魔法少女リリカルなのは ~若草色の妖精~   作:八九寺

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皆様、お久しぶりです。
お待たせして申し訳ありません(土下座

仕事が忙しく、今日は半月ぶりの帰宅です……が、明日からまた半月ほど職場に泊り込み(
orz

感想にて、『更新まだー』的なお言葉を頂いたのでちょっと頑張りましたー

12000文字くらいの作品を4つに分割して、4日間にわたり投稿しようと思います。(後で統合するかも

では、どうぞー。


45:ジークのとある一日 (2017.07.28:統合しました)

45:ジークのとある一日

 

 

 僕の一日の始まりは早い。

 

「……ん」

 

 AM5:00、目覚ましを鳴り出す前に止めつつ起きあがる。

 本日は日曜日。デビッドさん、アリサ共に仕事・学校は休みの日。ただしアリサは昼過ぎからバイオリンのレッスンのため不在……と。

 

 動きやすい服に着替えつつ、スケジュール帳に書かれた予定に目を通す。

 今日は休日のため、執事見習いとしての勤務もそれに伴い休日シフトだ。

 

 屋敷内から庭へと出ると、水をいっぱいに入れたジョウロ片手に、その一角へと向かう。

 

「……んむんむ」

 

 向かった先にあるのは、ビニールハウスと花壇。ここは魔法薬・魔術用の薬草・魔草の育成のために借り受けたスペースだ。

 生育状況を確認しながら水をやり、ちょうど収穫時の物は採集して保存していく。

 

 ……む、この薬草は後で株分けして別の容器に移さねば。……こっちの鉢植えはここ2~3日の快晴に伴う強い日差しのせいで、葉が心なしか弱ってるように見える。直射日光の当たらない場所に移しておこう。

 

 そんな感じで30分ほど手入れに費やし、そのままその足で広い敷地内をぐるりと見て回り、様々な形式で敷地内に仕掛けた防衛用の魔法をチェックする。

 敷地の地脈の要所要所に植えた樹木による認識阻害の結界、庭の各所に置かれた陶器の小人を用いた侵入者感知用のトラップ、防衛戦時の自律固定砲台となる特殊な魔法植物の群生地、不可視状態で敷地を巡回させている鋼糸で編まれた戦闘用の獅子・熊を模した使い魔達etcetc...

 

 と、まぁ庭だけでもこんな具合に屋敷の防護は為されている。

 

 最近は僕やアリサ、フェイトやアルフと言った魔法を使える面々が居ないときに、鮫島が任意で発動できるような水道や電気を用いた防衛システムを考案中だ。

 

 今のところ考えているのは、敷地の地下に魔法陣の形に繋いだ塩ビのパイプを埋没させ、有事の際は蛇口を捻りそこに水を流し込むだけで発動する魔法。

 他にはライトを高速に特殊なパターンで明滅させることで、それを見た敵の感覚を狂わせる・幻覚に捕らえる……的な魔法などだ。

 

 だいたいこちらも30分ほどで片づけて、ここ最近増えた日課のために次の目的地に向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「おはよう、ジーク」

「ん。フェイト、おはよう。待たせた?」

「ううん、私も今来たところ」

 

 僕の接近に気づいたフェイトが、こちらに振り向いて微笑みながら小さく手を振った。

 フェイトの格好も、僕と同様に動き易いように上下とも半袖の薄い、黒基調のスポーツウェアだ。 

 

 敷地内の屋敷から少々離れた、音の届きにくい穴場的なこの一角で、僕たちが最近やっているのは――――

 

「じゃ、準備運動して始めよう」

「うん、よろしくね」

 

 ――――“朝練”と称した戦闘訓練だ。

 

 戦闘訓練とは言っても魔法を使った派手なものではなく、身長より少し大きい程度の長さの棒を得物に用いた組み手である。

 魔法の使用は身体強化系も含めて原則禁止、単純な技量を磨くための組み手だ。

 

 二人で軽く準備運動と協力してストレッチをこなし、距離をとって向かい合う。

 僕は上段、フェイトは中段に棒を構えた。

 

