46:動物園デート
「ジーク――――」
「んむ?」
「――――動物園に行くわよ!」
「……ほわぃ?」
いきなり僕の自室にやってきたアリサの宣言に、僕は首を傾げたのであった。
◇◇◇
とりあえず、テンション高めのアリサに聞いた事を簡潔に纏めれば、こういうことである。
『二人っきりで動物園デートしたい』
――――とのことらしい。
藪から棒にどういうことか問いただしたら、学校に行っている間など、最近フェイトとばっかり一緒にいるのがお気に召さないとのこと。
『フェイトのことも大事だけど、私のこともちょっとくらい気に掛けなさいよ……ばーか』とはアリサの弁。
ともかく、僕としては何の問題も無い。
「ん。じゃあ今週末、動物園に」
「約束よ、破ったら承知しないんだから♪」
鼻歌交じりに軽やかな足取りで部屋を後にしたアリサを見送ったのはつい3日前、あっという間にアリサとの動物園デートの日を迎えたのであった。
◇◇◇
「ん~! この動物園初めて来たけど良い所ね」
「ん、僕もイメージしてたものとだいぶ違う」
車での移動で凝り固まった体をほぐすように、二人揃って大きく伸びをする。
人生初動物園の僕は、書物やら映像やらでしか知識しか無かったわけだけど、僕のイメージでは動物園というのは檻の中で動物を見せ物にする所、という感じだった。
僕のイメージに反して、この動物園は『動物の自然な生態を展示する』ことを売りとしている――屋敷に帰った後に調べたら、僕のイメージが『形態展示』、この動物園の形式は『行動展示』とのこと――らしい。
そしてこの動物園、節操無しというか企業努力というか……小規模ながら牧場まで備えている。
ぼーっと周囲を観察すると、真新しい立て看板に『最近動物への悪戯をする方がいらっしゃいます、そのような方を見かけた際は近くの係員までお知らせ下さい』とあるのが目に付いた。
けしからん奴も居るもんだ。
「さ、行きましょ?」
「ん」
ひょい、っと自然な動きでアリサが僕と腕を組む。逆に自然な動きすぎて驚いたくらいだ。
そんな驚きが態度に出てたのか、アリサがふっと顔を綻ばせる。
「ジークのそんな顔が見れただけで、私としては努力の甲斐が有ったって感じよ」
「むぅ」
僕の知らないところで、何かしら練習していたらしい。
「ふふ。じゃあまずは……レッサーパンダから見に行きましょうか」
満面の笑みを浮かべたアリサは、僕を引くように歩き出すのであった。
◇◇◇
「わー、かーわいー」
なんかアリサのIQがスゴい低さになっている。
レッサーパンダ、狼、ホッキョクギツネetcetc、犬系の動物達を見て回った僕とアリサはちょっと休憩として、他のお客さん達から離れた木立に隠れるベンチで休んでいた。
「動物というか、アリサは犬系が好き?」
「そうね、動物全般好きだけど、何が良いかって言われたら犬科かしら」
屋敷でも多くの犬を飼っていることからも、それは日を見るより明らかだ。
かく言う僕も動物は嫌いじゃない、むしろ好きな部類に入るだろう。
「ただ一つ不満があるとすれば、動物園だと檻の向こうだから、撫で回せない事よねぇ……」
わきわきと欲求不満げに指を動かすアリサに、ちょっと苦笑する。
「犬が居るかは解らないけど、もう少し見て回ってお昼ご飯にしたら、午後は『ふれあいスペース』とやらに行ってみる?」
「もちろん! そうと決まれば、まだ見てない動物制覇するわよ? 次は……そうね、猫系で!」
「ん、了解」
とりあえずの予定を立てた僕たちは、思い立ったが吉日と言わんばかりに行動を再開したのであった。
◇◇◇
「……重い」
「なんかスゴいことになってるわね、ジーク」
「見てないで助けて」
昼食後、ふれあいスペースにて、僕は
