01:出会いは廃ビルで
「…痛い」
僕は頭をさすりながら立ち上がる。
訳がわからないままに時空の狭間から叩き落されて、頭から地面に落下。
いきなりだったのと、地面までの距離が短すぎたせいで全然受身ができなかった。
「火山の火口や、深海に出なかっただけマシ…かな?」
とりあえず、さっさと時空の狭間に戻ろう…。
そう思って、魔法を発動させる。
「………?」
…時空の狭間へと繋がるトビラが開かない。
僕は、細心の注意を払って時空に対し探査の魔法を掛けた。
探査結果は、『時空の乱れ』。
…これに関してはどうしようもない。
天気みたいなものだから、治まるのを待つしかない。
……こういう何の予兆も無く乱れが起きるときは、何かしら原因があるはずなんだけど。
しょうがないので、僕は現状を確認する事にした。
ここは…おそらく廃棄された建築物、照明は無し。
窓から見える景色から時間は夜、そして2階。
半径100メートルに危険な野生生物の反応なし。
「……居候けって~い」
雨風が凌げるのは幸せな事だからね。
僕は魔法を使って毛布を取り出すと、部屋の片隅に行って丸くなる。
「…………?」
…下の階から声が聞こえた気がした。
………女の子の声と、…下卑た数人の年若い男の声。
僕は耳を澄ませる。
「ちょっと!アンタ達、放しなさいよ!!」
「黙れ!このクソガキが!!」
「威勢のいいガキだぜ!騒がしい!!」
「……………」
……僕はゆっくり身体を起こし、足音を殺して階下へと降りる。
慎重に慎重に、気取られないように歩き、声の音源の部屋の入口にたどり着いた。
僕は、スッと僅かに顔を覗かせて室内の様子を窺う。
明かりがついていないから、窓の外から差す月明かりだけが頼りだ。
視界に入ってきたのは、こちらに背を向けて立つ3人の男。そして、男達の隙間から垣間見えた腰まで届くキレイな金髪の女の子。
男が邪魔でよく見えないけれど、女の子は後ろ手で縛られ、冷たい床に座らされているようだった。
「私を誘拐して、何のつもり!?」
「はァ!?カネに決まってんだろう?知ってるぜ、お前のオヤジが実業家で金持ちだって事もなぁ!!」
「カネってぇのはあるとこにはあるもんだからな!」
「……………」
…どうやら、あの女の子は誘拐されたらしかった。
とりあえず、さっきから馬鹿みたいに大声を上げてる2人はたいした事無い。
危険度的には、故郷にもいた酒癖の悪い人間程度だろう。
…でも、その2人が、女の子を威圧するよう目の前に立って恫喝してる中、壁に背を預けてずっと黙ってるヤツ。
あれは、…キケンだ。
傭兵崩れのような、かといって無能でもなさそうな。
……恐らくは、暴力が仕事。
そして――――
――――僕みたいに――――
――――人を幾人も手に掛けて、血に塗<まみ>れている。
………この一件、見なかったことにしよう。
僕は、この女の子を見捨てようと決めた。
不意を撃った攻撃を仕掛ければ、ほぼ確実に勝てる…とおもう。
けど、わざわざリスクを冒す必要は無い。
「ねぇアニキ。コイツ、カネを貰ったら殺しちまうんでしょう?その前にヤらせてもらってもいいですかね?」
「はぁ?オマエこんなちんちくりんがいいのか?」
「いいじゃねえぇかよ。…で、どうです、アニキ?」
「…勝手にしろ。…俺はカネさえ貰えればそれでいい」
「ちょ、ちょっと!何言ってるのよ!?やめなさいったら!!ねえ!!」
「アァ、黙れって言ってんだよ!?」
男が女の子の髪を掴んで持ち上げると、もう片方の手で彼女の頬を打った。
室内にその音がこだまする。
男が女の子を持ち上げたせいで、僕は女の子の顔を窺い見ることが出来た。
――――目の淵に涙を溜め、おびえる彼女を。そして――――
「さぁて、どうしてやろうかなァ!!」
――――その口が、小さく『だれか、たすけて』と動くのを。
……僕は馬鹿なのかもしれない。
自分の安全ではなく、見ず知らずの他人の女の子を『助けよう』…そう思うなんて……。
でも、どうしてか、僕はそんな思いを抱いた自分が……不思議と、嫌いじゃなかった。