50:海鳴温泉リターンズ
どうしたものかと思い悩んでいた海鳴温泉のペアチケットに関しては、思いの外簡単に結論が出た。
家長であるデビッドさんからの『夏休みの冒険のつもりで、一緒に当てた友人と行ってきたらどうだい』という提案である。
ようやくこの国の常識について学んできた僕である、保護者が居ないと旅館に泊まれないのでは無いかと思ったのだけど、どうやらデビッドさんが馴染みのある宿らしく、話を通してくれた結果その点はクリア出来てしまった。
デビッドさん曰く『夏休みに友達同士で旅行に行くのは、ちょっとした冒険である』だとか。
アリサに関しては丁度チケットの指定するタイミングで、習い事の合宿とやらですずか嬢と共に県外へ。
フェイトに関してはバルディッシュの定期メンテナンスをするために、ミッドチルダとかいう次元世界に泊まりがけで出かけてしまうとのこと。
二人とも僕から話を聞いた途端、愕然とした表情で目を見合わせたが、如何せん急な話だったため予定の変更は利かなかったらしい。
アリサもフェイトも居ないと仕事は激減、訓練相手も居ないので最低限の仕事と鮫島とお茶会するくらいしか予定がない。
対するヴィータ側も難航するかと思えばそんなことは全くなく、彼女曰く『行かなきゃその日は家に入れてあげへん!』と自分の家族から半ば脅迫されたとかなんとか。
かくして僕とヴィータが当てた温泉ペアチケットは、つつがなく使用される運びとなったのであった。
◇◇◇
「……んー」
待ち合わせ場所に指定した、駅前の動物を模したモニュメント前で、手持ちぶさたな僕は青く澄んだ空を見上げる。
ここから路線バスに乗って2時間ほどの旅路だ。
一時期の猛烈な暑さはすっかり身を潜めたようだけど、照りつける日差しはそこそこ強く暑い。
まぁ、湿気がそれほどでもないぶん、かなり過ごしやすい陽気ではあるけども。
もう間もなく待ち合わせ時間だけど、未だヴィータの姿が見えない。
僕たち二人、いつも待ち合わせをしてもお互い待ち合わせ時間より10分くらいは早く来る
気長に待つか、そう思い直した瞬間に僕はタイルを蹴る軽い足音に反応し、そちらに視線をやって――――
「わりぃジーク、待たせた……か?」
「…………ヴィータ?」
「う、何だよその間は、やっぱ変か?」
――――初めて見るヴィータの装いにどきんと心臓が跳ね、一瞬呼吸を忘れた。
いつもの動きやすそうな短いスカートとシャツ姿ではなく、白いふわっとした袖無しのワンピース。
そしてトレードマークの三つ編みのツインテールが解かれ、軽くウェーブが掛かった髪が下ろされている。
「その、私の家族がこれ着てけって、他の服全部隠しちゃって、髪型もこの服ならこっちのが良いって強制的に――――」
そっぽを向きつつ、だけどチラチラとこちらを見てくるヴィータに何か言わねばと思い咄嗟に口を開く。
「――――似合ってる、すごく」
「に゛!?」
「えっと、その、……とても可愛い」
ぅあ、何でだ、なんか顔が熱い。
変な声を出して固まったヴィータの顔が徐々に赤く染まる。
「ヴィ――――」「ジ――――」
お互いに何か言おうとして被ってしまう。
視線を交わし、口を開く。
「えっと、お先にどうぞ?」
「あー、うん、その……今日は暑いな?」
「ん……、ちょっと顔が熱い」
「お、おう。私もちょっと顔が熱い」
「…………」
「…………」
……気まずい訳じゃないのだけど、何なのだこの感じは。
「あ、あのバス私たちが乗る奴じゃないのか?」
「ん、ホントだ、時間通り」
