例えばこんな青春ラブコメ   作:ひょっとこ_

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二話目、決着です。


新たなる心象

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、三浦優美子の葉山隼人への想いは虚構であった。

 しかし、欺瞞では決してなかったその想いの丈は、そっくりそのまま三浦優美子の中に刻まれているのだろう。

 三浦と葉山の二人は、あのトップカーストグループの中で、今も付き合いが続いている。

 もちろん、弊害はあった。

 俺と三浦の関係を訝しがられたり、俺が雪ノ下や由比ヶ浜に詰られたり、三浦と葉山の仲が一時期ぎくしゃくしたとか、いろいろあった。改めて考えると、被害の三分の二ほどの割合で俺に降りかかってるのほんと解せない。

 とにもかくにも、三浦が葉山のことをもう異性としては想っていないということ以外は、教室内はいつもどおりに戻っている。

 

「ちょっと、ヒキオ。聞いてんの?」

 

 わけがなかった。

 ころっころと手のひら返しちゃうのは青春どころか社会全般を通して得意とするところだ。

 

「なんの、話だっけか……」

 

「はぁ? 信じらんない。ちゃんと聞いとけし」

 

「……あぁ、悪い」

 

 三浦は最近、葉山らのグループではなくわざわざ俺のところまで来て、時間を過ごすようになった。グループにやつらと仲違いをしているわけではないだろうが、本人曰く、あっち(グループ)より、こっち(ヒキオ)のが落ち着くとのこと。

 非常に迷惑である。が、無下にすると怒って怖いし、相手をしないとなおさら怒ってもっと怖いときたものだ。致し方なく相手ができないときだって、一応行かせてくれるが、それも後でデコピンが待っている。ほんと、なんなんですか、このパツキンドリル。

 しかも、である。

 三浦が俺の傍にいるということは、由比ヶ浜や海老名までもが近くへ寄ってくるのだ。流行のファッションや、音楽とかの話をしながら、ご丁寧に俺への話題振りも引っ提げて。

 三人は、話をして、笑いあって、たまに内一人が鼻血を噴いたりして今日も楽しんでいる。

 俺の、傍で。

 

「悪い。便所」

 

「あ、ちょ、ヒキオっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ、疲れた。

 いや、我慢ならなかったというべきだろうか。

 俺は、今の三浦優美子のことがよくわからなくなっていた。

 恋とは、想い、焦がれるものだ。それは、一年という、俺たち高校生にとって決して短くない時間をそのために使った三浦自身がよく知るところだろう。

 それが思ってたのと違ったから。なんて、そんなことで本当に冷めてしまうものなのだろうか。

 俺はかつて、上部だけの情けを優しさと勘違いして、失恋ともいえぬ失敗をしたことがある。

 三浦も同じだ。だが、彼女が葉山を好きであった時間は、決して短いものじゃない。その日々はなかったことになんてならないし、三浦の想いもまたそうだ。

 なればこそ、俺には解せなかった。

 本当に、三浦優美子は想いの丈を断ちきったのか、否か。

 

「はぁ……」

 

 まぁ、俺がこうして考えても仕方のないことだ。

 本当のところなぞ三浦自身にしかわからないし、たぶん、俺が聞いても教えてくれなどしないだろうし。なにせ、互いのことなどさして知りもしないし、ましてや友人になった覚えさえないのだから。

 いや、付き合いだけなら、葉山より少しばかり長くないこともないか……。

 

「……それこそ詮ないことか。うし、戻るか」

 

 便所とだけ告げてくたのだから、そろそろ戻らなければまた三浦のデコピンが炸裂する。それは勘弁してほしい。あいつのデコピンは思いの外痛いのだ。

 昼休みももう終わる頃合いだ。ベストプレイスで一人物思いに耽っていた俺が、そうして立ち上がろうとしたそのときだった。

 

「なに、あんたあーしらのことほっといて、こんなとこいたわけ?」

 

 最近過食気味な声が、背中に投げられた。

 

「げ、あーしさん」

 

