例えばこんな青春ラブコメ   作:ひょっとこ_

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ご無沙汰しておりました。
三浦篇でございます。


三浦優美子篇
抗えぬ心象


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉山隼人から言ってみれば、それはどうしようもない、のっぴきならない事態であった。

 きっかけは単純に、学生特有のノリと勢い。男子の内輪で盛り上がった話が、葉山隼人を持ってしても流せなくなるほどに膨張してしまったのだ。

 否、葉山隼人であるからこそ、流せないのだと、後になって悟ることになる。

 それは、周囲の理想であったればこそ。葉山隼人は、周囲にとって都合のいい人形なのだ。期待を裏切れない人形なのだ。

 だからこそ彼は、三浦優美子の頭をさり気無く撫でろ、という要求に対し、今までのようにそんな馬鹿なことをと突っぱねることができなくなってしまっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ある放課後のことであった。

 いつもどおりの授業が終わり、いつもどおりに部活へ向かい、その日一日はいつもどおりに、滞りなく終わるはずであったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終礼後、授業の用意を放り込んだカバンを肩に、俺は特別棟三階最奥に位置する我が部室へ向かおうと席を立っていた。

 教室には、俺以外に、いそいそと部活に向かう運動部連中、これまたいそいそと家路につく帰宅部連中を除いた、掃除当番の連中やなにをするでもなくただ談笑をしているやつらが残っていた。

 そこには、クラスヒエラルキーの頂点に位置しているトップカーストグループの姿もあった。言うまでもなく、葉山隼人を筆頭に三浦優美子などがメンバーとして数えられるあのグループである。その様子から、どうも今日はサッカー部の練習がないらしいことを悟る。でなければ、この時間にサッカー部の中心である葉山や戸部がここにいようはずもないからだ。

 そして、彼らのグループには、俺の部活仲間である由比ヶ浜結衣や女子カーストのトップである三浦優美子の姿もあった。若干人数が足りない気もするが、あのグループのイツメンが集っている。

 大方、このあとどこかへ遊びにいこうという話でもしているのだろうか。であれば、由比ヶ浜は今日は部活には来ないか、そこまで考えて、首を振る。

 俺がこうして考えたところで、詮無い問題である。

 たしかに、今日このあとの時間をあの氷の女王と二人きりで過ごすことに抵抗がないわけではないが、由比ヶ浜がどこかでなにかを楽しんでくることに自体に否やはないのだ。むしろ、推奨するまである。俺や雪ノ下のようなぼっちと一緒にいるよりか、育めるものも多いのではないかと思うのだ。それに、葉山が一緒にいるのだろうし、下手なことには決してならないだろう。

 などと、このようなことをつらつらと考えながら教室後方の出入り口へと歩を進めていた俺である。

 ちょうどそんなときであった。

 放課後特有の緩い教室の雰囲気が、途端に豹変したのである。

 ぼっちは、周囲の空気に鋭敏である。ゆえに、俺もその例に漏れず、その空気の変化を察知した瞬間、両手の手刀を身体の前で構え、臨戦態勢に入った。

 無意識下のその行動に我ながら引きながら、一連の行動を黒歴史認定しつつ、張り詰めた空気を発する背後、先に述べたトップカーストグループが談笑をしていたほうへ振り向く。

 そこには、驚くべき光景が広がっていた。

 なんと、あの葉山隼人が、あの三浦優美子の頭に手を置いているのだ。

 撫でている。

 微かにではあるが、たしかに、葉山は三浦を撫でていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉山隼人といえば、文武両道、品行方正、八方美人に加え、なによりも和を重んじ、集団の理想であろうとする完璧超人のような人物だ。