駅のロータリーに入り込んできたバスの行き先表示を見たヴィータが声を上げた。
確かに見てみれば海鳴温泉と書かれている。
乗り遅れないよう、僕たち二人は小走りでバスに向かう。
それと同時に僕たちの間に流れていた妙な感じは何処かに行ってくれた。
『バスの運転手さん、時間通りでホントぐっじょぶ』
僕は心の中でつぶやくのであった。
◇◇◇
「よし、着いたー!」
「ん、無事到着」
旅館の部屋に入ったヴィータが畳に荷物を置いて背伸びをする。
服装と髪型がいつもと全く違うけど、そんな所作が間違いなく彼女がヴィータだと理解させてくれる。
「で、これが畳かぁ……はやての家には無いからなぁ」
「んむ、これが和には必須だとか」
座椅子に座り、ぺたぺたと畳に触れるヴィータ。
僕はざっと室内に視線を巡らせる。
……あ、この部屋って小さいけど露天風呂付いてる。
僕は荷物を床の間に置いて、備え付けのお茶セットでお茶を淹れる。
ん、ここのお茶は雁ヶ音だ。
『雁ヶ音』とは所謂『茎茶』と呼ばれる物である。
茎だからと言って味が落ちるという事はなく、鮫島曰く『葉よりも甘味・旨味・香りが豊富、しかも値段も安めなので普段使いはこちらがおすすめです』とのこと。
特に玉露の茎茶を『雁ヶ音(あるいは白折)』と呼ぶそうだ。
脳内で鮫島のお茶講座を振り返りつつ、教わったとおりにお茶を淹れてヴィータに出そうとした段階で、じっと見られていた事に気が付き首を傾げつつも冷める前に提供し、ヴィータに向かい合った座椅子に座る。
「何か変だった?」
「いや、お茶を淹れる一連の所作が綺麗だなぁ……と思って」
「一流の執事は仕事の内容はもちろん、魅せ方も一流でないとダメだとか。『機敏に優雅に堂々と』を意識するように言われてる」
「そう言われると、ジークっていつも姿勢良いし、食べ物の食べ方も綺麗だもんな」
んむ、見られてたのか……なんだか恥ずかしい。
「ん……執事ですから」
「ほんと執事ってすげーな」
「そういうヴィータだっていつも姿勢が綺麗、というか体幹が鍛えられてる感じかな……何かゲートボールの他にスポーツとか武術か何かやってるの?」
「そりゃ私は騎s――――」
何かを言い掛けたヴィータが口をパクパクさせて沈黙した。
「?」
「――――き、筋トレしてんだよ」
「なるほど。でも僕たちの年で筋トレは良くないらしいから、止めた方が良いと思う」
「そ、そーだな。ジークがそう言うなら止める」
うんうんと頷き、置かれていたお饅頭と一緒にお茶を楽しむ。
「「……はふぅ」」
お茶もお茶請けも美味。
「お茶飲んだらその辺探索に行こうか」
「おう、そうだな」
部屋に備え付けの旅館案内兼周辺の観光スポットが書かれた冊子を開く。
「んー」
「何か面白そうなとこ有るか?」
反対側に座っていたヴィータが四つん這いでこちらに来て、僕の顔のすぐ脇から冊子をのぞき込む。
「お、ここどうだ?」
ペラペラと冊子をめくっていたヴィータが指した一点を見てみれば『ガラス工房~ブレスレット作り体験~』の文字が。
選択がヴィータっぽく無い気がするが、観光マップでガラス工房の位置を見てピンときた。
「……ヴィータ」
「な、何だよ?」
隣のヴィータがフィっとそっぽを向く。
地図を見てみれば、工房の隣に『アイス専門店』の文字があった。
「晩ご飯有るからたくさんはダメだからね」
「へへ♪アイスは別腹なんだよ」
「はいはい。じゃあアイス食べたらガラス工房ね」
「おう!」
至近距離で満面の笑みを浮かべるヴィータに僕はドキリとするのだった。
◇◇◇
「……んむんむ」