「げってなによ、げって。ってか、あーしさんってあんたねぇ……」

 

 失礼。口が滑った。

 いや、それよりも、だ。

 

「なんで、こんなとこいんだよ」

 

「は? なんでって、あんたを探しに来ただけだし」

 

「だから、なんでだよって」

 

「だって、なんかあんた、その、怒ってるっぽかったから……。あーし、なんかしたんかなって、思って……」

 

 珍しく、しおらしい仕草で俺の隣に、ちょうど前のときと同じように腰かけた三浦が、これまたしおらしいか細い声でそう言った。

 彼女その言葉は、まぁ、間違いではない。が、正しくもない。

 俺が勝手にいろいろと面倒なことを考えているだけのことだ。

 

「べつに、なんでもねぇよ」

 

「なんでもないって……」

 

 言い淀む三浦。

 こちらを見やって、なにやら考え込む。

 

「あんた、前もそんなこと言ってたし」

 

「前?」

 

「……ほら、事故のときの」

 

「あー」

 

 そう。あの事故だ。入学式の日、俺が由比ヶ浜の犬を助けようとして、雪ノ下の乗る車に吹っ飛ばされたあれである。

 俺の今はほとんどあの事故から始まっているといってもいいかもしれない。それほど、俺にとって決して小さくない意味を持つ出来事。

 実はそのとき、俺は見舞いに来た雪ノ下姉妹や由比ヶ浜の他に、眼前の彼女、三浦優美子とも顔を合わせているのだ。

 おどおどとすこぶる緊張した様子の由比ヶ浜とそれを強引に引っ張って病室に入ってくる三浦の姿に少しだけビックリしたことは今も覚えている。思えば、あのときは二人とも黒髪のままで、なんだか垢抜けない印象だった。曰く、俺に会うのに酷く緊張してしまうのでどうにかしてほしいとの由比ヶ浜からの相談から、三浦自身が同行を提案したとか。

 だから、俺と三浦は一年以上前から一応顔見知りではあったわけだ。

 

「あんとき、あーし、あんたにこう聞いた。結衣の犬の代償に、あんたは高校生活のスタートを上手く切れなかったけど、どうって」

 

「後ろで由比ヶ浜が泣きそうな顔してて、居心地悪かったんだからな、あれ」

 

「あーしもあんまり好きじゃない感じの質問だったけど、あんたは答えた。べつに、なんでもねぇよって」

 

「……よくもまぁ、覚えてんな」

 

「だって結衣んとこの犬、もともとあーしが拾ってきた子だし……」

 

 それを車の前に飛び出してまで助けてくれたんだから、そりゃ覚えるし……。

 そう続けた三浦は、スカートも気にしないで膝を立てて、その間に顔を伏せた。

 

「中学のときに拾ってきたあいつ、サブレを家で飼おうとして、すっごく怒られてさ……。それを相談したら、結衣、あたしがなんとかするからって。ちょっとかっこよかった」

 

「……なんとなく、想像つくわ」

 

「伊達に一緒にいるわけじゃないし。あーしも、あんたも」

 

「そう、だな」

 

 それきり、会話は途切れた。

 授業はすでに始まっている。なのに俺たちはこうしているわけだから、またあらぬ噂が立っちまうんだろうな。面倒くせぇ。

 そんなことを考える俺と、未だ顔を伏せたままの三浦。なにを話すでもなく、ただ隣り合って座っているだけの二人の間を穏やかな風が吹き抜けていく。

 昼を回ったものだから日も照ってきたが、ここは日陰で快適なまま。

 ああ、そういえば。五限は現国だったか。これは、後が怖いな。

 けれど、今の俺には、隣のこいつを一人残したまま教室に戻るという選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、あーしはさ、たぶんあんたのことが気になってんだと思う」

 

 沈黙を保ったまま過ぎていた時間に、三浦が唐突にそう言葉を落とした。

 そして、それは、なんというか、目を丸くする以外になにもできなくなってしまうような意味合いのものであった。

 彼女は未だ顔を伏せたまま、耳を赤くしながら言葉を紡いでいた。

 

