さくさく進めていきましょう。
51:母が来たりて
ヴィータとの旅行から半月あまり、わずか2週間足らずの間に色々なことが変わり始めていた。
アリサは中距離戦闘を実践し始めてようやく形になってきたところ。
フェイトのような速攻近接型に近づかれなければ、何とか様になってきた。
ヴィータと遊ぶ頻度は変わらず、けれども距離感は間違いなく近づいている。
◇◇◇
変わらない物なんて無いって身に染みて分かっているし、心構えはしているつもりだったけど、――――その程度の想定が甘すぎた事にこのころの僕は気が付いていなかった。
◇◇◇
10月の半ば、バニングス家の車寄せで僕とフェイト、そしてアルフはさる人を待っていた。
家長のデビッドさんは10日ほど前にアメリカへと発ち、アリサが臨時の家長となっていたけど、それも今日まで。
アリサの母君であるジョディさんが帰国するのだ。
現在、鮫島とアリサで空港へ行き、ジョディさんと合流し帰り道の途中。
まもなく屋敷に到着するとの事で、出迎えるために出てきたのだ。
「ジーク、アリサのお母さんってどんな人なの?」
「ん……、メールでのやりとりはしたこと有るけど、直接会ったことも話したことも無いからなんとも」
「まぁ、プレシアよりヒドい母親なんてそうそう居ないから、私は気楽だけどねぇ」
「アルフ、そう言うこと言っちゃダメ」
「はーい」
執事服を着た僕とアルフ、メイド姿のフェイトは軽口を叩いては居るけどやはり少し不安ではある。
「……優しい人だといいな」
「大丈夫、たぶん鞭を持ち出すような人ではない」
「もう、ジークまで母さんのことそう言うんだから……」
頬を膨らませたフェイトがそっぽを向いた。
アルフと目を見合わせ、膨らんでいるフェイトの頬を左右から指先で突っつく。
『ぶふぅ』と間抜けな音がして、フェイトの口から空気が漏れた。
「もぅ……!」
「お迎えするのだから、怒った顔でも不安な顔でもダメ、笑顔……ね?」
両手の指でフェイトの左右の頬をふにふにと揉む。
「……うん、わかってる」
「なら良し――――あ、来たよ」
屋敷の周囲に張っている結界が、鮫島の運転するリムジンが入ってくるのを検知した。
感知して間もなく、滑るようなゆったりとした動きで僕たちの眼前にクルマが停まる。
運転席から降りた鮫島が、後部座席のドアを開く――――
「Hi! 初めまして、アリサの母親のジョディよ、みんなよろしくね?」
――――何というか、如何にもアリサの母親だなぁと内心安心する僕なのであった。
◇◇◇
「よーしよしよし、ここがいいのね~?」
「ちょお!? そこはダメ、何このテクニック!?」
アルフの獣耳の付け根と顎の下をカリカリしてるジョディさん。
人の体に獣耳としっぽがあるアルフの姿を見ても物怖じしている様子がない。
アリサやデビッドさんから僕やフェイト達の話は聞いているのだろうけど、何ともパワフルというか行動力があるというか。
フェイトはジョディさんからアルフを救出しようと思っているのは分かるんだけど、どうしたらいいか分からずオロオロとしている。
「お茶、お持ちしました」
「はい、ありがとう。貴方がジーク君ね、こうして直接話すのは初めてよね?」
「はい。ジーク・アントワークです、こちらで厄介になってます」
スッと頭を下げる。
「ええ、執事見習い兼護衛で、
「はい」
「で、こっちの可愛いメイドさんが魔女っ
いきなり呼ばれたフェイトがピクリと跳ねた。
「フェイト・テスタロッサです、よろしくお願いします」
メイド服の裾をちょこんと摘み、綺麗なカーテシーをする。
んむ、ちゃんと鮫島が教えたとおりだ。
「ふむふむ」
ジョディさんの視線が僕とフェイト達、そしてアリサの間を行ったり来たりする。
「私が居ない間に、我が家はずいぶん楽しい事になってるみたいね」
「うん、その通りでは有るんだけど、それ一言で片づけるのはどうかと思うわ」
ジョディさんの言葉にアリサが苦笑いで応じたのだった。
◇◇◇
「……ん」
机の上に広がっていた筆記具を片づけ、大きく背伸びをする。
間もなく23時、そろそろ寝よう。
手首で光るヴィータがくれたトンボ玉のブレスレットを見て、ちょっと目元が緩む。
今夜はアリサの魔法の勉強はお休みだ。
