23:金色の小休止
あの後浴場を後にした僕は、胸の中にくすぶる嫌な気持ちを鎮めるべく、ふらふらと旅館周辺を歩き回っていた。
近くにあったお寺に、散歩がてら足を延ばしてみたり、お土産屋さんを意味も無くぶらついてみたり……
お饅頭屋さんがあったので、客室で待っててくれてる鮫島のために蒸かしたて熱々のお饅頭を買う。
鮫島にはとてもお世話になってる、だからこれくらいの出費は痛くも痒くもない。
買ったお饅頭は異空間の特別収納“すぺーす”に収納。
このすぺーす内は、空間固定――端的に言うと、入れた瞬間時間の流れが止まる――が掛かってるので、次に取り出すまでお饅頭は熱いままだ。
こんな感じで、ただ遊んでいるように見えるかもしれないけど、ちゃんとアリサの護衛のため十数匹の
士郎さん達との件で心は穏やかじゃないけど、心情と仕事はごっちゃにしてはいない。
「Lu~♪」
故郷のモノではなく、敢えてこの世界で知った曲を鼻歌で奏でつつ、適当な場所を探して歩き回る。
「……む」
どれくらい歩き回った頃だろうか?
ちょっと林のようになっていたところを歩き回っていた僕は、上から気配を感じ足を止めた。
頭上に視線を投げ探すうちに、同じくこちらを探していたらしい気配の主と目があい――――
「……ん、フェイト?」
「……あれ、ジーク?」
――――期せずして木の幹に背を預けこちらを見下ろす金色の魔法使い、以前僕と刃を交わした少女と再び邂逅したのだった。
◇◇◇
「さっき使い魔の女性に会った。ここへはジュエルシードの回収に……だっけ?」
「……うん、近くで発動しそうなジュエルシードの反応があったから……。えっと、ジークの方は?」
「僕の方は護衛対象がこっちに来てるから、その護衛をしつつ休暇中。そもそも僕は発動前のジュエルシードの反応を察知して動いてるわけじゃないから。それに、僕はフェイトの言う“発動しそうなジュエルシードの反応”が分からないから探しようもないんだけど」
フェイトの座る枝に跳び乗って、枝の少し先に跨るよう座る。
お互い見上げたり見下ろしたりしたまま話すのは、首が痛くなりそうだったので仕方ない。
「そうなんだ、ちょっと意外。……戦闘の腕が良かったから、探索系も出来るかと思ってた」
「ん……僕はフェイト達と魔法体系が違う……つまり魔法使いとして全くの別物だと思うから探しようがないだけ。たぶん探そうと思えば出来る……はず」
やったことはないから分からないけど、たぶん何とか出来るはず。
要は特定の魔力――つまりはフェイトの言う“近くで発動しそうなジュエルシードの反応”――を捜索魔法の対象に設定すれば良いはずだし。
それよりも意外だったのは、思った以上にフェイトとの会話が弾んでることだ。
ジュエルシードが絡んでない状況なら、特に喧嘩腰にならなそうなので少し安心した。
戦闘の時以外も警戒されてたら、僕も即応できるよう気を張ってなきゃいけないから落ち着けないし。
――――く~ぅ
僕たちの会話は、突如聞こえてきた何処と無く気の抜ける音に中断した。
その音源に目をやり、顔を上げてその本人の顔を見やる。
僕の耳に間違いがなければ、あれは空腹の時になるものだ。
「……お腹空いてる?」
「……す、空いてないよ?」
――――くぅ
再度その音を発した張本人の顔は、羞恥で見ているこっちが心配になるくらい真っ赤になっていた。
「……お饅頭、一緒に食べる?」
「……えっと、その…………はい」
そんなわけで、僕たちは一緒にちょっと遅めの3時のおやつを食べることになったのだった。
◇◇◇
僕たちはさっきの場所から、もう少し奥に行ったところにある小さな池の畔に移動していた。
さすがにあんな場所でご飯を食べるのはヤダ。