「隼人もさ、一年の頃、クラスの揉め事を仲裁したとき、言ってた。なんでもないよ、当然のことだって」

 

 ああ、いかにも、あの葉山隼人が言いそうなセリフだ。

 

「あーし、これだって思った。あんとき、あんたが言ってたことと同じだって」

 

 いや、違う。

 

「でも、きっと違ったんだよね」

 

 そうだ。

 そも、口にした人間が違うのだから、当然その言葉の思惑は違ってくる。

 

「だけど、勘違いしたらもう止まらなくて、あーし、きっと隼人に恋してる気になってただけだ」

 

 そこだ。俺が考えて、そしてわからなかったところ。

 

「だが、それを一年以上も続けたお前がいて、その間葉山のことを想っていたのはたしかだ。お前が虚構だと言うそれは、真実には変わらなかったのか?」

 

 気づけば、俺はその真意を問うていた。

 

「……だって、思い出したし。あーしがなんとなく気に入った、なんでもねぇよ、って言葉は、最初、あんたが言ったものなんだもん」

 

「なんでもねぇよ、ってほんとは凄く強がるための言葉だって、今のあんたを見てたらわかったし。文化祭のときとか、修学旅行のときだって、きっとそうだったんでしょ? あんたが傷つく代わりに、周りのことは丸く収まっちゃう。それで、傷ついたあんたは、なんでもねぇよって、やせ我慢するの」

 

「あーしは、初めてあんたと会ったあの病院で、なんとなくそのことに気づいてた。……あんたのそういう、自分の身一つを代償になんでもできるって傲慢さと、せっかく身近になった人をその傲慢さで傷つける薄情さと、それなのに困ってなにかを抱えている人がいれば同じことを繰り返しながら助けちゃう、その尻軽さ加減に。ほんと、うっすらとだけど」

 

「でも、だからこそ、あーしはあんたが気になってた。そして、今、わかったし」

 

「あーし、今、あんたのことをすごく好きになりたいと思ってる。……だから、あーしがあんたのその傲慢さと、薄情さと、尻軽さ加減をいい感じにどうにかしてやるし」

 

 盛大な皮肉と、これまた盛大な告白を織り混ぜながら、三浦は顔を上げ、真っ赤に染まった顔でこちらを見やった。

 まず最初に思ったのは、どうしたものかという困惑である。

 しかも、不思議なことに俺は、この三浦の言葉を勘違いやら欺瞞やらといって疑うことができずにいるのだ。

 なぜかはわからない。が、今、眼前の三浦に対してそんなことを思ってしまえば、この先ずっと、一生後悔し続けることになる。かもしれないなどと、思ったのだ。

 が、しかし、それはそれとして、俺からの返答は、一つしかない。俺はいつだって、来るもの拒んで去るもの追わず、である。

 

「……俺はべつに、お前のことを特別に思ったことはない。だから、その気持ちは誰か、もっとお前に似合うようなやつに、」

 

「うっさいっ。あーしは、今! あんたがいいって言ってんだし!」

 

「お、おい、三浦」

 

「ヒキオ。あんたは傲慢で、薄情で、尻軽。ここまではあーしと一緒だし。でも、もう一つ、あんたには問題がある。それは、過去と今を受け入れて、そこで受け入れるだけで一個も未来()に進んでないその停滞っぷりだし!」

 

「……」

 

「いい? あーしがそれを矯正して、それで……それで、一緒に歩いていきたいから、その……お、覚えとけしっ」

 

 言いたいだけぶちまけると、三浦は俺の隣から立ち去った。

 教室に戻るのだろう。五限の授業は、もうすぐ終わる。

 俺は、六限から教室に戻ることにして、ふと空を見上げた。

 

「……言ってくれるな、あいつ」

 

 やや晴れ模様の青空には、しっかと太陽が座しており、俺の呟きはその中へすうっと立ち昇って、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今後もだらだらとやっていきますので、どうぞよしなに。

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