あれ、似たようなセリフを先月も言った気が……
49:過ぎ行く日々
残暑のまっただ中、未だ酷暑の続く日曜の午前中、自室で休んでいた僕の元へ、グローブ2つとボールを持ってデビッドさんがやってきた。
『息子が居たら、こうやって休みにキャッチボールをするのが夢だったんだ』
などと会話をしつつ、僕らは互いに受けた球を眼前の相手に投げ返す。
そんな感じに十数分ほどキャッチボールをしていたところで、世間話をするかの如くデビットさんが話し出す。
「突然なんだが、アメリカに数ヶ月ほど出張することになった」
「へ?」
いきなりの発言に手加減を誤った僕のボールは、グローブ越しにデビッドさんに命中するのだった。
◇◇◇
「あいたたたた」
「すいません」
木陰に座りながら、デビッドさんの顔に治癒魔法を掛ける。
軽い打撲のようだけど、治癒魔法を掛けておけば直りも早いし痛みも引く。
「いや、こちらこそすまん。……何と言い出すべきか迷ってね」
肩をすくめてみせるデビッドさん。
「ちょっとアメリカ支社の方でゴタゴタが有って、ちょっとその始末を付けに行くんだ」
「むぅ、なるほど」
理解はした、だけどソレではアリサのお母さんのジョディさんが既にアメリカ社の方へ単身赴任しているのに、ご両親が二人とも屋敷から居なくなってしまうのではないか。
アリサもアメリカに連れて行くのだろうか。
僕の懸念を表情から察したのか、デビッドさんが言葉を続ける。
「僕がいない代わりと言っちゃ何だけど、ジョディの案件は終わったから帰ってくるんだ」
『ゴタゴタが無ければ普通にジョディも帰ってきて、久しぶりの家族勢ぞろいだったんだけどね』
苦笑いしつつ、そうデビットさんが結んだ。
「と言うわけで僕はもう何日かしたら日本を発つ――アリサをよろしく頼むよ」
「はい」
「いい返事だ」
デビッドさんは微笑みながら僕の頭を撫でるのだった。
◇◇◇
「――ファランクスシフト超コワい」
「ご、ゴメンねアリサ!」
地面に突っ伏してピクリとも動かずプスプスと煙を上げるアリサと、わたわたと右往左往して謝るフェイト。
周囲にはアリサが展開していた魔力剣用の柄が散乱している。
見事に僕の作った外套の防御を抜けてダメージが入っている、バインド掛けてのフォトンランサー・ファランクスシフトはやはり有効だ。
「ぐぅうう、前は勝てたのにぃ……」
「忘れたの? 前は僕がバックアップしてたでしょ。とりあえず今日はコレまで、アルフはアリサをお風呂に連れてってあげて」
「りょーかーい」
「ぬぁあ……」
米俵を担ぐようにアリサを担いだアルフが去っていく。
お疲れさまでした、暖まってらっしゃい
「――で、フェイトから見て素のアリサはどう?」
「うん、荒削りだけど良いと思う。前にジュエルシードを賭けて戦ったときに比べれば、ジークのバックアップが無いぶん物足りないけど……」
「前は時間がなかったから仕方ないとは言え、僕のサポート無しでもそれなりに戦えないとダメ」
「そうだね」
アリサの戦い方を決めるため、僕かフェイトあるいはアルフを含めた3人と動けなくなるまで模擬戦を繰り返すこと幾千回。
ようやく方針が定まってきた所である。
「たぶん僕もフェイトも意見は一致してると思うけど――――」
「うん、アリサは――――」
「「――――中距離特化型が向いてる」」
僕とフェイトは目を合わせて頷く。
「相手と付かず離れず、近距離特化の私みたいな相手にに一瞬で踏み込まれず、かといって遠距離特化のなのはみたいな相手に封殺されないような適度な距離感で戦うスタイル、コレが良いんじゃないかな」