右腕でキラリと光るガラス玉――トンボ玉というらしい――を数種類組み合わせて作られたブレスレットを光に透かす。
ちらりと横を見てみれば、僕の隣ではヴィータも同様にブレスレットに日光を当てていた。
「どう? ヴィータの好みに合うと良いけど」
「ん、気に入った。……ジークもアタシの作ったのはどーだよ?」
「僕の好きな色使い、ありがとヴィータ」
「ふふ、大事にしろよ」
「そっちこそ」
なんてことはない、ブレスレットを作るに当たって僕たち二人ともデザインをどうしようかと思ったときに、『お互い用に作って交換でどうだ?』とヴィータが名案を思いついてくれたのだ。
ヴィータが僕に作ってくれたのは澄んだ緑のトンボ玉をベースに、アクセントとして蒼を所々に混ぜたデザイン。
対する僕がヴィータに作ったのは、紅のトンボ玉をベースに、澄んだ青いトンボ玉を
織り交ぜたデザインの物だ。
ヴィータのイメージカラーはやはり紅だと思う。
「どーする、もう旅館に帰るか?」
「ん、そだね」
ゆっくり散策しながら旅館に帰って一息いれれば丁度夕食の時間になるだろう。
「旅館の晩ご飯ってどんなのだろーな?」
「ん、たぶん和食、スゴい奴」
僕たち二人、のんびり並んで旅館へと歩を向けるのであった。
◇◇◇
「では、お食事が終わりましたら内線でお呼びください」
そう言って夕食の配膳を終えた仲居さんが退室していく。
「……ジークジーク、和食ってスゲーな!」
「でしょ?」
卓上に並んだ目にも華やかな料理の数々、山の幸、海の幸がふんだんに使われていてどこから手を付けるべきか悩む。
「では――――」
二人揃って手を合わせる。
「「いただきます」」
そそくさと箸を握って皿に手を伸ばす。
本来なら出てくる順に食べるのが正解なんだろうけど、これなら興味のある物から箸を付けてもいいだろう……たぶん。
……あ、この熱い餡の掛かった海老風味の練り物っぽい奴おいしい。
ヴィータの反応を窺って見ると、何やら箸を持った手がぷるぷると小さく震えていた。
「……ヴィータ?」
「あー、その、箸はまだ得意じゃ無いっていうかその……」
「ん、スプーンとフォークもらう?」
「……わざわざ貰うのは恥ずかしいから、別にいい」
恥じらいで頬を染めたヴィータが目を反らして小声で呟く。
割と珍しいヴィータの反応にちょっと胸がドキリとする。
でも手がぎこちないし、これで食べてたらせっかくの服を汚しそうだ。
「ちょっと待って」
僕はヴィータの後ろに回り、背後から彼女の右手に自分の両手を添える。
「ここをこう、鉛筆を持つようにして……そう、その間にもう一本を挟んで固定する感じで」
「こう、か?」
「ん、それが基本の形。後は親指と人差し指で上の箸を良い感じに動かして」
「良い感じってどんな感じだよ」
ヴィータにジト目で見られた。
うん、まぁ確かに僕も『良い感じ』と言われたら困る。
僕はヴィータから箸を借りると、並んでいた料理から湯豆腐をチョイスする。
ちなみにただの湯豆腐ではない、品書きには“温泉”湯豆腐と書かれている。
どのへんが温泉なのかは分からなかったので後で鮫島に聞くけど、これまで食べた豆腐で一番美味しかった事には変わりない。
取りあえず柔らかな豆腐を一口大に切ってつまむ。
「いやなんでそんな柔らかいもん摘めるんだよ?」
「訓練の成果。はいヴィータ、あーん」
「いやちょっと待て恥ずかしいから――――」
「――――あーん」
ヴィータが恥ずかしさに頬を染めるけども、ためらわず更に箸をヴィータの口に近づける。
「……あーん」
僕は小さく開かれた口の中に豆腐を突っ込んだ。
