でも、これで雪ノ下篇は一応の幕引き。
ちょっとミスって由比々浜篇の後ろに投稿しちゃいましたが、すぐ投稿しなおしました。
失礼をば。
絶好の昼寝場所だと俺が言って憚らないソファの上で、俺はたぶん窮地に陥っていた。
パシャ、パシャとケータイのカメラ機能で動けない俺と動かない雪ノ下を激写し続けるマイラブリーデビル小町ちゃん。
「ふっふっふー。ちょっと休憩がてら様子を見に降りてきてみれば! なんだこれ、なんだこれ、撮るしかないジャマイカ!」
俗っぽい小町ちゃんや。お兄ちゃんたちを撮るのはやめておくれよ。もう俺のライフはゼロよ。
などと考えながら、俺の腕に自身のそれを絡ませ、ぎりぎりまで擦り寄った状態のままで寝入ってしまった雪ノ下を見やる。
いやいや、まさか、こんな状態で眠りこけるなんてわりと想像つかない。しかも俺が枕なの。普段罵倒され役の枕って……。なんかちょっとエロチシズムを感じるのは僕だけでしょうか。僕だけですね、ごめんなさい。
「おい、小町。いい加減にしとけ。起きちまうだろうが」
できるだけこの眠れる氷の女王を刺激しないように小声で小町を叱る。
「はーい」
そうすればわりと素直に引いていく小町。そういうところもかわいい。
じゃあ小町は上に戻るねー、と小気味よく駆けていく小町に、あとでデータを消させようと固く心に誓いながら、傍らから感じる規則的な呼吸音にだんだんと意識を奪われていく。
雪ノ下雪乃。
俺が所属する部活動の部長で、俺が国語学年首位を取れない原因の少女。いや、俺は三位で二位は他にいるんだけどね。ホント超どうでもいいけど。
加えて言うならば、体力が平均以下なことを除けば完璧超人とさえいえるほどのスーパーウーマンである。べつに空を飛んだり超常的な身体能力を持っているわけでは決してないが。
あとは、ほら、猫が好きだったりとか。そういう普通な一面もあったりする。
普通に考えて魅力のありすぎる彼女なわけだが。さて、そんな彼女と俺とはいわゆるところの彼氏彼女の関係なわけで、こういうことはこれからもだんだんと経験する機会が増えていくのだろうから、今のうちに慣れておくことが大事、だと思う。
べつにやましい気持ちだとかそういうものがないわけではないが、少なくとも俺は今その気はないし、雪ノ下にとってもそれはもっと先のこととして考えているだろう。
さらに言うなれば、そもそもこうしてきたのは彼女からであって、それに彼氏としての立場上応えざるを得なかった俺からすれば、これくらいは当然の権利であり……って、俺なに言っちゃってるのん?
「まぁ、いいや……」
なんか雪ノ下の体温を感じることが他のなにより大切に思えてきた今の俺には、数瞬前までの葛藤などどうでもいいように思えた。
なんやかんやこじつけてやろうとしたことを、今、なんの戸惑いもなく敢行する。
肩に寄りかかっている雪ノ下の頭を体の正面で受け止める形にソファに座りなおし、雪ノ下の体を側面から抱きすくめ、俺もそのまま寝る姿勢に入る。
気恥ずかしくもあるが、こうしていられることのほうが俺にとってはよっぽど重要だった。
……ああぁ、ヤバい。相当堕ちてるな、俺。まぁ、いいか。どうせ、この先ずっとこいつと一緒、なん、だ……。
「……すぅ」
「すぅ……すぅ……」
比企谷家のリビングに、寄り添いあう寝息が二つ。
ふと意識が持ち上がった。
やけに重く感じる瞼を開けると、まず視界に写ったのはこちらを優しげな表情で見やる雪ノ下の顔だった。
「あら、ようやく起きたのね、寝坊助谷くん。ほら、顔を洗っていらっしゃいな」
「……ぁあ、雪乃……?」
「っ……。ええ、そうよ。ほら、早く行ってきなさい」
「……ぉお」
まだ覚醒しきっていない頭で、雪ノ下の言いつけに従う。
洗面所で顔を洗い、戻ってきたところで、ようやっと先ほどまで自分が雪ノ下にされていたことを理解した。
「あ、あのよ、なんでお前、俺にひ、膝枕なんか……」
皆まで言わずとも俺の言いたいことを理解したのだろう雪ノ下が、若干ながら頬を紅潮させて、そっぽを向く。
「……べつに。私が、あなたにしてあげたかっただけよ。不快だったのなら、謝るわ」
「い、いやいや! べつに不快だってわけじゃ! ていうかもっとやってほしいまであ、る……いや、そうじゃなくてだな!?」
不意に見せた悲しげな表情に、思わず本音が建前(壁)を突き破って飛び出してきて、さらにまた焦燥を重ねる。そんな俺に雪ノ下はころっと表情を変え、微笑んでみせた。
「あら、もっとしてほしいの、比企谷くん。そんな下心に塗れた願望をなんの抵抗もなく口に出せるなんて、さすが純度
「は、謀りやがったな……!」
「ふふっ、でも、そうね。その下心はこれからずっと私だけに向けていなさい。……そうすれば、私はあなたの要求に、その、でき得る限りで応えてあげる準備がある、わ……」
「え」
え。
え。
え?
