これで大体7000文字、結局前後編に相成りました。
28:若草色の羽
そもそも、『時空』っていうのは何なのか。
これの捉え方は、僕たちの世界でも諸説ある。
僕の場合“時空”っていうモノは、過去と未来に連なる上位存在……って認識だ。
……今回の事例で説明してみる。
たった今発生した揺れ――現在――を震源に、さながら地震のように周囲へ――過去と未来――広がっていく。
視覚的に考えるなら、ピンと張ったリボンの真ん中を爪弾くところを想像すればいい。
リボンの両端それぞれが過去と未来、弾いた場所が今だ。
この揺れが過去の時空に影響を与え、しばらく前の僕に影響を与えたというわけだ。そしてそのせいで、僕は今もこの世界から抜け出せない……という事か。
無論、発生点から離れれば離れるほど揺れの大きさは小さい。
今回はその震源が近すぎて、僕はその被害を如実に受けることになった……言葉にすればタダそれだけの事。
だけど、起こった事態はそう生半可なものじゃない。
セカイを軋ませるだけの衝撃を放った後でなお、僕の視線の先の蒼き宝石は、さらに鼓動の力を強めていた。
◇◇◇
『――――ど・く・ん!』
ジュエルシードに向けて、再度駆け出そうとして僅かに逡巡する。
あの場所まで行って、僕は何をしようとした?
……アレを止められるだろう手段はある。
だけど僕は、“その結果起こる事態”を思って初動が鈍った。
これはアリサの身にも危険が及びかねない事態。“結果”なんて無視して行動に移すべきだったんだ。
その隙の間に、吹き飛ばされていたフェイトが地を蹴って低く跳ぶ。
目標は言わずもがな、鼓動を刻み続けている蒼い宝玉。
それを認識した瞬間、僕は瞬動で一気のその距離を詰めた。
ジュエルシードが完全に発動してる今、細かな気遣いはもはや不要。
脈打つソレとフェイトの間、彼女の突進を遮るように僕は停止する。
「ジーク!?」
驚愕の表情で声を上げるフェイト。
僕はそれに答えずに、足を止めた彼女に肉薄してマントと腕を掴むと、こちらに向けて駆けてくるアルフに全力で投擲した。
「フェイト、大丈夫かい!?」
「う……うん、平気」
「よかった……ウチのフェイトに何してくれるんだい!」
人型に戻ってフェイトを抱き止めたアルフが食ってかかるが、相手をする暇はない。
……一応腕とかを変に捻らないように気を使って投げたのに、文句を言われるのはどういうことだ。
そんな事を思いつつ、僕はジュエルシードに体を向ける。
背後からフェイトとアルフの声が響いた。
「フェイト、行っちゃダメだ! バルディッシュも無しにあんなの封印しようとしたら危ないよ!!」
「ダメ、ダメなの! そのジュエルシードは私が――――」
いつもの冷静さ欠いて、アルフの拘束から抜け出ようともがきつつ叫ぶフェイト。
そんな彼女に怒りを覚え、今の事態に苛立ちを感じていた僕は反射的に怒鳴りつけていた。
「――――黙って見てろ! “ニンゲン
怒りと、もしかしたら殺気も混じったその怒声に一人と一匹が水を打ったように沈黙する。
「ユーノ! 白いのが近づかないように見張っといて」
「は、はい! 白い…なのはは僕が責任を持って見張ります1」
「(ユーノ君、私のこと『白いの』って言いかけたよね?)」
「(ちょ、なのは!? 言葉の綾だから! レイジングハートをグリグリ押しつけないで!?)」
後ろでなにか言い合ってるけど、聞く価値もなさそうなので無視。
ジュエルシードに視点を固定したままで、僕は背中で髪を括っている紐をほどく。
戒めから解かれた髪が、僕の魔力放出を受けて盛大に波打つ。
力の解放に掛かる時間と、それによる力の反動を推し量る。
下準備をしたり、時間を掛けて開放すれば、僕に対する反動も一定程度までは下げられる。
だけど今回は準備無しの短時間開放、最後に開放した故郷での“あの時”でさえ準備に時間を割けた。
言葉を紡ごうとして口を開き、声が出せないことに気付いて喉に手を当てる。
とっさに手を当ててみると、自分の身体では無いかのように強張っていた。
……その事実に折れかけた心を、首を振って持ち直す。
これをどうにかしないといけなくて、それを確実に出来るのは、間違いなくこの場では僕。
「……『我が杖よ』」
前に伸ばされた僕の手の先に、一振りの魔杖が現れる。