ちょっと芝生にしゃがみ込んだ途端、子ウサギが頭に飛びついてきたと思ったら、あれよあれよという間に子犬やら子猫やらに群がれ、果ては膝上にカピバラに座り込まれて今に至る。乗りすぎてて下手に動けない。
この身に流れる血のせいか、比較的動物には好かれやすいけど、こうまで群がられるのも珍しい。
「へるぷみー」
「はいはい、ちょっと待ってなさい」
クスッと微笑んだアリサが、僕にひっついてる動物たちを一匹一匹外してくれた。
「……さんきゅー」
「You're welcome」
なんか完璧な発音で返された。勉強関連じゃまだアリサには及ばないな、やっぱり。
「ばいばい」
手を振って周囲に待機してた小動物達に解散してもらった。
「ふふ、ご苦労様」
「……地味に疲れた、ありがと」
「困ってるジークの顔なんて、初めて見れた気がするわ」
困り顔を見れたのが余程嬉しかったのか、ご満悦の表情を浮かべるアリサに、僕としてはどんな表情を浮かべるものか悩む。
「むぅ、なんか複雑」
「ジークの新たな一面を知れただけでも嬉しいわよ?」
「そんなもの?」
「そんなものよ」
……んむぅ、アリサがそう言うならそうなんだろう。
釈然としない顔の僕を見て、アリサは小さく笑みを浮かべるのであった。
◇◇◇
食後、僕たちは腹ごなしも兼ねて、併設されている『ふれあい牧場』と銘打たれた一角を散歩していた。
牧草の広がる広大な放牧場の柵の中を、一人の男性が艶やかな葦毛の馬の手綱を持って歩いている。
この世界の馬は、長い時間をかけた品種改良とやらのお陰で体格もよく筋肉の付きも良い。
重い物を運ぶためでなく、早さを追求したその姿に感嘆する。
「あの馬が気になるの?」
「ん、良い馬だな……って」
「んー、私は馬の善し悪しは分からないから何とも言えないけど、毛並みは綺麗ね。ジークは乗馬って出来るの?」
「ん。しばらく乗って無いけど、大丈夫」
その場に留まり、馬を眺めていた僕たちに目が止まったのか、手綱を引いていた男性が馬と共にこちらへ歩いてくる。
「馬に興味があるのかい?」
「はい」
僕は頷いて馬と目を合わせ、数秒間見つめ合う。
「この子、名前はなんて言うんですか」
「『ホワイトレディ』だ。まぁ厩舎員は単に『レディ』と呼ぶよ」
間近で見る馬の迫力に、若干腰が引けていたアリサが厩舎の人に訪ねる。
「茶色なのに何で『ホワイト』?」
「父親が『ホワイトナイト』って名前だからね。そして母親が『レディーアゼル』……牝馬だから二人の名を取って『ホワイトレディ』と名付けられたとか」
そんな会話を聞きつつ、僕は首を下げてこちらに鼻先を近づけて匂いを嗅いだり、軽く挙げた手のひらに触れてくる彼女に好きなようにさせ、こちらから触れるタイミングを見計らう。
「……レディ、こんにちは」
声を掛けつつ、驚かせないようにゆっくりと頬を撫でる。
軍馬なんかは音や不意の接触で驚かないように躾られているけど、この子はそんな躾もされていないだろうし万全の注意を払う。
「ん、お利口。アリサも触ってみる?」
「……噛まない?」
「大丈夫」
おっかなびっくりアリサが伸ばす手に自分の手も添える。
「お、おぉ……」
怖々とレディに触れたアリサが何とも言い難い声を挙げた。
「ふむ、彼氏くんの方は馬に慣れてるのかい?」
「はい」
頷く僕の横でアリサが飼育員さんの言葉に『ふふ、彼氏かぁ……』と変な笑みを浮かべていたが、まぁいい。
「じゃあちょっと乗ってみるかい?」
「はい、可能なら」
「よし、じゃあ事務室から
馬用の鞍はそこそこ大きい、飼育員さん一人じゃ一度に運べないだろう。
「いえ、手伝います」
「あ、私も手伝うわ」
「そうかい? まぁ乗馬用のグローブとかは自分で試着した方が良いからね、じゃあ一緒に行こうか。レディ、ちょっと待っててくれ」
首筋を撫でられたレディが、分かったと言わんばかりに首を振る。