「じゃあルールはいつも通り。では尋常に――」

「――勝負ッ!」

 

 

◇◇◇

 

 

「うぅ、手も足も出ない」

「まぁ踏んできた場数も環境も違うから」

 

 鬼のように強い師匠と、豊富すぎる血で血をそそぐ実戦経験の賜物だ。

 

 15分ほど僕の優勢のままノンストップで打ち合った後、僕が跳ね上げた棒の先端がフェイトの持っていた棒を手から弾き飛ばし、そのまま首元に寸止めで触れさせて勝ち。訓練を始めてから現在まで、僕の連勝記録は継続中。

 朝の涼しい空気にも関わらず、全力で戦っていた僕とフェイトは二人揃って良い汗を流していた。

 

 クールダウンのストレッチを終え、今は木陰で休憩中だ。

 僕は火照る体を冷やそうと、着ていたシャツの胸元をパタパタとして空気を送る。

 

「はいジーク、使って」

「ありがと」

「ううん、どういたしまして」

 

 フェイトから受け取ったタオルで汗を拭く。

 

「飲み物もあるよ?」

「ん、貰う」

 

 差し出されたペットボトルの蓋を開け、大きく一口呷る。

 

「――あ」

「ん?」

「ううん、自分の分を入れてくるの忘れちゃっただけだから大丈夫」

「僕の口付けた奴で良ければ飲む?」

「うん、……ごめんね」

 

 クールダウンは済ませたはずなのに頬を紅潮させたフェイトが、僕から受け取ったペットボトルに口を付けてコクコクと少しずつ喉を潤した。

 僕は小さい欠伸をして、腕と一緒に体を伸ばす。

 

 「……ジーク」

 

 そんな僕の様子を目に留めたフェイトが、おずおずと言った感じに僕の肩をつついた。

 

 ちょっと首を傾げて見せたフェイトが、自分の膝を指さして僕に問いかける。

 

「んー?」

「ちょっとだけ……仮眠する?」

「……んー、ん。20分経ったら起こして」

「うん、いいよ」

「お願いね」

 

 僕はもう一つ欠伸をすると、フェイトが指した膝に頭をコテンと倒す。

 この朝練を始めてから、フェイトは毎朝僕が眠そうだと仮眠を勧めると同時に、枕代わりに自分の膝を貸してくれる。申し訳ない気はするのだけど、初めて膝を借りたときに少し寝たふりをして様子を伺ってみたら、フェイトが幸せそうに微笑みながら僕の髪を梳いていたので、罪悪感は感じないことにした。

 

 それ以来、僕はほぼ毎朝こうしてフェイトの膝枕で、ほんの一時の睡眠に身を任せるのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「じゃ、フェイトはアリサの世話をよろしく。アルフは僕と一緒に朝食の支度ね」

「うん、行ってきます」

「了解」

 

 AM07:30、シャワーを浴びて汗を流した後(フェイトとは一緒じゃない、念のため)、それぞれ執事服とメイド服に着替えた僕とフェイトは、アルフと合流して軽く指示を出して動き出す。

 フェイトはアリサを起こして、着替えの手伝いやらの身支度の補助とベッドメイキングやらの諸業務、僕はアルフをサポートに付けての朝食の準備である。

 

「やぁジーク君アルフ君、おはよう」

「おはようございます、デビッドさん」

「おはようございます、ダンナサマ」

 

 アリサより一足早くやってきたデビッドさんに、二人揃って頭を下げる。

 

「うむ。ところでジーク君、今日の新聞は――」

「――こちらに」

 

 席に着いたデビッドさんに、新聞と同時にコーヒーも淹れて渡す。

 朝イチでデビッドさんが飲むコーヒーはミルク多めの砂糖少々、この流れはいつも通りだ。

 

「ありがとう」

 

 新聞を熟読し始めたデビッドさんに黙礼し、せっせと支度を進めていたアルフに再合流する。

 

「お待たせ」

「お疲れさま、こっちはもう少しで終わるよ」

「ん」

 