「ん。性格的には近づいて殴る近接特化も向いてはいるんだけど、いかんせん近接の経験が無さすぎる」
重量を操作した杖で殴るスタイルは強力無比なんだけど、近接の経験の少なさが足を引っ張っている。
例を挙げるなら、近接のフェイントに引っかかる、速度の有る連撃に対応しきれない、こんなところだ。
「練習に付き合ってくれてありがと、フェイト」
「ううん、気にしないで、アリサの為だもん」
タオルで汗を拭くフェイトに冷風を送って涼ませる。
「ありがとうジーク、やっぱり暑いね」
「コレが夏ってものらしい、……無くなればいいのに」
かくいう僕もフェイトの前にアリサと一戦交えたので良い感じに全身しっとりと汗をかいている、後でシャワー浴びよう。
「えっと、その、汗拭くね?」
新しいタオルを取り出したフェイトが、いそいそと僕の頭や首筋にタオルを当てて汗を拭き取ってくれる。
「ん、ありがと」
「い、いいのいいの、私が好きでやってることだから」
んむ、確かにフェイトは世話好きって感じ、なんだろうか。
「せ、背中の汗も拭くね?」
一方的にそう言ったフェイトが正面から僕に抱きつき、背中に手を回して服の下にタオルを差し入れる。
「ん……普通に後ろ回った方が早くない?」
「だ、ダメ! むしろこうじゃなきゃダメなの……!」
僕の首筋に顔を埋めながら手を動かすフェイトがそう熱弁する。
…………ん、フェイトの鼻息で首筋が涼しいからコレはコレで良し。
とは言っても、さすがに1分を越えた辺りで首を傾げる。
あと何分くらいこうするつもりなんだろう。
「そろそろ大丈夫じゃない?」
「だめ、もうちょっと、もうちょっとだけだから」
「ん、わかった」
この後たっぷりもう5分ほど、僕はフェイトに抱きしめられているのだった。
◇◇◇
アリサの成長方針を決めた翌日の午後のこと、僕とヴィータはスーパーのベンチでぐったりとしていた。
「あっついなぁ……」
「あっついねぇ……」
ヴィータと二人、それぞれの家のお使いの帰りである。
内容は僕が醤油、ヴィータはマヨネーズとキッチンペーパーだ。
憎らしいほど暑い太陽は昼過ぎに出てきた雲に隠れたのに、今度は蒸し暑い。
湿度の高さを伴った暑さとは、これほどまでに厄介だったのか。
「さっさとアイス食べよーぜ」
「ん、そだね」
お使いのついでに買ったアイスを出す。
「おいしぃ」
「おいしーねー」
だめだ、二人揃って暑さでダメになっている。
「夕立が来る前に帰ろう」
「おぅ。アタシは近いからいーけど、ジークは遠いもんな」
空を眺め、雲行きの怪しさに眉をひそめた。
何となく雨の匂いがする……
僕たち二人ともささっとアイスを食べきり、席を立つ。
経路的にはスーパーとアリサの屋敷の中間辺りにヴィータの家が有る感じ。
二人で話しながら歩くうち、ポツリポツリと大粒の雨がアスファルトを濡らし始めた。
「うわ、降ってきた……!」
「っと。とりあえずアタシの家まで走るぞ!」
「ん!」
二人揃って駆け出し、時間にして3分もしないうちにヴィータの家の玄関先まで走りきったけど二人とも完全にびしょ濡れであった。
振り返って見れば滝のように降る夕立、そして同時に光った稲光が炸裂音と共に僕らを一瞬照らす。
あぁ、濡れた髪で頭が重い。
……これはアレか、ニュースで聞いた『ゲリラ豪雨』とかいうやつか。
「あー、取りあえず雨が止むまで寄ってけよ、そのままじゃ風邪引くぞ」