「熱っ――ってギガうまだなこれ!?」
「でしょう?」
はい、とヴィータに箸を返す。
「お手本はみせた、実践するのみ。大丈夫、いきなり豆腐とは言わないから、何か摘みやすそうな奴からチャレンジ」
「お、おう」
対するヴィータはマグロの刺身をチョイスした。
適度に柔らかく、厚みも一定なので難易度は低いと思う。
ふるふると震える手で何とかマグロを摘みあげた。
「よ、よし――――」
「――――じゃあ、あーん」
「あーん」
「……むぐ、うむ、美味。ただ今度から醤油を付けてくれると嬉しい――どしたの?」
「…………いや、何でもねー。それよりもうちょっと練習に付き合え」
「いいよ。次はその」
「難易度の上がりがハンパないな!?」
「はやくー、ちょーだい」
「あーもう、仕方ねーな。分かったからちょっと待て」
口ではそんなことを言いつつ、ヴィータは何とも楽しそうな笑みを浮かべながら
当然だけど、食べさせて貰った分はヴィータに『あーん』でお返しした。
貰いすぎはダメだからね。
◇◇◇
「ふぅ……良い汗かいた」
「だなぁ」
食後の腹ごなしと言わんばかりに浴衣に着替え、卓球をしてきた僕ら二人は揃って部屋へと歩く。
お互い卓球はテレビで見ただけで初体験だったけど、少しの練習で普通に打ち合いが続ける程度にはなった。
ヴィータって飲み込みが早いというか、コツを掴むのが上手いのか。
部屋の襖を開けてみると、ふっくらとした布団が二組ピシッと綺麗に並べて敷かれていた。
「「……」」
二人揃って目を合わせ、同時に頷く。
「「とぅ」」
何の合図も無いけど、二人同時に布団に大の字で飛び込んだ。
ぼふぅっ! という音と共に二人揃って布団に埋もれる。
「――ふふふ」
「――ははは」
倒れ込んだまま二人で目を見合わせて笑う。
「はやての家じゃできねーもんな」
「うちだって……というか自分で敷いた布団に飛び込むのは何か違う」
仕事の一環でメイキングしたベッドに飛び込んでどうするのだ。
「そういうもんか」
「ん」
そう頷いて体を起こす。
「じゃ、そろそろ大浴場に行くけど、ヴィータはどうする?」
「あ、私も――――」
起きあがったヴィータがぴしりと固まる。
「……どしたの?」
「……大浴場?」
「んむ」
「私、こういった温泉みたいなところ、入ったことねーんですが」
あ、ヴィータの語尾がですます調になった。
これ本当に動揺してる奴だ。
「んー、ヴィータ一人でお湯に髪の毛付けないように括れる?」
「……自信ない、かも」
「お風呂で知らないおばさんとかに話しかけられても、人見知りして返事しないとかダメだよ?」
「……ううぅ」
「そもそも一人で髪洗える?」
「おい待てバカにしてるのか?」
「――ちゃんとドライヤーでの乾燥も含めて」
「――え、適当に拭いて放置じゃダメか?」
「……ぎるてぃ」
なんかダメそうだ、というか綺麗な髪なのに雑に扱うなんてとんでもない。
たぶんよく話しに上がる、はやてって人がちゃんと面倒見てるんだろうなぁ。
……考えついた選択肢は2つ、ヴィータに選んで貰うほか無いか。
「ヴィータ、ヴィータ」
「何だよ」
「大浴場の入り方教えるから一人で入るのと、一人で部屋に備え付けの家族用の小さな露天風呂に入るの、どっちがいい?」
「ぐ……」
「大丈夫、部屋の露天風呂に入ってる間、僕は部屋で待機してる」
難しい表情で俯いたヴィータが下を向いたまま何かを呟く。
「――――ぃる」
「ん?」
「私の都合でジークを待たせたくはねーから、露天風呂に一緒に入る…………ばか」