 周囲が望む理想を己の身に写し、体現する存在。

 つまるところ、どこまでいっても自分を持てない存在である。

 そして、三浦優美子といえば、そんな葉山隼人を慕っていることで誰もが知っている少女である。

 葉山隼人は、集団の和を重んじる。つまり、集団の中の誰か一人に傾倒することはまずないということだ。

 つまり、今まで三浦優美子は決して報われぬ思慕を彼に寄せていたわけであるが。

 さて、今のこれは、いったいどういうことなのだろうか。

 葉山隼人が誰かに傾倒することはあり得ない。

 それはただの俺のレッテル貼りに過ぎないが、的を射たものであったという自負は持っていた。

 しかし、事実として、彼は集団の中の一人に傾倒する姿勢を見せた。

 葉山が三浦の頭を撫でるその光景は、俺にとって、葉山隼人の中のなにかが壊れてしまったゆえのものだと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉山が三浦の頭に手を置いて数秒、依然として教室内の空気は固まったまま、しかし当人である葉山、三浦と共に動きは見られず、沈黙のみが場を支配していた。

 そんな中、俺はここだと思った。

 今こそ、普段から言って憚らないステルスヒッキーを駆使するべきときだ。

 そう悟ってすぐ、俺は行動に移った。

 クラスメイトらの視線を縫い、音を立てず、極力現状の空気を壊さぬように、教室を後にしようとしたそのとき。

 

「比企谷」

 

 これ以上ないくらいに、はっきりと、鋭いまでの声音が俺の名を呼んだ。

 その呼びかけの主は、未だ葉山に頭を撫でられたままの三浦優美子である。

 いつもはヒキオ、なんて言うくせに、とも思った。

 

「比企谷」

 

 二回目。

 雑音のない教室内で、やはり俺の名を呼ぶその声に、この場を走り去りたい気分をこらえて、後方、呼びかけの主のほうへ振り向く。

 きっと、今、俺は心底嫌そうな顔をしているに違いない。

 そのような自己分析を下しつつ、振り向いた俺の視界に入ったのは、葉山の手を振り払い、ツカツカとこちらへ歩み寄ってくる三浦の姿であった。

 顔は俯いており、前髪でその表情は窺うことができない。

 残された葉山はなにをするでもなく彼女のその動向を見守っていた。

 彼我の距離が縮まっていく。

 依然として顔を上げない三浦。しかし近づいてくるものだから、すわ最悪頭突きでも食らわされるのではなかろうかとやや身構える。

 そして、三浦はそのまま、頭突きまではいかないが、いやそれ以上にわけのわからない行動――俺の胸に、先ほどまで葉山が触れていた頭をぐりぐりと、まるでなにかを払拭するかのように押し付けるという行為に勤しみ始めたのだった。

 教室の空気は、言うまでもなく、再び凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって、ベストプレイス。

 頭を押し付けたままの状態で力を込めて俺の身体を押す三浦と、そんな彼女に押されるがままに後ろ向きでの歩行を余儀なくされる俺。

 そのまましばらく校内をさ迷った俺たちは、俺が普段ベストプレイスと称して日々、主に昼食時に居座っている場所にまで来てしまっていた。

 ちなみに、ここまで来てもまだ彼女は俺の胸に頭を押し付けたままである。

 え、ちょっと意味わかんなくないですか……。

 

「……おい、三浦」

 

「うっさい」

 

「あ、はい」

 

 現状の打破を試みるも、先ほどからこの調子である。

 ほんとなんなのかしら、この子。

 

「……ねぇ、比企谷」

 

「……なんだ」

 

「さっきの、隼人のあれ、どう思った?」

 

「なでなでのことか」

 

「な、なでな……。……んんっ。それ以外、ないっしょ……」

 

 先の葉山の行動も真意を、なぜか知らんが俺に問う三浦。マジ聞く相手間違えてるよ、お前。

 が、しかし、やはり考えてしまう。あの葉山隼人らしからぬ行動を見たとき、俺には、やつの中のなにかが壊れてしまったように見えた。それが自然破壊なのか、故意破壊なのかはさておき、だが。

 

「さて、」

 

 俺が思うに、葉山隼人とは周囲の理想を体現する存在だ。

 学業優秀。文武両道。品行方正。容姿端麗。非の打ち所のない彼は、それでいながら、自ら進んで周囲の思う理想の青春を叶えることに努めている。

 つまるところ、自分で自分を踊らせる繰り人形といったところか。

 自我がありながらも、他人の青春、理想に利用され、磨耗していくだけの存在。やつは、そのような立場に自分から甘んじている。

 その先になにがしたいのか、できるのかなんて俺の知ったことではないが、いや、その果てが先ほどの出来事なのだろうか。とすれば、やつは本当の意味で気づけていなかったのだ。集団の抗いがたさ、その恐ろしさというものを。