馬談義を交わしつつ、数10メートル離れた事務室に近づいたときの事だった。
――――『パパパパン!』
軽い連続音とほぼ同時に、レディの悲痛な嘶きが放牧場に響く。
唐突な事態に、とっさに振り返った僕たちが見たのは、手綱が解け竿立ちになるレディとその場から逃げるように駆け出す人影の姿だった。
◇◇◇
「こら! 待ちなさい!」
「アリサ! これを!」
「ありがと!」
呼びかけだけで僕の意図を理解してくれたアリサが、逃げる人物の追跡に動いた。
アリサ愛用の杖は屋敷に置いてきているので、杖代わりの発動体として銀の指輪を投げ渡す。
こちらを見ずに後ろ手で指輪を受け取ったアリサは身体強化の術式を発動し、建物の陰に消えた人影を追った。
こちらはこちらで、興奮して鼻息を荒くして落ち着き無く動き回るレディをどうにかせにゃいかん。
飼育員の人がレディを落ち着かせようと声を掛けつつ、垂れ下がる手綱を取ろうと機をうかがっているが、興奮して首を振るレディに翻弄され上手く行かない。
僕は気配を殺すとそっとレディの傍らまで忍び寄り――――手綱を掴みその背に飛び乗った。
「おおい!?」
飼育員さんが素っ頓狂な声を挙げるのを横目に、手綱を捌いてレディを落ち着かせるように御していく。
「……どうどう」
両足で胴体を挟むように固定し、手綱を引いて興奮を納めていく。
最初こそいきなりの騎乗に興奮の度合いを高めていたレディだったが、5分もしないうちに落ち着きを見せ始め、10分経った頃には完全に落ち着きを取り戻していた。
「よしよし」
最後に首筋を撫でて少し歩かせる。
「スゴいな彼氏君、鞍が無くてもいけるのか」
「鞍は無くても何とか。手綱が無いと辛いですけど」
ただし鞍がないと長時間の騎乗は辛い、お尻へのダメージがスゴくて。
あと足への疲労がひどい事になる。
「ジーク、犯人を捕まえてきたわよー」
「お疲れさま」
下手人を簀巻きにして引きずったアリサが戻ってくる。
見た感じ後ろから一撃で昏倒させて簀巻きにして引きずってきたのか、見事見事。
「お、おお。彼女君もスゴいね……?」
「鍛えられてますから」
「鍛えてますので」
僕に向かってウィンクを投げるアリサにうなずきを返す。
「飼育員さん、とりあえず警察か何かお願いします」
「あ、ああ。とりあえず事務所に行って電話してくる」
小走りで事務所の方へ駆けていく飼育員さんが建物の陰に隠れたことを確認し、僕は下手人に目を向ける。
レディが繋がれて居た場所を確認するとオレンジ色のBB弾が複数個、下手人の彼が持っていたバッグを開けてみると、中にはガスガンが1丁。
「……ふむ」
……『人を呪わば穴二つ』だったっけか。
それなりの呪いを掛けてやろう。
◇◇◇
警察に下手人を引き渡し、少しだけ話を聞かれた後に僕たちは事務所から解放された。
どうも警察の方でも色々把握してる問題児だったとのこと。
何はともあれ、放牧場に戻った僕らは当初の目的を果たしていた。
「うわ、スゴい視線高い。あと結構揺れる」
「慣れると楽しい……よ?」
スカートのアリサを鞍の前に横座りで座らせ、その後ろに僕跨がり手綱を握り、初めての馬に興奮しっぱなしのアリサを温かい目で見守る。
僕も初めて乗せて貰ったときはこんなだったなぁ……と思い出す。
並足でトコトコとコースを2周ほど歩かせ、アリサが慣れてきた頃合いを見計らい声を掛ける。
「アリサ、ちょっと僕に腕回して」
「ふぇ、こ……こんな感じ?」
「もっとぎゅっと」
「こ、これでどうよ」
「そのまま抱きついてて」
おずおずと回された腕できゅっと抱きしめられてるのを確認して手綱をふるう。
並足から速歩、駈足と速度を上げて走らせる。
時速で言えば20キロほどだけど、視界の高さと風を切って走るこの感覚は鮫島の車じゃ味わえないものだろう。
こう言うのはデートっぽくて良いんでは無かろうか?