「ご馳走になっちゃってごめんなさい……」
「ん、まだあるからもっと食べても平気」
僕は隣に座るフェイトに、もう一つお饅頭を手渡した。
昔、領地内の小さな出城で籠城戦をする羽目になったとき、兵糧責めをされてひもじい思いをしたことがある。
その時は援軍が来たから助かったけど、あのまま兵糧責めをされていたらと思うと……。
つまり僕が言いたいのは、空腹がどれだけ辛いかって事なのだ。
「この世界……ていうかこの国の料理は基本的に美味しいよね(あむあむあむ)」
「そうだね(はむはむはむ)」
黒糖風味の皮と、漉し餡が絶妙にマッチしている……美味美味。
お饅頭を食べつつ、ジュエルシードについて話してみる。
「フェイトはジュエルシード集めてどうするの?」
「……私がジェルシードを集めてるのは、お母さんに頼まれたから。お母さんがどうしてジュエルシードを集めてるか知らないから、理由は教えられない……ごめんね」
「ん、わかった。……アレ、危ないから保管には気をつけて、間違っても衝撃を与えちゃだめ」
僕は封印したジュエルシードを片手間に調べた結果、判明したことをフェイトに伝えておく。
ジュエルシード集めに奔走してるフェイトは、自分が集めているモノがどんなものか知っておくべきだ。
ほかにもいくつか注意点を伝えておく。
「わかった、ありがとう。……今度、ジークの持ってるジュエルシードと私の持ってるジュエルシードを掛けて勝負を挑む」
「別に今すぐでも良いよ?(もぐもぐもぐ)」
「……まだ、勝てる気がしないから(もきゅもきゅも……むぐ!?)」
うん、フェイトは僕との力量差をわきまえてる。
ユーノはともかく、どこかのお漏らしにも見習ってほしい。
こんな所であの白色のお漏らしの事を思い出してしまい、僕はため息を吐く。
ジュエルシードを集めてるみたいだけど、海鳴市街からは結構離れた場所だし会うことは無いだろう。
そう思うと気が楽だ。
僕はペットボトルのお茶――これは普通の異空間内に備蓄し始めたものだ、これで生水を飲んでお腹を壊す機会が減らせる――を飲んでを一口飲んで唇を湿らせると、再度口を開く。
「わかった、フェイトからの挑戦を待ってる」
「………………………………」
「……フェイト?」
何の返事も返ってこず、僕は訝しげにフェイトに視線を向ける。
その視線の先で、喉にお饅頭を詰まらせたフェイトが眼を白黒させながら胸を叩いていた。
「ってフェイト!?」
僕は慌てて持っていたお茶をフェイトに渡す。
ペットボトルを受け取ったフェイトは一息にお茶を
……僕に挑戦を誓った直後に、僕からもらったお饅頭で喉を詰まらせて死にかけるとは…………。
僕は内心でそうボヤきながら、フェイトの背をさする。
しばらくせき込んでいたフェイトだったが、ようやく落ち着いたのか顔を上げた。
「……お饅頭は逃げないから、ゆっくり食べて良いよ?」
「ち、違う! そんな理由で喉につかえたんじゃ――――」
「――――このお茶あげるから、今度からは気をつけて?」
「…………はい」
僕は残り少ないお茶をボトルごとフェイトに譲る。
ふう、良いことをすると気持ちがいいね。
それにしても英雄伝とかだったら、敵の挑戦を受ける緊迫感の溢れる場面だったのに……。
なんとも締まらない、僕とフェイトとの勝負の誓いになったのだった。
おまけ ~むしろ本編~
Side.Fate
「じゃ、また……次のジュエルシードが発生したときに?」
「えっと、そう……なるのかな?」
お饅頭を食べ終えた私とジークは、池の
偶然出会った所まで一緒に戻って、その場で別れる。
首をひねりながらのジークの別れの言葉に、私も首をひねってそう返した。
『……まぁいっか、じゃあまた次の機会に』そう言ってジークは背を向けて去っていく。