 言葉の通り、直ぐに準備を終えた僕たちは鮫島が待っている厨房へと向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 平日は“仕事”と言う都合上、僕たち使用人組はデビッドさんとアリサが食事を終え、それぞれ学校と職場へ送迎した後の朝食になる。

 だけど本日は休日と言うことで、僕たち使用人組も同じテーブルに着いての朝食なのだ。

 

 ただし鮫島は一人部屋の端で待機中、鮫島曰く『長い間こうでしたので、落ち着かないのですよ』とのことらしい。

 

「……♪」

 

 ナイフで切り分けたオムレツの断面から、固まりきっていない卵がトロリとこぼれ出る。今朝のオムレツの半熟具合は僕の好みな感じ、

 わかる範囲で言うと、アリサはもうちょっと生っぽい焼き加減、デビッドさんはしっかり火を通した物が好みだ。

 

 さすが鮫島、各人の好みに合わせてオムレツの焼き加減を変えてくれる仕事人の鑑だ。

 良い焼き加減に目を細めていると、僕の口元をじっと見ていたフェイトが不安そうに聞いてくる。

 

「……焼き加減、どうかな?」

「ちょうど良い、さすが鮫z――」

「――ジーク坊ちゃんの分は、私ではありませんよ」

「む?」

 

 部屋の調度品であるが如くに壁際に佇んでいた鮫島が口を挟む。いや、それじゃこれを焼いたのは――

 

「私が焼いたの……ホントのホントに大丈夫?」

「んむ、素晴らしい焼き加減。毎朝食べたいくらい」

 

 僕はフェイトに本心からそう返す。それを聞いて安心したのか、フェイトがあからさまに安堵のため息を漏らした。

 

「良かった……ジークが喜んでくれるなら、これからもずっと私が作りたいな」

「ん、この腕前なら是非にとも」

「ふふ、よう御座いましたな、フェイトお嬢様」

「はい! 鮫島さん、練習に付き合っていただきありがとう御座いました」

「いえいえ、毎晩の努力の賜物ですよ」

 

 ……会話から推測する限り、フェイトは毎晩鮫島にコーチをお願いしてまでオムレツの練習をしていたようだ。

 

「(……ぐぬぬ)」

「(アリサ、男は胃袋を掴まれると弱いぞ?)」

「(ちょ!?)」

 

 悔しそうな顔をしていたと思いきや、デビッドさんの囁きを聞いたアリサの表情がいきなり真っ赤になった、……なんなのだろう。

 

「さ、鮫島、フェイト、今夜から私も一緒に教わって良いかしら!?」

「ええ、もちろんですともお嬢様」

「うん、一緒に頑張ろうね、アリサ」

「ええ。…………待ってなさいジーク、口に入れた瞬間に、美味しすぎて『こ、これは!?』って言いつつ服が弾け飛ぶレベルになってみせるから!」

「何それ怖い」

 

 調理の過程で、口に含んだ瞬間に衣服が弾け飛ぶ魔法術式でも組み込む気なんだろうか?

 まぁ確かに食材や調理方法、スパイスを組み合わせることでも魔法は組めるだろうけど、手間と結果を比べると余り効率がいいとは言えないからなぁ……。

 

 えへへ、と微笑むフェイトと、妙な対抗心を出し始めたアリサ。……うんまぁ、仲良きことは良いことだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 朝食後、フェイトと手分けをして屋敷内の洗濯物を回収する。

 なお、鮫島はデビッドさんの補佐、アルフは屋敷敷地内の巡回警邏中だ。

 

 今日はいい天気だ、洗濯物もよく乾くだろう。

 

「アリサ、洗濯物の回収……入って大丈夫?」

『いいわよー』

 

 アリサの承諾を得て、彼女の部屋に入る。

 

「ん……自主勉強中?」

「そ、昨日借りた本でね」

「あぁ、僕が昔使ってた奴ね」

 

 部屋に入ると、机に向かったアリサが古ぼけた装丁の本を片手に魔法の練習中。

 僕が数年前に使っていた、中級者向けの本。昨日の夜に部屋に来たアリサに貸したものだ

 