◇◇◇
帰り道の車内、その後部座席でこちらの肩に頭を預けて寝息を立てるアリサを見て、僕は僅かに目を細めた。
「どうでしたか、楽しまれましたかな?」
「ん。充分楽しんでくれたと思う」
「それなら何よりで御座います」
送迎を務めてくれた鮫島とバックミラー越しに会話する。
「屋敷に着くまでまだ1時間ほど掛かります。直前になりましたら声を掛けますのでジーク坊ちゃんも少しお休み下さいな」
「……ん、じゃあお言葉に甘えて」
万が一に備え車に対し防護の、周囲に観測用の魔法を展開して目を閉じる。
ほどなくして僕の意識は闇へと落ちるのであった。
おまけ
その夜、僕は無数の魔法薬を仕舞い込んでいる薬品庫で、犬好きのアリサのために昔作ったとある薬を探していた。
「ん……
錠剤の詰まった瓶を見つけた僕は、アリサの寝室へと向かうのだった。
◇◇◇
アリサのベッドに二人で座り、薬の瓶を見せつつ薬効を説明する。
「へ? 犬になる薬?」
「んむ」
「……割と物騒な魔法ばっかり見てきたせいか、すごい久しぶりにファンタジーっぽい魔法な気がするわ」
「むぅ」
酷い言われようである。
そう言われると戦闘用の魔法、というか戦闘に転用できる魔法を教えてばかりな気もする。
まぁ、実際に服用して見せた方が早いか。
僕は一粒取り出すと、ためらうことなく嚥下した数秒後、カッと胃と頭頂部辺りが熱くなり――――
「な!?」
――――髪色と同じ、烏羽色のイヌミミがぴょこんと頭に生える。
「……わんわん」
「――――(ぷぱっ)!」
イヌミミをぴこぴこ動かしつつ戯れに鳴いてみたら、アリサが鼻から鮮血が吹き出して崩れ落ちた。
◇◇◇
「なるほど、飲む粒数によって変化する度合いが変わるわけね」
鼻にティッシュを詰めた状態で時折ふがふがしつつも、アリサはいつも通りの聡明さを発揮する。
「ん……む。その、通りでは有るの、だけっ……ど。ちょっ、と触るのやめ」
「イヤ♪」
追加で一粒服用し、アルフの人型時と同様にイヌミミ+しっぽ姿になった僕を、アリサはこれまで見たことの無いようなヤバイ笑みを浮かべながら触りまくってきた。
触られる僕としては、なんというか……そう、本来はない器官を触れられてるせいか、不快ではないのだけど、何とも妙な感覚が先ほどから走っている。
だから犬耳の付け根をフニフニするのは止めなさい。
日頃飼い犬を撫でてる成果を存分に発揮している。
「ジークジーク!」
「?」
「お手!」
「……わん」
差し出された手に手を重ねる。
満面の笑顔で……仮にも師匠をなんだと思ってるのだこの弟子は。
見た目に変化が出るだけで、中身は変わらないのだけど。
……まぁ、今日のアリサは頑張ったことだし、好きにさせてあげるとしよう。
リハビリを兼ねて筆を執らせていただきました。
勤務が……勤務が忙しくって……!
異動先の交番、年間事案数二桁行かないとかいう前情報でしたが、蓋を開けてみたら半年で30件超えるとか言う当たり年です。
次からA's編に入ります。