんっとわかり易く鼻を鳴らして出ていった。
他の女子達もリーダー格がいなくなったためどうしたらいいのか分からなくなりぞろぞろ部屋を後にする。
まぁあいつらはFクラスに1杯食わされてるわけだからな。
特に小山は根本の元彼女ということで恥も掻いている。
つるし上げる絶好機だったのだろうが、何とかなったぜ。
「いいの陸人。あんなこと言っちゃって」
「は?なんだよ明久。今更になって実は僕達がやりました、なんて言うのか?」
「そんなわけないじゃないか!今回はやってないよ!」
「今回は、ってところが問題ね……。アキ達が普段から悪さばっかりしてるからこんなことになるのよ?」
「返す言葉もありません……」
「とにかく陸人のおかげで助かったぜ……。翔子を止めてくれたのもお前か?」
「あぁ。ただお前が普段から霧島に疑われるようなことしてなけりゃそんな心配もいらねぇんだよ。しっかりしろ彼氏様」
「お、俺はまだ彼氏じゃねぇ!」
「はいはい。まだね。そんじゃ俺の役目も終わったし部屋に戻るわ」
まったく。
相変わらずというかなんというか。
去年からこいつらの周りじゃ騒ぎや事件ばっかりだ。
友人としてのよしみで付き合うこっちの身にもなってほしいぜ。
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『すまん陸人。さっきは翔子達もいたから言えなかったんだが、実はお前に相談したいことがある。後でまた俺達の部屋に来てくれないか?』
まだあの騒ぎは片付いていない。
部屋に戻った後、俺の携帯に送られたメールは、そんな不安を駆り立てて俺の頬を引き攣らせるのだった。
つ、次こそ!
次こそはいちゃいちゃさせるんだからね!