 ちなみに、使われている言語が僕の国の物なので、読めるように翻訳機能を付けたメガネを新たに作る羽目になったのは余談だ。

 

「あ、洗濯物はそこのカゴに入ってるわ、ありがとね」

「ん、確かに。……どう、わかる?」

「だいたい分かるんだけど……所々翻訳がうまく働いてないのか、それとも固有の単語か何かなのか……ちょっと見て貰っていい?」

 

 ベッドのシーツを剥がして丸め、他の洗濯物をカゴごと回収しつつアリサの傍らに向かう。

 

「んむ、ちょい見せて」

「……!?」

 

 アリサの顔の横から顔を出して、開かれた本をのぞき込む。

 その拍子に、アリサの肩がピクンと跳ねた。

 

「?」

「な、なんでもないわ」

 

 それだけ言ったアリサが身じろぎし、僕と彼女の頬同士をピタリと触れ合わせる。

 

「そ。で、おかしいのはどの辺り?」

「えっと――――」

 

 確認してみると、アリサの言っている箇所は僕たちの世界の長さや重量の単位、それとこちらの言語の表音の関係で変換できなかった単語などだ。その辺りを簡潔明瞭に説明する。

 

「――オッケー、解ったわ」

「説明不足でゴメン。……あまり根を詰めすぎ無いように、後でお茶でも淹れてくる」

 

 頬が触れるほどの距離から離れ、勉強熱心な弟子の髪を撫でる。

 

「……ん、楽しみにしてるわ」

「んむ、じゃ仕事に戻る」

 

 こそばゆそうに微笑むアリサに小さく手を振って部屋を辞す。予想以上に時間を取ってしまった、洗濯物を回収し終えたフェイトが待っているかもしれない……急がねば。

 

 

◇◇◇

 

 

 結論として、フェイトは回収を終えていなかった。

 

『――――はふ……ジークぅ、ジークぅ』

「…………」

 

 僕の部屋の外に洗濯回収に使うカートが置いて有ったので、そっと部屋を覗いたら、フェイトが僕の洗濯物のワイシャツを羽織ってベッドにうつ伏せに寝転がりながら、枕に顔を押しつけたまま幸せそうな声で身悶えていた。

 えっと、うむ……どこからつっこめばいいのか、ちょっと僕には解らない。

 

 とりあえず気配を消して自室に滑り込み、こちらに気づかないフェイトを観察する。

 

「~♪」

 

 至福の時を過ごしているっぽいので、それを妨げるのは申し訳ない気がするけども

、状況が状況過ぎた。内容はどうあれ、仕事時間中なのはいただけない。

 

 アリサへ戦闘用に教えた魔法の応用で、僕は自分の体重をほぼ0にして床を蹴り、音も揺れもなくベッドの上に立つ。

 ……ここまで気づかれないと、逆にどう気づかせるか悩むな。

 

 ちょっとだけ悩んで、マイルドな起こし方をチョイスした。

 

 足下の方に畳んで置いておいた薄手の毛布をそっと持ちあげ、自分の両肩にマントのように掛けて構える。

 

 ステンバーイ……、ステンバーイ……、ゴーッ!

 

 僕は無言でフェイトに向かって、一気に毛布と僕の体で覆うようにダイブした。

 そのままフェイトの手足と胴体を、動けないように体全体で押さえ込む。

 

「――――!?!?」

 

 突然の事態に慌てふためき、うろたえるフェイト。

 

 体重はほぼ0ではあるが、筋力などはそのままである。

 フェイトからしてみたら、いきなり背中が毛布に包まれたと思ったら、謎の物体に身動きが取れないよう拘束されているのだ。

 恐怖以外の何物でもない。

 

 しかし、今回は恐怖を植え付けるのが目的ではない。

 

「なーにーをーしーてーいーるーかー!」

「この声ジークッ!? これは、その――――」

「おーしーおーきーだーべ~」

 

 それだけ宣告しておいて、フェイトの耳元でささやくように魔法を詠唱する。

 その名は『絶笑(ぜっしょう)』。変な名前と侮る無かれ、加減次第で子供の悪戯から死刑の一執行法にまで応用できる魔法である。

 