杖とは言えどアリサの物のような如何にも御伽噺に出てくるような“魔法使いらしい”物じゃない。
これを言い表すとすれば
大きさは僕の背丈の2倍近い。
石突から刃まで全てが闇色、柄には金色の螺旋がツタのように絡み付いてる。
初代から我が家に伝わり、“故郷でのあの日あの時から”僕に受け継がれた因縁の杖。
僕とともに
……そして同時に、この杖は僕の力を解放する鍵でもある。
手を伸ばすと、ユグドラシルを掴みとった。
眼前のジュエルシードの力は刻一刻と増していく、もはや猶予は無い。
目を瞑り、僕はボクを変えるための言葉を紡ぐ。
「『紅き太陽、蒼の月、金の大地に翠銀の風――――』」
一語一句一音節、声が大気を震わせることに連動して僕から発せられる魔力の密度が、質が上がっていく。
僕の周囲の風景だけが、膨大な魔力のせいで不規則に、砂漠に浮かぶ
「……『翠緑の風となり大地を馳せた旧き精よ、その末裔たる我が
『ド・ク・ン……!』
「『今この時この場所で、我は人でいられるか、……
ジュエルシードとは明らかに異なる魔力の鳴動が僕から響く。
そう、これは人であろうとする僕が、ヒトでなくなる呪文。
「『――――我が名はジーク・ゴスペリア・アントワーク、“翡翠の福音”の血を継ぎし者、ヒトとの狭間に生きし者』」
瞬間、僕の体から強烈な光が放たれる。
その光は、閉じられた僕の瞼の上からも感じ取れた。
体の奥から、泉の水ように際限無い魔力が溢れ出る。
「…………」
ゆっくりと目を開いた僕は背中に意識を向ける。
そこに有るのは、ヒトにあるはずがないモノ……3対6枚の翼があった。
――――その色は、若草。
◇◇◇
翼といっても鳥あるいは伝説の天使のように、羽毛に覆われたものじゃない。
半透明で若草色、翼というよりは“羽根”って言う方が正確かもしれない。
一度だけ、パタ……と翼を羽ばたかせる。
同時、漏れ出た魔力が烈風となって周囲を軋ませた。
僕は改めてジュエルシードに意識を向ける。
その青い宝石から発せられる揺れがさっきよりも詳細に、精密に、それこそ自分の体の一部がごとく知覚出来た。
“コツン”
僕はユグドラシルの石突きで地面を軽く突く。
ただその動作だけで十分だった。
そこを起点に、半径50メートル近くに及ぶ巨大で精緻な魔法陣が浮かび上がる。
時空を揺らす振動のその波形、それと全く同じ大きさ・正反対の波形をジュエルシードに叩き込む。
僕がやったのは逆位相の振動をぶつけての相殺。
ジュエルシードが100の力を発するなら、僕はマイナス100の力を。少し弱まり、97の力が来れば、マイナス97の力をぶつけて、徐々に0へと近づける。
恐らく、0になるまでに掛かった時間は10秒足らず。僕の頬を、汗が一筋流れていく。
セカイを揺るがしていたその青い宝石は完全に沈黙し、のばした僕の手のひらに収まった。
「なに……を?」
「……ジークさん、あなたは、いま……いったい?」
一連の状況を見ていたフェイトとユーノから、茫然自失といった感じの言葉が漏れる。
魔法について疎い白いのは論外として、それ相応に魔法を修めてるだろう二人から見た僕の行動は異質だろう。
――――“人間が、セカイを揺らすようなモノと対等な魔力を放てるはずがない”
僕のやり方は別種で異質、異様な代物だ。
ジュエルシードを懐にしまい込む。
「……双方、この場は引け。争いを続けるようで有れば僕が相手になる」
ユグドラシルを両手で構え、切っ先を向け通告する。
荒れる僕の気持ちを表すように、僅かな魔力が制御をはずれ吹きすさんだ。
その魔力の圧力に二人と二匹がよろめき後ずさる。
先んじて引いたのはフェイトだった。
「……分かりました。……さっきは、その、ありがとう」
僕はその言葉に手を挙げることで応える。
彼女はそのままアルフとともに飛び立つとビルの狭間へ消えていった。
「僕たちも引きます。行こう、なのは」
「う、うん……」
ちらちらとこちらを振り返る白いのを引き連れるように彼が去る。
二組が結界内――この結界の主導権は片手間にユーノから奪い取った――から離れたのを確認した 僕は、その足で人目に付きにくいビルの間の路地へと進む。
結界を解き止まっていた世界が動き出すと同時に、緊張が弛んだ僕は足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