私は彼の姿が木々に隠れて見えなくなるまで見送った。
とりあえず、最初に居た樹の上に戻って座り直す。
『半分も残って無いから』……と言ってジークが私にくれた物だ。
バルディッッシュを胸に抱きながら、渡されたお茶のボトルを両手の中で
ゆらゆらとボトルの中でお茶を揺らしながら、私は彼との出会いを振り返った。
◇◇◇
ジークとの出会いは突然だった。
母さんの頼みでこの第97管理外世界――通称“地球”――にジュエルシードを集めに来た私。
最初の反応の元へ向かった私。ジュエルシードを取り込んだ原生生物と会話――魔力を持った生物なら話せるらしい――していたジークと戦いになって……負けた。
私より
私の攻撃は
対して彼の攻撃はその悉くが避けにくく、私のプロテクションに至っては彼の質量兵器に打ち抜かれた。
殺傷能力の低い特殊な弾――『SRゴム弾』って言うらしい、さっき教えてもらった――であの威力。
あれが本当の弾丸だったら、私は今この場に居られなかったかもしれない。
空から墜とされた後、
私は何の反応もできず、放さずにいたバルディッシュも手から蹴り飛ばされ……反撃する手を失った私は、ジークに降伏した。
……い、今改めて思い出しても顔が赤くなっちゃいそうな方法で怪我を治してもらい、私は見逃された。
それ以来、バルディッシュに手伝ってもらって、脳内でジーク相手の戦闘シュミレーションを行うようになったけど……未だに勝ちを拾えてない。
そして今日、ここでまた会えた。
最初はアルフとの視覚共有で、その後に偶然バッタリとここで会って。
前回戦った時みたいな鋭い刃のような気配が収まった、ジークとの落ち着いた話し合い。
……うん、自業自得で、恥ずかしい姿を見せることになっちゃったけど、私は改めてジークとの再戦を誓った。
きっとそう遠くない未来に、私はきっと彼に
そして母さんのためにも、勝ってジュエルシードを譲ってもらう。
……そう、決めたんだ。
…………あ、さっき念押されたんだけど、ジークが言うには『前回の戦いの時にいた白い子と使い魔っぽい子とは仲間じゃないからね?』ってこと。闘気……ってより殺気混じりの剣幕で言われたのは怖かった……。
……私の知らないところで何があったのかな?
「私は……負けるわけには、行かないんだ」
決心を新たに、私は自分にそう言い聞かせる。
私は貰ったボトルを光に透かしつつ、強い目でそれを睨みつけて――――
「……あれ?」
――――ふと、ボトルの飲み口を見て気付く。
……これって、“間接キス”って言うんじゃないかな!?
……あ、あぅ!? どどどどうしよう!?
『フェイト~?』
「ななななな何かなアルフ!?」
私はいきなりのアルフからの念話に、飛び上がりながら返事をする。
『え? いや、フェイトとの精神リンクを通じて、なんか混乱というか……テンパってる感情が流れてきて……。戦闘じゃないみたいだけど、何かあったのかい?』
「き、気のせいだよアルフ! あ、アルフは安心して温泉を楽しんできてね!」
『あ、ああ、うん。そうさせてもらうよ、フェイトも無理しないようにね? あと、夜は私がジュエルシードの探索代わるから、その間にでも一回温泉に入ってきなよ』
「う、うん! じゃあねアルフ」
私はそのまま念話を切った。
「……つ、次会った時、どうすればいいんだろう?」
唇を指で「つっ」となぞりつつ、私はアルフが帰ってくるまで悩み続けることになったのでした。
ご意見ご感想、誤字脱字などお待ちしています~。
……え、フェイトの入浴シーン(or期せずしてジークと混浴)?
需要があるなら次の次くらいの話に追加しますよ(笑)
では、これからもよろしくお願いいたします。