「ひゃっ!? 何か急に――――あははははははははははは! じ、ジーク止めて、くすぐったいぃぃいいいっぁははははははっ」

 

 魔法の効果としては単純なもので、皮膚の感覚を鋭敏にすると同時に体中各所のくすぐったい箇所を、自動でくすぐり回すというものだ。話だけ聞けば『何それ?』と思われそうな魔法だが、その実かなりエグい魔法なのである。

 フェイトみたいに意味のある言葉をしゃべることが出来るうちは、まだまだ序の口だ。

 

「――――あはははははは! ひゃめ、ひゃめっ、(くる)ひッ! わらひゃダメひゃのにわりゃうのが止めひゃははははははははは!?」

 

 呂律が回ってこなくなるくらいで、ようやく二段回目と言った感じ。

 加えてフェイトは僕に押さえられているから、全く身じろぎも出来ないぶん余計に苦しいだろう。

 

 フェイトの横顔からは、笑いすぎのせいで目からぽろぽろと涙がこぼれている。

 この魔法の怖いところは、笑いすぎによる呼吸困難を調整できる点だ。呼吸困難での笑いの強制終了は出来ずとも、適度に息が出来なくて苦しい感覚は残るというエグさを兼ね備えている魔法なのだ

 

 

 んー、まぁこれくらいで良いか。

 

 

 この程度で良いかと妥協して魔法を中断する。これくらいなら後遺症も残るまい。

 この魔法、極限までやりすぎると良くて廃人、最悪死に至りかねないのだ。

 

 ベッドにうつ伏せに倒れ込んだまま、ピクピクとしか動かないフェイト。試しに無防備な背筋を服の上から指でなぞってみたら、電流が流れたかのように体を跳ねさせ、沈黙した。

 

「――――ヒック……グスッ」

 

 ……。

 …………。

 ……………………あれ?

 

 仰向けにひっくり返してみたら、フェイトがその相貌から涙をぽろぽろとこぼしていた。

 

「私、やめてって、言ったのに――――」

 

 先ほどまでの魔法の影響で体中に力が入らないのか、身じろぎ一つしないまま恨みがましい目を向けられる。その間も僕を責めるように両目からは絶えることなく涙がこぼれている。

 

 ………………なんというか、もの凄い罪悪感だ。

 

「えっと、うん、その――――ゴメン」

 

 どうしたらいいか解らないので、フェイトを抱きしめておっかなびっくり彼女の背中を撫でる。対応が合っていたかは定かで無いけど、フェイトも弱い力ながら僕の腰に手を回して抱きしめ返してくれた。

 

「もう少しだけ、このままで。……そしたら、許す」

 

 僕の胸に顔を埋めたフェイトが、スンスンと鼻をすすりながらくぐもった声で呟く。

 

「ん、仰せのままに」

 

 (元凶)に拒否権など無いのであった。

 

 立ち直ったフェイトと僕は、途中だった仕事を片づけて別行動に移る。

 フェイトはそのまま洗濯関係、僕は屋敷内の諸業務だ。

 

 その合間にアリサへお茶を届けに行ったり、屋敷内の諸設備の点検・補修を行ったり、魔法を駆使しつつ屋敷内の一斉清掃を行ったり……。

 

 ささっと昼食をとった後も、アリサをバイオリンの稽古へと送迎したり、自身の鍛錬やらであっという間に時は流れ、気が付けば夕方一歩手前の時間になる感じだ。

 

 空がオレンジ色になりだした頃、鮫島が小さな紙を片手に僕の元へやってくる。

 

「坊ちゃん、フェイトお嬢様と一緒に買い物をお願いできますかな?」

「ん、了解」

 

 さっとメモに目を通し、うなずきを返す。これなら最寄りの商店街かスーパーで揃うな。

 

「特に急ぎの買い物では御座いませんので、お嬢様へ地理の把握をして貰うつもりで寄り道しつつどうぞ」

「ん」

 