荒く息を吐きながら、必死で体内を荒れ狂う魔力をなだめ、鎮めてゆく。
「ゴ……フ――――ッ」
強引に魔力を押さえ込んだ瞬間、体内に溶岩を流し込んだかのような激痛が走った。耐え切れず膝を付き、そのまま背後のビルの壁に背中を預けた。
とっさに押さえた口から鮮血があふれ落ちる。
ソレはびちゃびちゃと地面にこぼれコンクリートを濡らした。
胸元から取り出した携帯電話が“僕の右手をすり抜けて”地面に落ちる。
震える逆の手で電話を拾い上げると、ボタンを押してコールした。
――――プルルルル……ガシャリ
繋がった。
僕は安堵の息を吐く。
「もしもし? ジーク? さっき凄い量の魔力が発生してたけど何かあったの?」
……うん、結界外からさっきの揺れを感じ取ったのか、上出来上出来。
弟子の進歩に少し誇らしい気持ちを抱きながら、枯れた声で言葉を紡ぐ。
「鮫島を迎えによこして、場所は市街中心部。細かい場所は……ちょっとわかんない。GPSとやらで調べて」
「ちょっと、その声……もしかしてケガしてるの!?」
「…………少し無茶した。じゃ、ごめん、……おねがい」
電話の向こう側でアリサが鮫島に指示をとばす声を聞いて、通話をオフにする。
耳から声が途絶えたのと時を同じくして、僕の視界も幕が下りるかのように闇に閉ざされたのだった。
◇◇◇
――――う……ぁ?
「……ん」
瞼を開けてそのまま左右を見舞わす。
「ジーク!? 気がついたのね!? 大丈夫!? 体起こせる!?」
「……ん、起こせそう。どのくらい寝てた?」
「家に運ばれてから1時間ちょっと、もう少しして起きなかったらお医者様を呼ぼうかと思ってたわ」
真っ先に目に入ってきたのは、ベッドの傍らに座り僕を見つめていたアリサの姿。
手を貸そうとしてくるアリサを目で制し、自分の力で体を起こして改めて周りを見渡す。
服もさっきまで着ていた――袖元と胸元に吐いた血が付いている――もの。とり急ぎ僕をここまで運んで寝かせたらしい。
見慣れた調度品、景色……この屋敷での僕の部屋だった。
アリサの大声が聞こえたのか、デビットさんと鮫島も僕の部屋へ駆けつけてくる。
「ぼっちゃん、意識を取り戻されたようでなによりです。さ、口の中が気持ち悪いでしょう。こちらですすいで下さい」
空のボウルに、鮫島がくれた水を含んで吐き出す。吐いた血のせいで、ボウルに溜まった水はどす黒かった。
「ジーク君、必要ならば医者を手配するが……」
「……鮫島、水と迎えありがとう。デビッドさん、お医者さんは大丈夫、これは魔法関係だから」
心配げな二人に簡素ながら返事をする。
もう少し言葉を尽くしてお礼を言うべき何だろうけど、あいにく饒舌に話せるほど僕の体調はよろしくなかった。
「……何があったのか、簡単に説明します――――」
心配をかけたうえ、こんなザマである以上、今の状態を説明するのは義務だろう。
僕はざっと起こったことを説明する。
異常を察知しあの場所へ向かったこと、発見したジュエルシードが戦闘の余波で暴走して、街の危機どころか世界の危機だったこと、ソレを僕が収めてこうなったこと。
とりあえず現状で説明できること全部だ。
「……つまりこういうことね? 最近のいろんな事件の原因だったジュエルシードって言うのが、ジークの思ってた以上に危ないシロモノで、派手に暴走したソレを押さえ込んだジークは今の状態になった。……これでOK?」
「ソレで合ってる。……僕の認識が甘かった」
ジュエルシードの内包する危険性を甘く見ていた僕の過失、言い訳のしようがない。
下手したらこの街どころか世界が滅んでたかもしれない重大な問題。
こんな二の轍を踏むわけには行かない、内心で決意をした僕はデビッドさんと視線を結ぶ。
「デビッドさん、失礼を承知でお願いしたいことがあります」
「……聞こう」
僕の目から何かを感じ取ったのか、デビッドさんが居住まいを正す。
「情けない話で申し訳ないですが、アリサの力を、お借りしたい」
「ちょっとジーク、それは私に聞くべき――――」
「……アリサ、少し待ちなさい。……その理由は?」
口を開いたアリサを、デビッドさんが手で遮って僕に尋ねる。
「ジュエルシードへの対処を受動的な体制から積極的な体制に変えるため。僕一人じゃ手が足りないかもしれない」
「これをアリサにではなく私に聞いたのは……危険を伴うから、だね」
「はい」
