見渡す限りの白い世界。
ふんわりとした心地よい暖かさに包まれたそこに、あたしと水谷君は立っていた。
「木下。触るぞ」
「は、はい……」
何故かあたしは敬語を使って緊張してて、水谷君はそんなあたしを見て優しく笑い、あたしの頭に手を乗せた。
以前繋いだ時と同じ大きくて硬い手はゆっくりと頭を撫でながら、たまに髪を梳かしていく。
とても心地の良い感覚に目を細めると、水谷君がまた笑って、釣られるようにあたしも自然と笑みが零れる。
そしてその手は段々と髪から耳に、頬にとシフトして行き、気がつけば反対側の手はあたしの腰に回っていた。
頬を撫でる手はとても擽ったくって、でも離れると何だか寂しくなってしまう。
動物が顔を撫でられてる時ってこんな感じなのかしら。
何とも言えない不思議な気持ちに身を任せ、されるがままに触れられる。
なんでこんなことをされているのか分からない。
だけどとっても幸せ。
頭の中ではただそれだけしか考えていなかった。
そんな中再び頬に手が動いた時、今度は撫でられることなく動きが止まる。
二人の間に交わされる視線。
硝子を何枚を重ねたような深い藍色の瞳があたしを捉えて離さない。
今まで冷たい印象しかなかった瞳だけど、何故か今だけはとても熱い色だと思ってしまった。
キス……されちゃうのかしら。
何となくそんな展開が頭をよぎった時、同時に水谷君の口も開く。
「起きないとキスするぞ」
あぁやっぱり……って、『起きないと』?
★☆★☆★☆★☆
「…………っ!!!!」ガバッ
「(おまっ!いきなり起きるなっ)」
そこは薄暗く、月明かりだけが部屋を照らしていた。
目の前には水谷君が。
何やら慌てた様子でしーっと、口に指を当てていた。
待って。なんで水谷君?
っていうか、あたしトンデモナイ夢を見ていたような……?
状況が思い出せず回りを見渡す。
左右には愛子と代表が気持ち良さそうに寝ている。
そして周りにかためられた荷物達。
思い出した。
今あたしは学力強化合宿に来ていて、一日目の夜、床についていたのだ。
…………ちょっとまて。
「ななななんで水谷君がここモゴッ!?」
「(だから黙れって言ってるだろ!)」
状況を理解し、その上で不可解な水谷君の存在に驚き声を上げると咄嗟に手で口を塞がれる。
水谷君はそのまま起き上がったあたしを押し倒して耳元で小さく囁いた。
「(ちょっと話したいことがあるから廊下に移動するぞ。言っておくが、次大声出したら今度は口で塞ぐからな)」
そんなとてつもない脅迫に、あたしはただ首を縦に振ることしか出来なかった。
「なんであんたが女子部屋にいるのよっ!」
「声が大きいんだよ。廊下とはいえ誰か来たらどうするんだ」
「だってそれはあんたが……!」
「とにかく話を聞け。文句はそれからだ」
「うっ……。何よ話したいことって」
「お前、雄二たちの覗きの話は聞いてるよな」
「え、えぇ。女子風呂に特攻しようとして先生に捕まったってやつでしょ?」
確か布施先生と西村先生が捕まえたとか。
学力強化合宿だっていうのに一体何をやってるんだか。
とりあえずあしたは秀吉をシメてやらないと。
「あれには実は事情があってな」
「事情?覗きに何の事情があるのよ」
「実は……」
ふむふむ。
脅しねぇ。
その犯人が女子で、お尻に火傷のあとがあると。
ついでに言えば今日もう一つあった盗撮騒ぎのカメラはダミーで、その犯人もその子なんじゃないかと睨んでるわけね。
「話は分かったわ。でもそれって覗きをする必要があるの?あたし達や島田さんたちに頼んでこっそり見てもらえばいい話じゃない」
「違う。覗きでその女子を発見するわけじゃない。わざわざ女子を盗撮して、明久を脅すってことはそっちのケがあるってことだろ?」
その可能性は十分高いだろう。
うちの学園じゃ同性愛を大っぴらにしている人も少なくないし、吉井君の近くにいる女子ーー島田さんはお姉様にしたい女子ランキングトップ常連だ。
吉井君を脅しにかかる子が居てもおかしくない。