 じゃあフェイトがまだ利用したことのない、商店街の方で買い物するとしよう。

 数ヶ月とは言え、“日本”もとい“海鳴”暮らしの先輩として、こちらに不慣れなフェイトに教えるのは僕の仕事だ。

 

 

 ――――ということで、私服に着替えた僕とフェイトは連れだって近所の商店街を歩いていた。

 

 

 ちょうど時間としては食事を支度し始める時間帯、ここ海鳴の商店街は、全国的に問題になってるらしい『シャッター商店街』とは甚だ縁がないようで主婦の方々や仕事帰りの方々、学校帰りの学生などで結構な混雑となっていた。

 

「わぁ……!」

 

 商店街の途中で物珍しげに左右をきょろきょろと見回しているフェイト。……たぶんこのままにしていたら、遠からずフェイトがはぐれそうそうな気がしたので、僕はひょいっと彼女の手を取った。

 

「……あ」

「ん、迷子防止」

「ま、迷子になんてならないよ……!」

 

 迷子になってからでは遅いので、僕はその抗弁を黙殺した。

 

「……えへへ♪」

「…………どしたの?」

「なんでもないよ」

「そう。ならいいけど」

 

 繋がれた手を見て、何とも嬉しそうなフェイトに首を傾げるが、彼女自身が何でもないというならそうなんだろう。

 そう納得して、僕は歩き出すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「疲れてない?」

「ううん、平気だよ」

 

 案内と買い物を終えた僕達は、商店街に一軒だけ有る和菓子店でちょっと一休みしていた。

 この和菓子店は普通の店頭販売に加え、奥のスペースでは甘味処としても営業しているのだ。なお、僕のお気に入りはシンプルに『豆かん』である。

 

 現に今食べているのも豆かんだ。夏になると限定メニューの宇治金時とやらが始まるらしいので要チェック、と。

 ちなみに鮫島はこの店の豆大福が好きなので、おみやげに買って帰ると吉である。

 

「でも、お使い中にいいの?」

「大丈夫、これはフェイトに対する商店街の案内と、実態把握を兼ねたもの」

「そうなんだ」

「――――それに一緒に食べてるフェイトも共犯、万が一怒られるときは一緒」

「そんな!?」

 

 『えっ?』という表情のフェイトの顔を見て、小さく笑みをこぼす。

 

「ん、ただの冗談」

「……もぅ、ジーク」

「フェイトをからかうのは、楽しいから仕方ない」

 

 口を三角にしたフェイトにちょっとジト眼で睨まれた。

 

「……いぢわる」

「どーとでも言うがいいさ」

 

 すまし顔で目の前の豆かんをつつく。

 

「これが食べ終わったら屋敷方向になるけど、買いたいものはある?」

「あ……私この国の本が欲しい、かな」

「本?」

「うん、話し言葉は魔法でどうにかなるんだけど、文字はちょっとね。バルディッシュにこの世界の言語ソフトをインストールすれば解決するんだけど、それじゃいつまで経っても覚えられないから」

「……とりあえず本屋に行けばいいか」

 

 ソフトとかインストールだとか、よく分からないけどそういうことだろう。僕の方も勉強不足だなぁ……。

 フェイトがこの機会に機械系?の勉強もしたほうが良いんだろうか……。

 

 まだまだ勉強することばかりだ、精進しないと。

 終わりの見えない勉強に、ちょっとだけ憂鬱になりかける僕であった。

 

 

◇◇◇

 

 PM03:00、買い物を終え屋敷に帰ってみたら、アリサは急遽一緒にバイオリンのレッスンに行ったすずか嬢のウチに泊まる事になり不在、デビッドさんも夕食後に旧い友人と会うことになったそうで、手早く夕食を終えてそちらに向かってしまった。

 

 こうなってしまうと、特に最低限の仕事以外、特段やることもない。

 PM08:00、鮫島に業務終了の指示を受けたら、後は自由な時間だ。ぱぱっと入浴を済ませて自室に戻る。

 