消え入りそうな小さな声で、ヴィータはそう答えたのだった。
◇◇◇
「……良い湯だったな」
「……ん、良い感じだった」
二人揃って窓際に座り、昼間より涼しさが増した夜風に当たる。
ひんやりとした風が湯上がりの体に心地よい。
「……」
「……」
…………むぅ、気まずい。
ヴィータからの申し出で一緒に温泉に入ったけど、その間もいつもと違いなんかギクシャクしてしまう。
フェイトと入ったときはそんなこと無かったのに、どうしてだろう。
「ん、ヴィータ、髪乾かすからこっちに」
「ん、おう」
立ち上がって洗面所から備え付けのドライヤーを持ち出し、ヴィータに声を掛ける。
短く応えたヴィータが僕の陣取る布団まで来て、背中を向けてちょこんと正座した。
髪にダメージを与えないよう、適当な距離を空けて温風を当てて水分をとばしていく。
髪を乾かす手の動きはそのままに、お互いに無言の時間が流れる。
「――――……なぁ」
「ん……?」
「……いや、なんでもねー」
口を開いたヴィータにドライヤーを止めて問いかけるも、否定の声に再度ドライヤーを稼働させる。
背中を向けてじっとドライヤーを当てられているヴィータの表情は伺えない。
ドライヤーを置き、櫛でヴィータの緩く波打った髪を梳いていく。
徐々に櫛を目が細かい物に交換しつつ仕上げていき、最後にヴィータが持ってきていたシュシュでうなじ辺りを髪を纏めて完成っと。
……むぅ、調子は悪くないはずなのに脈拍がいつもより早い。
「完成。ドライヤー置いてくるから、ヴィータは涼んでていいよ」
「いや、私が置いてくるから――――ぐぉ!?」
「――――み゛ぁ!?」
足が痺れたのか、振り返りつつ立ち上がろうとしたヴィータが足をもつれさせて倒れ込んでくるのを抱き止めたけど、彼女の手が浴衣の襟元に引っかかったせいで二人揃って布団に横向きに倒れ込んだ。
「……っつう。わりー、足が痺れて――」
「……ん、こっちは大丈夫――」
目を開けた僕たち二人、額同士が触れあいそうなくらいに近い距離に気づき固まった。
「…………おい、
「…………ヴィータこそ」
「じゃあ、あー……その、顔赤いぞ?」
「ヴィータも赤いよ、顔」
ヴィータの顔がお風呂の時よりも赤く染まっている。
かく言う僕も顔が熱い。
「………………あの、そういやさ、最近胸がドキドキしたり、色々変でうちのはやてに相談したんだよ。ジークはそんなこと、無いか?」
長い沈黙を経て、何げなしにヴィータが話し出す。
また変な間が空かないよう、僕もヴィータの話題に乗った。
「ん、僕も最近そんな事が多い」
「そっか、そっか……。で、はやてに聞いたら『確かめる方法がある』って言って、教えてくれたんだ」
「そうなの?」
「いや、それがさ、『キスして気持ちを確かめればいいんや!』とか言っててさ、図書館で借りてた本の影響みたいなんだけど……その、試して、みるか?」
「試して、みようか?」
お互いに疑問形だ。
キスなんて初めてじゃないし、魔法によっては必須。
――――だけど、こんなにも胸がバクバクしてるのは初めてなのだ。
「よ、よし、イヤだったら私のこと突き飛ばせよ?」
「ん、ヴィータもイヤだったら僕のこと突き飛ばして」
「おう……じゃあ一緒に3、2、1のカウントでするぞ」
「ん、了解」
「よし……」
深く息を吸い込み、覚悟を決める。
「「3、――――」」
――――ゆっくりとお互いの唇同士が近づき始める。
「「2、――――」」
――――ヴィータと僕の目が閉じられる。
「「1、――――」」
――――Prrrrr! Prrrrr!
