19:剣群乱舞
「……
「……なんて……数ッ!」
少女は僕の62振りのナイフによる反撃を寸での所で回避し、いったん距離を取る。
目標を射抜けなかった白銀の一閃がぶつかり合い、火花を散らす。
僕はそのうちの半数31本を彼女の追撃へと飛ばす。
「初見で避けてみせるとは思わなかった、1本くらいは
「……クッ! バルディッシュ!! フォトンランサー連撃!」
『Yes,Sir』
先ほど僕が彼女の攻撃にしたように、彼女は攻撃で僕の追撃を迎え撃とうとし――――
「――――ッ!?」
――――光弾がナイフに切り裂かれ霧散するのを目の当たりにし、周りの木々より高い空へと回避行動を取る。
「……対魔刻印を刻んだナイフに“真正面から”攻撃を仕掛けても無意味、その程度の魔法なら抵抗も無く切り裂ける」
“わざわざ”そう相手に告げながら、僕は残りの31振りを後詰として追従させる。
ちなみにこのナイフ、市販のもの(バニングス家の経費で落としてもらった)に僕が「リューター?――
ナイフそれぞれに対魔・切断を標準に、その他用途に応じた魔術刻印を別途、それぞれが反発しあわないように配置するのは中々に難しい仕事だった。
いま使ってる型のナイフに描く刻印の設計図は出来たけど、この発売元が販売中止にしたら僕は泣くかもしれない、割と本気で。
「…………!」
僕は間断なく全方位から攻撃を持続させる。
ただし初撃とはとは違い、一振りずつの攻撃。
直撃を狙ったり、回避先を僕の望んだように誘導させたり。
彼女の力量を測るため、死線に触れるか触れないかの攻撃を放ち続ける。
……まぁ、これで死んじゃっても、彼女の力がそれまでだというだけのことだし。
…………もっと言うと、彼女は多分この世界の人間じゃないみたいだから、間違って殺しちゃっても僕はこの世界の法で裁けないだろうし。これは同時に、この世界に国籍のない僕も、何かあった時に法の庇護を受けられないということだけど、こればっかりは仕方ない。
「あんなにたくさんのナイフを自由自在に……」
「なのはも大概だとは思ってたけど……どんな
お漏らしとユーノが何か言ってるけど、僕は気にせず目の前の彼女に集中する。
彼女のほうはナイフの動きに目が慣れてきたらしく、先ほどまでより危なげなく回避を続けていた。
「……む」
回避をしながらその
僕を射抜けなかった光弾が地面を直撃して、鈍い音ともに爆ぜた。
「……剣群乱舞《けんぐんらんぶ》弐の型『銀閃転華《ぎんせんてんか》』」
腕を一振り、手で印を切って僕は術式を組みかえる。
先ほどまでの『怒涛乱撃』が
「な……ッ!? さっきと……軌道が!?」
『怒涛乱撃』はナイフの群れに勢いを持たせ、この国のことわざ『下手な鉄砲数撃ちゃあたる』『弾幕はパワー』の言葉の通り、数の暴力で防御を抜く。
それゆえに攻撃は大味、そもそもこの技は個ではなく群に対して使用される術式だ。
そして『銀閃転華』は真逆を行く。
緻密な計算を尽くし、一振り一振りに必殺の軌道を奔らせ対象を狩る。
外れたナイフは旋回して群れを作ることなく、その場で反転して半永久的に牙をむき続ける。
その光景は、まるで散りゆく華が再度咲き誇るが如し。
ただし高速で動き回るナイフは、最初の防御に使ったものを合わせて半数の32振り、残りの半数は『銀閃転華』の効果内に閉じ込めるための檻の役目を担っている。
――――
――――避ける
――――弾く
――――避ける
――――弾く
――――避ける
――――弾く
――――避ける
彼女が必死の形相を浮かべて『銀閃転華』を大鎌の柄で弾き、避けて、己の命を絶つ牙に抗い続ける。
だが、ついに9振り目、10振り目が彼女の肩と頬を浅く切り裂いた。