 珍しくまとまった時間が取れたので、自室に篭もり魔法薬の調薬作業を行う。

 薬研(やげん)と乳鉢、乳棒といった道具で、一心不乱にゴリゴリと薬草や香草(ハーブ)、薬石やらを細かな粉にして、それらを目的に合わせて混合し、それぞれ丸薬や飲み薬、粉薬等に加工していった。

 

 一通り作り上げ、時計を見てみれば23:00過ぎ。

 大きく伸びをして、座りっぱなしで凝り固まった体を解すと寝間着に着替えベッドに潜り込む。明日の朝も早いのだ、休息は十分に取らねばいけない。

 

 

◇◇◇

 

 

 AM01:00過ぎ、寝ていた僕は部屋に近づく何者かの気配に目を覚ました。

 徐々に近づいてきた複数の気配と音の主達は、僕の部屋の前で動きを停める。

 

『――――ジーク、起きてるかい?』

 

 僅かに開かれたドアの隙間から、か細いアルフの声が届く。

 僕は体を起こすとちょっとだけ身支度を整えてから、二人に入室を促した。

 

「ん。入って良いよ」

「ありがとね。ほら、フェイト?」

「…………うん」

「……どうしたの?」

 

 『ごめんね』と言わんばかりの表情で、小さく手を合わせるアルフの背後に隠れるように、枕を抱えたパジャマ姿のフェイトがちらりと覗く。

 

「あー……フェイトがプレシアの嫌な夢を見ちゃってね」

「なるほど、だいたい解った」

「察しが良くて助かるよ、まったく。じゃ、アタシは隅っこの方で寝るから」

 

 頬をポリポリと掻きながら、アルフが申し訳なさそうに苦笑しながら狼形態に変わると、そのまま部屋の隅で丸くなる。

 たぶん、ご主人様に気を使ったのだろう。

 

 

 時の庭園でのプレシアとの別離以降、フェイトは時たまこうして悪夢にうなされて目を覚ますと、僕の部屋を訪れるようになっていた。

 

 

「ゴメンねジーク、迷惑掛けちゃって……」

「大丈夫、迷惑かけられたなんて、思った事無い」

 

 左右に首を振って、アルフと同じく申し訳なさげなフェイトにそう告げる。僕だって両親を失った身だ、その辛さはよく分かる。

 

「……うん、ありがと」

 

 僅かに表情を和らげたフェイトに小さく頷きつつ、体をずらしてスペースを空けると、布団をめくって僕の傍らをポスポスと叩いた。

 

「その……えっと、お邪魔、します」

「ん、どうぞ」

 

 顔を真っ赤にし、枕片手に僕と同じ布団に潜り込んできたフェイトが僕の存在を確かめるよう、手に指を絡めてくる。

 

「……ん、大丈夫、大丈夫。僕はここにいる」

「…………うん。でも、寝るときまで……触ってても、いい?」

「ん」

「ありがとう、ジーク」

 

 そう呟いたフェイトが、きゅっと僕の腕を抱きしめる。そして潤んだ瞳でこちらを上目遣いに見上げつつ、今にも消え入りそうな声でささやいた。

 

「……あと――――」

「……?」

「――――“おまじない”、して?」

 

 その言葉に僕は頷き、ついでフェイトの髪を撫でる。

 

「わかった。目、(つむ)って」

「うん……」

 

 ――――それは僕が以前、寝る前に母上にされていた、“魔法”としての効能はない、ただの良く効く“おまじない”。

 

 僕はフェイトの前髪を指で払い、露わになった額へそっと触れるように口づけた。

 

「おやすみフェイト、良い夢を」

「うん。……おやすみなさい」

 

 目を瞑ったまま『ふにゃ』っと頬をほころばせたフェイトは、少しして静かに寝息を立て始める。

 フェイトが寝付いたのを見守り、僕も目を瞑る。

 

 明日の朝も早い、早く寝て明日に備えねば――――

 

 

 こんな感じに、僕の一日は終わるのであった。

 

 

 




[壁]д・)<「恐ろしく速い統合作業、オレじゃなきゃ見逃しちゃうね」

更新遅れの弁解は、次のおまけ編にて。

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