転移魔法で帰れば一発なんだけど、さすがにヴィータの前でこの雨に向かって駆け出していくわけにも行かない。
「ん、ありがと」
「いいって、こういう理由ならはやても良いって言うだろうし」
こうして僕は、急遽ヴィータの家にお邪魔することになったのだった。
◇◇◇
「――ふむ」
お湯で濡れた髪をタオルで押さえて水気をとりつつ、いまの状況を再確認する。
家にお邪魔したところ、家主であるというヴィータの家族の八神はやて以下他の家族は不在、卓上の書き置きを見るに別件で買い物に出たらしい。
シャワーを浴びる順番でちょっと揉めたものの、この家の住人で有るヴィータに先に入ってもらい交代で僕が入った。
濡れた服は全自動の洗濯乾燥機内でグルグル回ってる最中だ。
脱衣場に用意された服を一瞥する。
見た感じ、Tシャツと女物の長袖ワイシャツ、ジャージみたいな短パンという組み合わせ。
残念ながら男物の下着は無かった。
Tシャツを着て、ワイシャツを羽織って見るも明らかに袖も裾も長い。
むぅ、シャツの裾がスカートみたいだ。
とりあえず手が辛うじて出るくらいには袖を折る。
よしよし、良い感じ。
なんとか見られる格好になって人心地付くと脱衣場を後にする。
「――お待たせ」
「おう。遅かったn――ぶふぉ!?」
「!?」
なんかテーブルでホットミルクを飲んでいたヴィータが変な声を上げて
とっさに駆け寄って背中をさする。
「だいじょぶ?」
「お、おぅ。だいじょぶだいじょぶ」
咳払いしつつヴィータがマジマジと僕を上下に眺めている。
「……?」
「大丈夫、大丈夫だから。ほら、ジークの分もミルク暖めて有るから冷める前に飲めって」
「ん、いただきます」
ヴィータの向かいに座り、両手でマグカップを包むように持ってミルクを飲む。
あー、手が暖かい。
ほっとため息を吐いて向かいに座るヴィータを見てみれば、そこには僕から目をそらし手で口元を押さえ、ふるふると震える姿が。
「……だいじょぶ?」
「だ、大丈夫大丈夫」
……本人が大丈夫って言うなら大丈夫だろう。
若干挙動不審、かつこちらをチラチラ見てくるヴィータを訝しみはするも追求はしない。
ただ、僕の視線に耐えきれず、ヴィータが『ええぃ』と声を上げて立ち上がった。
「服が乾くまで暇だしゲームするぞ、ゲーム!」
「ん、勝負」
妙な雰囲気でゲームをし始めた僕らだったけど、結局乾燥が終了する頃にはその雰囲気もどこかに行ってしまうのであった。
◇◇◇
夕立から3日後、僕とヴィータは再び一緒のお使いに来ていた。
スーパーをぐるりと回り、お目当ての物をカートに入れてコロコロと押していく。
「ヴィータの家の晩ご飯は?」
「はやては豚の冷しゃぶって言ってたな、シャマルも何か作るとか言ってたけど皆に止められてた」
「あぁ、前に話してた“カオスクッキング”の人か、そんなにスゴいの?」
「シャマルのアレはヤベーぞ、見た目は普通なのに味がおかしい。ウチのザフィ――――番犬が食べた5分後には泡吹いて倒れたからな」
「何ソレ怖い」
「タマネギを薄切りにして鰹節と醤油をぶっかけるだけのサラダでどうしたらあんな惨状を……」
……それは調理法云々の前に、タマネギなことが問題なのではなかろうか。
そんな会話をしつつレジへと向かい、それぞれ分かれて会計を済ませる。
「はい、こちら福引き券になります」
「? どうも」
レシートと一緒に数枚渡された紙をチラッと見つつ、持参したマイバッグに買った物を詰める。
ふむ、6枚で1回福引きに挑戦……?