「く……ぁ!?」
痛みに彼女の動きが一瞬止まる。
僕はその隙を見逃さない。
虚空より拳銃を抜き放ち狙いを定め、解き放つ。
鈍い音が連続、鼓膜を震わせた。
『Protection!』
彼女の杖がそれに反応し、半自動的に発動された魔力楯を――――
「……無駄」
――――着弾の瞬間の刹那の停滞を経て、喰い破る。
「か……は……っ」
3、4、5発。
次々に楯を抜いた弾丸が彼女の腹部にめり込み、その衝撃で強制的に吸い込んでいた息を吐き出させた。
使った弾丸は、お漏らしとの戦闘――あれが“戦闘”と呼べる水準ではなかったことは別として――を教訓に改良された
本来ならば彼女の肉体を貫き血を撒き散らせていたはずのその一撃は、着弾ごとにその
苦悶の表情を浮かべ、半ば意識を失った彼女が地へと堕ちていく。
杖が何かをしたんだろう、落下速度がいきなり緩やかになりつつ木々の間に姿が隠れた。
「……」
無論、僕もそれを黙って見守っていたわけではない。
即座に予想着地点へと走っていた。
「な、なのは! 僕たちも!!」
「う、うん!!」
足音を殺して疾走する僕とは裏腹に、後ろを騒がしく着いて来る二人を鬱陶しく思いながらも無視を決め込んで引き離し、彼女の元へ走る。
「……う……ぁ」
林の僅かに開けた場所、樹に背を預け座り込んでいた彼女がこちらに気付き、震える腕で必死に杖をこちらに向ける。
反撃など、許すはずもない。
瞬動を使い、彼女の直前まで一気に距離を詰める。
眼前にいきなり現れた僕に、半ば閉じられていた彼女の目が見開かれた。
「……はっ!」
飛び込んだ勢いを上乗せし、脚を鞭のようにしならせて回し蹴りを放って彼女の腕から杖を蹴り飛ばす。
もとより電撃で握力の落ちている手で、その衝撃を受け止められるはずもない、ほぼ無抵抗に彼女の杖が彼方へ飛ばされる。
同時に追撃として、上空に待機させていたナイフ32振りを彼女へ向けて解き放ち、彼女の羽織っていた外套ごと樹に縫い付け、固定。
僕はそのまま片手で彼女の両の手を掴み、頭の上で樹に押し付けて拘束。
もう一方の手で拳銃を
「……久しぶりにまともに戦えて楽しかった。……僕はジーク・G・アントワーク、ジークでいい。貴女は?」
「………………フェイト、……フェイト・テスタロッサ」
「そう。……僕としてはミィ……あの猫を任せてくれれば今日のところは見逃してもいいと思ってる」
正直、これは護衛対象であるアリサには何の関係もない出来事なので、彼女……フェイトをこの場でどうこうしてもいい。
後顧の憂いを残さないために殺すのも良いけれど、反撃もままならない相手に止めを刺すのも気が引ける。
そんな状況だった。
「…………嫌といったら?」
「そのときは今日の夜を迎えられないだけ」
銃口で彼女の顎をグリグリと押しやる。
暗に『殺す』と言っているのだが、幸いにも彼女はその意味を察してくれて反射的に身体を硬くした。
「………………………………………………分かった」
長い沈黙を経て、フェイトが頷いた。
その沈黙の間にどんな葛藤があったのか、僕には伺い知ることは出来ない。
「物分りが良くてよかった」
僕は
両方ともそこそこ深く切れていて『傷痕が残るかな?』とも思ったが、『戦いの結果だし、しょうがない』と自己完結しようとして、僕はこの世界の勉強の途中で読んだ本の一節を思い出して動きを止めた。
『あ、あなた! わ、私を傷物にした責任は重いんだからね!?』
細かな状況は忘れたけど、確か誤まって主人公が女性に傷跡の残るような怪我をさせてしまい、最終的にその責任を取って
……つまり、このままだともしかしたら僕は彼女と婚姻を結ばなくてはならないのだろうか?