ジョディさんと一緒にお風呂に入って、久しぶりに親子水入らずで一緒に寝るらしい。
――――コンコン
「どうぞ」
「……お邪魔します」
「んむ、いらっしゃい」
扉を開けて入ってきたのは寝間着姿のフェイトだ。
……まぁ、遠慮がちなノックの音でフェイトなのは察してたのだけども。
「適当に座って、何か飲む?」
「うん、ありがとう」
指を一振りしてお湯を沸かしつつ紅茶の缶を取り出し、俯いてベッドに座るフェイトにの表情にちらりと視線をやって、違う缶を取り出した。
ガラスのティーポットとカップ、小さなテーブルを出してフェイトの前に置く。
ポットに適当に茶葉をいれる。
「フェイト、下ばっかり見てないで、お湯入れるからポットを見てて」
「あ、うん――――わ……!」
紅ではなく、澄んだ水色で満たされたポットにフェイトの声が漏れた。
癖が無いというか、悪く言えばあまり味がないお茶なので、カップに注ぎちょっと多めに蜂蜜を入れてフェイトに手渡す。
自分の分も注いで、フェイトの隣に座る。
「きれいな色……だからガラスのティーセットなんだ」
「ん、おもしろいでしょ。これ、庭の薬草園で収穫した奴」
「何かの魔法薬の原料なの?」
「んん、ただの一般的なハーブ、安心して大丈夫。で、ここにレモンを加えると――――」
「わ、また色が?」
鮮やかな青から、透明感のあるピンク色へと一瞬で色が変わる。
目を楽しませるお茶だ。
このハーブティーの効能としては、安眠だとか鎮静作用だとか。
二人揃って少しの間、無言でお茶をすする。
「――で、どうしたの?」
カップ半分ほど飲み終えたところで、手が停まっているフェイトに問いかける。
「うん……」
煮え切らない反応だ。
そのまま、コテンと僕の肩に頭を預けた。
むぅ、状況がつかめない。
「アルフは?」
「アルフは部屋で寝ちゃってる。私は、その……寝付けなくて」
「で、僕の部屋に来たと」
「うん、……迷惑かけてゴメンなさい」
心底申し訳なさそうに、か細い声で謝るフェイト。
「ん、別に大丈夫。……何かあったの?」
「何かあったわけじゃない。……けど、ベッドの中で今日のアリサとジョディさんの事を考えてたら、なんだか、その、ね」
「……あぁ」
……何となく、フェイトの言わんとすることを何となく察した。
フェイトとプレシアの関係からしたら、今日のアリサとジョディさんの仲睦まじい関係は羨まざるを得ないものに見えたのだろう。
フェイトにとっては望んでも得られなかったものだ。
今日のアリサ達の姿を近くから見るのは、フェイトにとって酷だったに違いない。
カップに半分ほど残っていたお茶を、一息に飲み干す。
「明日も朝は早い、そろそろ寝ないとダメ」
「うん、そうだよね、ゴメンね」
フェイトが残っていたお茶を飲み干し、空になったカップを預かって勉強机にポットと一緒に置く。
「その様子じゃ、部屋に帰っても寝れないでしょ」
「……うん、そうだね」
一人で思考の渦にハマって、眠気が覚めるのは目に見えている。
自覚はあるだけ良いけれど。
「だから、今夜は一緒」
「……一緒?」
「きっと今頃、アリサとジョディさんも一緒にベッドで色々話し込んでる。だから、僕たちも眠くなるまで、ベッドでおしゃべり……どう?」
ベッドに入り、ぺしぺしと隣を叩いてみせる。
「……ジークぅ」
いきなりぼろぼろと涙をこぼし始めたフェイトが胸元に抱きついてくる。
「あぁもう、ほら、泣かない」
「……うん!……うん!」
抱きしめ返し、布団をかけてやる。
「もう会えないって分かってるのに、母さんに会いたい、話がしたい、抱きしめてもらいたい……!」
「ん……」
何も言わず、胸元で抱きしめたまま頭を撫で、背中をさする。
「もっと話がしたかった、誉めて欲しかった、認めてほしかった……!」
「ん」
僕はそのままフェイトの嗚咽が止まるまで、30分ほどだろうか、静かに抱きしめ続けるのだった。
◇◇◇
「……落ち着いた?」
「……うん」
「そ、……フェイトは、まだプレシアの事を?」
僕の問いかけに、フェイトが僕の胸で小さく戸惑い混じりの声を上げる。
「よく、分からない。今私は確かにここにいて、ジークやアリサ、アルフ、鮫島さんやデビッドさんと生活してるのは楽しいけど、心の何処かを『時の庭園』に置いて来ちゃったような……」