手元には3枚……足りぬ。
そう言われれば入り口で何かガラガラ音のする物を回してたような気がするけど、アレがそうかな。
バッグに物を詰め終えてヴィータの方を見てみれば、同じく詰め終えてこちらを見たのか目が合う。
そしてその手には同じく福引き券が数枚ほど。
合流し出口に向かう。
「ジーク、そっちは福引き券何枚もらえた?」
「3枚、そっちは?」
「アタシも3枚だ。一緒に1回回して、当たったら山分けでどうだ?」
「ん、それでいい」
福引き会場で当たり商品を眺めてみる。
んむ……3位の和牛1キロがいいな。
ちょっと前に晩ご飯で食べたすき焼きは美味だった。
年を取った牛を冬前に潰して食べることは有ったけど、この国のように食べるためだけに育てた肉とはアレほどまでに美味しい物とは思わなんだ。
「ヴィータ、狙いは?」
「んー、肉かな。正直洗剤とか貰ってもアタシは嬉しくねーし」
「ん、それは確かに」
それに3位の肉は上位の賞に比べて倍以上当たりの本数も多い、狙い目だろう。
2~3分ほど列に並び、ガラガラと音を立てる抽選機(?)を眺める。
何かこう、ワクワクする時間だ。
「はい、次のお客様どうぞ~」
「1回お願いします」
二人で福引き券を渡す。
「はい、じゃあ1回どうぞ」
二人目を見合わせる。
「どっちが回す?」
「平等に一緒でいいんじゃねーか? 二人の券で引くんだし、当たっても外れても文句言いっこ無しで」
「ん」
頷いて僕たち二人、手を重ねて持ち手を握りガラガラと抽選機を回し――――
「おめでとう御座います! 特賞の海鳴温泉1泊2日ペアチケットです!」
――――金色に光る玉、店員さんが鳴らす鐘と周囲からの拍手をBGMに僕たちは目を見合わせるのだった。
目標は半月に1回更新なんですが、現実は1ヶ月に1回更新でした。
真に申し訳ありません。
作者近況
仕事が忙しい、治安の乱れが酷い……年末年始に向けてこのペースは不味いんじゃないかなぁ、と思う所存。
あと数ヶ月前から始めたFGO、ようやく第一部終了しました。
ようやく新宿編をプレイできる……。
フレンドも空きがありますので、『私のサポート陣、最強じゃね?』と思う方はご連絡ください、IDお教えしますのでw。
そして恒例の各所解説。
> 『息子が居たら、こうやって休みにキャッチボールをするのが夢だったんだ』
24話で建てたフラグをようやく回収。
>アリサのお母さんのジョディさん
劇場版リリカルなのはReflectionで名前が初出……のはず。
なお作者は映画を2回見に行きました。
>「――ファランクスシフト超コワい」
アリサ:『あんなの防げるのは人間じゃないわね!』
なのは:『!?』
>この後たっぷりもう5分ほど、僕はフェイトに抱きしめられているのだった。
フェイト:『(くんかくんか!)』
この後、主人公の汗で濡れたタオルを真空パックで保管する姿が……!
>残念ながら男物の下着は無かった。
ノーパン主人公
>とりあえず手が辛うじて出るくらいには袖を折る。
萌え袖&サイズの大きい服&ショタ
書いてて思った、『これは誰得なのだ』
>咳払いしつつヴィータがマジマジと僕を上下に眺めている。
友人の湯上り姿の謎の色気&萌え袖に、ついジックリ見てしまうお年頃。
ただし男女逆ではないかと書いてて思った。
>僕から目をそらし手で口元を押さえ、ふるふると震える姿が。
小動物チックな行動に、鼻から愛(比喩表現)が出そうになった。
>若干挙動不審、かつこちらをチラチラ見てくるヴィータ
ヴィータ:『この胸の高鳴りは……もしや不整脈ってやつ?』
>何かこう、ワクワクする時間だ。
幼少期のガラガラを待つ間のワクワク感、覚えがあると思います。
>特賞の海鳴温泉1泊2日ペアチケットです!」
次回、温泉回リターンズ。
……の前に短編の49.5話(八神サイド)です。
以上、解説でした。
ではご意見ご感想・誤字脱字報告お待ちしております。