例えばこんな青春ラブコメ   作:ひょっとこ_

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はちゃめちゃに終わります。


One day two people

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、とは思うんだが……」

 

 休日出勤という言葉のせいか、さらにはその言葉のとおりに今ここにいることもおして、比企谷の目はいつも以上にどんより腐っていた。その目が、まさに今、現在進行形でさらにどんよりしていっている。

 

「まさかって?」

 

 彼にレンズを向けたままで、茶目っ気たっぷりの声を出してみる。

 あ、またどんより。

 

「……あー、なんだ。そのカメラ。それで俺を撮ろうってんじゃない、よな?」

 

 口元を引きつらせて、どうにかこうにか搾り出したのだろうなというその問いかけに。

 さて、私はどう答えてみせようか。

 

「正解!」

 

 考えたけれど、やっぱり笑みが抑え切れなくて、そのままに答えた。

 瞬間、比企谷はうなだれちゃったけれど。

 やっぱり私は、今このときがどうにも楽しくて、終始口元の弧がおさまらないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて日だろうか。

 午前中までは至極普通の代わり映えしない休日だったはずなのだが、たった少しの時間でここまで変わってしまった。

 家の居間に一人っきりかと思えば、今では日の差す公園のベンチに折本と二人で座っていて。

 

「ねー。いいでしょ? ダメ? 痛くないよ? すぐ終わるし」

 

 しかも、その彼女はどうやら趣味が高じて購入した一眼レフカメラで俺を撮ろうというのだから、これが天変地異と言わずしてなんというのか。

 

「ちょっとだけっ。先っちょだけだから!」

 

 先ほどから説得が過ぎて、変に熱だけが入っていっている折本の言葉をジェスチャーで押しとどめる。

 

「比企谷?」

 

 その俺の動きに疑問符を浮かべる折本。

 うなだれていた顔を上げれば、彼女の表情はどうも不安げなものになっていた。

 まったく、さっきまでの浮かれた調子はどこへいったのだろうか。

 

「あっ、えっと、その! ごめん! カメラとか、もう気にしないでいいから! えっと、帰っちゃう、の……?」

 

 そして、急に焦った顔をして、口早に捲くし立てたのは、そんな言葉だった。

 この落差だよ。

 さっきまで俺の横でニコニコしていたはずなのに、雲行きが怪しいと勘違えばすぐこれだ。

 なんだっていうのだろう。これにたいして、俺はどう反応すればいいのだろう。

 俺と話をしていれば、目が合っていれば、隣にいれば、笑顔だった。

 それが、帰っちゃうかもだなんて、それだけで曇っているのだ。

 

「や、帰りはしない、けど……」

 

 折本の顔を見て、もう一回下を見て、それから前を向いて、背もたれに体を預ける。

 深いため息を一つ。そしてやっと搾り出した言葉に、折本は。

 

「ほんと!? ……あ、えっと、ごめん」

 

 一転して、破顔。思わず出たのであろうその声は、三割り増しで弾んでいた。

 その姿にあてられて、こちらもなんだかやられそうになる。

 もう一度だけ、ため息をつく。それから、腹をくくった。

 

「……あの、比企谷?」

 

「なんだ?」

 

「えっと、怒ってる?」

 

「や、怒ってもないぞ」

 

「ほんと?」

 

「嘘ついてどうするんだよ」

 

「……ふふっ、そっか」

 

 少しだけ寂しそうに笑って、折本は手の中のカメラを優しく撫で始めた。

 その手が、慈しむようで、また惜しむようで。

 俺は気づけば、口を開いていた。

 

「……今回だけだぞ」

 

 小さくて、下手をすれば聞き逃してしまうまでのその言葉を、しかし折本はそうすることもなく、拾い上げて。

 それから目を丸くして、俺を見た。

 

「……いいの?」

 

「お蔵入りにして、ここだけの話にしてくれるならっていう条件もつく」

 

 横目に睨めつけて、譲れない一線だけは引いておく。

 けれど、折本はもとよりそのつもりだったのか、しきりに頷いてその旨了承してから、小さくガッツポーズをとった。

 

「やった!」

 

 なにがそんなに嬉しいのか。こいつはほんと、わからないやつだ。

 俺なんかをわざわざ呼び立てて、なにかと思えば写真を撮らせてくれという。

 強引な誘いに閉口していれば、今度は怒ったか、などと青い顔をして謝ってくる。

 それから誤解をといて、彼女の要求に応じてやれば、喜色満面という始末。

 それが、どうにもわからない。

 

「……そうと決まれば、早くすませるぞ。俺はどうしてればいいんだ?」

 

 この言葉が、なにか引き金を引いたのだろう。

 それから小一時間に渡って、俺は折本のためだけの被写体だった。

 指示のとおりに、姿勢をとって、移動して、表情を作る。最後のに関してはぶっちぎりで文句をつけられた回数が多かった。仕方ないだろ。あんまり感情出すのに慣れてないんだ察して。

 ひと段落つく頃にはもう疲れ果てて、俺はベンチにへたり込んだ。

 そんな俺と打って変わって折本は、終始楽しそうにしていて、今も俺の隣でカメラを操作しながら、今日撮った一枚一枚を眺めている。

 その顔はやっぱり笑顔で。

 それが、趣味の写真を存分に楽しめたからなのか、それとも、俺がいることが関わっているのか、どっちだかわかなくて。

 やっぱりまた一つ、ため息がでた。

 なんでこんなことになってんだろ。

 