「「ッ!?!?」」
――――いきなりの着信音に、唇が触れ合う寸前に二人揃って飛び起きた。
音の発信源に目をやれば、そこにはバッグの上で鳴る僕のケータイが。
二人揃って目を見合わせる。
「えっと、電話出ちゃえよ」
「ん……」
ケータイを開いて見てみると、『アリサ』の表示。
「――――もしもし?」
『こんばんは、ジーク。いま大丈夫?』
「ん――――どうしたの?」
ちらりとヴィータに視線をやり、電話越しのアリサと会話を続ける。
『何かあった……って訳じゃないんだけど、なんとなくジークの声が聞きたいなーって』
「ん、そっか」
そのまま1~2分話を続ける。
『じゃーね、おやすみなさい、ジーク』
「ん、おやすみ」
通話を切り、ケータイをパタンと閉じる。
ついでにマナーモードにしておいた。
「えっと――――」
「おう――――」
さっきまでの僕たちの間に充満していた雰囲気は何処か彼方に行ってしまっていた。
「……寝るか」
「……そだね」
寝支度をしてそれぞれ布団に入り、部屋の電気を消す。
「ヴィータ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
……。
…………。
………………。
……寝れない。
「……ジーク、まだ起きてるか?」
「ん、起きてる」
寝返りを打ち、声の方向を向いた。
先ほどまでと似たような、けれど先ほどよりも少し離れ、手を伸ばせば届く距離。
「さっきはその、悪かった」
「ん……? 何が?」
「ちょっと気が
「ん、大丈夫、言いたいことは何となく分かった」
「う、そうか?」
不安げなヴィータの表情を見て、一言付け足す。
「あと――――」
「あと?」
「――――ヴィータを突き飛ばそうとは、思わなかった」
「っ!?」
暗闇に慣れた目が、闇の中でも分かるほど再び赤く染まったヴィータを捉えた。
……まぁ、僕の顔も赤いんだろうけど。
「……手」
「手?」
「手、繋ぎたい」
「ん」
布団の下で僕たち二人の手がつながった。
「私も――――」
小さいけどはっきりした声で、ヴィータがまっすぐ僕を見つめて声をだす。
「――――私もきっとあのまま、突き飛ばさなかった」
「うん」
二人揃って何とも婉曲な表現だと、そのまま小さく笑う。
「なに笑ってんだよ、ばーか」
「そういうヴィータも笑ってるけど」
セリフとは裏腹に、ヴィータは笑みがこぼしている。
「うっさい、……もう寝るぞ」
「手は?」
「わかってんのに聞くんじゃねーです」
きゅっ、と手が堅く握り直される。
「ん、おやすみ」
「おやすみ、ジーク」
目を閉じ、そのまま睡魔に身を委ねる。
この旅行を境に、僕とヴィータの距離はこれまで以上に近づいたのであった。
年末年始、気が遠くなるような忙しさでした。
本話を書くのに要したコーヒー10数杯(家計簿見つつ
皆様の口から砂糖がマーライオンのように吐き出されるような甘さになってるといいな、と思う今日この頃。
近況報告
FGOでフレンド登録してくれた方、まことに有難うございます。
様々な方が申請してくださったお陰で、攻略が捗るのなんの……。
最近作者が愕然としたこと
大掃除中、失くしたと思っていた本作のプロットを見つける。
↓
『よっしゃ、書き悩んでたけどこれで何とか』
↓
50話部分プロット:『なんかいい感じに書く(原文まま)』
↓
『それはプロットと言わない…!』
恒例の各所解説
>初めて見るヴィータの装い
服装でのギャップ萌えは重要。
そして髪を下ろすという主人公の好みにストライク、八神家主のファインプレー。
>お茶を淹れる一連の所作が綺麗だなぁ
自覚無く目で主人公を追っているヴィータである。
>ヴィータが四つん這いでこちらに
このとき主人公が振り向いてたら、ヴィータの胸元が丸見えだった。
>箸はまだ得意じゃ無い
アニメ版参照
>品書きには“温泉”湯豆腐
某温泉地の名物
>浴衣に着替え、卓球をしてきた僕ら二人
スットン共和国なので、揺れる描写は無い(何がとは言わない
>布団が二組ピシッと綺麗に並べて敷かれていた
男女二人でこれを見ても、気まずくならないお年頃
>綺麗な髪なのに雑に扱うなんてとんでもない
主人公は髪の長い女の子が好きです
>露天風呂に一緒に入る
混浴描写は無印編でフェイトとやったのでキンクリ
>持ってきていたシュシュ
はやて作:呪いウサギ柄のシュシュ
>『キスして気持ちを確かめればいいんや!』
人の恋愛事情に口を出すのは楽しいのです
>なんとなくジークの声が聞きたいなーって
アリサが女の勘で電話しました。
さて、甘い話は十分供給した、次話以降はシリアス先生の出番だ……(シリアス先生クラウチングスタートの体勢で待機中
実は甘々な話に見せかけて、これまでの数話でシリアスで使うフラグというか、エッセンスを要所要所に仕込んでいたりします。
誤字脱字報告、感想いただけると励みになります。
感想の返事が遅いのはご勘弁ください。
では、次回更新をお楽しみに。
仕事明けの深夜3時くらいに予約投稿してるので、チェックはしましたが誤字があっても許して……(小声