…………非常にまずい、それは非常にまずいと言えた。
そんなことになったら、アリサの護衛に支障が出る可能性もある。看過できない事態だった。
「………………………………………………」
「………………?」
急に黙り込んだ僕に、フェイトが怪訝そうな表情を浮かべる。
内心焦って治癒魔法を発動させようとして、そこでまた動きが止まる。
「………………………………………………」
「………………??」
手で印を切ろうとして、両手がふさがっていることを思い出す。
本来、治癒系の魔法は難易度が高い。
術者自身(この場合は僕自身)を回復する魔法ならともかく、第三者を治癒させる魔法となるとその差は歴然。
第三者に対して、言葉……つまりは呪文だけで傷口に触れずに治癒するのは、かなり高位の術者でも厳しかったりする。
少なくとも、魔方陣を書くなり、手で印を組むなりとサポートが欲しい。
拘束している手を離すわけにもいかないし、押し付けている拳銃を手放すわけにもいかない。
何か方法はないかと思案し、少しして妙案を思いついた。
試したことはないけども、理論的には可能なはず。
僕は即座に行動へ移った。
「…………何を――――」
……ちろり
「――――ひぁっ!?」
肩の傷に舌先を這わせ、流れる血で回復の魔法文字を書き上げる。
「んぁ!? ちょ、ふぇう!?」
ちろり
「……動かないで、文字がずれる」
彼女にそう釘を刺し、文字を仕上げた。
舌先が離れた瞬間、強ばっていた彼女の体が弛緩する。
……なんで吐息が甘いんだろう?
内心で首を捻りながらも僕は彼女の体に魔力を流し込む。
「~~~~っ! はぁっ……はぁっ……あ……れ?」
「……うん、治った」
僕は仮説が正しかったことに満足して頷く。
「ええええっ……と、その、傷を治してくれたのはうれしいんだけど、少し恥ずかs――――」
「大丈夫、すぐにほっぺたの傷も治す」
ちろちろ
「――――ひぁぁ!?」
肩で一度試したぶん勝手が分かったので、今度は流れるように文字が描きあがる。
「もうすぐ済むからじっとして」
言葉と同時、魔力を流し文字を発動させる。
「――――……ふわぁ……」
「……熱でもある?」
「…………だ、だいじょうぶ」
治癒をかけて完全に治ったはずなのに、フェイトは熱に浮かされたみたいに目の焦点があっておらず、顔も赤い。
癒しの魔法だから、気持ちいいことはあっても痛かったり副作用はないと思うのだけど……。
「……ん。じゃあ治療終わり、傷一つ無し」
反抗の意志はなさそうなので、僕は拘束を解き、立ち上がらせる。
ついでに蹴り飛ばしてしまっていた杖を取ってきて彼女に渡す。
「……えっと、怪我、治してくれたこと感謝する」
「礼はいらない、これは僕のため。……じゃあねフェイト、また戦えたら楽しそうだけど、そうならないことを祈ってる」
「……たぶん、その祈りは叶わない。キミがジュエルシードを手に入れようとするなら、私とキミはきっとまた戦うことになる」
「そう。じゃあそれまでに精進して、せめて僕に一太刀当てられるくらいには。僕の護衛対象に危害が及ぼさなければ命までは取らない……と思うから」
「……今度は、負けない」
「今度も、負ける予定はない」
僕は小さく笑みをこぼすと、久しぶりに楽しめた戦いを提供してくれたフェイトにそう告げる。
僕のその言葉に応えなかったが僅かに目元を柔らかくすると、フェイトは若干ふらつきながらその場から飛び去った。
「……そうだ、封印忘れてた」
振り向いた僕は、顔を赤くし固まっているお漏らしとユーノを発見する。
お漏らしのほうは、顔を手で隠してる……ように見えるんだけど、指の隙間から思い切りこちらを見てた。
「……何か用?」
「にゃ、にゃ、にゃ――――」
「……にゃ?」
「――――わ、私は何も見てないの~~~~~!」
「――――な、なのは!? 置いていかないで!?」
きびすを返したお漏らしが走り去り、ユーノが慌ててそれに着いていった。
「…………なんだったんだろう」
理由に見当のつかなかった僕は、気持ちを切り替えるとミィの元へ戻りジュエルシードに封印を施したのだった。
◇◇◇