「それで覗きをすれば怒った犯人が前に出てくる、と」
「あぁ。だからそこをついてボロ出させるわけさ。もしかすると尻に火傷のあとがあるやつが何人かいるかもしれないしな」
なるほど。
わざわざダミーのカメラを設置するくらい用心深い子なら、1発で仕留めないといけないってことね。
変に疑いをかけるのも悪いし、堅実性を求めたらそちらの方がいいのかもしれない。
だけどそれにしたって……
「ねぇ、流れは分かったけど、なんでそれをあたしに話したの?」
「これ、その予定表だ。時間書いてあるからその時間は風呂に入るな」
「……突破するつもり?」
「万が一だ。こっから参加者は増やしていくがそいつらには発破をかけるだけだからな。本気で覗きに行くだろう。お前らにはその時間入らないと共に男子を食い止めてほしい」
「そういうことね」
「あと俺も参加するが下心はないってことを伝えたかった」
「それ、必要?」
「当たり前だろ。好きな女いるのに覗きなんてやって、誤解されても困るからな」
「なっ、今の反則!」
「なんだよ反則って。まぁそういうことだ。言いたいことはこれで全部だよ」
「分かったわ。明日代表や愛子とも話してみる。でもいくら内緒の話だからってもう2度と勝手に忍び込むんじゃないわよ。何のために携帯があると思ってるの」
「いや、それはついでに木下の寝顔を見たかったからだ」
「み~ず~た~に~く~ん?」
ピキピキと自分でも額にヒビが入っていくのがわかる。
なによ!結局ただの下心じゃない!
っていうかこんなやつに寝顔見られたとか最悪っ!
「もういい!あたし寝るから!水谷君もさっさと寝なさいよね!」
「ちょっと待った」
「ひゃぅ!?」
色々と言いたいことはあるが、確かにこんなところを誰かに見られるわけにはいかない。
言いたいことも終わったようだしさっさと部屋に戻らないと。
そう思って回れ右をしたのに、水谷君に腕を引っ張られ、あの時の買い物のように水谷君の腕の中に引き込まれた。
違いといえば今回は両腕でそっと抱きしめられていることくらいで。
「なななな何をしてるのよ!?言いたいことは全部言ったって!」
「言いたいことはな。でも、したかったことは終わってない」
つむじ辺りが擽ったくて、再び髪の香りを嗅がれていることに気がついた。
「これ、この間買った時のマンダリンオレンジか?」
「そ、そうだけど……」
「ん、やっぱお前に合ってるわ。つか、これ俺が選んだ匂いだと思うとすげー興奮する」
「別にあんたのために選んだ訳じゃないんだから!しかもシレッと気持ち悪いこと言うな!」
お、襲われる!
そんな危機感と寒気が全身を襲い、あたしは腕の中でジタバタと暴れた。
すると案外あっさりと水谷君は離してくれて、すぐに少し乱れた髪を整えた。
「あたしはアンタに何一つ許した覚えはないんだから!勝手にこんなことしないでよね!」
「許可を取ればいいのか?」
「そういう問題じゃない!」
「ふーん。まぁどうでもいいけどさ、まずはその真っ赤な顔をどうかした方がいいんじゃねぇの?すっげぇエロい」
「~~~~~っ!!!」ブンッ!
「っと。そんじゃこれ以上怒られる前に退散するとしますかね。おやすみ『優子』」
「名前で呼ぶなっ!!!」
耐えられない羞恥心を誤魔化すように力任せに腕を振ったが、そんな攻撃は見事に避けられ、水谷君は憎たらしい顔と名前呼びのおまけ付きで男子部屋の方へ立ち去っていく。
残されたあたしは火照った顔の熱さと丸で全力疾走した後のような動悸の心臓のせいで、眠気なんて一気に吹っ飛んじゃってしまった。
とにかく今の顔を誰かに見られる訳にはいかない。
結局あたしが部屋に戻ったのはそれから1時間後のことだった。
というわけでチョロイン優子ちゃんでした。
チョロすぎかなーと思いつつも横溝君に告白されて悪気のしかなかった子ですからね。
イケメンにかかればこんなものでいいだろうということでw
ちなみに優子はまだ落とされてないと思っていますよー(フラグ)