「……それで、満足したのか?」

 

 背もたれに体を預けて、折本にそう問いかける。

 すると彼女はカメラを操作していた手を止めて、こちらを向いた。

 

「一応は!」

 

 元気いっぱいのその返事に、俺は否応なく次回があるということを悟った。

 まあ、そうだよな。一回目を許せば、その次、また次があるのは目に見えている。

 そして、俺もたぶん、それを結局は受けてしまうのだろうな。

 

「ねね、比企谷」

 

「なんだ?」

 

「今度は私、三脚も持ってくるよ」

 

「……そうか」

 

 だって、なにもかもを押し切ってくるのだ、この折本かおりという女の子は。

 こっちがなにを思ってたって、俺の気を引いて、つなぎとめようとするのだ。

 敵うわけがなかった。

 中学の頃はただ、一点のみが見えていた。

 高校に上がって再会したときは、俺の視野が広がったのか、一面が、二面が見えた。

 そして、今、俺が見ている彼女は、どこまでいっても彼女のありのままで。

 それをなんだか、いいなって、思ってしまうのだ。思ってしまったのだ。

 

「折本」

 

「んー?」

 

「そのカメラ、ちょっとかしてくれないか?」

 

「なんで? いいよ」

 

 なんで、とか聞きつつ言ったとおりにしてくれるとこ。

 そういうとこある人っていいよねって、八幡思います。そういうとこだぞ、折本。

 差し出されたカメラを手にとって、少しばかりタッチパネルを操作して、シャッターを切れる状態にする。

 それから俺は、それを隣に座る彼女のほうへと向けた。

 

「え、ちょっ」

 

 問答無用である。

 無情に響いたシャッター音に、俺は思わず笑ってしまった。

 対して折本は焦り顔だ。

 

「な、なにしてんのさ、もうっ」

 

「なにって。写真撮ったんだよ」

 

「そういうことじゃないじゃんっ」

 

「はっはっはっ」

 

「わーらーうーなーっ」

 

 カメラを俺から奪い返して、機敏な動きでつい先ほど撮られた写真を確認する折本。

 

「もう、変な顔しちゃってるじゃん」

 

 それから、折本はたぶんそのデータを消そうとしたのだろう。

 そこに俺は声をかけた。

 

「それ、あとで俺のケータイに送ってくれないか?」

 

「え……?」

 

 きょとんとした顔で固まる彼女に、俺はしたり顔で笑いかけた。

 

「待ち受けにでもするから」

 

「なっ、ななっ……」

 

 一気に頬を紅潮させて、折本はそっぽを向いた。

 その様子がおもしろいやら、かわいいやら、愛おしいやらで、もうたまらなかった。

 さっきまではこんなふうになるはずじゃなかったのに。

 彼女のことをこんなふうに思っていたのはあの頃に限った話だったはずなのに。

 いや、あの頃とは違うか。

 だって、あれは俺の勘違いだったものな。

 今もそうかもしれないけれど。だけど、あのときとは違って勘違いでもいいかもしれないって、思ってしまっているのだ。

 今日一日で、ものの数時間もしないうちに彼女は俺のなかのものを一変させてしまった。

 これが天変地異でなくて、なんというのか。

 ああ、なんて日だろうか。

 彼女は俺を見事なまでに変えてしまった。

 けれど、悪い気はしていない。

 

「……ねえ」

 

「なんだ?」

 

「ほんとに、その、待ち受けにしてくれるの……?」

 

「ふっ」

 

「あ、今笑った!?」

 

 だって、期待した声音でそんなことを言うものだから。

 笑わないでいられるかという話だ。

 

「だって、私の写真が待ち受けって、なんかその、彼女っぽいなって、思って……」

 

 今度は俺が赤面させられる番だった。

 右手で顔を覆って、視線を外す。

 外した先を睨みつけて、思う。

 言うなら、今だろうか。

 言えば、折本はどんな顔をするだろうか。

 俺、こんなガラじゃなかったと思うんだがなあ。

 心の中でひとつぼやきを入れて、暴れまわる心臓をなだめた。

 懐からスマホを取り出して、カメラアプリを起動させる。インカメラに切り替えると、俺は折本のほうへずいと体を押しやった。

 肩がぶつかって、折本の驚いた声が聞こえて。

 かまわずに俺は腕を伸ばして、位置取りを決めた。

 その間に折本も状況を把握したのか、レンズのほうへ顔をやって、それから自分の腕を俺のそれに絡めた。

 これにはさすがに驚いたけれど、でもここまでやってしまってやめられるはずもなくて。

 結局俺は、そのままシャッターを切った。

 そのままスマホを操作して、目論見を成功させた俺は、背もたれに体を預けた。

 

「……ねえ、比企谷」

 

「……なんだよ?」

 

「その写真、どうするのさ?」

 

「ん、ほら」

 

 俺は今しがた新しく設定しなおしたばかりの待ち受け画面を、未だ俺の腕をとったままの折本に見せてやった。

 

「彼氏っぽいか?」

 

 そこには、二人して頬を赤らめて微妙な表情のままの、けれど思いっきり距離だけは近い俺と折本が写りこんでいた。

 

「……もう、ばかっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はちゃめちゃ(白目)

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