僕はしっかりとうなずきを返す。
ここでごまかすことなんて出来はしない。
僕の返答に、アリサの顔が憮然としたものから、ハッとしたものへと代わる。
「アリサは戦闘技術だけなら、もういい線行っている。もちろん、僕は優先的にアリサを守ります」
「……アリサ、お前はどうしたい?」
デビッドさんが隣のアリサに問いかける。
「私は……私はジークの力になりたい! 私たちの住んでる世界だもん、ここで生まれた私たちが守って当然でしょ!」
そこには胸を張り、澄んだ目に強い光を宿して僕を見返すアリサの姿があった。
「そうか……私はアリサの意見を支持しよう。……ジーク君、くれぐれも娘を頼む」
デビッドさんが僕に頭を下げる。
「はい、僕の血に誓って」
僕を信頼してくれたデビッドさんを、裏切ることなど出来はしない。
僕も力強くうなずきを返した。
「さて……お話が纏まったようで。旦那様、アリサお嬢様ももう遅い時間です、明日に差し支えますのでお休みください。ぼっちゃんも、今夜はゆっくりとお休みください」
「私、もうちょっとジークと話してから寝るわ」
「アリサ、ジーク君も疲れてるだろう、明日にしなさい」
「パパ、お願い」
アリサの言葉と表情を見たデビッドさんが、少しの逡巡のあと、頷いた。
「分かった。あまり遅くならないようにな」
鮫島が一礼し、デビッドさんはアリサにそう付け加えてから部屋を出ていく。
「……ジーク、のど渇いたでしょ。水でも飲む?」
「ん、もら――――」
アリサがベッドの横の水差しから、コップに水を注いでくれた。
受け取ろうと掛けられている布団から、手を出そうとした直前で踏みとどまる。
「――――……飲ませて」
「え?」
「腕が重くて持ち上がらない、飲ませて」
「そ、それくらい頑張んなさいよ!」
アリサが頬をうっすら赤くして、僕から目をそらす。
困らせるのは本意じゃないけど、僕にも引けない事情がある。
「……飲ーまーせーて~、飲ーまーせーて~」
ベッドの中でだだっ子みたいに足をパタパタさせてアリサにねだる。
……こんな恥ずかしい真似、出来ることならしたくない。
「(……ジークにぱたぱたしてる犬耳としっぽが見えるッ!?)」
「何か言った?」
何か愕然としてるアリサに僕は問いかける。
「ななな何でもないわ! ほら、飲ませてあげるから顔こっちに向けて!」
「ん」
アリサが口元に近づけてくれたコップから水を飲む。
しばらくぶりに飲んだ水は決して冷たくは無かったけど、体の隅々までしみこんでいくようだった。
「ん、もう十分。ありがと、アリサ」
「そう、ならいいわ。……もう心配かけさせないでよね?」
「ごめん、約束できないかも」
「男なんだからそれくらい胸張って安請け合いしなさいよ、まったくもう」
言ってることは厳しいけど、表情と声が優しい。
コップをサイドボードに置いたアリサが、こちらへと腕を伸ばし……僕を抱きしめた。
僕の胸に顔を埋めているせいで、アリサの表情を伺えない。
「……アリサ?」
「……ばか」
「ごめん」
「……悪いと思ったなら、少しの間だけおとなしく抱かれてなさいよ」
「……ん」
アリサの言葉に、僕は体の力を抜くことで答えるのだった。
◇◇◇
「早く元気になりなさいよ、……ばか」
「むぅ……2回もバカと言われた」
「言われないようにしなさいよ」
結局10分ほど僕を拘束していたアリサは、僕の髪を一撫ですると立ち上がって扉へと歩く。
最後に小さく手を振ると、照明を消して部屋を後にしていった。
「…………」
目礼してアリサを見送った僕は、布団の下に隠されていた腕を引き抜く。
袖をまくり、その腕を目の前に持ち上げた僕は小さく息を吐いた。
見えるのは、見えてはいけない景色。
“手のひらを透かして”見える部屋の内装。
腕を横にスライドさせ、窓から見える夜空に向ける。
月の光が腕を透過して僕の顔を照らした。
「……不味い、かな?」
目を凝らすと、辛うじて腕の輪郭が見て取れる。
秘奥の技の対価は、確実に僕を蝕んでいた。
主人公の秘密の一端が除ける話……さて、人間なのかね?
アリサ、次回より戦闘に参戦。
次回更新は……1週間から10日以内?
誤字脱字、疑問質問あるようでしたら、どしどし質問してくださいませ。
物語のネタバレ以外でしたら、極力答えさせていただきます。
では、今回もお付き合い頂き、真にありがとうございました。