その晩遅く、僕のベッドの上で魔法の鍛錬をしていたアリサが『そういえば――――』と前置きして口を開く。
「今日、すずかの家にいたとき一瞬だけ魔法の反応があった気がするんだけど、これって私の気のせい?」
「……気のせい」
嘘をつくのは心苦しいけれど、正直にアリサに告げる訳にも行かない。
僕は今日の件は沈黙を貫くことにした。
「むー、私も魔法使い見習いくらいにはなったと思ったのに……まだまだってことね」
……褒めてあげたいけど、褒めるわけにも行かなかった。
代わりに、アリサの言葉に首をふる。
「この期間で、これだけ出来るようになれば充分。だから、明日また新しい技を教える」
「ホント!? 最近ずっと反復練習ばっかりだったから、ちょっとだけうれしいわね♪ で、どんな、魔法なのよ?」
「ん、魔法と言うより、剣爛武踏の技の型。僕の師匠の技を二つ『怒濤乱撃』と『銀閃転華』」
「……ホント、何から何までありがとね、ジーク」
「アリサは僕の弟子で、何といっても僕の大事な友達だから」
「……うん♪ そうと決まれば今日までに習った魔法のおさらいしなくっちゃね! ジーク、付き合って!」
「んむ、わかった」
結局その晩は夜更かししすぎて、僕たち二人はいつの間にか眠ってしまったらしい。
翌朝、そのせいでひと騒動あったらしいのだが、完全に寝入っていた僕は気付くことはなかったのだった。
◇◇◇
朝の一幕
Side.Arisa
「ん……あぅ!?」
目を覚ました私は、すぐ目の前にあったジークの顔に変な声を上げてしまう。
慌てて体を起こし、私は昨日の夜のことを思い出す。
「……そっか、私昨日、あのまま寝ちゃって…………」
ベッドの上に無造作に置かれていた魔法のテキスト――ジークが作ってくれた手書きのものだ――や杖なんかを一カ所に固めてどかし身の回りを綺麗にすると、私は眠り続けるジークを観察する。
こんな時でもないと、こうやってじっくりジークを観察する機会はあんまりない。
朝晩、魔法を教えて貰っているとはいえ、小学生である私の1日の大部分は学校で消費されている。
ジークが学校に通ってくれれば話は変わるんだけど、ジークの出自からも――戸籍も無いしね――そう言うわけには行かなかった。
というわけで、私がジークと過ごせる時間は、休日をのぞけば本当に少しだけ。
習い事を減らせばもっとジークとの時間も取れるんだけど、バニングス家の跡取りとして教養は必須、
もう一度ベッドに戻り、ぼーっとジークを観察しながら、私はこいつの事を考える。
ジークの言葉が正しければ、私とジークは同い年。
つまり、すずかやなのは、学校のクラスのみんなと同じ年ってこと。
だけど、ジークはその誰よりも大人っぽくて、誰よりも子供っぽい。
並の大人より達観した考えや落ち着いた行動や言動。
かと思えば見慣れない物や知識に対する無邪気な反応。
どこかがちぐはぐで
それが私が抱くジークのイメージ。
…………で、私はたぶんジークの事が好きだ。
危ないところを身を挺して助けてくれたから?
同学年の男子たちより変に大人っぽくて優しいから?
それとも変にカッコつけない、純粋なところに惹かれたから?
正直なところよく解らない。
ジークが私のパパに話していて、私に話していない事――ジークの過去のこと全般だ――があるのは何となく気づいている。
聞いてみたいけど、我慢する。
『何か理由があるから私には伏せている』それくらいは私にだって解っている。
きっと軽々しく聞いちゃいけない内容。
だからこそ私はジークが話してくれるのを待つ。
「……まったく、平和な寝顔なんだから……私がこうして悩んでるのがバカみたい」
苦笑いしながら、つんつんとジークの頬をつつく。
「……」
「……起きないわよね?」
ジークが目を覚まさない事を確認し、私は左右を見回す。
私の家なんだから平気なんだろうとけど、心の問題だ。
……chu♪
私はジークの頬に一瞬だけキスすると急いで、だけど静かにジークの部屋を後にしたのだった。
現在書いている最新話にあわせ、各所を変更中……
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