それは、つまり、そういうこともオッケー? てこと?
…………。
…………。
……え?
ちょっと、衝撃的すぎる内容で意味わかんないんですけど。
「その、私は、あなたの彼女になったのだし、ね……」
え、ちょっとかわいすぎて意味わかんないんですけど。
抱きしめていいかな。いいよね。答えは聞いてない。
それに、雪ノ下の言いたいこともなんとなくわかったような気がする。ような気がする。
「雪ノ下、好きだ」
正面から抱きすくめながら、俺の柄じゃあないけど、どうしても言ってやりたいので今はそういうのは一切合切忘れることにする。
予想だにしていなかった俺の行動に雪ノ下は、面食らったようになって、瞬時に顔色をさらに赤く染め上げた。
「え、あの、比企、谷くん……?」
「だから、お前とそういうことだってしたいと思うし、いつかはそうなりたい。でも、今じゃなくていい。ゆっくりやろう。これまでみたいに。今は、それだけでいいから。な、雪ノ下」
「……そう、ね。焦りすぎていたかもしれないわ。ごめんなさい、比企谷くん」
俺の言いたいことがわかったのだろう。雪ノ下はふぅと大きく息を吐くと、返すように俺の腰に腕を回し、ひしと抱きしめてきた。
俺はなんとも言えない甘い香りのする雪ノ下の肩に顔を埋めて、雪ノ下は俺の胸板に頬を擦りつけるようにしている。
「雪乃」
「え?」
「雪乃って、起き抜けにそう言っていたわ、比企谷くん」
「あー、えー、それはだな……」
「雪乃」
「……呼べと?」
「…………」
「……わかった。だから、その目はやめてくれ。……ゆ、雪乃」
「ん、ふふっ」
「……んだよ、気持ち悪ぃ」
「……ね、もう一回」
「ゆ、雪乃……」
「ふふふっ」
「……んだよ」
晩飯の用意をするから、と小町とキッチンに並ぶ雪ノし……雪乃の後ろ姿をぼうっと眺める。
まだ慣れないが、それも時間の問題だろうと自分を納得させる。てーか、起き抜けにぽろっと出ちゃうって、俺ェ……。
まぁ、いい。こうなるのはそもそも時間の問題だったし、先より今やるほうがいいに決まっている。そういうことにしておく。
「ほら、お兄ちゃん。暇してるんなら、テーブル拭いておいてよ」
そう言いつけて、台拭きをこちらに投げて寄越す小町。物を投げちゃいけません。
軽く小町を嗜めてから、ダイニングテーブルを拭く。そして、なにか俺も手伝えることはないかとキッチンの周りをうろうろしていたら、雪乃と小町にキモ微笑ましいというまた新たな評価を頂いたり、いろいろあったが、今日の献立は肉じゃがだった。他にも雪乃と小町がそれぞれ作ったというサイドメニューが一品ずつ。いや、まっこと美味でありました。
そんなこんなで、終わっていく今日の逢瀬。なんとなくどころでなく非常に後ろ髪を引かれる思いで家へと帰る彼女を駅まで送っていると、ふと彼女が口を開いた。
「あの、比企谷くん。今日は、その楽しかったわ」
「……おう、そうだな」
口を閉じたり開いたりして、二の句を口内で転がす雪ノ下に、俺は待ちの姿勢を崩さない。
「……また、来てもいいかしら」
「おう」
結局シンプルな言葉で終わってしまい、それでも次はあるのだと光が差した気分になる。
ああ、でもやっぱり。
「……その前にさ、俺も雪乃んちに、その、いつか行っても、いいか……?」
なんか今日は俺じゃない俺が蔓延るな。でもまぁ、これも雪乃と触れ合って初めて顔を見せた俺の一部なのはたしかだ。だって、今の俺は打算だとか、言葉の裏だとか、そういうことがわりとどうでもよくなってきてしまっているのだから。
隣に雪乃がいる。それだけで、十分救われているような、そんな気がするのだ。
「……ええ、楽しみが一つ増えたわね、比企谷くん」
「……ああ、ありがとう、雪乃」
駅に着いて、改札の向こうに姿を消していく雪乃の後姿を俺は、見えなくなるまで追い続けた。
白い色のアザレアが見事に花を開いた。