 そしてわかっていなかったのだ。己が持つそれが、類い稀なタレントを惜しみなく振り撒いた結果というだけに過ぎないカリスマ染みた薄っぺらいアイドル性だったということを。

 だが、ともすればやつはそれを悟っていたからこそ、今まで己が積み上げてきたものに縛られ、身動きがとれなくなったのだ。

 ゆえに、抗えなかった。集団特有の内輪の悪ノリというやつに。

 針の筵の上での、窮余の一策すら与えられない強制執行。

 つまり、今まで己だけは流されまいと余裕ぶっこいていた二枚目が、見事に足を滑らせて頭部をしこたま打ち付けたその記念すべき第一回目、といったところか。

 

 というようなことを、未だに俺の胸に頭を預けたままの三浦につらつらと語って聞かせた。

 

「ようはなにが言いたいかっていうとだな。俺は他人にレッテルを押しつけるのは嫌いなんだが、敢えて今それをするなら、さっきのはいつもの葉山隼人らしくなかった、ってことだな」

 

「……あんたも、そう思う?」

 

 久々に長く喋ったせいで若干乾いてしまった口内が気になりながらも、三浦の質問に答えると、彼女はか細い声でそう聞き返してきた。

 やはり入学から一年と数ヶ月の間やつを見ていた三浦のことだ。俺なんぞの見立てたことなんて、少し考えればわかったことだろう。

 そして、そのわかっていたであろうことをわざわざ俺に聞いてきたその真意は果たして、信じたくなかったか、あるいは知りたくなかったか。まぁ、どちらも同じことか。

 

「まぁな。で、そろそろ離れてもらえませんかね」

 

「今、あーしの顔見たら、一生祟るから」

 

「俺、お前とならいつまでもこうしていられるなぁはっはっはー」

 

 だからそのドスの利いた声やめてくださいほんと。

 

「……バッカじゃないの」

 

「バッカお前、祟られるの怖いだろ」

 

 なんてやりとりのあと、二人の間に沈黙が過る。

 どうしたものか。なにをしても三浦に怒られそうな気がしてならない。かといって人を、例えば由比ヶ浜なんかを呼んだとしてもどうにもなる気がしない。

 なんて、ほとほと困っていたそのとき。

 

「……ぐすっ」

 

 眼前の女から、しゃくり上げる声が聞こえてくるものだから、たまったものじゃない。

 

「お、おい」

 

「あーし、嫌な女だ……」

 

 そして、突如として始まる独白。

 ほんと、勘弁してくてませんかねぇ。

 

「あーし、比企谷の言うようなレッテルを勝手に隼人に押しつけて、それごしに隼人のことを好きになっちゃったんだね……」

 

 嗚咽を漏らす間にも独白は続く。

 

「だから、さっき隼人があーしの頭を撫でたとき、違うって、そうじゃないって思った。あーしの好きな葉山隼人はそんなことしないって」

 

「傲慢だな」

 

「……知らなかった?」

 

「いや」

 

「……それで、隼人と隼人のガワだけを見ていたあーし自身が、どうしようもなく嫌になった」

 

「冷めた、ってやつか」

 

「薄情だ、あーし」

 

「そうだな。だけど、皆、そんなもんだ」

 

「……隼人は、私の好きな葉山隼人はあーしが勝手に作っちゃった偽物だった。だから、決めたし」

 

「なにをだよ」

 

「失恋の特効薬は新しい恋って相場が決まってるし」

 

「傲慢で、薄情で、おまけに尻軽かよ」

 

 ほんと、たまったものじゃない。

 

「ふふっ、望むところだし」

 

 けれど、泣いているよりかはそっちのほうがいいと、俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




追記
葉山がとてもらしくないことになっておりますが、これもまたご都合主義の叱らしむるところです。申し訳ないが、ご了承ください。

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