……あぁ、なるほど。
「――――フェイトが感じてること、僕にも何となく分かる」
「え?」
「僕も心の何処かを、『故郷』と一緒に亡くしちゃったから」
僕の答えに何かを言おうとして一瞬逡巡し、フェイトが聞きにくそうに問いかけてくる。
「……これまで聞く機会がなかったけど、ジークの家族は――――」
「もう居ないよ、家族も、仲間も故郷もみんな、跡形も無くなっちゃった」
自分でも酷く重い声だと思う。
現にフェイトが小さくピクリと身じろぎした。
「ジークは、それで、どうしたの?」
「故郷の仇を斬って斬って斬り続けて、気が付いたら居場所もなくて、あてもなくふらふらとセカイを渡ってたらココに来て、今に至る」
厳密に言えば、このセカイに来たのはフェイトと高町がジュエルシードを巡って争って、海鳴温泉で次元震を起こした余波が時間超えて影響を与えたせいなんだけど……まぁそれはそれだ。
「……フェイト?」
布団の中で僕に抱きしめられていたフェイトが、ごそごそと動き出して逆に僕を胸元に抱きしめた。
そしてそのまま、僕が先ほどまでやっていたように頭を撫で、背中をさすってくる。
「その、イヤなこと思い出させちゃったみたいだから、私もこうすればジークが落ち着くかなって」
「……そういうフェイトの胸、すさまじい勢いでバクバク言ってるけど大丈夫?」
「ふぇ!?」
「……まぁ、気遣いありがと」
「……えへへ、どういたしまして」
ふにゃっとした笑みを浮かべるフェイト。
そのまま、何を思ったか僕の額に口付けた。
「いつもしてくれる“おまじない”、悪い夢をみませんように……って、今日は私がしてあげるね」
「ん」
一緒に寝るときはいつもフェイトにしていた“おまじない”だけど、されるのは初めてだ。
ちょっとドキリとしてしまった、不覚。
「……おかえし」
「んっ」
フェイトの腕から抜け、お返しにフェイトの額に口づけを返す。
フェイトは口づけの瞬間目を瞑り、僕が離れると指先で触れた辺りを押さえ、またふにゃっとした笑みを浮かべた。
「おやすみ、ジーク」
「ん、おやすみフェイト」
二人揃って目を瞑る。
明日の朝も早い、ジョディさんの朝のルーティンを鮫島から学ばねば。
フェイトの寝息を聞きつつ、僕も眠りにつくのだった。
どうも、チョコレートの製造に先が見えない作者です(FGO脳)
アリサ母がやってくる話でした。
4000文字位だと割とさくさく書けますね、やはり。
ジョディさんに関しては今話ではあくまで顔見せ、今後徐々に深く掘り下げていく予定。
お約束の各所説明
>アルフと目を見合わせ、膨らんでいるフェイトの頬を左右から指先で突っつく。
若干アリシアっぽい気がしなくもない。
>よーしよしよし
ムツゴロウさん
>ジョディさんの視線が僕とフェイト達、そしてアリサの間を行ったり来たりする。
ジョディ:『これは面白そうな三角関係……!』
>寝間着姿のフェイト
イメージはMovie 1stの青い奴。
気になる人は『 魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st 大判マウスパッド フェイト パジャマ』で検索。
>澄んだ水色で満たされたポット
マロウブルーという実在のお茶です。
筆者が官舎の花壇で育ててました。
>ただの一般的なハーブ、安心して大丈夫
もちろん危険物も植えている。
>いきなりぼろぼろと涙をこぼし始めたフェイト
仲睦まじい母娘の関係を(当人たちにその気はないにしても)見せ付けられて、精神的に不安定なフェイト。
>故郷の仇を斬って斬って斬り続けて、気が付いたら居場所もなくて、あてもなくふらふらとセカイを渡ってたらココに来て、今に至る
色々と端折ってますね。
>逆に僕を胸元に抱きしめた
もう五年位すると顔面に幸せな感触が(粛清
主人公とフェイト、大人から見たら傷を舐め合ってる子供にしか見えないな……と書きながら思いました。
ご意見ご感想・誤字脱字報告お待ちしております。
シリアス先生が準備運動してスタンバイ中……
わりと感想はモチベーション維持に繋がるのです(小声
では、次話をお待ちください。
これからも本作をよろしくお願いいたします。